第90話「王都シレジエの戦い」

「団長、ロスバッハー団長ぉぉ!」


 サラちゃんが、頭を撃ちぬいて死んだ竜騎士を見て、周りの網に絡め取られてもがいている竜騎士たちが絶叫していた。


「なんだ、偉そうな鎧着てると思ったら、コイツ竜騎士団長だったのね」


 サラちゃんは、いそいそと火縄銃に弾を込め直すと「団長、団長!」と絶叫している若い竜騎士の頭も撃ちぬいた。

 そうして、網に絡めとられてもがいている竜騎士を、次々と銃で殺している銃士隊や、槍で突き刺している兵士や市民兵に向けて高らかに叫んだ。


「ものどもー! 敵将の首! 義勇兵長サラ・ロッドが、討ち取ったどおおおおお!」

「やりましたね、サラ兵長!」


 サラちゃんをさり気なく側で守っている、少年兵ミルコも笑った。

 ロスゴー村義勇隊が、俺たちのサラ兵長が敵将討ち取ったと、勝ち誇るように味方に触れ回った。


 敵将堕つの報告に、街の兵士や義勇兵はさらに士気があがり、市民兵ですら槍を抱えて見事な活躍をした。


 そのサラちゃんたちロスゴー村義勇隊の活躍を、戦いながらも呆然とした心地で見ているのが、王都の兵士長のおっさんギル・ヘロンである。

 近くで戦っている、義勇兵隊長の若者、アラン・モルタルに声をかけた。


「なあ、アラン隊長さん。いまさら聞くのも、何なんだけど。なんであんたんとこの義勇軍は子供が指揮してるの?」

「あー、あれはサラ兵長だからしょうがないんっすよ」


 義勇兵団二番隊隊長アラン・モルタルは苦笑した。

 まあ、事情を知らない城の兵士は、困惑するのも無理はない。


 サラ兵長と、サラが率いているロスゴー村義勇隊は、子供の集団だ。

 それがやってきた途端に、義勇兵五百人と王都の兵士三百人、緊急の徴募に応じてくれた市民兵三千人まで全て指揮下に治めてしまったのだから、そりゃ疑問に思うだろう。


「いや、隊長さん。お前さんの指揮ならこっちも分かるんだけど、いくらなんでも子供はちょっとなあ」

「サラちゃんも、隊長格っすから」


「いやでもさ、同列の隊長なら年長者のお前さんが指揮したほうがよくないか。うちの兵士もなんか、小さい女の子にいきなり陣頭指揮されても困惑してるぞ」

「あのサラ兵長は特別なんすわ、えっとそのなんて言ったらいいかな。勇者様の近衛っちゅうか、つまり……これなんす」


 アランは、含みのある笑いを浮かべると、小指を立ててみせた。

 真面目なおっさんのギル兵士長は、それを見て信じられないと驚愕した。


「愛人って言っても、まだ子供……あっ、そうか。噂には聞いてたが、勇者様ってやっぱりロリ……」

「おっと! そこは義勇兵団のトップシークレットっすよ、命が惜しかったらそれ以上は……」


 アランは、「内密にな」とでも言うように、立てた小指をそのまま唇に押し当てた。

 ギル兵士長は、渋面を浮かべて深々と頷いた。


 この戦いに勝てば勇者様は、この国の新しい女王の夫になられる。

 王都を空から強襲した竜騎士は、その半ばが撃ち上げられた網によって落とされ、生き残った竜騎士も、もはや網を恐れて近寄ることはできない。


 王都での戦闘は、もはやシレジエ王国側の勝利だ。

 この分で戦争が推移すれば、やはり勇者様がシレジエの王族となられる気配は濃厚。


 王族への不敬罪に問われかねない発言は、慎むべきなのであった。

 それに、歴史上の勇者と呼ばれる英雄が、手当たり次第周りの女を愛人にするのはこの世界では当たり前なのである。


     ※※※


 一方、帝国軍の本営、作戦司令部である天幕では、帝国の主将フォルカス・ドモス・ディランが渋い顔で作戦地図を眺めていた。

 金獅子皇フリードが、命に関わる重度の傷を負いニコラウス大司教の治療を受けている今となっては、主将フォルカスがこの六万の兵を動かす総司令官である。


 フォルカスは、帝国の名門ドモス侯爵家に生まれて、エリート軍人街道をひた走ってきた。

 名門貴族であり、卓越した指揮官でありながら、中級レベルの魔術師で、これはおまけだが、亜麻色の髪も美しく容姿も端麗である完璧な彼は、『万能の』フォルカスとあだ名されている。


