第109話「シャロンの番」
「
「ご主人様の人徳の賜物ですね」
赤いエプロンドレスを着ているシャロンは、そう言ってオレンジ色の犬耳を揺らすけど、まあ九分九厘までお前たちのおかげだよな。
王城の執務室をライル先生に取られてしまった俺は、後宮のコーヒーテーブルの上でシャロンの報告書を読んでいる。
シャロンやシェリーの書く会計簿や収支報告書のたぐいは見ていると頭が痛くなってくるのだが、地図が併用してある資料なら俺もわかりやすい。
最近は、俺に理解しやすいように報告書を整えることまでしてくれるようになった。俯瞰できる資料なら、見ていても面白い。
エストの街で、石鹸と発破作りに始まった事業も、アンバザック男爵領を初めてとしてロレーン地方に広がり、西は王領、北はトランシュバニア公国、そこからツルベ川をさかのぼってランクト公国を中心とした諸侯連合にまで広がっている。
商会が扱う商品も、石鹸と発破だけではない、新しく作った双眼鏡や将棋盤も地味に売れているし、乳製品、穀物、ワイン、岩塩、魚肉、モンスターの肉、革製品、綿織物、木綿、毛織物、絹織物、ベルベット、金、銀、宝石、魔宝石、魔道具、鉄製品、銅製品、木材、陶磁器、茶、コーヒーなど多岐にわたる。
数え上げると切りがない感じだが、日用品から贅沢品に至るまで、奴隷以外の扱える商品はたいていカバーしている。
佐渡商会が国内の職能ギルドや商会を買収しまくって、吸収合併を繰り返したためだ。
トランシュバニア公国はもとより、ゲルマニア帝国から分離独立したランクト公国も、保護を名分とした条約を結んでシレジエ王国の被保護国になっており、自由に支店を置いて活発的に取引を行うことができる。
そこはそれ、ランクト公国はさすがに技術先進国なので、オックスの街のように完全独占とはいかないが、格上の相手と対等に取引してシェアを争えるだけ健闘していると言えるだろう。
金の流れは、文化と技術の流れとも言える。
旧帝国領から流れ来る物や人は、古いしきたりに囚われて保守的だったシレジエ王国に新しい刺激を与えているようだった。
商売敵からも、学ぶべきところがたくさんあるわけだ。
「それで、シャロンも暇ができそうなのか」
「シェリーが、国家事業の手伝いに引っ張られているので後任人事が少し困りましたが、すでに流通のひな形は完成してますから」
「そうだな、シェリーのやつは、すっかり国家単位のマネーゲームが面白くなってるみたいだしな。さっきも保護領の資本買収に金をかけ過ぎるって先生に愚痴られたよ」
「そのようですね」
シャロンも俺も顔を見合わせて苦笑した。
あの銀髪の少女は、扱う額が大きくなればなるほど興奮する質なのだ。
ライル先生ですら、最近は気宇が壮大すぎるシェリーの
経済面に限れば、シェリーの予想の方が正鵠を射ていることも多いので、先生も反論しづらいのだ。藍より青しを地で行っている。
商会のロジスティクスや、義勇兵団の兵站を担う仕事だって、手を抜いているわけではないのだが。
今は、帝国領邦を飲み込んでいく大買収戦のほうが、面白いのだろう。
通常業務は、他にできる人がいないわけでもないし。
シェリーにしかできない仕事に専念してもらうほうがいいだろう。
「ところで、そのエプロンドレス」
「気が付きましたか、さすがに入りきらなくなったので、縫い直しましたが、ご主人様に最初に着せていただいたものです」
スカートが短いなと言おうと思ったのだ、明らかに生地が足りてないなと思ったのだが、そういえばそうだったなと思う。
ダナバーン侯爵のメイドが着ている服と一緒なんだよな。特に俺の趣味というわけではないのだが、それしかなかったのでいつの間にか奴隷少女の制服のようになっていた。
大きくなってからは、商会の女主人としてまともなドレスを着るようになったので、可愛らしいエプロンドレス姿は久しぶりに見るような気がする。
すっかり奴隷少女たちのお姉さんになっちゃったもんな。
「まさか今日は事業報告だけってことはないんだろう」
