第83話「最後の秘跡」

「んっ、ん……」


 カクンと電池が切れたように脱力して。

 ピンク色の丸いベッドに横たわったリアの瞳が、次第に光を取り戻していく。

 どうやら、目を覚ましたらしい。


「アーサマの降臨が終わったんですね」

「そのようだな」


 既に、ピンク色のシーツがかかった丸いベッドは回っていない。

 見慣れたはずの、リアの下着姿なのに、妙に艶かしく見えるのはなぜだ。


「はっ、これが、女性に対する心理的抵抗を解除ってことか」

「どうしたんですか?」


 単にエロく感じるようになっただけじゃねーか!


「いや、何でもない、それより身体は大丈夫か」

「ええ、前よりも調子が良いようです。秘跡が終わったのですね、これで勇者認定一級。ニコラウス大司教にも対抗できます。タケルも、溢れる力を感じるでしょう」


 うん、溢れるエネルギーは感じるが、下半身のほうに充血してる。

 これはヤバイ。下着姿でベッドの上にしなだれるリアが、俺に手を伸ばしてきた。


「起こしてくださいませんか」

「いや、自分で起きられるだろ」


 リアの濡れた瞳が俺の視線と絡みつく。パターンは見えている、どうせ手を引っ張り上げようとしたら、そのまま引きずり込まれるだろう。

 それなのに、リアの白磁器のように滑らかな手に触れたいと思ってしまう。


 いつもクールだった俺の心が、思春期の男のように浮き上がっている。

 心臓がバクバクと高鳴る。動揺を悟られたくないと思えば思うほど、呼吸は荒くなり冷や汗が出る。


 ブラを身に着けて居ても、見下ろすリアの胸元は大変なことになっている、一体こいつのカップ数はいくつなんだ。

 俺はリアの感触を知っている、あの指が沈み込むほどに柔らかい肉に触れたら、どれほど心地よいことだろう。


「くそ、俺の中の悪魔マーラよ、去れ!」

「ど、どうしたんですか。タケル……」


 リアは、額を手で抑えて、色欲と戦っている俺の様子に少し引いているようだ。

 お前んとこの女神のせいなんだよ!


