第95話「最終決戦」
「手伝ってやろうか、勇者」
超魔王ブリューニュを前に一歩も進めず、大ピンチのところに二人の側近を連れて建物の影から現れたのは、緑ローブの金髪の男だった。
盗賊王ウェイク。彼の手には、ライル先生が渡したであろう
なんでここにいるのとか、いつ先生に
ただ、一つだけ突っ込ませてくれ。
「ウェイク、お前、自分が一番かっこよく見える出番が来るのを待ってやがったな」
「ちっ、違う! ゲルマニア帝国軍が相手だと戦争協力になっちゃうからだ!」
「そうなのか、もう理由とかどうでもいいから、これを何とか出来るなら頼む!」
「
おお、すごい。
「お前んとこの先生さんが、あらかじめ俺の弾倉を聖水で聖化してくれてたようだから。邪悪なる魔王には効きがいいんだろ。その上で『反逆の魔弾』に
命名センスは、ともかくこれならブリューニュを倒せそうだ。
しかし、ライル先生さすが。ちゃんと超魔王ブリューニュ対策まで考えて、先に手を打っておいたとは。
ウェイクが何発かブリューニュの身体を撃ち破るうちに、ブブブブッと片方の闇の剣が消えていく。どうやら、魔王の核を撃ちぬいて傷つけたようだ。
これだけのピンチでも、俺たちの足止めをするというフリードの命令を守り続けているブリューニュには、もはや自分の意志というものがないのだろう。
「ここは俺に任せて、戦争を終わらせてこいよ」
「すまんウェイク!」
ウェイクが撃ちまくってブリューニュを抑えている間に、俺はオラクルちゃんに抱えてもらってブースターで建物の中に突入する。
入り口の奥に入った部屋では、ちょうど魔法勝負で撃ち勝ったライル先生とニコラ宰相が、ゲルマニアの宮廷魔術師イェニー・ヴァルプルギスを囲んで殺すところだった。
イェニーは、同列の魔法力を持つニコラ宰相のディスペルマジックで『瞬間移動』の魔法が封じられれば、ただの女に過ぎない。
バキュンと音を立てて、ライル先生の
イェニーは、鉛の弾に身体を撃ちぬかれ、金切り声を上げて倒れた。
「これでもくらいなさい!」
ライル先生が撃ちまくる音が建物の中に響いている。倒れたイェニーは、撃たれるたびに身体を震わせるだけだ、先生もう死んでますよ。
まだフリードが残ってるし、倒れているイェニーをバキュンバキュン死体撃ちしてる場合じゃないと思うんですが。
「アハハハッ! 帝国の上級魔術師はみんな死ぬんです、死ねぇぇ!」
ダメだ、完全にトリガー・ハッピーだ。
ああなっては、全弾撃ち尽くすまで、先生は正気に戻らない。
「キャァ!」
奥の部屋から悲鳴が聞こえてくる。
俺は慌てて駆けつけると、フリードに抵抗して発砲した奴隷少女銃士隊が、光の剣で襲われようとしていた。
他の奴隷少女たちを守ろうと、シュザンヌとクローディアの二人が『黒杉の大盾』を構えてガードする。
しかし、光の剣と闇の剣を振るうフリードの前には、鋼をも超える硬度を持つ盾もひとたまりもない。
少女たちを守ろうと、身を呈して前に立ったシャロンを、フリードは何の躊躇もなく斬り伏せる。
シャロンが斬られた!
「フリード貴様ぁ!」
「ふん、そんなに奴隷の女が大事か」
フリードは、奴隷少女たちを蹴散らし、その奥に居た白いローブにケープを羽織ったシルエット女王の首根っこを押さえて、闇の剣を首元に当てた。
「ならば、こういうのはどうかな、タケルよ」
追い詰められて女王を人質にしたフリードは、もはや勇者でも魔王でもなく。
ただのチンケな悪役だった。
「お前、女を盾にして卑怯だとは思わないのか!」
「卑怯? 余は今すぐ女王の首を刎ねることもできるのだぞ。そうしないのは、むしろ余の慈悲深さだ」
「勇者のやることじゃない、そこまで堕ちたかフリード」
「ふうむ、ブリューニュがお前たちに潰されたのなら、代わりに女王を傀儡として立てるのも悪くはない」
もはやこっちの言葉を聞かず。
フリードは、勝手な願望を口走っている。こいつ、空気が変わったと思ったのはクールになったんじゃなくて、もはや正気を失っていたのか。
ふと気がつく、大人しく人質にされているシルエットが、俺に瞳で合図を送っている。
注意をひきつけろってことか。
俺は、フリードに向かって大上段に光の剣を振りかざしてジリッと近づく。
フリードもそれに威圧されたのか、シルエットを押さえつけながらもこちらに闇の剣をかざす。
「もうなにをやっても無駄だフリード。もうお前の負けだ、分かってるんだろう!」
「小うるさいハエめ!」
フリードは、俺に振りかざす闇の剣の出力を上げる。
黒々とトグロを巻く黒炎の濁った輝きは、まるでフリードの荒れ狂う心を映しだしているようだった。
「さあ、シルエットを離して投降しろ!」
「フハハハッ、貴様を倒し、余が勝ったあとに、シルエット女王は余の嫁にしてやってもいい。世界最強の皇帝の嫁になれるのだ、否やは。ぐはっ」
フリードは最後まで、言えなかった。
大きな銃声が響いて、フリードの身体が弾けるように吹き飛んだ。
シルエット女王は、ケープを巻きつけるようにして隠し持っていた
闇の剣を振りかざしているフリードに捕まっていたのに、大した度胸だった。
硬いオリハルコンの鎧はフリードを守るが、ライフルのゼロ距離射撃の衝撃まで殺すことはできない。
痛そうに眉を顰めて膝をついたフリードに、シルエット女王は銃口を向ける。
