第85話「スパイク籠城戦」

 先鋒の義勇兵団とオルトレット旗下の騎士と兵士、合わせて千人は、手はず通りモケ山地のふもとにある『オラクル大洞穴』へと逃げ込んだ。

 帝国軍は、山道を乗り越えていよいよオラクル子爵領へと攻めこんでくる。


 スパイクの街の居城に戻ると、撤退の準備が進んでいた。


「先生、撤退ですか」

「もちろん撤退ですね」


 確かに、スパイクの街はある程度復興して、城壁は直っているし砲台も一つだけ取り付けてある。

 しかし、この程度の街に籠城しても、七万の大軍に囲まれてはひとたまりもない。


 仮に籠城したとしよう、食料や弾薬を空中から運んで持ちこたえることをまず考えたが。

 帝国には飛竜騎士団があるのだ、そこで空中からの輸送ルートは潰されるし、空からの攻撃にも耐えられない。


 それがなかったとしても、帝国には攻城兵器もあるのだ。単純な籠城戦に持ち込めても、破城槌はじょうついによる攻撃か、大型投石機トレブシェットによる石弾の嵐で城壁を崩されたらそこで終わり。

 その理屈が通用しない、古風な領主がスパイクの街にはいた。


「街を敵にみすみすと明け渡しては、武家の名折れ。拙者は一人でも籠城いたす」

「オルトレット……。気持ちは分かるが、すでに領民の撤退も終わってるし、ここに残って死ぬ意味は無いだろう」


 灰色の髪、フルプレートを着た堂々たる体躯のスパイク領主。

 オルトレット・オラクル・スピナーは、腕を組んで仁王立ちしたまま頑として城を動こうとしない。


 オルトレット子爵だって、頭では街が持ちこたえられないとわかっているのだ。

 だから、領民の避難を真っ先に進めたわけで、そんな領主としての合理性を持ちながら騎士としての意地は曲げられないのがこの男でもある。


「なあ、オルトレットお前は生きてもらわないと、俺が困るんだよ」

「勇者様、これは武家の意地でござる。どうか、どうかわかってくだされ!」


 あー、これどうしようかな。

 オルトレットに死なれると困るんだが、先生?


「じゃあ、オルトレット子爵には街に一人で残ってもらいましょう」

「ええーっ!」


 正気ですか、先生それはさすがにちょっと。


「死ねと言ってるわけではありません。子爵は、敵に一矢も報いず、街を明け渡すのが我慢ならないのでしょう」

「さようでござる」


 コクンと頷いてみせる子爵に笑いかけると、ライル先生は策を授けた。


「でしたら、オルトレット子爵には私の策に協力してもらいましょう。さしあたって、子爵とベテラン砲手が一人ですね。二人だけなら終わり次第、街から撤退できるはずです」

「というわけだが、オルトレットやってくれるか」


「勇者様、敵を討ち果たすため、拙者にできることがあらば、なんなりとお命じください」

「ああいちいち跪かないでいい、意地を果たしたら絶対に引くと約束しろよ。死ぬのは許さんからな」


 先生の策とはなんだろう。

 街に二人の戦士だけが残って、できることなんかあるわけがないと思うのだが。


     ※※※


 俺はスパイクの街に残らず早々に撤退したので、ここからは伝聞である。

 街を囲む帝国軍を前に、オルトレット子爵は硬く閉ざされた外壁の上から、高らかに宣言した。


「帝国の犬どもめ、このオルトレットがおる限り、この街は落とせんと思え!」


 それと、同時に子爵がそっと紐を引くと、トリガーに引っ掛けられていたクロスボウの矢が一斉に囲んでいる帝国軍に向けて放たれる。


「多勢に無勢だ、オルトレット子爵。大人しく街を明け渡して投降されよ!」


 今回の遠征軍は、皇太子であるフリードの親征であるので総司令官ではないが。

 帝国本軍の主将であるフォルカス・ドモス・ディランが前に立ち、オルトレットに投降を呼びかけたという。


 それに対するオルトレットの返答は、やはりもう片側の紐を引っ張って、クロスボウの矢の雨を降らせた。

 これで、帝国軍は小勢で籠城していると勘違いした。


 街の外壁は硬く閉ざされ、実際に領主のオルトレット子爵が残っているのだから、無理もない。

 それに対して、本営に陣取るフリード皇太子は、後方から運ばれてくる大型投石機トレブシェットの到着を待つこと無く、本軍の上級魔術師に攻城を命じた。


 ライル先生の目的は、上級魔術師を狙いやすい最前線に引き出すこと。どんだけ上級魔術師が憎いんだという話だが。

 攻勢を焦っている帝国軍は、先生の予想通りの攻撃を仕掛ける。


 次々と倒された帝国の上級魔術師の中で、最後まで生き延びた『灼ける鉄の』ドリュッケン・グンデ。


 魔術師でありながらフルプレートに武装した巨体のドリュッケンは、灰色の外套に身を包み。

 街を守る城壁に向かって、大きく腕を突き出す。


 彼が使うのは、土の上級魔法だが、岩石落としクラッグプレスではなかった。


「グアァハハハッ、天空を統べる覇者、暁の冥王よ! 我がドリュッケンの名において、そのかいなより星屑を投げたまらんこと、アイアン・ミーティア!」


 ドリュッケンの高らかな詠唱と共に、最上級魔法メテオ・ストライクには、一歩劣るものの。

 単体では致命的な攻撃力を誇る、灼ける巨大な隕鉄が撃ち出される。

 