 いや、アーサマのせいでもないか、元々の俺ってのは、こんなどうしようもないエロいやつだったのかもしれない。

 蜜蝋の香りに交じる、リアの肌から立ち上る女の仄かな香りだけで、イケないピンク色の妄想が脳裏から離れない。


 ため息が出る。今までの俺は、楽をしていたのだろう。

 とにかく、今の俺の心理状況をリアに気づかれたら、致命的な事態が発生しかねない。さっさと、この危険地帯から脱出しなければならない。


「開かない……」

「鍵はかかってなかったと思いますが」


 アーサマをその身に宿すのは、結構体力を使うのだろう、少し気怠い声でベッドから起き上がると、俺のところにやってきた。

 俺はガチャガチャと扉を押したり引いたりするが、一向に動こうとしない。


 一定時間閉じ込めると言っていたが、どれぐらいの時間なのだ。

 この状況をリアに気が付かれたら、襲われる可能性が高い。そして、誘われたらもう抵抗できる自信がない。


「よく考えると、慌てて出ることもないか」

「あら、今日のタケルは、是非もなく積極的なんですね」


 違う、出れないだけなんだ。

 余裕があるように見せるのは大事だ、俺はなるべく平然を装い、ベッドに腰掛けた。リアも、俺の隣にチョコンと座る。


「儀式だけに使うには、もったいない部屋だな」

「そうですね、恋人同士がしっぽりと愛を囁くのには、持って来いの部屋とは言えます。ベッドもフカフカで、気持ちいいですよ」


 あいかわらず、リアの言ってることは、どうしようもない感じだ。神聖な部屋という建前はどこへ行った。

 それなのに、リアの声色がとても可愛らしく魅惑的な響きに聞こえてしまうのは、俺の邪心のせいだ。


「タケル、さっきから指摘していいのかどうか迷っていたのですが」

「なんだ」


「是非言ったほうがいいでしょうか」

「さっさと言ってくれ」


「その、ズボンの前が……」

「なっ!」


 俺が普段穿きにしている、ファスティアンのズボンの前が、大変なことになっていた。

 すわ襲いかかってくるかと思いきや、リアは頬を染めて、組んだ指をモジモジとさせていた。


「雰囲気を出したのが、良かったんでしょうか。秘跡は終わってますが、タケルが是非ともとおっしゃるなら、わたくしの覚悟はできております」

「くっ……殺せ」


 下着姿のリアごときに、猛烈な反応を見せてしまった俺自身の不甲斐なさ。

 俺の心は耐えたが、肉体の方は限界だったのだ。


「あーもう、いいから服を着ろ」

「あら、羽がまだ戻らないので、是非にも着れないんですよ」


 リアの背中には、まだアーサマが生やした白銀の翼が生えている。

 確かにこんな羽をいつまでも付けてたら、服も着れないよな。天使って連中はどうやって生活してるんだろう。


「でも、美しい羽ですよね。神聖なるアーサマの翼を身に付けられるなんて、わたくし是非にも光栄です」


 リアが、羽を見てくださいと俺の前にくる。

 確かに綺麗な翼だよ。神秘的な色合いを帯びていて、普通の女が付けたらコスプレになりそうだが、黙っていれば天使の如き無垢な美貌を持つリアには、よく似合っている。


「リア、何やってんだよ」

「こうすると、男の人は喜ぶと禁書に描かれてました」


 リアは、満面の笑みを浮かべると、俺の目の前で下手なグラビアアイドルなど十把一絡げで蹴散らしてしまうのではないかと思われるほどの、はち切れんばかりの巨大な肉の塊をプルンプルン揺らし始めた。

 リアの胸と一緒に、白銀の翼が上下にフワフワと揺れている。


 なぜか満面の笑みで、ダブルピースまでかましている。

 どこの漫画で、そんなの覚えたんだよ、いろいろ台無しじゃねーか。


 とりあえず前言を撤回したい。

 リアを黙ってれば天使と例えたのは冒涜だった、ダブルピースかます天使は異世界にも絶対に存在しないだろう。


 こいつは、本当にどうしようもないバカだと思う。

 そのバカのバカな手に乗って、まんまと興奮させられている俺は、もっとバカだと思う。


「おっと、是非もなく転げてしまいました」

「うわ」


 よろけた振りをして、リアは俺に飛びつくとベッドに押し倒してきた。

 俺の顔に、むにゅっと柔らかいものが当たる。


 リアの大きな胸は素晴らしい。

 はち切れんばかりに張りがあるのに、触れれば指が沈み込むほどに柔らかくて、生暖かくて、他の何物にも喩えようがない感触だ。


 こうして俺の顔が大きな胸に包まれる、トクントクンと、リアの生命の鼓動が聞こえる。

 ただの柔らかい肉の塊が、これほどまでに狂おしく心を惑わせるのは、きっとそれが血の通ったリアの胸だからだ。


 今すぐリアの胸を覆っている邪魔な布を引きちぎり、たっぷりと心ゆくまで弄べたならどれほど気持ちいいだろう。

 しても良いのだ、何がいけないのかと俺の欲望は悲鳴を上げている。


 沸騰しそうな頭の中で、それでもしてはいけないと叫んでいる遠い声も聞こえる。

 理性の声ではない。きっと、これまでの俺を押し留めていたのは、頼りない理性ではなくて、失うことへの恐怖だ。


 大事な人を手に入れてしまって、再び失うことに俺は耐えられるのか。

 胸を突き刺すような痛みが、失うことへの悔恨が鎖となって、辛うじて俺をつなぎとめてくれていたのに、アーサマが外してしまった。


 リアは、確かにどうしようもなく魅力的な女だ。

 小悪魔のように意地悪で、天使のように無邪気だ。


 ちょっと言動が、いろいろアレなのは置いておくとして。

 そんな良い女が俺を求めてくれているのだ。俺だって痛いほどに、リアを求めている。


 それがたとえ欲望だとしても、求め合うことの何がいけない。リアに愛情がないかといえば、あるだろ。

 そう自分を楽な方に、気持ちがいい方に正当化しようとする、普通なら絶対欲望に押し負けるところだろう。


 でも俺は、天邪鬼だ。欲望に流されてはダメな理由を、しっかりと知っている。

 だってこの状況、考えても見ろよ。


 アーサマに鎖を外されて、飢えた野犬が餌をちらつかされるようにお膳立てされて。

 そんな場所で、シナリオ通りにリアを抱くとか冗談じゃねーぞ!


