第93話「魔の山の戦い」

 シレジエ王国軍の三千人の兵団が撤退した魔の山は、複雑な塹壕が網の目のようになり各所に射石砲が置かれた防塁が設置された、要塞になっていた。

 帝国中央軍主将、フォルカスは物陰に転がり込みながら、この戦闘の厳しさに臍を噛む思いだった。


 パンパンと、乾いた音を立てて先ほど、フォルカスが居た場所に銃弾が飛ぶ。

 何という恐ろしい戦場だ。ここを駆け上がれというのか。


「フォルカス将軍、フリード殿下は突撃をお望みです。どうぞ我らに、再度突撃の命をお与えください」

「ハァハァ、馬鹿者、上から狙い撃ちされるぞ!」


 フォルカスとて、誇りある帝国貴族だ。怯懦と誹られたかといきり立ったが、すぐにため息をつく。

 こいつら不死兵ロボットに、そんな感情があるわけがない。


 伝令不死兵は、大盾を抱えて敵の銃撃を受け流しながらも、平然とした顔だ。

 上から弾丸を撃ちかけられているのに直立して、指揮官たるフォルカスに、さらなる突撃を求める。


 フォルカスの率いる帝国近衛不死団は、確かに強い。

 死を厭わない彼らは、塹壕かと思えば鋭い木の杭が並ぶ落とし穴でも、平然とそこに飛び込んでみせる。

 次の兵が、鋭い杭に突き刺さって死んだ味方の体の上を踏んで、平然とした顔で進むのだ。


 そのようにして、シレジエ王国軍が張りまくった致死性の罠を、銃弾と砲撃の雨の中を、力ずくで進んでいる。勇敢なのは良いが、犠牲が多すぎる。

 この分だと、魔の山を完全制圧する頃には、不死兵は一人も生き残ってはいないだろう。


 金獅子皇は、せいぜい死力を尽くして戦い、敵を前面に引き付ければ良いといった。

 だが、主将であるフォルカスは、勝利を諦めてはいなかった。敵の司令所を叩けば、連携の取れた射撃・砲撃はできなくなるはずだ。


 強い力は制御し、敵の弱点を狙って撃ちぬかなければ意味が無い。

 それができなければ、何のために指揮官としてフォルカスがここにいるのか。


 この『万能の』フォルカスが、無様に這いつくばりながら、弾の雨の中を転がり回って調べたのだぞ!

 考えろ、考えるのだ。戦況の全体を見渡せる場所だ、敵の将軍は、どこに隠れてこの戦いを見ている。


「そうだ中腹だ! 黒杉が一層深く覆っている辺りが敵の指令所に違いない、戦力をそこに向けて集中させろ」


 そう命じても、反応が帰ってこないので見ると、傍らの不死兵は大盾を持った手をだらりと下げていた。

 フォルカスに命令を聞きに来た伝令の不死兵は、立ったまま銃弾を頭に受けて絶命していたのだ。


「チイッ、お前ら中腹だ! 中腹に向かって全軍で突撃しろ!」


 フォルカスは、安全な物陰から飛び出し、また弾の雨の中へと飛び込んだ。

 残存の不死兵をかき集めて、敵の中枢を叩くために!