「誰が、あなたの嫁になどなりますか! 私の夫はもういます!」
シルエット女王は、小さい身体で銃の反動に必死に耐えながら、フリードに向かって
女王が放つ銃撃の雨を受けて、壁まで吹き飛ばされたフリードは、なぜか笑っていた。
「シルエット、もういい。あとは俺がやる」
俺は、シルエットを守るように前に立って。
輝く白い光の剣と、銀色に鈍く光る中立の剣を出して、フリードに対峙する。
「シレジエの勇者……知っているか、余は正しいのだぞ!」
「お前の正しさなど、俺の知ったことか!」
なおも光の剣と闇の剣で、俺に斬りかかってくるフリード。
その血走った赤い瞳は、もはや正気ではない。
何度か、つばぜり合いを続けるうちに、フリードの光の剣が次第に黒褐色に変わっていく。闇の剣は、さらに色濃さを増す。
フリードは、完全に闇に堕ちようとしているのか。
「英雄たる父の覇道を継ぎ、世界に秩序をもたらそうとしたのだ。皇帝の子として生まれた余には、それこそが天命だった」
「だから、お前の都合とか、知ったこっちゃねーって言ってんだよ!」
つばぜり合い俺が身を引いた隙に、フリードの身体にさらに銃弾が撃ち込まれる。
態勢を整えなおした奴隷少女銃士隊が、横からフリードに鉛の弾を食らわせたのだ。それに混じって、オラクルちゃんも衝撃波を放つ。
もはやここには、フリードの味方は一人も居ない。
フリードに深く身を斬られたシャロンも、他の奴隷少女たちに抱えられながら何とか立っていた。
良かった『ミスリルの胴着』を着せておいたおかげだ。
「余は世界で唯一の勇者となり、世界最強の皇帝となり、この世界に平和と安定をもたらす光なのだ。だから余は、何人にも負けるわけにはいかぬ!」
「お前の勝手な妄執に、世界を巻き込むんじゃねえ!」
「タケル、まだだ。お前さえ倒せば、余の勝利は揺るがぬ!」
「くそ……もういいから、死んどけよ!」
手負いになってもまだフリードは手強い、肌はすでに青く染まり魔王化の兆候を示している。
フリードの魔王の核は一つだけ。その理屈から言えば、超魔王ブリューニュほどの力は無いはず。イマジネーションソードも、両手で使えるはずもないのに。
なのに、なぜコイツは二刀流のままなのか。なぜこれほどの力が残っている。
黒褐色に染まった光の剣と、色濃さを増す闇の剣を大きく振り回して、フリードはなおも、魔法と銃弾の嵐を受けながらも、俺の攻撃を跳ね除ける。
帝国軍が敗走し、側近が倒され、満身創痍になったフリードは、どの道もう終わりだ。
それなのに、まだこの土壇場に来てフリードの強固な意志の力はオーバーフローして、イマジネーションソードを燃え立たせる。
「さあ、決着をつけようタケル」
「フリード……」
そうか、打ち付け合う剣の力を通して、フリードの力の源が分かった気がする。
それは、単に闇落ちした勇者の力ではない。魔王に転生しただけでもない。
フリードは、勇者を素体とした魔王という、これまでにない新しい存在になろうとしているのだ。
闇と光が合わさるが故に最強。
奇しくもそれは、世界最強を目指した男が到達した一つの極点だった。
確かに強いぞフリード、あらゆる手段を尽くして力を求めたお前は、この瞬間に世界の頂点に立った。
だが俺は、そんなお前の力を絶対に認めない。
「余こそが絶対正義、余こそが世界最強のぉぉ」
「お前は……」
フリードの闇の力に呼応するように、俺の左手の中立の剣が、銀色の輝きを増していく。
そうか、この時のための剣なのかと、すべてが分かった。
この世界の産みの母たる混沌には、人間のような、あるいはアーサマのような感情と呼べる意志はない。
だが母なる混沌は、光の力だけではなく闇の力まで手に入れて、この世界を思いのままに支配しようとしたフリードを決して許さない。
だから『古き者』は、俺にこの剣を与えてくれた。
中立の剣が神気の力を帯びて、母なる混沌の力を弄んだフリードを打倒しろと轟き叫んでいる。
人の善意を信じ、世に光をもたらそうと努力し続けるアーサマには悪いが、世界の本質は混沌だ。
この世界は、たった一人の皇帝の正義によって支配されてはならない。
増して、闇も光も両方を手に入れようなんて。
「力なのだ!」
「欲張り過ぎなんだよ!」
うるさそうに銃弾を払いのけるフリードの隙をついて、俺は中立の剣を深々とフリードの胸に突き刺さした。
俺の手を止めようとするフリードの闇の剣を光の剣で払いのけ、なおも力の限り深く貫く。
あれほど硬くフリードを守っていたはずのオリハルコンの鎧が、嘘のようにフリードの身体に、中立の剣が根本まで飲み込まれていく。
当たり前だ、貫き通したのは『一度、中立の剣で貫き通してやった所』なんだから。
右手を通して、無限に増幅された混沌の力が溢れでて、フリードの肉体を内部から破壊していく。
フリードの赤く染まった眼はやがて光を失い、両手をダラリとさげて、そのままゆっくりと地面に転がった。
それは魔王が倒されたのでも、勇者が殺されたのでもない。
闇と光の両方の力を追い求めたフリードの存在そのものが、世界に否定されて潰えたのだ。
あとには、壊れたオリハルコンの鎧と、フリードだった抜け殻が残るのみ。
戦いは終わった。
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