 そんなあらゆる面で優れた彼も二十五歳にしてついに、歴史の表舞台に姿を現したのだ。

 このシレジエの会戦で勝利すれば、歴史書に名が刻まれるのは、後ろの天幕で寝ているフリード皇太子ではなく、この『万能の』将軍フォルカスとなるだろう。


 そう気持ちが滾るほどに、攻城兵器まで付けてやったのに崩壊した、左翼の傭兵団の不甲斐なさに苛立つ。

 もちろん彼は、それで冷静さを失うような浅い男ではない。左翼の王国軍六千人は手強いとはわかっていた。


 王国の中央には兵団三千人、右翼にいるのはたった五百騎の近衛騎士団なのだ。

 そこをさっさと打ち破ったのちに、残った王国軍左翼を全軍で包囲殲滅してやれば良いだけの話だ。


「それにしても、右翼の動きが悪いですね……」

「たかが、シレジエの近衛騎士五百騎相手に、領邦軍二万は何をやっておるのか!」


 フォルカスの横で、激昂したのは身の丈二メートルの大男。

 帝国の近衛騎士団長である、ゲルマニア随一の猛将 バルバロッサ・フォン・バーラントである。


 赤ひげの猛将バルバロッサ。


 戦場で、自慢の赤馬に乗り巨大な処刑斧を振り回すだけで、敵兵を恐慌に陥れる。

 近衛騎士団五千騎を率いて戦陣を駆けること九回、その間に百の敵将の首を切ったと言われる伝説は、まさにゲルマニア随一の猛将の名に恥じない。


「たかが五百騎とはいえ、戦っている横を突かれると少し厄介ですね」

「よし、ワシが近衛騎士団を連れて、敵の右翼を叩き潰してこようぞ!」


 フォルカスは、少し考えて頷く。


「では、バルバロッサ将軍は右翼の増援をお願いします」

「よし! 五百騎ごとき、一瞬で片付けてくるわい!」


 中央本陣の近衛不死団一万人は、帝国最強の歩兵団だ。それに加えて一般の重装歩兵四千、合わせて一万四千人が、敵の兵団三千をジワジワと押しつぶそうとしている。

 近衛騎士団が左翼の増援に向かっても、何の問題もない。


「バルバロッサ将軍、念の為に言っておきますが、深追いはやめてくださいね」

「おう! 一太刀でぶっ潰してくるわ」


 本営を意気揚々と肩を怒らせて出ていく赤ひげの巨漢にそう声をかけたが、わかってはないんだろうな。

 まあ、罠があれば罠ごと吹き飛ばすのがバルバロッサ流だ、心配はあるまいが。


 しかし、暴れ狂う荒武者を御すには、自分はまだ若すぎる。

 フォルカスは、そこに策士としての力不足を感じて、ため息をついた。


 そういえばと、フォルカスは天幕に、副将のエレオノラ・ランクト・アムマインが残っているのに気がついた。

 彼女は、今回の戦いで将軍をやるたびに負け続けているので、皇太子から「静かにそこで座っていろ」と叱られていたのだが、本当に座っているとは意外すぎる。


 関わると、敵も味方も悲惨な目に遭う姫騎士、『ランクトの戦乙女』とまで呼ばれて敬して遠ざけられている、じゃじゃ馬公姫エレオノラが、本当に静かに座っているだけなのは逆に不気味だ。