     ※※※


「オルトレット将軍、敵の動きが変わった!」


 石造りの小さな司令塔に、くすんだ赤髪の女性砲手ジーニー・ラストが駆け込んできた。

 彼女は、元オナ村の自警団出身の村娘で、ライル先生と共に最初期から砲撃術を研鑽したベテラン砲手である。


 シレジエ王国の義勇軍は、能力を認められれば出世が早い。

 ジーニーは、スパイク籠城戦で上級魔術師を倒すのをアシストした功績から、砲撃隊長にまで出世していた。


 そして今では、無数の砲台を抱える魔の山の砲台監守長バタリー・コマンド・リーダーだ。

 総指揮はオルトレットとはいえ、大砲のことは彼女に任せるしかない。


 ジーニーはぶっきらぼうで、貴族に対する口の聞き方を知らないが、そこはオルトレットも貧乏武家出身だ。

 二人だけでスパイクの街の籠城戦を戦った縁もあり、遠慮のない実直な人柄にオルトレットも親しみを持っている。


「どういうことか、ジーニー殿」

「敵が、まっすぐこっちに向かって戦力を集中させてきている。将軍がここに居るとわかっている動きだ」


 ジーニーは、自らも司令塔の射石砲ボンバードの導火線に火を付けた。

 戦闘指揮所の位置が割れるかもしれないので使いたくなかったが、もうそんなことを言っている場合ではない、敵がすぐ下の斜面まで来ている。


「さようならば、拙者の剣の出番が来たということでござる」


 長剣を抜いて、敵を迎え撃つ。


「そんな、将軍ここは引くべきだ。勇者様にも将軍を守れと頼まれている」

「ジーニー殿、だからこそ拙者は、ここで勇者様の盾となって敵を食い止めるべきなのでござるよ。もちろん死ぬ気はござらん、ここで拙者が」


「あのぉ、ワシは……」

「ああっ! ダナバーン侯爵、まだおられたのか。主将は早くお逃げくだされ!」


 司令室の端っこのほうで、火縄銃を抱えて震えているダナバーン侯爵を発見して、オルトレットはさすがに焦る。

 名目上とはいえ、王国軍の主将が討たれたとあっては士気にも響く。


 また、このどうしようもなく軽い扱いを見ると嘘みたいだが。

 シレジエ王国の心臓部とも言えるエスト侯爵領の領主ダナバーンは、今の王国政府には欠かせない存在なのである。


 外から、敵を食い止めようとする味方の兵士と、敵の不死兵が争う喧騒が聞こえてきた。

 もはや、ダナバーン侯爵だけを逃がそうにも無理らしい。


「オルトレット将軍、もう敵が来る!」

「仕方がござらんな、ダナバーン侯爵は机の影にでも隠れておられるがよい。拙者が、すべての敵をたたっ斬るまで!」


 オルトレットの長剣は、それなりに業物だ。

 青味がかった剣身、狼の口ボッカアルーと名付けられたその剣は、貧乏武家のオルトレットが、これだけは手放すまいと、代々受け継いできた伝家の魔剣である。


 振るう度に、狼の鳴き声がこだまする名剣。

 すでに司令塔の廊下の争う声は静まっている。大上段に振りかぶって、オルトレットは敵を待った。


「ここが、司令所でよろしいのかな」


 煤けた亜麻色の髪をした男が、刺突剣エストックを携えて司令塔に入ってくる。まるで、散歩中にご近所の家にふらりと立ち寄ったと言うような軽い挨拶だった。


「何者かな、名を名乗られるがよろしかろう」


 オルトレットがジリッと大上段に長剣振りかぶったまま、応対する。


「フフッ、これは失礼した、帝国軍主将フォルカス・ドモス・ディランです。覚えておられませんか、スパイクの街で一度お会いしましたよ、オルトレット子爵」


 その時の男前のフォルカスとは違うので、分からなくても無理はない。

 亜麻色の髪は焼け焦げてボロボロ、顔は泥にまみれて汚れている。表面を磨きあげた自慢の白甲冑アンノル・ブランも汚れて見る影もない。フォルカスは、文字通り土にまみれ、泥をかぶってここまでやってきたのだ。


 傷は回復ポーションでその都度回復しているが、体力までは回復しない。あえて余裕に見せているが、もはや疲れきっていた。

 一緒に戦っていた不死兵も、もはや一兵も残っていない。司令所までの邪魔者を一掃する仕事を果たしてくれただけで、御の字というものだろう。


「そうか、では今一度名乗ろう。シレジエ王国軍、総司令オルトレット・オラクル・スピナーでござる!」


 オルトレットが総司令と名乗ったのは、ダナバーン侯爵をないがしろにしているわけではない。

 自分が隙を作っている間に、逃げて欲しかったのだ。


「それはいい……敵を押し流せ、津波ウォーター・ウェーブ


 オルトレットの横で、フォルカスに向けて火縄銃を向けようとしたジーニーをそのまま激流の水魔法で、押し流した。

 そう、フォルカスは中級魔導師でもあるのだ。しかも、話しながら詠唱を小声で済まして攻撃する不意打ちを奥の手としていてる。


「うああっ」

「ジーニー!」


 司令塔の覗き窓から、激流に押し流されてジーニーが落ちた。

 山の斜面だから、落ちても死にはしないだろうが、すぐには戻ってこれまい。


「フーッ、無粋な真似をしました。こっちも必死でね」


 その言葉に嘘はない。フォルカスも、もはや魔力がない。魔宝石も、回復ポーションすら尽きていた。

 ここで、総司令官であるオルトレットを倒して、魔の山を陥落させなければ後が無い。


「では、急いで決着をつけてくれよう!」


 ――ガルルルルッ!


