第二章 老皇救出 編
第110話「主を失った守護騎士」
そろそろ来るとは思っていたよ。この
しかし、ゲルマニアからとは意外だった。
てっきり次のトラブルは、南方の地方貴族絡みだと思ってたのにな。
王城の謁見の間に招いて話をすることにした。
隣にはシルエット女王が座っているが、俺も玉座に座っている。金箔が貼られて装飾は立派だが、正直なところあまり座り心地の良い椅子ではない。
「お久しぶりでございます。その節はお世話になり申した」
「守護騎士、ヘルマン・ザルツホルンか。久しいという程ではないがな」
正確には、今は亡きフリード皇太子の元守護騎士と言うべきか。
角刈りの巌のような巨体の騎士だ。『鉄壁の』ヘルマンの盛名は顕在であろうが、確か帝都ノルトマルクは叛徒の手に落ちたと聞く。
そうすると今の彼の地位は、亡国の騎士ということになるのかな。
オリハルコンの大剣を持ったルイーズとまともに渡り合える実力者なので、もしフリーランスならスカウトしたいところだ。
「シレジエの勇者様におかれましては、この度は王将軍閣下と御成あそばされたそうで、恐悦至極に奉りまする」
「鉄壁のヘルマン、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。用向きを話していただきたい」
「さすれば、私は皇帝コンラッド陛下の使いとしてまかりこしましてございます」
「コンラッド陛下は無事だったのか、帝城が落ちたと聞いたが」
何度も言うが、ゲルマニア帝国は四分五裂したあげくに帝都ではクーデターが起こっている。
老皇帝からの使者が来るということは、どこかに無事に逃げ延びたということだろうか。
フリードとはもうそれこそ戦いまくったが、その親帝であるコンラッド陛下に恨みがあるわけではない。
コンラッド帝は、勇者にまで成った英雄で立派な名君であったと聞くし、ぶっちゃけ耄碌して息子に無茶苦茶されたと聞いたから、同情していたぐらいだ。
「いえ、陛下は逆賊の手に捕まって、帝城の奥に囚われの身となっております。しかし、私はその前に、陛下よりシレジエの勇者様にこれをお渡しするように頼まれました」
ヘルマンは、背負って運んできた大きな木箱を開いて、俺の前に差し出す。
なるほど、フリードが使っていた『オリハルコンの鎧』か。
「綺麗に修復してあるようだが、手甲がないな」
「手甲の部分だけは、逆賊に奪われてしまいました。奪え返すことも不可能でしたので、申し訳なく」
「いや、いいよ。ご好意は受け取ろう。つまり、この鎧を手土産に俺に何かさせたいことがあるのかな。たとえば、ゲルマニア帝国に味方しろとか」
「いえ、そのようなことはございません! 叛徒の鎮圧は私どもゲルマニア帝国の臣下が果たします。これは、陛下のせめてものお詫びの印なのです」
「なるほど、詫びか……」
「さよう、私個人としてはシレジエの勇者様に手をついて地に額をこすりつけてでも、陛下の救出をお願いしたいところですが、これ以上の迷惑をおかけするなとの陛下直々のご下命ゆえ」
老いたとはいえ、老皇帝コンラッドは高潔な人のようだ。
世界に一つしか現存しない『オリハルコンの鎧』は、何らかの助力を求める交換条件の材料になりうる。
少なくとも、売ればかなりの金になる道具だ。それを無償で寄越すとは。
自分が捕らえられている窮状にありながら、それでも息子の不始末の詫びを優先する。そういう男なのだろう。
俺のあまのじゃくな性格を知っててやってるなら相当な巧手だけどな。
詫びは受け取れ、助けはいらない。老皇帝にこちらの度量を試されているような気持ちにすらなる。これは、助けるなと言われても助けたくなってくるね。
「わかった、ヘルマン・ザルツホルン。ここでしばらく待っていてくれ。ちょっと相談したいことがある」