 本来なら、猛将バルバロッサが激昂する前に、自分が突撃すると言い出してもおかしくないのに。


「やけに静かですね、公姫エレオノラ」


 声はかけたものの、フォルカス将軍が姫騎士でも副将でもなく、公姫と呼びかけたのは指揮には口を出してくれるなよということである。

 エレオノラは、帝国一の大富豪であり帝国諸侯の盟主ランクト公の一人娘だ。準皇族と言っても良い相手だが、それを言えばフォルカスも侯爵家の子息だから遠慮はない。


「あんた、シレジエの勇者を舐めてるでしょ」

「いきなり何を言うかと思えば……。私は敵を舐めてなど居ませんよ。的確に戦力を判断して、常道の策を執っているだけです」


「それが舐めてるって言ってんのよ。万能だか何だか知らないけど、まともなやり方だけで勝てる相手じゃないのよ」

「自分が負けた敵を、過大評価したい気持ちは分かりますけどね」


 フォルカス将軍は、姫騎士エレオノラの心配を鼻で笑う。

 敗軍の将が何を語るというのか。


「そんなんじゃないわよ。何度も戦った私が、あんたより敵をよく知ってるって言いたいだけ、このままじゃ……」

「このままじゃ?」


 フォルカスは、なおも言い募るエレオノラの肩にそっと触れた。


 エレオノラの炎の鎧は、常に燃え盛っていて座っている椅子もジリジリとこげたりしているのだが、その肩に触るとは、フォルカスもなかなか大胆な男である。

 フォルカスの着ている白甲冑アンノル・ブランも、強化魔法は掛かっているため少しなら炎の鎧に耐えられるのだ。


「ちょっと、触んないでよ」


 座っているエレオノラのほうにだらりと垂れた、フォルカスの亜麻色の髪が、払いのける炎の篭手に当たってジリッと焦げた。

 髪の毛が燃える独特の匂いがするのだが、沈着冷静たる策士フォルカスはこの程度では狼狽えない。


「私を心配してくれるのは嬉しいですよ、エレオノラ公姫。でも、私ならこの中央軍の一万四千だけでも勝って見せます」

「相変わらず、すごい自信家ね。フォルカス」


「自信ではありません。的確に情勢を判断した結果として、私には勝ちが見えている。この配置図を見て、帝国が負けるなんて言う男がいたら愚将ですよ」

「それ、遠まわしに、私が愚将だって言いたいの」


「私は『男が』と言いました。麗しい貴女には戦場より、もっと似合う場所があると思いますけどね」

「それ以上減らず口を叩いたら、侮辱と判断してたたっ斬るわよ」


「おっと、困りますね。フフフッ、戦争が終わる前に主将が殺されては、勝てる戦にも勝てなくなる」

「死にたくなかったら、その芝居がかった仕草をやめなさい。私の堪忍袋の限界を試してるんだったら、もう決壊は近いわよ」


 これ以上やったらエレオノラがブチ切れるという、ギリギリのところで身を引くフォルカスは、やはり策士としての判断能力が高いのだろう。

 ぐるりと机を回って、作戦地図を今一度眺めると、高らかに宣言した。


「エレオノラ公姫、賭けをしましょう。この戦に私が勝ったら、騎士はもう止めてくださいませんか」

「私に、そんなふざけた挑戦をしたのは、あんたが初めてだわよ」


 帝都劇団の役者のように整った顔立ちのフォルカスは、そんなことを言いながら、余りにもキザに芝居がかった仕草で、亜麻色の髪を整えて見せるので、エレオノラはもう怒りよりも呆れ果てた。

 ここまで、全部計算でやってるとすれば、なかなかのものだ。


「ああ咲き誇るバラのように美しいエレオノラ公姫、できれば、その時は騎士としてではなく。一人の女性として、私の側にいて欲しい」

「はぁ……あんた帝都では、プレイボーイで帝宮の女官にもモテモテらしいけど、わかんないわね」


「おや、嫉妬ですか」

「なんであんたみたいなオタンコナスが、女にモテるのかわかんないって、言ってんのよ!」


 作戦司令部で交わされるにしては、まったくもってのんきな会話だった。

 この段階では、主将フォルカスは勝ちを確信していた。姫騎士エレオノラを、戯れに口説くほどの余裕があった。


 帝国主将たる彼が本当に焦るのは、王都シレジエを強襲した飛竜騎士団が壊滅し、団長のロスバッハーが戦死したとの報告が本営に届いてからになる。

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