第96話「勝利の篝火」
俺がフリードの遺体を抱えて外に行くと、超魔王ブリューニュは身体中穴だらけで、ボロボロのミンチにされていた。
すでに、闇の剣が両方とも消えているのは魔王の核が破壊されているってことだ。
「オ……ジャ……」
リアに聖水をかけて浄化してもらう、プシューと紫色の煙を上げてブリューニュの身体は溶けていった。
成仏しろよブリューニュと手を合わせる。
「しかし、すごいなウェイク、一人で超魔王をやったのか」
「すげえのは、この
ウェイクは、いつになく嬉しそうな顔で、銃身を恋人でも愛でるかのように撫でている。
「しかし、超魔王を倒したウェイクなら勇者になれるんじゃないか」
三国の盗賊ギルドを束ねる盗賊王ウェイクは、天下一の義賊だ。
魔王討伐の条件はクリアしたとして、街と教会の復興ぐらいすぐにやってのける英雄でもある。
「勇者だって? 冗談キツイぜ。俺は、あんな面白い女に一生ストーキングされる仕事はゴメンだな」
一瞬、憮然とした顔をしたウェイクは、ブリューニュを浄化しているリアの姿を眺めてから、クックッと笑った。
リア、だから早く服を着ろとあれほど……。
「まあ、本当に助かったよウェイク」
「コイツをもらった分の仕事をしただけだ。礼なら、いい武器を作ってくれたお前の先生さんにでも言っとけ」
そういって、子供が新しいオモチャを与えてもらったような顔で、
たしかに、飛び道具チートにはたまらん武器だろうな。ウェイクの仕事も、捗ることだろう。
さて、後始末だ。
なぜなら、まだオリハルコンの大盾を抱えたヘルマン・ザルツホルンと、オリハルコンの大剣を振り回すルイーズとの戦いが続いている。
やはり、最強の盾と剣では、なかなか決着はつかない様子だった。
「おい、二人とも、戦いは終わりだ。『鉄壁の』ヘルマン。お前の大将は死んだぞ」
そう聞いて、ヘルマンは静かに大盾を下ろした。
ルイーズも剣を降ろして、戦いを止める。
俺は、ヘルマンの前にフリードの死骸を放ってやった。
角刈りの大男は、嘆くことも泣くこともなく、ただ死んでいることを確かめるようにフリードの死骸を抱きかかえていた。
「さて、どうするヘルマン」
「シレジエの勇者殿、もしお許しいただけるならば、このまま私を逃していただきたい。殿下のご遺骸を運ぶ者が、もはや私しか居なくなったようだ」
ヘルマンが話すのを初めて聞いた、巌のような体格に似合わず、涼やかな声だ。
捕虜にしてもいいのだが、そうなればこの実直そうな男は、死力を尽くして最後まで戦うだろう。
壊れたオリハルコンの鎧と、大盾を手に入れるために、これ以上犠牲を払うリスクは冒したくない。
「よし許す、フリードの遺体を帝国に届けるがいい」
「かたじけない」
ヘルマンは、フリードの死骸を貝紫色のマントで包むと、大盾と一緒に軽々と抱きかかえて魔の山を降りていった。
本当に歩いて帝国まで帰るつもりなのかな。
途中で捕まらないように通行手形でも書いてやろうかとも思ったが、そんな暇もなかった。
まあ、ルイーズならばともかく、あの男を遮ることができる兵は居ないだろう。
リアの神聖魔法力も回復したようなので、みんなの傷を癒してもらって休む。
様子を見に来た兵士がいたので、勝利したことを伝えると大喜びで降りていった。
金獅子皇堕つ! シレジエ勝利!
