第108話「正妻の特権」

 週に一回だけ、二人っきりでベッドに寝ること。

 シルエットが正妻の特権として要求したのは、たったそれだけのことだった。


 女王としての責務に邁進する日々の中で、だいぶネガティブは直ったけれど。

 それでもそのささやかな胸と一緒で、なんと控えめな女王様だろうと思う。


 豪華絢爛な金箔張りのシャンデリアを見上げていると、湯浴みを終えたシルエットがやってきた。

 耀かがようストロベリーブロンドの髪から王冠を下し、王笏レガリアを手放した彼女は、十六歳の少女だ。


 エルフの血が混じった証である少し尖った耳をもう隠すことはない。

 シルクの薄衣をはだけると、シルエットの白磁のような肌を隠すものは何もない。


わらわは、少しはしたないですか。新しい下着を着る暇も惜しくて、急いで来てしまいました」

「いや、シルエットは女王様なんだから、なんだって好きにしたらいいんだよ」


 俺は大きく手を広げると、薄衣をさっと脱ぎ捨てて飛び込んでくる少女を抱きしめる。

 女王にして、ハーフエルフにして、ちっぱい。ファンタジーヒロインとして、完全無欠パーフェクトな俺のお嫁様ですよ。


「ふふっ、じゃあ佐渡タケル。妾が御伽を命じます」

「喜んで」


 俺は桜の花びらのような可憐な唇にキスをする。

 そのまま、艶めかしく舌を絡め合う。


 最初はこわごわとだったが、シルエットとキスをするのにも慣れたものだ。


「んっ」


 俺は、背中に手を回すと優しくストロベリーブロンドの髪を撫でてやる。

 さらりとする髪にも口付けるようにしてからスッと匂いを嗅ぐと、甘酸っぱくて不思議と懐かしい感じがする。


「可愛いよシルエット」

「タケルもカッコいいですよ」


 わからないけれど、ずっと前にもこんなことがあったような気がする。

 強く抱きしめて肌を合わせるだけで、シルエットが生きている鼓動に涙が出てしまうし、それだけでとても幸せになれる。


 それは、シルエットも同じようでサファイヤのような碧い瞳をうるませていた。

 頬に伝う涙を舐める。シルエットの涙は、ちょっとしょっぱい味で、それが美味しいと思う。


 しばらく、布の擦れる音だけが響いて、俺はシルエットを抱きしめてそのほっそりとした首筋に、肩に、胸に口付けていく。

 思えば彼女がいない世界はなんと寂しかったのだろう。


 彼女と見るから俺は色鮮やかな世界を感じることができるし、彼女と同じ空気を吸うから、俺は息をつくことができる。

 二度と離したくない、一生このままで居たいと思う。


 そう思うと、強く抱きしめすぎてしまった。

 勇者になったせいで俺はやたら強くなったし、それに比べると俺のシルエットはとても繊細なのだ。


「ごめん、痛かった」

「いえ、もっと強くても平気です。妾は、一緒に居られるだけでとても幸せです」


 俺の腕枕で、無邪気に笑っている。

 良いものだな。


 さて、ここで告白しておかなければならないのだが、ここまでやっておいて俺はまだシルエットとやっていない。

 驚いたことに、シルエットは子供がどうやってできるか知らなかった。


 今のシルエットは、傅役ふやくでもあるニコラ宰相の速成教育で、女王として振る舞えるようにはなったのだが、もともとは妾の子供として城の奥に閉じ込められて放置されていた姫だった。