 ここで欲望に負けてリアを押し倒したら、あまりにもカッコ悪すぎるじゃないか。

 いつかはそうなるかもしれないけど、少なくともここじゃない。


 ついさっきまで、真面目に自分の先の人生を、シルエット姫との結婚を考えていたんだ。

 これがシルエット姫だったり、ライル先生だったり、あるいはルイーズなら潔く白旗をあげるところだが。

 俺はアーサマのお膳立てにも、リアのおバカな誘惑にも、絶対に負けない!


「やっぱり、今日は積極的ですね、これもアーサマのご加護でしょうか」

「離れろ、リア」


 理性ではいけないとわかっているのに、思わず抱きしめ返してしまった。

 あまりにもリアの身体が柔らかくて、いい香りがして、我慢できなかった。


「そんなに強く抱かれたら、離れることができないではないですか。そんなにしなくても、わたくしはどこにもいきませんよ」

「違う、リアこれは……」


 やっぱり、おっぱいには勝てなかったよ……。


「ああっ、今日はもしかして、ついにこのまま最後まで行ってしまうんでしょうか。アーサマ、罪深いわたくしをお許し下さい。最終回は間近です」

「うるさいよ、あっ……」


 羽が生えたリアが、凶悪な武器である柔らかい身体を押し付けている衝撃で、不意に俺のリミッターが外れてしまった。

 バカな、暴発だと!?


 中学生のガキじゃねーんだぞ。


 爆発しそうなほどの興奮と葛藤のなかで、どうにかなってしまった身体が、肉体の門を、俺の意志とは関係なく解き放ってしまったのだ。

 おかげで、頭は賢者モードへと移行したが、なんとも情けない事態に茫然とする。


 ああ、やってしまった。

 せめてそのことを、リアにだけは知られたくない。俺は、解放された気持ちよさと、濡れてしまった気持ち悪さに震えながらも、クールを装う。


「あらら、もしかしてパンツを汚してしまいましたか」

「……ぐっ」


 なんで気づかれた。

 しかし、なんという屈辱。リアに見下され、軽蔑されるのならまだいい。


 リアの俺を見つめる瞳は、深く碧くどこまでも優しくて、先走ってしまった年下の男を気づかう色すらあったのだ。

 ここで下手に慈悲をかけられるのはキツイぞ、リア。俺の薄っぺらいプライドだって傷つくんだ、いっそ殺せ。


「大丈夫ですよタケル。思春期の男の子なら当然の生理現象です。わたくしを愛しく思ってくれたからこそでしょう。それに、元気なのはとてもいいことです」

「俺は、思春期じゃないんだが!」


 リアは、さも(童貞君はしょうがないな)と言いたげな感じで、ウキウキとカバンから何かを取り出す。

 俺の被害妄想なのか、あと童貞ちゃうからな!


「タラララッタラー、替えのパンツ、です」

「なんで、リアが男物の下着なんか持ってるんだ」


「アーサマが、今日は必要になるかもしれないから、ひと通り用意しておけとおっしゃいました」

「あのクソ女神、こうなることは全部想定済みかよ!」


「あら、罰当たりなことを言ってはいけません。タケルだって濡れたパンツを穿いたままなんて嫌でしょう。是非もないアーサマのご配慮をお受け取りください」

「分かったから、よこせ」


 俺はリアから受け取ると、部屋の隅に行って履き替えた。

 泣きたくなってきた。


「汚れた方は、わたくしが洗濯しておきましょう」

「誰が渡すか!」


 これは持ち帰って、自分で洗う。ここまで辱められたんだからもういいだろう。

 俺は、いい加減に開けと告解の部屋の黒い扉に手を賭けた。


「あっ、タケル、是非もなく無理ですよ。先ほどアーサマより『ご休憩ではなくご宿泊』だと御神託がありました。この部屋は二十四時間は、邪魔が入らないように完全に閉鎖されているそうです」

「なんだと!」


「幸いなことにラブホーリールームには、トイレも水場もありますから何度汚しても平気です。食料も飲み物もたっぷりと用意してきましたから、是非もなく快適に過ごせるでしょう。ちなみに換えのパンツは、五枚用意してありますから多い日も安心です」


 もう限界だ。これ以上の辱めに付き合ってられるか!