「いや、しかし私はすぐにでも帰って陛下を敵の手よりお救いせねば!」
「まあまあ、救援が無理でも飛行魔法が使える者に送らせるし、その方が早いだろう。悪いようにはしないからしばらく待っていてくれ」
俺は、ヘルマンを待たせると、謁見の間の隣の控えの間で先生と協議に入った。
「……というわけで、俺としては老皇帝を助けたいと思うんですが、先生はどう思われますか」
「そうですねえ、一つ言えることは、こっちの軍は出せません」
介入するとゲルマニアのクーデター軍と戦争になるからとか、そんな理由ではなく。
南方の地方貴族への警戒、トランシュバニア公国やランクト公国への防衛もおそろかにするわけにはいかないので、目一杯だそうなのだ。
「じゃあ、俺が個人的な義侠心で助けにいくならどうでしょう」
「そうですねえ、そのあたりですかね」
おや、先生は無謀なことはするなと反対するかと思ってたのに。
意外そうな顔をしている俺を眺めて、先生は面白そうに微笑んだ。
「信頼しているんですよ。今のタケル殿を倒せる人は旧帝国にはいません。オラクルとカアラを護衛に連れていけば、滅多なことにはならないでしょう。ただ……」
「ただ?」
「ランクト公国に立ち寄って、エメハルト公爵に了解は取っておいてください。いい機会ですから、もう一度顔合わせして関係を強固なものにしておくのも良い。本気で老皇帝を助けだすおつもりなら、諸侯連合は逃げこむ先になるでしょう」
呼べば来る。というか、呼ばなくてもこういう会議にはかならず首を突っ込むカアラが、やっぱり影から出てきて、先生の策謀に口を挟んだ。
お前、いい加減に軍師キャラ諦めたほうがいいと思うぞ。
「ちょっと待って、さっきの『鉄壁の』とか言うおっさんは言わなかったけど、囚えられてるのは、死にかけの皇帝だけじゃなくて八歳の皇孫女もいるのよ。か弱いお姫様とか、国父様は絶対助けちゃうでしょ」
「お前が俺の行動を予測するな」
まあ、当たってるとはいえる。
しかしなんでヘルマンは、皇孫女のことを黙っていたんだ。言ったら、逆に俺が助けないと思ったんだろうか。
「カアラの言うことも、まんざら的外れではありませんね。皇孫女が残るのは、いずれ我々がゲルマニアを支配する障害になる可能性もあります」
「でしょう」
ゲルマニア事情にも詳しいカアラは自慢げに、中途半端な脳みそと一緒の大きさぐらいの胸を張る。
いやこいつ、地頭は悪くなかったな、魔術の才能に限れば天才的でもある。自分の志向と能力が、微妙に噛み合ってないせいで残念な感じになってるだけか。
「でも、クーデターを起こしたという部隊長が、割と厄介な強敵になりそうなんですよね。そんな敵の手に老皇帝や皇孫女という統治の正当性が置かれてるよりは、こっちの手の内に置いたほうが都合がいいでしょう。……邪魔なら消せばいいし」
最後にぼそっと先生が呟いた言葉に、カアラはズズッと引いている。
魔王復活を企んでた魔族がドン引きするなよと思ったが、よく考えてみると最上級魔術師のカアラもいつ先生に消されるかわからない立場だしな。
先生の邪魔にならんように気をつけろ。
「違うわよ、国父様! アタシはビビってなんかないですからね」
「はいはい」
「この人間の軍師はね、えっとえっと、策略に女を持ち込んでる! 女子供を殺すとか言っといても、国父様が止めてくれるから平気だと思って甘えてるんだわ」
「うんうん、そうだね」
いまさら言わないけど、先生殺すべきと判断したときは
正当な理由なしに、止められるとは思えないな。
「君主が言いにくいことを先回りして提案しておくのも、軍師の勤めですからね」
先生は余裕の表情で、魔術師ローブをなびかせて短い杖を振るった。
軍師としての格の違いがでたな。