 彼女の知識は、色々抜けているところがあるのだ。


 そこらへんが、リアにからかわれて遊ばれてしまう原因になっている。


「ブヒブヒ」

「シルエット、何やってるの……」


「聖女様に聞いたのです、なんでも豚は安産なので雌豚の鳴き真似をしながらお股をこすりつけると赤ちゃんができやすいそうです、ブヒ」

「またか」


 つか、まあ……俺はもう子豚プレイで興奮するから間違ってはないけど、教え方が酷すぎるだろう。

 リアはまたお仕置きだな。


「はぁ、なんだかこすりつけてると切なくなってきます。これはきっとタケルの赤ちゃんができますよね」

「そうか、それはよかったなあ」


 俺の太ももは生殖器官ではないので、できないと思うのだが、好きにさせておく。

 シルエットはもうとっくに十六歳を超えていて、十七歳の誕生日も近いので俺の世界の倫理から言っても子作りはオッケーなのだ。

 まあ、結婚してるわけだし。


「あっ、忘れてました。ブヒブヒ……ブヒュウ」

「うんうん、可愛いよシルエット」


 髪を撫でてやると幸せそうにしている。

 年齢は目安でしかないから、シルエットを花開かせるのは、もう少し先にしたい。


 いくら回復魔法がある世界とはいえ、妊娠出産となると小さい母体には負担が大きすぎるかもしれない。

 じゃあ、オラクルちゃんはどうなんだよって感じでもあるが、俺にとってシルエットは特別なのだ。


 一方的な欲望だけで、汚していい存在ではない。

 まあ、愛撫や口づけぐらいはいいので、たくさんしてやる。


 そうやってしばらくしていたら、「ブヒュウ!」と感極まった声をあげて、満足するとシルエットは寝てしまった。

 慣れない公務で気を張って疲れていることもあるのだろう。


 俺はこんなに可愛い嫁がいて幸せだなあと、しばらく可愛い寝顔を見ていると、ビリッと俺の身体に電撃が走る。


「なんだびっくりした」

「失礼しました」


 俺の背筋に細い指先を走らせたのは、カロリーンだった。

 いつの間にか、ベッドに潜り込んできたようだ。耳元に小声で囁きかけてくるのは、シルエットを起こさないようにだろう。


 今日はシルエットだけの日だと言ってあるのに。

 俺は少し声を硬くして、振り向かずに聞く。せっかくシルエットが気持ちよさそうに寝ているのに、起こしたくないのは俺も同じだ。


「カロリーン、何か用か」

「すいません、少しだけお情けをいただければと思いまして」


 そもそも、リアがおかしなことを教えなくても、シルエットと仲の良いカロリーンが男女のことを教えて上げれば済むことなのに。

 それをしない彼女は、徹頭徹尾、確信犯なのだ。


 大人しくて真面目な女の子だと思っていたのだが、とんだ間違いだった。

 躊躇していたのは最初だけで、一線を踏み越えてしまえば、絨毯に水が染みこむみたいに色ごとを覚えてしまった。


「お前また、エッチな下着を付けてきたのか」

「こういうのがお好きなんですよね」


 カロリーンは、リアほどではないが胸が豊かなのだ。

 しかも、若いせいか、ものすごく弾力性と張りがある。


 背中に押し付けられていると、下着をつけているはずなのに、胸の先の突起が当たる。つまりそれは、そういう夜に強い装備を身にまとっているということで。

 カロリーンも、完全に戦闘状態に入っているということだ。彼女は、おそらく部屋に隠れていて、シルエットと俺の行為を見ながら、こっそりと一人で盛り上げてきたのだろう。


 本当に、カロリーンは積極的すぎて驚かされる。

 これがついこの前まで、裸を見られただけで動揺しまくっていた無垢な公女様だったと誰が信じるだろうか。


「いや、俺は」

「嘘です、すごいことになってます」


 彼女の細い指に触れられただけで、俺はすごく気持ちが良いのだ。

 シルエットで興奮したせいということにしておきたいけど、カロリーンの指技のせいだと言わざるをえない。


 これも男の性か。

 どうやっても、勝てないんだよな。


「ん、これは違う……」

「違いません。でも、先に気をやってはダメですよ。ちゃんと欲しい時は、私に求めてくださいね」


 彼女は、俺の子供を欲しがっている。

 祖国を長く留守にするのは心配だけど、トランシュバニア公国に里帰りするときは、次世代の公子か公女をはらに入れて帰りたいそうだ。


 それが公国のためにも、最良の選択だと考えている。

 こういうのは、趣味と実益を兼ねると言ってしまっていいものだろうか。


 カロリーンはやっぱり真面目な子だった。

 そんな娘が、ひたむきに、一途に、一生懸命に男を求めたらこんな風になってしまうのだ。

 彼女をこうしてしまったのは、誰かといえば俺しかいないわけで、男としての責任を取らなければならない。


「分かった、満足したら帰れよ」

「はぁー、こういうのすごくいいですよね」


 向かい合ったメガネの奥の妖艶な瞳が、トロンと濡れていた。

 カロリーンは、はぁ、はぁと甘い吐息を俺に吹きかけてくる。もうたまらないというように触れ合う肩を震わせている。

 すっかり淫蕩になったカロリーンは、正妻の寝てる隙をついて、こっそりと情事を済ますことに、極度に高ぶっているのだ。


 彼女だって、シルエットは無二の親友だから、嫌いなわけじゃないのに。

 だからこそ、快楽に負けて禁忌タブーを犯す背徳感に高ぶるのだろう。


 そして、俺もそれに興奮していることは、認めざるをえない。

 カロリーンも妻なんだから、浮気じゃないんだけど、この申し訳無さはどうしようもなくて、しかし愛するシルエットに悪いことをしていると思えば思うほど、快感が高まってくる。

 どうしようもないなこれ、たまらない。


「すまん、シルエット」

「今は、私の名前を読んでください」


「カロリーン、お前は……」

「はい、愛してます」


 一言いってやろうかと思ったが、口を開くともう愛の言葉しか出てきそうにない。

 俺は根負けして、さっき散々シルエットとキスをした口で、彼女に口付けして、甘い香りがする亜麻色の髪に包まれた。

 後宮ハーレムの魅力には勇者でも勝てない、勝とうと思うのが無理だったのだ。

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