 岩石落としならば、まだ耐えたであろう城壁も、これには一溜まりもない。

 その威力から、歩く破城槌はじょうつちと呼ばれている。


 実際の隕鉄落としアイアン・ミーティアの威力は、破城槌どころの騒ぎではない、まさに中世ファンタジー世界における攻城砲であった。

 苛烈にして強烈なる、鋼鉄の一撃。


 スパイクの街の城壁にあるたった一門の砲手が、目を凝らし息を殺すようにして待っていたのはその瞬間だった。


 高らかな詠唱を叫ぶ標的を、くすんだ赤毛の女砲手ジーニーは睨みつける。


 ジーニーは、元オナ村の自警団出身の村娘で、ライル先生と共に最初期から砲撃術を研鑽したベテラン砲手の一人だ。

 たった一人砲塔に残った彼女は、息を殺すようにしてド派手な魔法を使う上級魔術師に狙いを定める。


 旧式の砲台の狙いは思うようには行かない、最後は長年の感覚と運が決める。

 ジーニーは、祈るような思いで、鉄の弾を撃ち出した。


 ドーンと一撃。


 狙いはジャストミートだった。

 直撃の衝撃だけで、ドリュッケンの周りにいた兵士は、血煙になって吹き飛んだ。


 しかし、鉄の弾は弾かれてしまった。

 ドリュッケン自身は取り巻いた魔法の防護壁が、その身を守ったのだ。


「ふん、あれがシレジエの新兵器とやらか。びっくりさせてくれる……」


 もちろん歴戦の上級魔術師であるドリュッケンは、敵の攻撃に備えていたのだ。

 だから、砲撃を受けても生き延びた。自分の大規模攻城魔法は、敵の新しい兵器にも撃ち勝ったと思ったのだろう。


 だから、油断した。

 自らの魔法により見事に敵の街の城塞が砕けて、歓声を上げながら怒涛のごとく味方の兵士が街に突入していくのを眺めて、ほんの一瞬だけ気が抜けた。


 ゲルマニアの兵士に変装したカアラが、そっと後ろからその首を一閃しても、ドリュッケンは一声も上げなかった。

 帝国の大軍が土煙をあげて、街を攻め寄せる怒号と歓声の中、前のめりに倒れこんだドリュッケンを顧みる者はいなかった。


 カアラは、そのまま帝国軍の兵士に紛れて街の中に入り込み、砲手ジーニーと合流して彼女を逃したそうだ。

 彼女の死にスキルになっていた変装・隠密技能が、久しぶりに役に立った瞬間であった。


     ※※※


 俺の前に、オラクルちゃんに両脇を抱えられるようにして、輸送されてきたオルトレット子爵がやってくる。

 その顔は、憮然としている。


「オルトレット子爵、ご苦労だったな」

「勇者様のお役に立てましたのなら、無念はございませんが……」


「なんだ、不満なのか」

「いえ、生きて戻れとの命令でしたので」


 俺は、釈然としない顔をしているオルトレットの肩を抱く。

 結局はみすみすと街を明け渡してしまったのだ。彼が満足行くような戦いではなかったのだろうから、なだめておかないと。


「よくぞこらえて、生きて帰ってきてくれた。子爵にはこれからシレジエ本軍の総司令官の大役があるのだ」

「えっ、拙者が総司令官ですと……」


 オルトレットには、思わぬ人事だったのだろう。

 地方貴族は役に立たないし、帝国軍のことを笑ってられないぐらい、こっちも信頼出来る人材が不足してるんだよ。


「そうだ、名目上はダナバーン侯爵がシレジエ王都本軍の主将になられるが、あの人は後方支援専門だから、実質上の本軍指揮を副将のオルトレット子爵に任せたい」

「……勇者様が、拙者をそこまで買ってくださっておられるとは」


「オルトレット、男と見込んで頼む。お前しかできん大役だ」

「勇者様、拙者謹んでその大役、お受け致すでござる!」


「この戦争に勝って功績を上げれば、オルトレットも救国の大将軍だ。そうなれば、スパイクの街を取り戻すどころではない。ロレーンの街も含めた王国北方の大領主となれよう」

「拙者、勇者様のそんな大御心も知らず。つまらぬ愚痴をこぼしたこと、恥じ入る……恥じ入るばかりでござる、ううっ……」


 オルトレットが感涙にむせている、やっぱり根が単純だ。

 こういうところを、悪い人に利用されなきゃいいけどね。


 実際のところ、オルトレットの将軍としての実力は、よくわからない。

 ただ無難に指揮ができて、信用に足る人物なら合格点で、その水準には十分達している。


 潔癖すぎる嫌いはあるが、スパイクの街の民心もよく治まっていたし、領主としても優秀といえる。

 ここで絶対に死んでもらうわけにはいかない人材だ。


「オルトレットは、大将軍の器だろう。最後まで俺と共に戦い抜いて、生き延びてくれよ」

「ゆ、勇者様……拙者、この命に代えましても……」


「だから、死なない程度に頑張れと言ってるんだ」

「はいで、ござる……」


 オルトレットは、男泣きに泣いている。俺の腰にガタイの大きなオルトレットがしがみついておいおい号泣してるのが、めっちゃ重くて痛いんだけど、我慢する。

 ここまで言っとけば、とりあえずは奮闘してくれるだろう。


 さて、本軍の準備もあるが、オラクル大洞穴の籠城軍が上手くやっててくれればいいんだけど、それは上手くやってくれるように祈るしかない。

 大戦略となると、自分でなんでもやるってのは不可能になる。


 きっと、なんでも自分でやりたがりのフリード皇太子も、七万の大軍を指揮するだけで満足できず本営でウズウズしてるんだろう。

 いずれ、一騎打ちに持ち込んでやるから首を洗って待っているがいい。

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