結婚してからと言うもの、シャロンは後宮には近寄らず仕事ばかりしていた。
他の妻とは違い、シャロンの方からプロポーズしてきて結婚したのだ、もっとガーッとくるかと思ったら、そうではないので不思議だった。
「私は、ご主人様に結婚していただいたことで満足だったのです。これ以上求めるのは贅沢すぎる気がしますし、一度してしまうと仕事が手につかなくなりそうで怖いですし」
「ふうん」
シャロンは、短いエプロンドレスの裾を握ってうつむいている。ピョコンと立った犬耳も一緒にうつむいている。
なかなかいじらしいことを言うなあ、やっぱりシャロンは俺のことがよく分かっている。
俺は邪魔な紙束をうっちゃって、立ち尽くしているシャロンの柔らかい身体をギュッと抱きしめてやった。
「思い出のあるエプロンドレスを着たのが、俺に抱かれる覚悟の現れと思っていいのかな」
「はい、ご主人様がそう望んでくださるなら」
ピョコンと、犬耳が立っている。シャロンは誘い方がなかなか上手い。
自分で後宮まで来ておきながら、しかも普段は隠れている耳が出ているので、期待して来ているのは丸わかりなのだが、それでも最後の選択は俺に委ねるて見せるのだ。
こういうのは形式が大事なのだ。男の立て方というものをよく知っているシャロンのような賢妻を持てる男は、幸せだろう。
「つまり俺は、幸せ者だということだな」
「いえ、私のほうが幸せです」
せっかく着てきたエプロンドレスだが、すぐ脱がせることになりそうだ。
俺はシャロンに口付けすると、腰を抱いて大きなベッドへと誘った。
※※※
そうか、こうなっていたのか。
俺はシャロンの木綿のパンツを脱がして、最も見たい部位を、マジマジと見つめていた。
俺がシャロンの身体で一番興味を持っていた部分。
他ならぬ尻尾である。
「そこはすごく恥ずかしいところなんです、あんまり見ないでください」
「それはちょっと難しいな」
前から気になっていたところなのだが、まさか見せてくれと言うわけにもいかず、悶々としていたりした。
シャロンも俺の妻になったことであるし、誰はばかることなく裸にして尻尾を観察できるわけである。
犬型のクォーター獣人であるシャロンは、前記の通り犬耳が生えていて、髪と同じように背中にほんの少しオレンジ色の毛が生えている。
そして、お尻の尾てい骨の部分に、小さい尻尾が揺れている。
ちょっと触れると、ビクンとシャロンの身体が跳ねた。
「敏感なんだな」
「敏感なんです、でもご主人様に触れられていると思うと余計にです」
ふうんと思って、優しくなでさすってみる。
しっとりと艶やかな髪と比べると、乾燥しているがこれはこれで触り心地がよいものだ。獣人の尻尾というのは、こうなっているのか。
「その尻尾の根本の部分を、強く押してもらえますか」
「うん、これがどうしたんだ」
「ああっ、あのご説明しにくいんですけど、獣人の発情スイッチになってるんです。だから尻尾を見せるのは恥ずかしいし、獣人の女は心に決めた相手にしか絶対に触れさせないんです」
「ほお、ここがそういうツボなのか」
人間という種族は万年発情期のようなものだ。それに比べると獣は、発情期にしか子作りをしない。
そして、その中間の獣人は変わった発情システムを持っているようだった。
シャロンの尻尾に触りたいという俺の欲望は、偶然にしろ正鵠を射ていたのである。
発情スイッチを入れられて、シャロンは頬をそめている。
「こうなったらもう、私は止まりません」
「止まりませんはいいけど、シャロンはその初めてだろう」
誰ともやってないと、最初は大変なんじゃないのか。
シャロンだって急速に成長したのはいいけども、まだ若い。慣れるまでは、それなりに時間をかけないといけないものだ。
「それなら、痛くてもかまいません。ご主人様の好きなように、むしろ乱暴に痛くして欲しいぐらいです。私は、奴隷少女たちを出し抜いてしまいましたから、それぐらいの罰がないと申し訳なくて」
ハァハァと息を荒らげながら、そんなことを言うシャロン。
