第82話「アーサマとの対話」

「ついにアーサマより、最後の秘跡サクラメントの許可が降りました。これが終われば準一級から一級に昇格して、あのニコラウス大司教とも互角に戦えるようになるでしょう」


 澄ました顔で、俺にそう告げるリア。

 お前、このパターンわかってるんだぞ。どうせまた変な話に持っていくつもりだろ。断れない立場なのが辛い。


「秘跡なあ……」

「是非もない反応ですね、ちょっとは喜んでくださいよ。最後の秘跡は、タケルが想像しているような不真面目な儀式とは違います」


 リアが、ため息をつく。

 ため息をつきたいのは、こっちのほうだ。


「お前、これまでの儀式が、不真面目なものだったと認めるんだな……」

「言葉の綾です。最後の秘跡は禁呪ではなく、アーサマが直接タケルとお話ししたいとのことなのです。これまで、何度教会に誘っても来て下さりませんでしたが、今回だけは是非ともご同行をお願いします」


 まあいいさ、どっちにしろこっちは断れる立場ではない。

 フリードと対決するにしても、ランクの差は命取りになりかねないからだ。


 また、あのホモ大司教にしても、冗談みたいな攻撃だったが、あのスウィフトゴーレムの猛攻をいとも簡単に跳ね除けて見せた神聖魔法の実力だけは洒落にならない。


「分かった、アーサマにも聞きたいことや言いたいことは山ほどあるからな」

「創聖女神様ですよ! 分かってるとは思いますが、こっちはお願いを聞いてもらう立場なのです。是非とも女神様に失礼のないようにしてくださいね」


 いつになく、リアの反応が堅い。

 なるほど彼女たちにとっては生き神様だ。


 でも俺としてはピンと来ないし、あの混沌触手生物『古き者』と同格の得体のしれない存在に感じるんだが。

 どちらにしろ、神代レベルと相対しなければならないと考えると、気が重いものだな。


 リアに連れられて、俺はオックスの街の教会に入った。

 街の規模と同じくこぢんまりとした建物だが、綺麗なステンドグラスで飾られた綺麗な尖塔の教会だ。


 リアとの付き合いもあるので、俺が領主として再建資金を出してやったのだが、入るのはこれが初めて。

 羽の生えたアーサマを象ったステンドグラスは大雑把な造りだが、それでも色のついたガラスというだけでこの世界では高級品だ、教会は金食い虫である。


「こちらが、告解ボックスです。この中でアーサマをわたくしの身体に降臨させてお話するのが、是非もない作法となっております」

「うん……」


 小さい箱のなかに入るのは緊張する、確かに外界とは隔てた小さな神域と言えるのかもしれない。

 箱の狭い入口をくぐって、中に入るとそこは少し空気がひんやりと湿っていて、薄暗かった。


「やけに暗いな」

「是非お待ち下さい。いま、明かりをつけますね」


 人が二人も入ればいっぱいになってしまいそうな、小さい黒い箱に見えた中の空間は八畳ほどもある広いスペースになっていた。

 まさか空間を歪曲させたなんてことはあるまい、隠し部屋の一種なのだろうが、明かりに照らされた部屋を見て、俺は度肝を抜かれた。


「どうでしょう、蜜蝋の明かりが是非もなく、ムーディーな雰囲気を演出します」

「なんだこりゃ……」


 その告解の部屋には、部屋の大部分を専有している大きな丸いベッドがあって赤い絨毯が敷かれている。

 蜜蝋の明かりに照らされて、怪しい雰囲気が漂う。香りづけしてあるのか、蜜蝋から甘ったるい香りが辺りに漂って……。


 俺は経験もないし、行ったことないけど。

 この窓もない部屋の、いかがわしい雰囲気は、どっかで見覚えがあるぞ。


「アーサマと対面するのですからね、是非もなく緊張しているのはわかります」

「いや、その種の緊張とは違うんだが、なあこれってアレじゃないのか」


「ちなみに、この丸いベッドは回転します」

「おーい!」


「タケルが思うような淫猥なラブホではありません。このベッドの周囲には神聖なる聖言が刻まれていて、回転させることでアーサマを降臨させるのに必要な聖円陣となっております」

