第84話「戦争再開」

 その後、開かれた迷霧の伏魔殿めいむのふくまでんの影響で、帝国の街がまた一つ壊滅してから、事態が収束した。

 フリードの謎の行動は、もはや害悪と言ってもいい。


「順調に行ったとすれば、フリードは魔王の核を新しく二つ手に入れたわけか」


 やはり、パワー三倍かな。

 オラクルちゃんは、そんなことをすれば、魔王の核の力に飲み込まれて死ぬだけだと言っていたが。


 そしてついに、戦争再開の報を聞く。


 帝都ノルトマルクより、フリード皇太子自らが率いる、シレジエ討伐軍が進撃を開始した。

 しかし、不可解なのは、帝国がいまさら「ブリューニュ伯爵は死んでいない」と主張して、介入戦争の続行を宣言したことだ。


 てっきり他の門閥貴族を旗印に押し立てて戦うと考えて、こちらも対策を講じていたのだが、死んだ伯爵を旗印にするとは予想の斜め上を行っている。

 伯爵は死んでいる。それは、ブリューニュを殺して首を掻き切って、ロレーンの街に晒してやった俺自身がよく知っている。


 なぜ、帝国が不可解な主張で攻め込んだのか。

 ブリューニュの失敗があったから、勝手な行動をしがちなシレジエの地方貴族を旗印にするのに懲りたのか。


 確かに旗に使うには、物言わぬ死人の方が良いのかもしれない。

 もはや、この決戦に至っては、大義名分など関係ないということなのだろうか。


 驚くべきことは、もう一つある。

 帝国は帝都五万を先鋒に、さらに後詰に二万を加えて、総勢七万もの軍勢でランクトの街を通り、国境線を越えてロレーン騎士団領に攻め入ったことだ。


 七万もの大軍を一気に使う戦争は、このユーラ大陸の歴史でも空前絶後である。

 ゲルマニア帝国の動員力のギリギリ限界と言っていい。


 スパイクの街の本陣で、ライル先生は戦略地図を見つめながら、驚愕している。


「あり得ないですね……」


 帝国の総力を結集した七万の軍勢で攻め寄せれば、確かに強いだろう。だが、帝都を空にして全力で他国に攻めこむなど、常道を大きく外した戦略である。

 いや、それはもはや、戦略と呼べるレベルではない。


 ゲルマニア帝国は、相次ぐ戦乱でただでさえ領邦が不安定化してきており、外交状態も最悪なのに、帝都を留守にして攻められたらどうする。

 特に国境線沿いに部隊を駐留させているローランド王国は、三十年前に帝国にもぎ取られた旧領回復を悲願としている。


 帝国とて、いつ攻めこまれても、おかしくない状況なのだ。そして攻めこまれれば、近隣の領邦も動揺して、すぐに帝都ノルトマルクも危うくなってくる。

 戦略地図を見つめたカアラが、珍しく発言した。


「この布陣……。フリードは、迷霧の伏魔殿めいむのふくまでんを計算に入れて、防衛に使うつもりなんだわ。敵が帝都まで攻め込んできたら、包囲してる敵の後ろからモンスターをぶつける」

「そんなの可能なのか、というかアリなのかよ」


 確かに、シレジエのクーデターの最後に、ゲイルが魔素溜りを使ったことはあったが、あれはもう追い詰められた挙句の窮余の策だった。

 戦略に、最初から魔素溜りを使うなんてアリなのか。人間がやっていいこととは思えない。


「普通の発想ではあり得ないけれど、自国民の犠牲も顧みず。魔素溜りを上手く利用すれば、少ない兵力で帝都を守ることは可能です。人間の長が、こんな酷い発想をするなんて、信じられないけど。無策で帝都の守りを薄くしてるわけはないと思います」

