第94話「頂上決戦」
ついに、最後の決戦だ。
フリードが、どのようなルートを通ろうとも『魔素の瘴穴』にやって来るのだ。
だから、我々は魔素の瘴穴のある、四角い鉄筋コンクリート製の建物の前でフリードを待った。シルエット女王に奴隷少女銃士隊とニコラ宰相を護衛につけて、建物の中に籠城してもらい、俺たちは入り口を固める。
囲みを突破されて、魔素の瘴穴を開かれればフリードの勝ち、阻止出来れば俺の勝ちだ。
彼我の戦力は、正直な所、測り難い。
こちらには上級魔術師であるニコラ宰相と、カアラがいる。
この決戦のために、大規模魔法が使える二人をあえて温存しておいたのだ。
しかし、敵にも上級魔術師はいるし、何より未知数のパワーを持つ超魔王ブリューニュがいる。
まさか、最後までブリューニュのやつに脅かされることとなるとは、思っても見なかった。
フリードもそうだが、ブリューニュとの因縁もこの最後の闘いで断ち切らなければなるまい。
魔の山の山中では、今も帝国軍と王国軍の死闘が続いているはずだが、山頂はやけに静かだ。
長い戦いの一日が終わり、そろそろ日が沈む時刻。
フリードたちは、夜陰に乗じてやってくるつもりだろうか……。
「イヤッッホォォォオオォオウ!」
山の静けさを乱す、とんでもない雄叫びが聞こえてきた。聞きたくなくても、脳みそに直接語りかけてくる系の大声だ。
沈みゆく夕日をバックに、白銀の大きな翼で飛ぶ、股間に葉っぱ一枚の男が股間を光らせてやってくる。
いや、飛ぶというか、踊っている。
両手を大きく広げて、股間の葉っぱをヒクヒクと小刻みに震わせながら、空中浮遊マジックのように移動している。
どういう原理で飛んでるんだよ、翼の意味がねえ!
「ホモ、じゃないニコラウス大司教を先頭に立てたのかよ」
「イヤッッホォォォオオォオウ!」
最終決戦の雰囲気がぶち壊しだった。
ニコラウス大司教は、いきなり全裸での登場、ある意味で彼にとっての全力攻撃とは言えるのかもしれない。
「ヘイヘイヘーイ、シレジエの勇者様、お元気ですかぁぁ!」
「うるせえ!」
ピカピカ、こっちに光線を飛ばしてきてウザイ。
あの股間からの四方八方に撒き散らされる光は、ド派手なだけで当たっても特に物理的攻撃力はないようだ。
ただ耳元で賛美歌のような耳鳴りが聞こえてくるので、徐々に精神汚染されている可能性はある。
その点、凄く恐ろしいので早く倒したい。
ニコラウス大司教に対抗できる人物といえば、こっちの陣営には一人しかいない。
「リア、頼む!」
「いよいよ、是非もなくわたくしの出番ですね!」
あんなの、俺たちではとても相手にできない。おそらく、あそこまで派手な登場をしたのだからホモ大司教は囮なのだろう。
そう考えれば俺たちは、油断せず『魔素の瘴穴』の守りを固めるべきだ。
ホモ大司教には、変態シスターをぶつけておけばいい。
「アーサマァァウィィィング!」
リアが、『女神のローブ』とか言う七色に光る衣から白銀の翼を生やすと、ヒクヒクと空中浮遊するニコラウス大司教の元へと飛んでいった。
ウィィィングで、翼が出て飛べるとか、便利な宗教だな本当に……。
「ん、んはっ、んははははあぁぁあっ! 来ましたかぁぁ、純朴な勇者を淫蕩の道に引きずり込む、汚れた聖女め!」
「ん、んあっ、ああああああちゃあっ! ここに及んでは是非もなしです。その邪悪なる野望ごと、打ち払ってくれましょうホモ大司教!」
股間の葉っぱを光らせながら「んは、んは」叫んでいるニコラウス大司教。
リアも、空中浮遊しながら両手を広げて「んあ、んあ」叫びながら、キックを繰り出した。
とおもったら、空中ですっ転んでそのまま勢い良く足を開き、なぜかM字開脚を始める。
空中でコケるって自分で言ってておかしいとおもうが、そんな感じなのでしょうがない、どういう原理で飛んでるんだよ。
おいリア、M字開脚のまま賛美歌の響きに合わせて腰を振るって盛り上がるな、ホモも喜んで腰を振るうな。
よく考えたら、変態度で張り合う必要まったくないだろ!