「ラブホって今言ったよね!」


 アーサマ教会に、何かまともなものを期待した俺が間違いだった。

 ラブホの再現度は、嫌な感じのリアルさで、思春期を脱しきれてない俺には、キツイものがある。

 なんか窓がないせいか、とても息苦しい。


「ラブホとは愛と聖の部屋ラブホーリールームの略です、ちなみに、この教会のラブホが使用されたのは初めてです」

「こんな無駄な施設を造るために、俺は多額の寄付をさせられたのか!」


 なんて連中だ。

 あり得ない、領地の血税を何だと思ってるんだ。


「こうして役に立つわけですから、無駄とは思いませんが、領主たるタケルがそのようにおっしゃるのでしたら、信者に貸し出すことも」

「やめろ! 俺が悪かったからやめろ」


 うちの領地で堂々と、ラブホテルを経営されたらかなわん。

 王権から独立した教会権力は、領主としては口出ししにくいので、これで結構厄介なのだ。


「デザインが突飛なだけで、これは降臨の儀式に必要な聖円陣なんだな。突っ込むのはやめてそのように解釈するぞ」

「はい、今回は本当にまともな話です」


 落ち着け、こんだけしょっぱなからやりきったんだから、儀式はまともに違いない。

 リアは、七色に輝く『女神のローブ』を脱ぎ捨てると、純白の下着姿になってピンクのシーツがかかる丸いベッドの上にちょこんと座った。


 もう、なぜ脱ぐんだとか、一切突っ込まない。

 いちいち指摘してたら日が暮れてしまう、長い夜をこの部屋でリアと共に過ごすとか、絶対嫌だ。

 可及的速やかに、儀式を終わらせるのだ。


「では、いまよりアーサマ降臨の儀式を始めます」


 神聖魔法が作用しているのだろう、ブワッと風もないのに大きく蜜蝋の炎が揺れた。

 アーサマの聖言がサイドに刻印されたベッドが回り始める。


 俺は言語理解チートがあるので、その聖言とやらが読めてしまうのだが『女は度胸、男は愛嬌』とか、神聖文字で書かれているのがチラッと目に入った。

 一切無視する。


 どこからともなく、パイプオルガンのような旋律が流れてくる、教会の鐘の音がゴーンゴーンと遠くに聞こえる。

 そのメロディーに合わせて、両足を座禅のように組んだ下着姿のリアが、丸いピンクのベッドと一緒にゆっくりと回転している。

 シュールだった。


 突然、ふわっとリアの背中より、大きな白銀の羽が生えた。

 あまりにも唐突なので、俺はもはや何も言えなくなって、白銀に輝きだしたリアを黙って見つめる。


「……あーあーメーデーメーデー、いま、シスターステリアーナの身体を通して話している。我を呼んだのはソナタか」

「……えっと、アーサマ?」


 メーデーメーデー、ってなんだっけ。

 救難信号かなんかじゃなかったか、アーサマってやっぱどっか間違えてるよな。


「んっ、上手く繋がったのはいいが、質問とかまとめてないのか。我、わりとケツカッチンなんだぞ」

「いや、ケツカッチンとか。……何でもないです」


 俺の言語理解の翻訳が、ちょっとオカシイと解釈しておこう。

 女神様にツッコミを入れるのはマズイ、気分でも害された日には、大変なことになりかねない。


「なんでもないのに呼ばれても困るよ、勇者タケルよ」

「すみません」


 あれ、なんで俺が怒られる流れなんだ、顔が普通にリアだからムカっと来るんだが。

 俺は、勇者としてランクアップする最終の秘跡だと聞いて、呼ばれただけなんだけど。


「じゃあ、そちらからの質問はナシで、我が言いたいことだけ言い切って秘跡終了の流れで良いか」

「いやいや、ちょっと待ってください」


 貴重な機会だ。

 リアルファンタジー製造者に聞きたいことなら山ほどある、アーサマ教会に対するツッコミとかはこの際どうでもいい。