「星皇剣、乱れ斬りィィ!」


 俺は、黒い扉に向かって、光の剣をめちゃくちゃに振るった。

 ギギッと白銀の障壁が現れて抵抗した、さすがはアーサマの障壁だ、光の剣だけでは断ち切れない。


「ちいっ」


 俺は汚れたパンツを上に放り投げると、さらに中立の剣まで加えて、両手で障壁を叩き割った。

 全出力のダブルアタックならどうだ。


「中立の勇者なめんなよ、創造女神がなんぼのもんじゃ!」


 母なる混沌神の後押しもあり、パリンとガラスが砕けるような音がして、女神の障壁ごと黒い扉が断ち切られた。

 俺は落ちてきたパンツをガシッと受け止めると、そのまま開いた隙間から、扉を潜り抜けた。


「ああっ、タケル是非待ってください!」


 甲高い叫びを後ろに残して、危険地帯ラブホからの脱出に成功した。

 リアは裸みたいな格好している上に、あの羽根のでかさでは狭い扉をくぐれないから、すぐには追ってこれまい。


 俺はあえて女神のシナリオにも反逆する、中立の勇者だ。

 これでミッションコンプリートォォ!


     ※※※


「ああ……もう、なんだってんだ」


 リアの責めに、あれほどまで翻弄されるとか、全然クールじゃない。

 激しいテンションでごまかして、教会からは逃げられたが、問題は何も解決していない。


 性欲が戻るのってキツすぎる。

 せっかく過去の話を教えてもらって、悩みを解消してもらったと思ったら、新しい悩みの種を落としていきやがって。


 アーサマは、俺をどうしたいんだよ。

 若者よ、悩め、苦しめってことか。それも人間に対する、神様らしいやり口だとはいえるが俺は信者じゃないんだから、試練なんかいらないんだよ。


 はぁ、はぁ……なんか頭が熱い、身体が火照る。

 頭にピンク色のどうしようもない妄想が、次々と湧き上がってくる、こんなの勇者じゃなくて、ただの変態じゃん。


「俺ってこんなやつだったのかなあ」


 とにかく、城に帰って部屋に引きこもろう。今は誰に会うのもまずい。

 しばらく休めば、心も落ち着くはずだ。


「はぁ、はぁ……」


 身体が火照ってどうしようもない。

 なんとか、よろよろとよろめきながら、城にたどり着いた。


「ご主人様、大丈夫ですか。すごく具合悪そうですけど」

「シャロンか、なんでもない……俺から少し離れてくれ」


 シャロンが駆け寄って来てくれたんだが、いつもはなんとも思わないシャロンの匂いを嗅いだだけで、俺はおかしくなりそうになる。

 オラクルもやってきた。


「なあ、タケル。匂いがするんじゃが、手に持ってるのを見せてみい」


 オラクルが、俺の手から汚れた下着を奪うのを止められなかった。

 くんくんと匂いを嗅いで、オラクルは眼を見張る。


「こっ、これは……大変じゃ。おいシャロン、タケルは病気じゃ、すぐ治療せねばならん」

「ご病気ですか、私にできることはありますか!」


 シャロンは、驚いて琥珀色の瞳を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻してオラクルに指示を仰いだ。