「その話まだ言ってるのか、俺はお前以外の奴隷少女には元から手を出すつもりなんかないんだよ。この世界の勇者ってのは相当な者らしいが、俺は鬼畜になるつもりは毛頭ないからな」
「でもそれでも、私ばかり幸せになっていいんでしょうか」
シャロンがそんなにも後ろめたいなら、俺が罰を与えてやろう。
俺は、シャロンの尻尾を咥えて舐め回した。
「ああっ、何をなさるんですか!」
「フハッ、何をってシャロンが欲しがってる罰を与えてやるんだよ」
「ご主人様ダメです。汚いです、そんなとこ舐めちゃダメ!」
「ふっ、シャロンの尻尾が汚いわけがないだろう」
「ひやぁぁ!」
俺は悲鳴を上げるシャロンの敏感な尻尾を舐めまわし、しゃぶり尽くして、彼女がビクビクと悶絶している間に、済ますことを済ませた。
おそらく、痛みを感じる暇はなかったと思う。
※※※
「はぁぁ、嬉しいです。これで私もご主人様の正式な妻になれたんですね」
「そうだな、そうなるな。シャロンが最後になってしまって済まない」
後宮の序列で言えば、シャロンは少なくとも最下位のリアよりは上のはずなのだ。
正妻のシルエットとまだいたしてない段階で、もう序列とかどうしようもない感じになっているのは言わないで欲しい。
「いえ、私なんか……。いや、卑下しちゃダメですね。ご主人様の妻として恥ずかしくない程度の矜持は持たないと」
恍惚な顔をしていたシャロンは、何か悟ったように琥珀色の瞳を輝かせた。
やっぱり、シャロンは賢い女だ。
「そうだぞ、俺が言わなくても分かってくれるお前は賢妻だな。奴隷少女や商会主どころの話じゃなくて、お前も
「じゃああの、欲張ってもっとしていただいていいですか」
「もちろん、開いてるときはいつでも相手をするけども、今は駄目だ。ちゃんと痛みが引いてからな」
破瓜の直後に痛みをなくそうと回復ポーションを使うと、膜がまた張ってしまうことが多いのだ。
元の形状を回復するというのも良かれ悪しかれである。魔法は決して万能ではなく、自然の回復に任せるしかないことも多い。
「はい、じゃあその代わりにたくさん抱きしめてください」
「うん、いい子だなシャロンは」
俺は、シャロンに優しくキスをしてたっぷりと愛撫してやった。
「あの、できるといいですね」
「ん?」
「ご主人様の赤ちゃんです」
「そんなすぐにできるもんでもないだろう」
いやそんなこともないのか。
この世界の獣人の生態を俺はよく知らない、もしかしたらファンタジーだからすぐにポコポコできるのか!
……なんてな。俺だって多少は論理的思考ができるから、そうではないと分かっている。
もし人間よりも多産で産まれるスピードが早ければ、世界はもっと獣人だらけになっているはずだ。
人間と同じか、違いがあったとしても、多少は安産が望める程度のものだろう。
何かよっぽど差し障りがあるなら、先生が説明してくれてるはずだし、それがないということはそんなに変わらないってことだ。
「そうですね、でも期待しちゃいます」
「シャロンは子供好きなのか」
家事も裁縫もできて、お姉さんとしても、よく奴隷少女の面倒を見ているからな。
まあ、子育ても好きといえば好きなタイプなのかもしれない。賢妻なだけじゃなくて、賢母でもあるわけか。やはり、理想的な妻だな。
「好きですね、ご主人様との子供ができたらと思うと、それだけで蕩けちゃいます」
「じゃあ蕩けてくれシャロン。いずれはそうなるだろうし、そうなったら子供には一人につき一店舗ずつ支店を任せるというのもいいな」
シャロンはホへッとした顔をして、ほんとに蕩けてしまった。
「じゃあ頑張って、世界中の街に支店を作らないといけませんね」
「うん、まあ頑張ろうな……」
シャロンは、キラキラと琥珀色の瞳を輝かせている。どんだけ作るつもりだよなんて野暮なことは言わない。
こんなのは寝物語の冗談だろうから……。
冗談だよね?
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