 せっかくの全知全能の女神なのだ、質問したいこと。

 俺の聞きたいこと、そうだ……。


「俺は、なんでこの世界に転移してしまったんでしょうか」


 根本的な疑問だ。

 俺は転移した直前の記憶が無い、なんとなく高校生をやっていた記憶はあるのだが、それもどこか遠い他人ごとのように感じて。


 だから、面倒なホームシックもなかったし、この世界に適応するには便利だとは言えた。

 でも、いつか転移した原因を調べたいとは思って、今の今まですっかり忘れていた。


 俺は今、姫様とこの世界で結婚するかもしれない人生の岐路に立っている。

 男として、そういう選択を取った時に、そのあとで元の世界に戻らないと行けないとかになったら取り返しのつかないことになる。


 そうか、こうしてアーサマの前に立ってようやく。

 俺が何を迷っていたのか、その原因がはっきりした。過去を知らないでは、未来は選択できない。


「タケルの元の世界に居た時のことを話せばよいのか」

「そうですね、そういうことも含めてお話いただければ……」


「君は、元の世界に絶望してこの世界にやってきたんだよ。転移の際の記憶が消失しているのは『転移の原因』となる出来事を忘れたいと願ったからだ」

「絶望って、何があったんですか」


 自ら忘れたがった出来事ってなんなんだ。

 そんな言い方されたら、気になって仕方がないじゃないか。


「私の口からそれを詳しく言うのはどうかな。忘れたいと願った記憶を無理に掘り起こせば、君は苦しむことになる」

「それでも知りたいと言ったら?」


「正確にエピソード記憶を回復すると、君は精神的なインポになるだろう」

「えっ……」


 インポって言ったか今、マジで性的不能インポテンツって意味で言ってるのか、どんな女神だよ。

 思い出したら性的不能になる記憶って、どんな恐ろしい出来事なんだよ、怖いわ!


「まっ、それぐらい酷い記憶ってことだ、嘘だと思うか」

「貴女が、本当に女神様なら、嘘はつかないと思います」


「……だよね、だいたいさ、オカシイと思わなかったか」

「何がですか」


「フツーの高校生が、あんな獣人クオーターの可愛い子とか、ロリロリな魔族とか、うちのムッチムチのプリンプリンなリアに抱かれて眠って、むせ返るような女の子の香りに包まれて、もう毎日毎日くんずほぐれつ、我慢出来るわけないでしょ!」

「まあ、それは……」


 分かるんだけど、なんでそんな下世話で赤裸々な言い方するんだよ。

 なんか段々とキャラ壊れて、地金が見えてきてるぞアーサマ。


「君は原因となる記憶を忘れてるから、インポまでは行ってないけど、そういう色事に自然と抑制かかってるんだよ。女の子と深い関係になるのを恐れてるんだ。結局、君の悩みの原因は全てそこに帰結してるといえる。喉に魚の小骨が、引っかかってるみたいに、迷いが食いついて離れない。そんな感じだろう」

「……そうですね」


「気になるだろうから、君が異世界トリップする前の出来事を、客観的に話してやろう。君は元の世界では、家族とも仲が悪いわけではないが疎遠になっていたし、学校に恋人も親しい友人もいなかった。これは知ってるね」

「あんまり、きちんとした記憶ではないですけどね」


 なんだか、他人の人生を見ているような感じで、過去を覚えているのだ。

 俺は誰とも深く関わらず、孤独だった。特にそう望んだわけじゃなく、まあぼっちだったんだよな。


「誰とも疎遠で居場所がなくても、君はぜんぜん平気だった。君の魂はとても孤独に強かったよ。そのままなら、本気で異世界に行きたいなんて思わなかっただろう。一人で生きて、一人で死んでいけた」

