第91話「巨大砲が火を噴くとき」

 帝国軍右翼の、領邦軍二万人。

 帝国の東の果ての三大王国のうち二つ、トラキア王国とガルトラント王国の騎士や兵士が多く参加している軍である。


 数は多いが、東の果てよりシレジエくんだりまで援軍させられた領邦王国軍と、帝国の各都市から徴募された兵で構成されており、兵士の士気は最低であった。

 それでも、敵にしているのはたかだか五百騎の近衛騎士団だ。本気を出せば、一気に押し潰すことも可能であったろう。


 しかし、軍団の指揮を執る、トラキアの将軍ダ・ジェシュカとガルトラントの将軍サンドル・ネフスキーは、二人ともまったくやる気がなかった。


「サンドル将軍は、攻めないのかね」

「いやー、ここは高名なトラキア騎士の戦車戦術の出番ではないかな」


 こうやって、お互いに牽制しあって一向に進まない。

 指揮をする両将軍がこうなので、遠方の故郷から無理やり徴募された兵士がまともに攻めるわけもない。


「まあ、後方のオラクル大洞穴では、ラストアのライ将軍がひどい目にあったそうだからなあ」

「うーん、ダ将軍もそう思うか。ここも、明らかに罠を張ってるよな」


 シレジエの近衛騎士団といえば、かつてはゲルマニア帝国の近衛騎士団と同じような重騎士だったはずだ。

 それが、五百騎にまで目減りした上で、なぜかフルプレートではなく軽い武装をしている。そこには、何か意図があると考えて当然だった。


 軽騎士は防御力は下がるものの、その分だけ動きは俊敏だった。

 その秩序だった機動戦に、敵を罠に誘い込もうとする意図を感じる。


 やる気のない感じに帝国の徴募兵の塊が長槍パイクを持って近づいても、軽騎士の機動力で翻弄されて、散り散りになってしまう。

 こんな感じの小競り合いが繰り返されているのだ、帝国領邦軍は一向に進む気がない。


 二万の大軍で戦ってまさか負けるとは思わないが、どこの領邦軍もわざわざ敵の罠に突っ込んで、大事な兵を減らしたくない。


 会戦の当初、勇者タケルとの決闘に金獅子皇フリードが呆気無く負けたと知って、領邦軍はゲルマニア帝国も先が長くないと思い始めたのである。

 弱体の皇太子であれば、媚を売る必要もない。こんな戦い、まともにやるほうがバカというものだ。


「おい、ダ将軍。帝国の近衛騎士団がこっちにやってくるぞ」

「私は目が見えないからわからんのだが、バルバロッサの奴がしびれを切らしたんだろう。ちょうどいいじゃないか、帝国の戦争は帝国にやらせればいい」


 トラキアの名将と謳われたダ・ジェシュカは盲目で、黒い眼帯をはめている。

 戦車戦術という、一風変わった戦法を編み出したことで有名なこの老将は、かつての戦争で視力を失ってしまったのだが、盲目となった今でもトラキア民族の英雄であり、将軍として尊敬されている。