 確かに体調がおかしいと思ったが、病気だったのか。


「うむ、シャロンはこの汚れたパンツを洗っておいてくれ。あと、私の部屋にタケルを寝かして治療するから、人が近寄らんように頼む。特に女はマズイのじゃ」

「わかりましたが、ご主人様は何の病気なんですか」


「うーむ、近くに女性がおると、具合が悪くなる男性特有の病気での。まあ専門家のワシが看病すればすぐ治るから、心配するでない」

「おっしゃる通りにいたします。オラクルさん、ご主人様をよろしくお願いします」


 シャロンは、俺の汚れた下着を渡されて、心配そうにオラクルに手を引かれて行く俺を見送った。

 あー、あのパンツ、シャロンに見られるの凄く嫌なんだが……。


 俺はオラクルの部屋のベッドに寝かされると、一気にズボンとパンツをずり下ろされた。

 もう抵抗する気力もないけど、それでも恥ずかしい。


「オラクル、何をするんだよ……」

「何って、治療に決まっておるじゃろ。だいたいタケルの身体がどうなっとるかは匂いで察したが、何がどうしてこうなったんじゃ」


 オラクルは心配そうに、俺の腹をさすりながら、同時に怒ってもいる。

 オラクルが言うには、今の俺の身体は、一年以上もの間、堰き止められていた精気の門が一気に解放されて、オーバーヒートを起こしている状態だという。

 そりゃ、熱も出ようというものだった。


「こんなになって苦しいじゃろう……誰がワシのタケルに、こんな酷い真似をしたんじゃ」

「アーサマが、心理的抵抗を取り除くとか言ってからなんだが」


「なに、創聖女神がやったのか! おのれぇ……、せっかくワシが徐々にタケルの精気を抜いて、ゆっくり調整しながら治してやろうとしてたのに、若い男の生理もわからん女神とかあり得ないじゃろ。八千年も生きてて、まだおぼこかアイツは!」


 オラクルは、赤い瞳を血走らせている。

 白いツインテールがブワッと逆立って、フーと唸りながら牙を剥いている。本気で怒っているようだ。


「アーサマはアーサマで、悪気はなかったんだと思うが……」

「タケルぐらいの若い男子おのこが一年間、溜めに溜め続けた精気量を一気に解き放つとか、力加減を知らんバカのやることじゃ。こんなの受け止めたら、女のほうが壊れてしまうじゃろ!」


 オラクルに言わせると、創聖女神もバカ呼ばわりなのか。

 まあ、魔族は信仰対象じゃないからな。


「さしあたってどうすればいいんだ」

「完全にオーバーフローしておるからの、少し荒療治にはなるが、まずは精気を抜き切ってしまうしかない」


 俺は苦しいから、何とかして欲しいのは確かなのだが。

 オラクルに跨られると、初めてではないにしても、かなり抵抗がある。


「うあっ、ちょっと待って」


 オラクルちゃん、いえ……オラクルさん?

 それはなんか、あり得なくない?


「ワシだって命をかける覚悟じゃ、この精気量を受けるのは尋常な方法では無理じゃ。ワシの小さい胎が持つかギリギリじゃろうて」

「それはわかる、わかるがこんなやり方って、俺は知らないぞ!」


 オラクルちゃんは、俺の上で悲壮な笑みを浮かべて親指を立てた。

 いやでもこれ、あり得ない感じなんだが。


「ワシだって形は小さいが、エンシェント・サキュバス。精気吸収のプロじゃ、きっちり全部受け止めて、またしっかりと箍をハメて、精気が暴走せんようにコントロールしてやるから安心せよ」

「それはありがたいんだが、なんか怖いよ」


 他にやりかたはないのか、これはあまりにも……。


「ビギナーは、プロに全てを委ねよ。信ずるものは救われる、急いては事を仕損じるじゃ。では、ただいまよりオペを開始するぅぅ!」

「でもこれって、うああああ」


 オラクルの謎のオペは、長い時間を要して、果てがなかった。

 いつしか、俺もベッドで眠っていたようだ。


 力尽きて真っ白になったオラクルちゃんが、戦い抜いて死んだ戦士のような微笑みを浮かべて寝そべる横を、そっと起きだすと。

 汗ばんだ肌をタオルでさっと拭き、服を着て外に出た。

 部屋の外が明るい。


「あれ、まだお昼なのか?」

「ご主人様、お身体はもうよろしかったんですか」


 シャロンが、部屋の外で心配そうに待っていた。

 彼女の匂いを嗅いでも、肌に触れてみても冷静さを失わないんだから、大丈夫になったのだろう。さすが、専門家。


「うん、もう大丈夫だ。それにしても、まだ日が暮れてなかったのか」

「ご主人様、今は朝ですよ」


 そうか、丸一日経ってたのか。

 なんかもう、時間の感覚がおかしくなっている、自分がこれまでの自分でないような感覚。悪い気分ではないが。


「オラクルが、疲れきって部屋で寝てるから、あとで介抱してやってくれないか」

「わかりました、ご主人様がご快癒なされたようで、ホッとしました」


 気怠いけれど、どこか生まれ変わったようなスッキリした気分で、身体を綺麗にすべくお風呂場に向かう。


 城の廊下から見えるとても大きな太陽が、ジリジリと燃えている。

 ふと足を止めてそのままじっと見ていると、黄色い太陽に心がすっぽり飲み込まれてしまうような心地がした。

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