「ぼっちでも平気だったんなら、何で異世界転移したんですか」


「そうだな、元の世界での君に、ある特殊な出来事が起きて、初めて親しい友人ができてしまった。それは女の子であったけど、恋人ではなかった。でも、それ以上に本当に心の深いところで通い合った友人だった」

「だったら、なおのこと異世界に行こうだなんて思わないでしょ」


 それが恋人じゃなくても、大事な人が出来たなら。

 きっとその人を守ろうとするはずだ、今の俺ならそう思える。


「そのせっかく通い合った、たった一人の女の子が、仲良くなった直後に跡形もなくこの世から消えてなくなってしまったらどうだね」

「それは……」


 分からない、それは本当に俺の身に起きたことなのか。

 大事な人が出来て、その直後に消えるって死ぬってことか、そりゃ耐えられないかもしれない。


「結論から先に言えば、免疫のない君にとって、人生で初めてできた大事な人を亡くしたショックは大きすぎた。その時には君の家族も学友も、君の属するコミュニティの人間はみんな死に絶えていたから、引き止めるものもなかった」

「壮絶ですね……」


 想像もつかない、今の俺には。

 でもなんとなく、胸がチクリとするような気はする、実際にあったことなのだろう。


「その記憶すら、平気な顔で封印して、君は生活していこうとしたが、それでも勃たなくなるほど心身に深い傷を負った」

「だから、勃たなくなるとか平然と言わないでくださいよ」


「君ぐらいの歳の男の子が勃たなくなるって、そうとうだよ!」

「それはわかりますが、もうちょっと言い方考えてください」


 女神がこれなら、そりゃ聖女も聖者も、あんなふうになるわ。

 なんか悲劇の過去としては、胸に迫るものがあるのに、台無しになってないかこれ。


 つか、元の世界の俺もショックだからインポになるって、もっと他にあるだろ。

 衝撃の受け方が、下世話すぎる。


「その今はもうどこにも存在しない、たった一人のソウルフレンドから譲り受けた力で、君は辛い記憶をすべて消して、この世界に来たんだよ。この世界が選ばれたのは、偶然であったが、今はもうこの世界で、大事な人がたくさんできたんじゃないかな」

「だとしたら、俺はこの世界でずっと生きていくべきなんですか」


 女神は、少し考えてから、こう答えた。


「それは、我の決めることではない。ただ地球には、君の居場所は残ってないとは言える。異世界転移の際に、そういう選択を君はしたし、我はそんな君をこの世界に受け入れた。覚えてないだろうが」

「ふむ……」


 自分の過去について、聞くべきことは聞いた気がする。

 さすが女神様だ、きちんと答えが出る材料をくれたんだな。霧のように視界を遮っていた迷いが晴れて、とてもスッキリしたような気がする。


「さて、他に何かあるかな」

「じゃあこの際だから聞きますけど、なんでこの世界リアルファンタジーはこんなに厳しいんですか」


 言わないでおこうかと思ったが、向こうがフランクに話してくれてるんだからこの際だ。

 思ってたこと全部ぶちまけてやろう。


「君は、毎回そんなことを愚痴ってるよね」

「アーサマ教会の教え自体は、素晴らしいじゃないですか。人種や男女の差別を無くそうとか、自由であれとか、博愛精神を持てとか」


 教会内部もおかしい上に。

 教義をまったく守ってないシスターもいるけど。


「それなのに、どうしてこの世界はこんなに不平等で、不自由で、残酷で、愛がないのかと?」

「まあ、そういうことです。女神様が創ったなら、もうちょっと何とかなるんじゃないかと思ってしまうんです」


「良い質問だな、そんな風に願った信者も、過去にはたくさん居た」

「女神様に、もっと善い世界にしてくれって願ったり?」


「そう、例えば厳しい世界に一人の奴隷少女がいた。理不尽に嬲られて、無理やり陵辱されて、身勝手な理由で虐げられ続けた、もう今にも死にそうな少女だった。私は、ある日そんな悲惨を見続けるのに耐えられなくなって、その少女の願いを気まぐれに聞き入れてたことがある」