その知らせは、すぐに魔の山の陣中を駆け巡った。
生き残ったシレジエの兵団と義勇兵は、力を振り絞ると
闇夜に沈む魔の山を、松明を持った兵士が歓声を上げながら、駆け巡る。
闇夜に沈んだ魔の山に、勝利の篝火が、ボツボツと点いていく。
篝火がない者は、木片や枯れ枝をかき集めて火をつける、それすらない者は自分が寝床がわりにしていた麦わらにまで火をつけて、勝利を祝った。
勝利の報告は、揺れ動く何十何百という松明と共に、王都シレジエにも要塞街オックスにも届いて、街を明るく照らした。
山の上から、夜の暗闇の中に広がっていく勝利の輝きを見て、俺はその美しさに息を呑んだ。
シルエット女王がやってきて、俺の手を握った。
彼女は一言も発さずに、物思いにふける眼差しで、広がっていく何千もの明かりを見つめている。
この輝きよりも、松明の明かりに照らされてきらめく、シルエットのストロベリーブロンドの髪が美しい。
そんなキザなセリフを思いついたが、言うのはやめておいた。
言葉にしてしまうと安っぽくなってしまう。
それよりも、俺に身体を預けてきたシルエットの柔らかい肩に手を回して、髪を撫でてやろう。
「今日は、
髪を優しく撫でていると、シルエットは感動に打ち震えた声で、ようやくそれだけ言った。
歴史的な勝利の日だ。
もしかしたら、この女王が発した言葉も、これから俺が口にする言葉も歴史に残るかもしれない。
そうすると下手なことは言えないな、なんて考えながら俺はシルエットの碧い瞳を見つめて、しばらく間をおいてから、こう返答した。
「今日が始まりだよ、シルエット。これからもっともっと良い日を一緒に過ごして行こう」
「タケル様……」
シルエットが、俺の顔を見上げて、碧い瞳を閉じる。
うーん? と考えていると、シルエットが少し身をよじった。
ああそうか、これってそういうことか。
俺はゆっくりと顔を近づけて、その桜の花びらのように小さくて愛らしい唇にキスをした。
慣れてないから、ぎこちないキスだったけど、まあ何とかなった。
ラストシーンでキスに失敗したら台無しだもんな。
ぶっつけ本番で、何とか様になった自分を褒めてやりたい。
正直に言えば、どんな戦闘よりも、この瞬間が一番緊張したことは内緒にしておこう。
戦いに参加したシレジエのすべての人々は、疲れ切っているにもかかわらず、戦いに勝利した喜びと興奮で、なかなか寝付けなかったという。
※※※
次の日、俺は義勇兵団三千、傭兵団四千、兵団二千、市民兵二千の計一万一千の兵を連れてスパイクの街まで攻め寄せた。
市民兵は、もう報酬を払って解散させたはずなのだが、最後まで戦って勝利を見届けたいと言う者が多く連れて行くことにした。
オラクル大洞穴に篭って、敵軍の後背を脅かして引きつけてくれたオラクル領の騎士隊と義勇兵団一番隊。
千人足らずの勇士たちも、合流して共にスパイクの街を囲む。
小さなスパイクの街には、逃げ延びてたどり着いた一万の帝国軍が駐留している。
街から溢れ出るように、外壁の前にも陣を張っている。大軍とはいえるだろうが、総勢七万だったはずの帝国軍が、たった一万しか残っていないのだ。
密偵の報告によると、後方に居た予備兵一万と領邦王国軍二万は、もはや勝手に帰国。
兵士も傭兵団も散り散りに逃げて、原隊に戻らなかった者が多いそうだ。
スパイクの街に逃げ込んだ、一万の帝国軍は敗残の軍である。
士気は最低のはずだが、その割には整然と槍を構えて陣を敷き、シレジエ王国軍と静かに対峙していた。
「シレジエの勇者、佐渡タケルにお目通り願いたい!」
見覚えのある金髪碧眼の姫騎士が、立派な白馬に乗って単騎でこちらに駆けてきたので、俺も周りを押し留めて前に出る。
まあ、姫騎士ってこの世界に、おそらくエレオノラしか居ないんだけど。
「よー、久しぶりだな」
「久しぶりってほどでもないでしょう。あらかじめ言っとくけど、私がこの帝国軍一万の大将よ」
「ああ、やっぱりそうか」
「殿下の宿将も、殿下自身も全員貴方に倒されてしまったから、私が大将なの。まあ、率直に言って、もうこっちの負けと言うしか無いわね」
「えっ?」
「何よ、その意外そうな顔」
おや、強情な姫騎士の辞書に「やっぱり勝てなかったよ……」はあっても「負け」などという文字はなかったはずだが。
素直に負けを認めるとか、こいつ本当にあの姫騎士エレオノラか。