「そうか……」


 人間社会を敵対視しているカアラですら、若干引いてる。

 しかし、フリードは魔王の核を戦争に使うほどの男なのだ、あり得ないことをやってのけるからこその金獅子皇なのだろう。


「まあ、総力で攻めて来られたものはしょうがない、やれるだけやってみますか」

「タケル殿は、やけに冷静ですね」


 さすがに、今回は先生も焦りと困惑の色を隠さない。

 でも俺は、これぐらいフリードならやると思っていたから、驚きはない。七万って数の軍勢が、いまいち想像できないってこともあるが。


「先生は、敵が七万だと勝てませんか?」

「……この日のために私は、ずっと何重にも策を練って、準備してきました。予想より三万ほど攻め寄せる敵が多いですが、逆に考えれば敵にはこれで大兵力による速攻しか選択肢がなくなります」


 先生は、戦略図を広げて策を立て直し始めた。


「どうですか、行けそうですかね」

「……打つ手はあります。なんでもやって良いんでしたらね」


 先生は、悲愴な顔で、それでも薄く微笑みを浮かべた。

 俺は、先生が大丈夫と言うのなら、心配することはない。


「じゃあやりましょう、フリードがこう来るんだから、こちらの『魔素の瘴穴』もきっと利用してきますよね」

「タケル殿の指摘は正しいです、そのための対抗策もありますから、その折はよろしくお願いします」


 なんだ、先生はちゃんと想定していたんじゃないかと思う。

 先生の瞳を見れば、俺にはよくわかる。まだ、慌てるような段階じゃない。


「じゃ、チャッチャと始めましょうか!」

「タケル殿は……」


 オラクルと前線視察に行こうとするところで、先生に呼び止められた。


「んっ、どうしたんですか先生」

「いや……。なんでもありません。前線に赴くなら、これを渡しておきましょう」


 先生は、俺に銃を渡した。火縄銃よりも一回り大きく重量感がある。

 形だけは、洗練されたエンフィールド銃のようなデザイン(に、不恰好な補助魔道具と後装式の弾倉がついた状態)になっている。


「ついに完成しました、魔法銃ライフルです。弾倉に十二発、弾が篭っていて、レバーを引くと、次々装填されるようになってます」

「おお、すごいですね。ちゃんとライフルっぽくなってます」


 俺は銃口を覗く、うーんちゃんと溝はついてるんだけどな。


「その溝はおそらく機能してませんが、魔宝石を動力源にして弓魔法で超回転がかかります。射程は格段に長くなり、弾道も安定します」

「やっぱりですか、でも弾倉まで出来たってすごいですね」


「ええ、基本的な構造は理解できたので、魔道具を組み合わせれば造れはします。ですが、十丁試作して三丁しかまともに撃てませんでした。弾倉一つにも、かなりお金がかかっていますから無駄撃ちしないでくださいね」


 俺は、窓の外に遠方の樹に向かって試打してみた、パキューンと音がなっておそらく命中したのだろう、枝を落とすことが出来た。

 レバーを引くと、弾がスライドしてすぐにもう一回射撃できる。


 着火に魔法雷管を使っているのが功を奏したのか、火縄銃よりも反動がマイルドだった。

 弾の入れ替えも早いし、命中精度も飛距離も申し分ない。


「これやっぱり量産できませんか、魔法銃ライフルで武装した兵隊を並べれば圧倒的だと思うんですが」

「今はダメです、製造の失敗が多すぎて、武器として安定性がありません。高価な魔道具を使ってこれでは、大砲を造ったほうが効果的です。魔法銃は、絶対に死んでは困る人の護身用に作ったんです」