「それで、どうなったんですか」


 なんだか、どっかでそういう話を聞いたことがあるぞ。

 嫌な予感がする。


「その哀れな少女を、我は巫女とした。高度な神聖魔法を授けられた巫女は女王となり、瞬く間にこの人類世界を統一して、神聖なる超大国を創りあげた。そして、国民に戒律の遵守を強制した。あらゆる違法を罰し、小さな悪の一欠片すら絶対に許さなかった。完璧な善の世界を創ろうとしたのだ」

「結構きつそうですね」


「つい千二百年ほど前の話だが、結果から言うとたった二百年で、人間世界がそれまで培ってきた文明が跡形もなく崩壊した」

「ありゃ……そういうオチですか」


 つかこれあれだな、『試練の白塔』を作った女王リリエラの話だな。

 あんな独善的なやり方では、そうなるのも分かる。


「なんか、そんなに驚いてないね」

「俺の元の世界にも、共産主義って、それに似たような思想がありますよ」


「ああ、ソ連か」

「えっ、アーサマなんでソ連知ってるんですか」


 なんで俺も歴史の時間で習っただけの、細かい地球の歴史知識を持っている。

 どうも、おかしい……。


「コホン、地球から流れてくる勇者もいるから、我がベルリンの壁崩壊とか、知っててもおかしくないだろう」

「知ってたんだったら、極端な理想主義は回避してくださいよ」


 ソビエト連邦――共産主義を目指した社会主義国は、みんなが平等な世界を創ろうとしたと聞く。

 でも共産主義は、どんなに働いても、サボってても平等だから、みんなごまかしばかりやって、勤労意欲を失って滅びたのだ。俺の理解では、だいたいそんな感じ。


「まあ、我も若かったし」

「いや、その時でアーサマ、六千八百歳じゃないんですか」


「んっ……。どうも、電波の調子が悪くて聞こえないな」

「電波で通じてるんですか、これ」


「まあ、どの世界も似たような経緯を辿るのだな。我の巫女が敷いた善の世界も、商工業が衰退して、農業に励むように推奨したのだが、人はみな意欲を失って君の世界で言うロボットになってしまった」

「そうなりますよね、善とか平等とか、突き詰め過ぎるとね」


 女王リリエラが、ゴーレムに執着した理由は、人間という不完全な動物を否定したかったのかもしれない。


「巫女が創った世界も酷かったな、みんな自分の意志を失っているのに、そのくせそんな世界でも自由意志を持とうとする創意工夫の人々を弾圧して、罰することだけは一生懸命やるようになってしまった……」

「あの、俺も考えなしのことを言って、すみませんでした」


 残酷を全て取り除いた向こう側には、もう一つの形を変えた残酷があるだけなのだ。

 いくら創造の女神様とはいえ、このリアルファンタジーをどうにかしてくれなんて、頼むほうがどうかしている。


 悪を否定した女王リリエラが支配する、漂白された善の世界で。

 人類の文明が滅び去るまでの二百年は、長かったのか短かったのか。


「そうして一度、人間の文明は自滅して、我の影響の外にある魔族に追いやられてしまったが、自由の意志を失わなかった人たちの子孫が、やがて新しい秩序を築き始めた」

「ふうむ」


 完全なる善の時代に、なんとか創意工夫を持って生きようとした人々の生き残りが創ったのが、今の世界か。

 だから、この世界の連中はこんなにフリーダムなんだな。

 良い意味でも、悪い意味でも。


「新しいアーサマ教会には、平等よりも自由の精神を持つようにさせた。もちろん教義はあるが、聖職者であっても教義を超えて、自分の正しいと思うことをやっていいと教えた」