「おーい、領邦軍の臆病者どもめ! ここは我が近衛騎士団が片付けるから、お前らもそのへっぴり腰を正して、我らの後に続け!」


 怒涛のごとき突撃を仕掛けながらも、領邦軍にいる両将にまで聞こえる大声で、ゲルマニア随一の猛将バルバロッサ・フォン・バーラントは叫んだ。

 身体もデカければ、声もデカいのだ。ビリビリと空気を震わせる信じられないぐらいの大声だった。


 その勢いで、赤ひげの猛将バルバロッサに率いられる五千騎に攻められては、王国側も溜まったものではない。

 シレジエ王国の近衛騎士団は、ぶつかるなり散り散りになって逃げた。


「フハハハッ、シレジエの騎士団も臆病者ども揃いか! ほら、近衛の名が泣くぞ、逃げずに戦え!」


 赤ひげのバルバロッサは、愉快そうに処刑斧を振り回して、シレジエの軽騎士を追いかけている。

 彼は、戦場で敵をたたっ斬っていれば幸せという戦争狂なのだ。


 それにしても、変わった戦場だった。

 草原に、大小様々な馬防柵がたくさん並んでいる。馬が飛び越えられるほどの低い柵もあり、そこを軽やかに王国の軽騎士が飛び越えていく。


 帝国は重騎士だ、真似をして柵を飛び越えようとして失敗して馬の足を折ったり、飛び越えた先が落とし穴であったりして、落馬していくものが多い。

 障害物が多い戦場なのだから、騎士の随伴に長槍兵パイクが来てくれればいいのだ、動きが悪い後方の領邦軍をバルバロッサは恨んだ。


「こんな小細工ごときに!」


 バルバロッサの自慢の赤馬も、ぬかるみに足を取られて立ち往生している。

 そこに、切欠きの盾と投槍を持ったシレジエの小柄な女性騎士が、栗毛色の長い髪を揺らしてやってきた。


「ん、お前は名のある騎士か!」

「……」


 彼女こそ、今のシレジエ近衛騎士団の団長であるマリナ・ホースであったのだが、語らない。

 言葉の代わりに、手に持った投槍を力の限りバルバロッサに投げつけた。


「フッ、小癪な!」

「……」


 小柄な割に、なかなかの一撃ではあったが百人の将軍の血を吸ったバルバロッサの処刑斧には簡単に弾かれてしまう。

 マリナは、投槍が失敗したのを見ると、今度は軽弓をつがえて撃ちまくった。


「フハハハッ、蚊が刺すほどにしか感じんなあ」

「……」


 バルバロッサに向かった矢は、処刑斧と厚い鎧に弾かれてしまう。

 しかし、赤馬は無事では済まなかった。


 ぬかるみに足を取られていた赤馬は、身体に矢を受けてバルバロッサの巨体を支えきれずその場に倒れた。


「むうっ、馬が持たんか」


 バルバロッサは、仕方なく赤馬から飛び降りた。

 愛馬を使えなくされた怒りを目の前の騎士にぶつけるために、処刑斧を振りかぶって追いかけていく。


「待てっ、卑怯者!」


 しかし、逃げる軽騎士の馬の足に、重い鎧を着たバルバロッサが追いつけるわけもない。

 気がつけば、敵陣の奥深くまで誘い込まれていた。


 四方八方に逃げたシレジエ近衛騎士団は、石切山や魔の山の山麓まで逃げていた。それを無闇矢鱈と追いかけたバルバロッサ率いる近衛騎士団五千騎も、バラバラに分散してしまった。