「いや、何でもない。それじゃあ、負けを認めて降伏するのか」
「それはできないわね……」
よかった、やっぱり本物のエレオノラのようだ。
いや、よくはないけど。
結局、残った帝国軍も、やっつけるしかないのか。
まあ、エレオノラの指揮する一万に、こちらが負けるわけがないから勝利は約束されているが。
「じゃあ、あとは戦場で雌雄を決するしかないな」
「ちょっと待ちなさい、それじゃあ私が来た意味が無いでしょう!」
「なんだよ、まだなんかあるのか」
「ただでは負けを認められないから、大将同士の一騎打ちで決着をつけようって言いに来たの!」
エレオノラは、馬から降りると。
馬の鞍から、木刀を二本取り出してみせた。
「あっ、黒杉の木刀」
『試練の白塔』の時に使った木刀、いつの間にかなくなってて。
どこにやったかなーと思ったら、お前が持って帰ってたのかよ。
「これなら死ぬことはないでしょ、ごく一部だけど、まだ殿下の弔い合戦だとか意地を張って、騎士のプライドにこだわってる人もいるの。でもこっちは一刻も早く兵を帰国させないと大変だから、こういう形で筋を通させて頂戴」
「わかった、本気でかかってこいよ」
俺は、エレオノラに木刀を受け取ると、両軍の見守るなかでエレオノラと対峙した。
エレオノラは上段、俺は正眼に構える。
「当たり前でしょ。本気で行くわよ!」
「おっと」
そう言うが早いか、エレオノラは上段から思いっきり振り下ろしてきた。
威力だけなら、重たくて良い斬りこみだが、素直すぎる。
俺はそのまま力をいなして避けると、エレオノラに木刀を突きつけた。
エレオノラは慌てて、俺の突きつけた剣を跳ね除けようと、下段から剣を振るう。
「このぉ!」
エレオノラは、動きが素直すぎるから、簡単なフェイントに引っかかるのだ。
俺はさっと手を引くと、エレオノラが振るった篭手に、思いっきり木刀を振り下ろした。
その衝撃で、エレオノラは木刀を振り落とす。
「まだやるか?」
「ううん、負けた。貴方は強いわねタケル……」
エレオノラが負けを認めて、全軍に触れを出して降伏と恭順を宣言した。スパイクの街を開け渡した帝国軍は、エレオノラの指示に従い、そのまま帰国の準備を始める。
俺はちょっと、あまりのあっけなさに、ビビってるんだけど。
エレオノラどうなっちゃったんだ、いつもの覇気がないし、別人みたいに爽やかになっている。
俺はまた、しつこく粘られるのを覚悟してたんだけど、こっちがフェイントを食らったような変な気分になる。
「和議の条件交渉は、外交ルートを通じて帝都の高官とやってちょうだい。今は恭順宣言を信じて、兵を連れてすぐに帰国させて欲しい。早く戻って領邦を安定させないと大変なことになるから」
「それは構わんが……」
あまりにも素直すぎて、何かの罠じゃないかとすら思えてくる。
「どうしたの、本当に急いでるのよ。何かあるなら言って。お金が欲しいなら、私個人としても身代金を言い値で払ってあげるわよ」
「いや……」
何と言ったら良いかわからない。
エレオノラの言うことは、シレジエ王国にもゲルマニア帝国にもベストの選択だ。
こっちには、ゲルマニア帝国を侵略する意図はない。
これ以上無駄な争いを続けて、残存の帝国軍を足止めしても、ローランド王国かブリタニアン同君連合が帝国の領土をもぎ取るだけで、こっちには何の得もないのである。
その妥当な提案を、姫騎士エレオノラがしている猛烈な違和感以外は、言うことは何もない。
「……わかった、帝国軍の降伏を受け入れて帰国を許す」
「そう、わかってもらえて嬉しいわ。私からも、最後に一言いいかしら」
エレオノラは、ニッコリと微笑むと、俺の耳元に形の良い唇を近づけて囁いた。
「今までのことは、全部ゲルマニアの最後の将としての責任で言ったことだから、私個人としてはあんたに負けたなんて絶対に認めてないんだからね。帝国に兵士を帰国させて、ランクト公国を安定させたら、すぐに戻ってきてもう一度勝負するんだから、首を洗って待ってなさいよ」
エレオノラは言うだけ言うと満足したのか、白馬に跨って赤いマントを翻して颯爽と去っていった。
俺は、その背中を見送りながら、あの『炎の鎧』で馬が燃えないのは、鞍に防火魔法がかかってるのかなーとか、そんなどうでもいいことを考えていた。
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