 オルトレットは、敵将目がけて剣身が狼の唸り声を上げる、魔剣を振り下ろす。


「グググッ、やりますな」

刺突剣エストックで受けるとは」


 強化魔法がかかっている長剣の大上段からの一撃を、細身の刺突剣エストックで受け止めたのだ。

 貴族となったいまでも、オルトレットは練習用の柱に剣を振り下ろす鍛錬を欠かしたことはない。その強烈な一撃を、魔術師でもある優男が受け止めてみせたことに驚く。


「この剣も、魔剣でしてね!」

「さようであったか、ならば敵に不足なし」


 オルトレットは、そのまま切っ先をくるりと回して、頭上からの突きに攻撃を転じた。

 力任せに見せかけて、オルトレットも技巧的な攻撃を得意としている。


 しかしその変幻自在の突きを、右足を下げて身体を傾けただけで、紙一重でかわしてみせた。フォルカスもまた、油断ならぬ剣士なのだ。

 今一度、大上段からオルトレットは剣を振り下ろす、それを受け流してフォルカスは得意の突き技を食らわせた。


 掠ったオルトレットの肩当が砕けた。

 フォルカスの刺突剣エストックは、相当強い魔法が掛かっていると見ていい、オルトレットはさっと身を引いて距離を取った。


「どうしました」

「いや、時間をかけては、そちらが不利ではないか」


 この期に及んで、味方の兵士が来るのを期待しているのか。敵が臆したと見て、フォルカスは笑う。

 オルトレットは一瞬、扉の方に目をやると、また長剣を握り対峙した。


「こっちの増援がくる可能性もあります、時間稼ぎして賭けてみますか」

「いや、せっかくの機会だ、このまま決着を付けよう」


 次の振り下ろしたオルトレットの一撃は、そのままフォルカスの白甲冑を割って、肩の中ごろまでザックリと斬れた。

 フォルカスは斬撃を、そのまま身体で受け止めたのだ。フォルカスは、その間に刺突剣エストックでオルトレットの太ももを刺し貫いていた。


「なんとっ」

「この魔剣の二つ名、教えて進ぜましょう。『キラー・ビー』と言うのです、なあに毒ではありませんが、身体は痺れて動けなくなるでしょう。結果としては、同じ事」


 オルトレットの巨体が崩れ落ちる。

 フォルカスは、肩を激しく切り裂かれてはいるが、覚悟していたのか。激痛の中でも、眉ひとつ動かさず冷笑してみせる。


「ぐっ……」

「これが最後の奥の手というわけです。この魔剣の名を聞いた者は、全て死んでもらってますからね。苦しまずに逝かせて差し上げます!」


 フォルカスが、倒れこんだオルトレットの心臓を一突きしようと、刺突剣キラー・ビーを振り上げた瞬間だった。

 パンと乾いた音が鳴った。


「えっ?」


 フォルカスが振り返ると、そこには青い顔をした太っちょの騎士が火縄銃を構えて立っていた。

 銃口から、煙が上がっている。


 自分が、後ろから撃たれた。バカな、そこには誰も……。

 そう考えつつ、倒れたフォルカスの意識は途絶えて、二度と戻ることはなかった。


 二人が切り結ぶ間、机の影でずっと震えていたダナバーン侯爵だったが、どうしようかなーと迷っている間に、フォルカスの「この魔剣の名を聞いた者は、全員死んでもらって」の辺りで、自分もヤバイと思って、一世一代の勇気を振り絞って発砲したのだった。

 影が薄いことも、たまに役に立つことがあるのだ。


「だ、大丈夫か。オルトレット殿」

「……助かりました。お見事でござる、ダナバーン主将閣下」


 キラー・ビーの痺れは、解毒ポーションで治るものだったらしく、ダナバーン侯爵の介抱を受けて、オルトレットはすぐ回復した。

 こうして、魔の山での両軍の最後の戦いは、大将首を挙げた勇猛精進たる主将ダナバーン・エトス・アルマークの高い指揮能力と獅子奮迅の活躍により、王国側の圧倒的大勝利に終わったとアルマーク家の歴史書『アルマーク家業績録』に伝わっている。

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