二人とも、背中の白銀の翼に、少しは意味を持たせろよ。
白銀の翼の使い方を明らかに間違ってる、アーサマ見てて頭抱えてるぞ、きっと。
このいやな感じの頂上決戦が繰り広げられていた。
目を背けたくても、真剣勝負だから確認せざるを得ないのだ。
俺たちが、しょうがなく固唾を飲んで見守ってると、ホモ大司教と変態シスターは、お互いに変態同士通じるものがあったのか。
空中でゆっくりとすれ違うと、「イエイイエイイエーイ!」と、いい笑顔でエールを送りあった。
「敵ながらアッパレな
「邪道に落ちたとはいえ、さすがは大司教猊下。アーサマの聖体としての実力は互角と言えましょう。では、神聖魔法力で決着をつけましょう!」
ポージング勝負で疲れたのか、満足したのか。
今度は、普通に神聖魔法の応酬が始まった。
「ホーリーランス! ホーリーシールド! ホーリーランス!」
「ホーリーシールド! ホーリーランス! ホーリーシールド!」
白銀の翼で疾空しながら、お互いに聖なる槍と聖なる盾を、バシュンバシュン撃ち合う神聖魔法の空中戦が始まった。
凄いけど、普通だな……。
いや、普通に戦うのはすごく良いと思うんだけど。
それだと、その前の変なポージング合戦には、一体何の意味があったんだ。
呆れて見ていたら、「きゃああぁぁ!」と叫び声をあげてリアが突然、バランスを崩して地面まで落下した。
落下でかなり身体を強打したのか、俯けに手をつき、生まれたての子鹿みたいにプルプルと震えている。
えっ、どういうことだ?
落ちたのは、リアだけではない。
ほぼ同時に、ニコラウス大司教も「ノオオオォォウッ!」と叫び声を上げながら激しく地面に落下。
ぷよぷよの身体は、砂煙を上げながらバウンドして転がる。
大司教の七三分けの髪はヨレヨレに乱れており、かけてた銀縁メガネは、折れ曲がってレンズが粉々に砕けていた。
光って飛んでるときはぷっくらとコミカルな感じだったのが、落下ショックのせいだろうか、苦痛に歪む顔がシリアスに戻っている。
なんだこれ……。
ボロボロになった二人は、落下のダメージを振り払うようにして、同時に立ち上がると。
お互いに手を伸ばし「ホーリーランス」と叫んだが、不発。
「あれぇ~、なんでわたくしの神聖魔法が使えないのぉぉ!」
「な、なにをやったのです、この淫蕩シスター! 聖遺物『アダモの葉』のパワーが失われた。これでは、僕の夢が実現できない!」
「アーサマ、どういうことですか、是非ともご説明ください!」
「アーサマ、敬虔なる貴女様の下僕に、どうか今一度お力をぉぉ!」
不敬なる女神の下僕たちが、天に向かって嘆いている間に、二人の背中に付いてた白銀の翼もヘナっと枯れて落ちてしまう。
これあれだな、もしかすると度重なる冒涜が、ついにアーサマの逆鱗に触れたな。
二人の祈りに応えるように。
パーと、雲間から白銀の光が差し込むと、聖なる棍棒が二本出現した。無造作に放り投げられたように、カランコロンと、棍棒が地面に転がる。
「そんなあ、アーサマ是非ともご無体です、最終決戦なのにこんな地味なのは嫌ァァ!」
「あ、アーサマ! 敬虔なる下僕の晴れ舞台なのですゾォォォ!」
「一体どうしたんだよ、二人とも」
まあ、聞かなくてもだいたい分かるけど。
「タケル、アーサマが酷いんです!」
「ゆ、勇者認定一級の聖者と聖女が神聖魔法で撃ちあっても無駄だから、棍棒で殴り合って決着をつけろとのご神託でした」
やっぱりな、そりゃアーサマもいい加減キレるわ。仏の顔も三度までってことわざを知らんのか。
むしろ、アーサマいままでよく耐えた、感動した。
ついに慈愛の女神も、堪忍袋の緒が切れたのだ。アーサマが何も文句言わないと思って、お前ら聖職者は好き勝手やりすぎたんだよ。
ほらご神託通り、地味に棍棒で殴り合え、見ててやるから。
「酷いですよ、ホモは『アダモの葉』が使えたからまだ良かったでしょうが、わたくしなんか対になる聖遺物『イバの葉』を奥の手に用意してたのに、是非にも使えなかったんですよ!」
そう言うと、リアは『女神のローブ』を脱ぎ捨てると、巨大な胸と股間に貼り付いてるイチジクの葉っぱを見せた。
「おい、リア、バカ! なんで下着付けてないんだよ、こんなとこで脱ぐんじゃねえ!」
「この葉っぱがピカーっとなって、どちらが真のアーサマの下僕に相応しいか是非にも分かる頂上決戦の予定だったんですぅ!」
俺は慌てて、リアの服を着せようとしたが、何だかリアの裸体を見てニコラウス大司教が苦しみ始めた。
「グアアアッ、何という醜い物を見せるのですか、眼が汚れる、眼が汚れるぅぅ!」
「なっ、何という失礼なホモ野郎! 是非にも脱ぐ必然性バリバリだったから特別に見せてあげたのに、わたくしのミラクルボディーを言うに事欠いて醜いですって」
ずんずんと大きな胸を揺らしながら、イチジクの葉っぱを身にまとっただけの変態シスターが、ホモ大司教に近づいていく。