「それ自体は、素晴らしいことだと思います」


 変態聖女や、ホモ聖者さえ、なんとかしてくれればの話だが。


「人は悪をなす。しかし、悪は人の一部で、それを完全に否定すると、人は活力を失ってしまうのだと我は知った。人が自由なる意志と選択のもとで、それでも善なる道を選んでくれることを我は祈っている。創聖を司る女神が人に祈るなんて、おかしいがね」

「いや、おかしくはないですよ」


「そうか、では君にも一つお願いがあるんだが、聞いてくれるか」

「なんでしょう。俺にできることなら」


 女神に何か願われるとは、思わなかった。


「リアにもっと優しくしてやってくれ」

「えっと……。いつのまにか、女神様からリアに戻ってるとかってオチでは」


「違うぞ、あのな。リアは君に遠慮してるんだよ」

「そうなのですか?」


 あれで遠慮してるんだったら、遠慮しないリアってどんなんなんだよ、怖いわ。


「聖女と勇者が結ばれることはよくあることだ、子を成してから聖女が勇者と結婚しても、我は罰したりしない。でもリアは、そんなこと自分からは求めてはいなかっただろう」

「うーん……」


 そういう遠慮をしてるということか。まあ、百歩譲って、遠慮と言えるのかな。

 いや、女神様待てよ。今言ったの、子作りと結婚の順序が逆だろ。


「シスターの戒律がどうとか、そんなの言い訳であろう。今のタケルが女性と深い関係になりたくないと感じているから、リアは最後の一歩は踏み出さない。……なあ、あれでなかなか、いじらしいところもある女の子ではないか」

「まあ、そういう言い方も、辛うじてできないことはないですが」


 リアの顔で言われると、なんか納得できないんだが。

 自作自演なんじゃないか。


「君も素直じゃないからなあ。あの子は、タケルの聖女だ。勇者付きのシスターになったことで、割を食うことにはなって欲しくないと。我はあの子の死んだ親代わりから願われているのだ、出来れば叶えてやりたい」

「なかなか、グッと来ることを言いますね」


 ゲイルの策謀で亡くなった、リアの親代わりの聖女か。

 どんな人だったのかは知らないが、育ての親でも子どもの幸福は祈るのだろう。


「我が創ったこの世界では、すべての人と同じく、君もリアも自由に生きて欲しい。もちろん強いるつもりはないが、少しはこの子にも優しくしてやってほしいと、お願いする。それを最後の秘跡の代わりとしておこう」

「わかりました、じゃあ……前向きの方向で、なるべく善処するってことで」


「煮え切らないなあ、本当に頼むよ。勇者認定一級の力は必要なんだろう、お願い聞いてくれたら加護とか、おまけしちゃうぞ。ほら、今後も戦闘とかあるだろうし、女神の力は入用なのだろう」

「取引ですか」


 創造の女神が人間に取引を持ちかけてくるとか、普通はありえない。

 自由の世にしたいってのは、嘘ではないのだろうが。


 世界の潮流に影響されて、女神までフリーダムになっているとか、なんか微妙だ。

 リアルファンタジーじゃなくて、フリーダムファンタジーとでも言ったほうが良かったのかもしれない。


「またゆっくり話せるといいが、我も一人しかいないから、いろいろとケツカッチンでね」

「お忙しい中、ありがとうございました」


 それ芸能用語だろ、ケツカッチン気に入ってるんだな……。


「あっと言い忘れていたが、君のトラウマを取り除いて、女性に対する心理的抵抗を解除しておいたから」

「へっ……」


「一定時間が経たないと、この部屋の扉は開かないようになっている。じゃあリアと仲良くしたまえ。エンジョイユアセルフ!」


 そう、アーサマが言い残すと。

 カクンと、虚ろな瞳をしたリアの顎が落ちて、アーサマとの通信は隔絶した。


 心理的抵抗を解除って、どういう意味だ。

 これ、どうすればいいの……。

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