と、そこにシルエット女王が入ってきた。
そうだこっちにも断っておかないと。
「タケル様、皇帝陛下を助けに行かれるんですね」
「はいすみません。城を留守にしてしまって」
「いいえ。ここは快く送り出すのが良き妻でありましょうから。そのために女王になったのですから、妾が留守をお守りします」
「俺は良き妻を持ちました」
「でも、できるだけ早く帰ってきてくださいね」
こちらが本音だろう。俺は頷くと、抱きしめてキスをした。
しれっとした顔で、先生が見てたので、もちろん平等に先生にも行ってきますの接吻する。妻にはそれぞれ挨拶しておかないといけないね。
「あの国父様……」
カアラが複雑そうな顔で見ている。
こういうのは人に見せるもんじゃないな、気恥ずかしい。
「カアラ、今回はお前たちの飛行魔法が頼りだから頼むぞ」
「はい、頼まれました!」
やけに嬉しそうだったので、タクシーがわりだなという言葉は飲み込んでおく。
俺の『ミスリルの鎧』は全抵抗の魔法が便利だし、思い入れもあるから、もらった『オリハルコンの鎧』は、ルイーズにでも着せておこうかと思う。
またルイーズの戦闘力が強化されてしまうな。
※※※
「ちょっとお待ちを、これを持って行ってください」
では旅立とうと、城の外に出るとリュックサックを抱えて持ってきた先生に呼び止められた。
受け取って中を確かめると、魔法銃の弾薬がたくさん入っている。
「弾薬、こんなに要りますかね」
「タケル殿、よく考えてくださいね。ゲルマニアの帝都で光の剣を振り回したら、シレジエの勇者が来訪したって宣伝するようなものでしょう」
「なるほど、それは対外的にマズいですね」
四分五裂してるゲルマニアの情勢は流動的だ、帝都のクーデター軍を完全に敵に回してしまうのは、現段階ではなるべく避けた方がいい。
基本的に、隠密活動というわけか。
「はいまあ、危なかったらしょうがないですけど。魔法銃の良い訓練になるとも思います。まあ、金貨を詰めて撃つような銃なのであんまりパンパン使われるのも困りますが。ねえ……軍備増強してて良かったですよね」
ちょっと可愛らしく言い添えられたぞ。さり気なく、もっと予算をよこせとアピールされているのかこれ。
さすが先生は抜け目がない。
「ありがたく使わせてもらいます」
「あーだったら国父様、アタシもプレゼントします」
カアラがくれたのは、最近あまり着てるのを見ない黒ローブだった。
確かにこれなら目立つミスリルの鎧も覆い隠せるし、フードを目深にかぶれば隠密行動には持って来いだろ。
「あーこれ、カアラが前に、隠形の魔術師を気取ってたやつか」
「国父様、過去の黒歴史みたいな言い方やめていただけますか。アタシは今も隠形術の専門家です。このローブ自体にも微量ながら隠形の魔法効果がありますから、マント代わりにでも羽織っておけば、目立たないで済みますよ」
ふむ、悪くないな。サイズもピッタリだ。
よく使い込まれて少し色落ちした漆黒のローブの風合いもカッコいいし、肩口で留めて鎧の上から外套のように羽織うとよく似合う。
異名もなんか考えるか。
眠っていた中二の血が久々に騒ぎ出してきた。
「しかし、貴重なアイテムを貰って悪いな。これカアラには結構大事なローブなんだろ」
「大丈夫ですよ、同じ黒ローブがあと三着あって着まわしてますから」
そうか、なんか黒歴史というより、貧しいファッションセンスを暴いてしまったみたいで少し気まずい。
せめて色違いとかにすればいいのに。男じゃないのになんで黒に染まるのだ。
こいつら魔族は、ローブ脱いだら水着っぽい肌着しかないし。
そのうちに、カアラにも、なんかまともな服を着せてやろうと思う。
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