「ぎゃあああ、やめろぉ、近づくな悪魔の果実め! 眼がー腐る、眼がー腐るぅぅ!」
「どこが醜いというのですか、女神もかくやと思わせる母性愛に溢れたこの美貌、是非ともよくごらんなさい!」
ニコラウス大司教は、そのまま「眼がー眼がー」と叫びながら、よろよろと後ろに下がって、崖から転落した。
山の斜面をゴロゴロと、どこまでも転がっていく。暗くなってきたのでどこまで落ちたかわからない。
ニコラウス大司教は、神聖魔法使えなくなってるし、頭から思いっきり落ちたし、これ普通に死んだかもしれないね。
「フフン、よくわからないけど、わたくしの美の勝利ですね」
「はぁ、分かったから、脱いだし満足しただろ。リアは、もう後ろに下がってろ。あと早く服を着ろ!」
神聖魔法が使えなくなった段階で、リアもホモ大司教も役に立たない。
もしかしたら、こういう形で自らの信徒が殺しあうのを避けたのかもしれない。アーサマはどこまで計算でやっているのかわからないところがある。
そんな巧みな神慮に(何も考えてない可能性もあるが)感心していると、俺は横っ腹に衝撃を受けて倒れた、あぶねえ。
危うく、俺も崖から転げ落ちるところだった。
「
いきなり仲間を引き連れて突撃してきたフリードが、俺に稲妻の魔法をかけまくってくる。
一発目は不意打ちされたが、二発目からはカアラが前に来て魔法障壁を張って守ってくれる。
クソッ、来ると分かっていたのに、ホモ大司教のあまりのアホらしさに思わず油断した。
「フリードか、不意打ちとは卑怯な!」
「これはもはや、決闘ではないのでな。不意打ちもするさ」
そうか、フリードは、勇者の電撃魔法を使えたのだな。
そんな設定があったの、すっかり忘れてたよ。
「しかし胸を突かれて、あの傷でよく生きてたな」
電撃魔法が使えるということは、未だに死んではおらず魔王転生したのではなく勇者のままなのか。
フリードの青と金のヘテロクロミアだった瞳は、赤く血に染まっている。魔族となった兆候とも思えるが、死にかけた影響かもしれず判断は難しい。
俺の質問には答えず。フリードは、ひとりごとをつぶやく。
「ニコラウス大司教は、敗れたか……。まあ、期待はしてなかったが囮となり、聖女と潰しあっただけ上出来」
フリードがこっちの話に乗ってこないとは、これまでの奴とは空気が違う。
一度は不意打ちで勝ったは良いが、手強い相手になってしまったのか。手負いの獅子ほど恐ろしいものはない。
「カアラ、フリードを殺せ!」
一対一の対決ではないから、カアラを使ってもいいのだ。向こうがマジなら、仕掛けられる前に全力で倒すべきだ。
カアラが手を振り回して得意の衝撃波を食らわせるが、即座にフリードの前に立ったオリハルコンの大盾を持った角刈りの守護騎士。『鉄壁の』ヘルマン・ザルツホルンに弾かれる。
オリハルコンってのは、魔族の魔法まで弾くのか。
だが、こちらにもオリハルコンの大剣を持ったルイーズがいる。
鉄壁のヘルマンにルイーズが斬りかかり、二人は最強の盾と剣をぶつけあって、火花を散らす激しい決闘を始めた。
「シレジエの勇者タケル、『魔素の瘴穴』さえ開けばこちらの勝ちだ。お前の相手はこいつがする。超魔王ブリューニュ、シレジエの勇者を足止めするのだ!」
「待て、フリード!」
黒い鎧を着て、闇の剣を持った両手を振り回す混沌の超魔王ブリューニュが、ウネウネ肩をくねらせながらやってきた。
人の形をしているのに、それはもはや人ではない死肉の塊だ。
「オジャ? オジャ! オジャ? オジャ! オ ジ ャ オ ジ ャ」
何度見ても怖いな……。
ブリューニュが身体をコマのようにぐるぐる回して、もはや斬撃なのかどうかすらわからない攻撃を繰り出してくる。
こっちも『光の剣』と『中立の剣』の双剣を振るって対応するが、手が伸びたり縮んだりする、その意味不明で予測不可能な攻撃は、受け止めるだけで必死だ。
カアラやオラクルちゃんが、ブリューニュに向けて必死に衝撃波を繰り出しているが、当たってもプシューと割れた鎧から紫色の煙が噴出すだけで、ダメージが入ってるのかすらわからない。
もしかすると、魔族の攻撃は、魔王には相性が悪いのか。
こっちが超魔王に足止めを食らっている間に。
敵の上級魔術師イェニーがフリードの肩に触れて、『瞬間移動』の魔法で、『魔素の瘴穴』の建物を守っている俺たちを飛び越えて、入り口に突入する。
「フハハハ、超魔王には手も足もでんか。そこで俺の勝利を指を咥えて見ていろ、シレジエの勇者!」
貝紫色のマントを翻して、魔術師イェニーと共に入り口に駆け込むフリード。
途端に建物の中から、激しい爆発の音と光が瞬いた。
フリードたちと、建物の中で立てこもっているライル先生たちの戦いが始まったのだ。
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