「そうですか……」

「今は三丁で充分でしょう。私と、タケル殿と、あと約束ですからウェイク殿に連絡して渡しておきましょう」


 やはり、まだ現状では魔法銃ライフルは、ロマン兵器の域を超えないということか。


「わかりました、じゃあ早速帝国軍相手に、試し撃ちしてきます」

「タケル殿は、私の大事な大将です。深追いせず、絶対に帰ってきてくださいね」


 俺は十分に慎重なつもりなのだけど。

 先生に言わせると、まだ危なっかしいのだろう。


 まあ、俺が七万の敵を相手にしたって泰然自若としているのは。

 もう打つ手なしになったら『オラクル大洞穴』に逃げ込んで、群がってくる敵に『古き者』をぶつけてやれとでも思ってるからなんだけどね。


 諸刃の剣だが、最終手段としては使えるはずだ。

 先生に言うと「正気ですか」って言われるから、『オラクル大洞穴』籠城策だけは、先に提案して通しておいた。


 ダンジョンマスターが味方となった今の地下十階におよぶ大洞穴は、平時は大硝石工場であり。

 戦時においては、どんな人間の城よりも堅い、難攻不落の要塞と化している。

 攻め寄せる帝国軍を後背から苦しめるには、絶好の拠点となるはずだ。


 ともかくも、こうして再び帝国との戦端が開かれた。


     ※※※


 ロレーン騎士団領は、またロレーン騎士団のブリューニュ伯爵派が盛り返して、騎士同士で、やーやーと決闘をやっているらしい。

 帝国軍は、その無益な争いを無視して通過するまでは同じ。


 今度は、ロレーンの街を経由せず、直接スパイクの街まで兵を進めようとする。

 しかし、そこに立ちはだかるのはモケ山地の狭い山道だ。


 俺は、オラクルちゃんに背負って貰って、空中を飛翔して迫りくる敵の大軍を偵察しにいった。


「すごいな、もはや三国志のワンシーンだ」


 俺も、一万人クラスの会戦は既に見てきた。

 しかし、上から七万の敵軍を遠望すると、もう人の群れ、群れ、群れ。


 五万もの数の兵が、モケ山地の山道を通って渡ろうとしている光景を見ると、絶句してしまう。

 まるで砂糖の山に集るアリの大軍。


 山道では、少しでも迫りくる敵の数を減らそうと、義勇兵団やオラクル子爵子飼いの兵が、必死になって罠にはめて、岩や丸太を落として抵抗しているが、千人足らずの小勢。多勢に無勢もいいところだ。

 程よいところで、撤退命令を出さないと、山を越えた敵にそのまま飲み込まれてしまうだろう。


 帝国軍五万の向こう側には更に遠く、ゆっくりと二万の後詰めがやってきている。

 あっちも大軍だが、足の遅い輜重隊と攻城兵器がいて、それを囲むように守っているのは帝国本国ではなく領邦軍の兵団なので、積極的には戦闘に参加しないだろうとの先生の見立てだった。


「ちょっと、上から攻撃してみるかの」

「そうだね、焼け石に水っぽいが」


 義勇兵団が抵抗してるのに偵察だけで何もしないのもよろしくないと、オラクルちゃんが、衝撃波を上から敵の先鋒にぶち当てた。

 俺も上から魔法銃で、前線指揮官らしき立派な兜の騎士のみを狙い撃つ。


 敵は躍起になってクロスボウや長弓を撃ち上げてくるが、この距離からは絶対に届かない。


 先鋒に中級魔術師が混じっていたらしく、大きな火球ファイヤーボールも飛んでくるが、さっさと避ける。

 仮に当たったとしても、こっちは火炎抵抗が極まっているので、当たっても痛くも痒くもないのだが、一方的に攻撃できるのは、ここまでだった。


「タケル、全速力で逃げるのじゃ」

「おう……」


 帝国軍が抱える切り札、飛竜騎士団五百騎が、遠方からこっちに向かって群れをなして飛んできたからだ。

 ワイバーンを使役する飛竜騎士は、ファンタジー世界における迎撃戦闘機群であり空挺師団だ。あれに囲まれたら、俺たちでもマズイ。


 戦いは数という兵法の常識は、異世界でも変わらないのだ。

 さすがに五万、七万の軍勢を前にすると、個の力だけではどうにもならない。


「あんなのがおると、帝国に空中戦を仕掛けるのは無理じゃな」

「何とか地面まで引きずり下ろして、戦うしかないだろうな」


 まあ、その作戦を考えるのは先生の仕事だ。

 飛竜騎士団も来たし、敵が山中を越える前にそろそろ撤退すべきタイミングだと俺は味方に信号弾を送った。

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