 山手の錯雑さくざつ地形では、重騎士は思うように動けない。

 落とし穴や、ぬかるみの罠に足を取られる、馬防柵の周りも同様である。


「何だアレは……」


 敵を追い続け、敵の要塞街オックスの手前まで這うようにしてやってきてしまった、バルバロッサは驚きを隠せなかった。

 オックスの街に設置してある、大砲の砲台はすでに左翼で火を噴くのを見たので、知っている。


 しかし、オックスの街から天を衝くように高く伸びた砲身は、大砲と呼ぶにしてもあまりにも長く大きな鉄の筒であった。

 あんなものが火を噴くと、どうなるのか。


 バルバロッサがそう思考した瞬間、ボカーンと空気が割れる炸裂音を聞いた。

 それはもはや、轟音とも呼べるレベルではない。風圧に煽られて身体がよろけ、鼓膜がキーンと鳴って痛む。その爆音に、猛将であるバルバロッサの巨体すら揺らいだのだ。


「王国の大砲は、化け物か……」


 オックスの街にある、三門のマジックアームストロング砲。


 巨大な砲身から吐き出された、風魔法によってトルネードがかかった巨大な鉄の弾は、ヒューと空気を切り裂きながら飛び、領邦軍二万が密集している後方に落ちた。

 その衝撃で、二万の大軍の陣に大きな穴があく。ただでさえ士気の低い兵は、明らかに動揺している。


「あっ、バカどもめ! 勝手に引くな!」


 バルバロッサが叫んでも仕方がない、次々と巨大な鉄の塊の遠距離射撃を受けた領邦軍二万は、慌てふためいて後退を始めた。

 あの巨大砲を放置しておいては、右翼は総崩れになる。


「おい、近衛騎士団集まれ! オックスの街を落とすのだ!」


 もはや、逃げるシレジエの騎士を追っている場合ではない。

 遠距離射撃をし続ける三門の巨大砲を止めようと、バルバロッサは要塞街の攻略を命じた。


 逃げる敵に翻弄され、バラバラになっていた帝国近衛騎士団五千騎は、固まって要塞街オックス目指して突撃を開始する。

 しかし、まとまった帝国の近衛騎士に向けて、通常砲塔の六門と要塞の銃眼から突きつけられた無数の火縄銃が火を吹いた。


 敵と直接戦うことすら許されず、銃撃を受けて死ぬ騎士、砲撃されて吹き飛んだまま動かぬ騎士。

 要塞街の周りのチンケな罠に足を取られて、次々と落馬していく騎士たち。


「なんだこれは、なんなんだこの醜悪な戦いは!」


 要塞街の前まで這うように進んでも、そこには大きな堀が口を開けて待っている。

 馬を失った重装騎士たちは、それでもゲルマニア帝国近衛騎士の名誉を胸に、バルバロッサの無茶な命令に従って、勇猛にも堀を越え、要塞の門を打ち破ろうとした。


 しかし、帝国騎士の誇りと不屈の精神力だけでは、シレジエの最新兵器には勝てない。


 堀を乗り越えて、ようやく壁にすがりついた選りすぐりの勇士も、完全なる要塞と化しているオックスの街の囲みを打ち破るだけの力は残っているようには見えない。

 それでもなお、超人的な死力を振り絞って、誇り高き騎士たちは堅い門を打ち破ろうと何度も突撃する。


 至近距離で銃士に撃ち殺されるか、あるいは門を打ち破ることに成功した騎士も、槍を持った市民に群がられ、無残にも突き刺されて死んでいった。

 誉れ高き帝国騎士が、農民や町人上がりの雑兵ごときに倒されていくのだ。


「フハッ、フハハッ、こんなバカなことがあるか!」


 赤ひげのバルバロッサは悪鬼のごとく進み、味方が破った門からオックスの街へと入城した。

 大きな堀も、壁も、群がる雑兵共も、悪鬼羅刹のごとき戦闘力を誇るバルバロッサを止めることはできない。


 槍を持って群がる市民兵を、一回処刑斧を振るうたびに五、六人一気に殺す。

 銃士隊の銃弾を受けてすら、バルバロッサは倒れず、弾込めしている義勇兵の首を吹っ飛ばした。


「おのれ、こんなやり方は許さん、ワシが許さんぞ!」


 あの化物のような砲台を叩き潰すのだ。

 そうすれば、領邦軍はまた前にすすめる、そうだ負ける訳にはいかない。


 雑兵どものこんな戦争を認めれば、騎士道は滅びる。

 身体中に銃弾を受けて死にかけるたびに、腰から回復ポーションを取り出してあおる、そしてまた死闘する。


 そんな風にしながら、敵と自らの真っ赤な血に塗れて、それでも処刑斧を振るいバルバロッサは進んだ。

 何度槍に突き刺されても、何度銃撃を受けても、何度でも立ち上がる。


 そして、その先に女騎士を見つけた。

 さっきの、投槍の騎士かと思えば違う。今度は燃えるような赤毛の女騎士だった。


 身の丈と同じ長さのある、大剣を持っている。バルバロッサが満身創痍でなければ、金獅子皇が装備しているのと同列の武器『オリハルコンの大剣』だと気がついただろう。

 この時には、もはや回復ポーションも尽きていた。


「ゲルマニア帝国軍、近衛騎士団長バルバロッサだ! 名のある騎士ならば……」


 ゲホッと血を吐きながら、それでも口上を唱える赤ひげのバルバロッサは、生まれついての騎士であった。


「シレジエ王国軍、『万剣の』ルイーズ。バルバロッサ殿、尋常に勝負!」

「相手に、不足は……ない!」


 バルバロッサが振るった処刑斧は、ルイーズが振るう、たった一閃によって砕かれてしまった。

 百人の将を屠った処刑斧を一撃とは……。


「これが『万剣』か」


 バルバロッサは、ルイーズの鮮やかな剣さばきを見て、美しいなと思い。

 自らの首を飛ばす次の一閃を、喜びを持って迎えた。


 最後にルイーズと出会えたバルバロッサは、まだしも幸運だったといえる。


 鉄の塊に吹き飛ばされたり、落とし穴の底で串刺しになって無残な屍を晒したり、雑兵の槍に貫かれ死ぬことを思えば。

 死して天国ヴァルハラへと昇れる、立派な騎士の死に様だった。


 そして、要塞街オックスに攻め寄せた騎士の中で、そのような栄誉ある最後が迎えられたのは、バルバロッサただ一人だけだったのだ。

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