第74話「白塔二十七階」

 なぜか、俺が迷宮探索を始めると毎回遊びに来る盗賊王ウェイクの加入もあって、順調に進む。

 ウェイクを連れて、白塔の二十階の階段を登ったところが今の前線らしく、ライル先生が陣頭指揮していた。


「あっ、ウェイク殿。この度はお力添え、誠にありがとうございました」


 ライル先生が、ウェイクの顔を見るなり、襟を正して深々と頭を下げた。ウェイクは、おい言うなって感じで、さっと手で制した。

 あれ、ウェイクなんかしてくれたんですか。


「タケル殿、彼はあの戦争の最中に、盗賊ギルドを率いて帝国の領邦を攻めつづけてくれていたんですよ、側面攻撃の援護はかなり助かりました」

「へー、そうなんですか、ありがたいですね」


「違う! 変な勘違いするな勇者。盗賊ギルドは、国家間の争いには介入しない。俺は戦争の手助けなんかしてない」

「ふーん」


「違うぞ、戦争で領地を空にしてる間抜けな領主が多かったから、俺は俺の都合で、襲いまくってやっただけだ」


 ウェイクは、もう言うなよとさっさと手を振って、階段を登って先に行ってしまった。

 何の八つ当たりなのか、追いかけて二十一階に登ったら、ウェイクは最前線で湧いている敵のストーンゴーレムの頭を、『反逆の魔弾』で黙って撃ち抜き続けてる。


 なんていうか、ツンデレだな……。

 まあ、盗賊ギルドの建前もあるのだろうが、ありがたいことだ。


 最前線では、オラクルちゃんが操作盤を持って、例の不気味な女神像(あの女版仁王様みたいなのをアーサマ像って呼ぶのは、ちょっとアーサマに怒られそうな気がする)を三体も使役して、ストーンゴーレムを叩き潰している。


 ふぅ、一汗かいたみたいな感じで、俺のところに来るオラクルちゃん。

 頑張ってるのは分かるけど、リモコン操作してただけだよね。


「タケル。例の小娘騎士との遊びは、もう終わったんじゃな」

「対人訓練のつもりの決闘だったんだけど、まあ、遊びになっちゃったな」


「ちょうどいいタイミングじゃ、このペースだとあと一時間もすれば、二十七階まで到達できるんじゃないか」

「なんか、すごく早いな」


 そういえば、俺が姫騎士を軽く揉んでやってる間に、すでに二十一階まで到達してるってスピーディー過ぎるんじゃないか。


「オラクル大洞穴と比べると、ここはフロアの大きさが小さいからの。あとマップ情報を下階の操作盤コンソールから引き出してるから、階段から階段まで最短で進めているってこともあるじゃろう」

「ほとんど、オラクルのおかげだな」


 オラクルちゃんは、謙遜なのかなんなのか、白いツインテールを横に振る。


「いや、やはり冒険者五千人の力は大きいじゃろ。完全にノンストップじゃからな、おいそこは右の部屋に進むのじゃ!」


 おおよそ十人づつの小隊に分けて、小隊五百組が交代で先頭に立って進んでいく。一般兵士に比べて、冒険者の強みは個人技に強いことだ。

 狭い場所で、小規模戦闘が延々と続いていく迷宮攻略こそ、傭兵団の最も得意とする戦場と言えるかもしれない。


 兵站を重視するうちの軍団は、中継地点のキャンプを多数設けて、バックアップ態勢も万全なので、ほとんど犠牲を出すこと無く進軍することができる。


「それにしても、やけにゴーレムの多い迷宮じゃ」

「そういえばそうだな」


 こうしてオラクルちゃんと前線に赴いてみると、出てくるモンスターが全てゴーレムなのは異常だ。

 フレッシュゴーレム、ボーンゴーレム、ストーンゴーレム、アイアンゴーレム……。


「超長期的に迷宮を持たせようと思えば、ゴーレムは合理的じゃ。殺した冒険者を材料に、フレッシュゴーレムとボーンゴーレムは作ってるんじゃろうし、石や鉄は叩き潰されても、魔素が続く限りゴーレムに作り変えるも可能じゃ」

「うえ、フレッシュゴーレムって冒険者の人肉で出来てるのかよ」


 食えないかなと一瞬思った俺が間違いだった、まあおそらく腐った肉だから材料がどうであっても食えないけど。

 冒険者の死体から、モンスターを創ろうとする神経が気持ち悪い。


「そこはいいんじゃよ、うちのダンジョンだって冒険者をゾンビ・キャリアで殺して、ゾンビに作り変えてモンスターの足しにしたわけじゃし、現地調達は長持ちする迷宮の条件とはいえる。しかし、こうもゴーレムばかりじゃと、偏執狂的なものを感じるの」

「ダンジョンが、創った人の性格を反映してるってあれか」


 この『試練の白塔』は、試練と言う割に、トラップの類がまったくない。

 ゴーレム好きの真面目な人だったのかもしれないが、何だかそれが少し怖い。


「ゴーレムが好きというより、生物に対する激しい嫌悪と憎悪を感じるのお。清潔を愛するあまり、汚いものを全て排除しようとする。一見、与し易くても、こういう狂信は牙を剥くと怖い、用心したほうがいいじゃろ」

「女王リリエラって、あんまり質が良くない人だったのかもな」


 俺は普段から悪口ばっかり言ってるけど、今のアーサマ教会関係者にそこまで不信感は持っていない。

 アーサマ教会の聖女や聖者たちは、時にどうしようもなく自分勝手で、神の使徒としては無力だが、自由で闊達な精神を体現していて、人間的でどこか憎めないところがある。


 でも、このアーサマの巫女とか言う女王リリエラが創った『試練の白塔』には、独特の狂信がかった気持ち悪さがある。

 だって姫騎士エレオノラは、美談みたいに語ってたけど、人が人に試練を与えると言ってるんだぞ。私の試練を乗り越えたら、貴方に力を与えましょうって感覚は気持ち悪い。どんだけ上から目線だ。


 創聖女神アーサマが直接やってるならまだ分かるけど、この『試練の白塔』を創ったのは女神様じゃなくて人だ。

 ただの人間が、神の力を背景に絶対的な存在だと思いあがった気持ち悪さの塊が、この白塔迷宮なんじゃないかと思ってしまう。


「まあ、貰うもんだけ貰って、さっさと退出するのがいいだろうな」


 アイアンゴーレムになかなか剣が通らず、冒険者が苦戦してたようなので、俺が光の剣で一刀両断してやる。

 この先、さらに強いゴーレムが出てくると厳しそうだ、などと言っている間に、二十七階層に到達した。


「普通のフロアのように見えるけどな」


 大理石で出来た、所々に美しい彫刻が施されているやたら豪奢な迷宮だけれど、この二十七階層が、特別何かあるようには見えない。


「木を隠すには、森の中じゃな」


 そう言うと、オラクルちゃんは何の変哲もない壁に触れて、ふっと手を輝かせた。


「ここなのか、オラクル」

「この奥が、この白塔に何箇所かある制御室の一つになっておる」


 厚い大理石の隠し扉を開くと、中は光沢のある黒い壁が囲む大部屋になっていた。

 触るとこれもツルツルしている。黒曜石オブシティアンで壁を創ってるのか、また装飾の凝ったデザインだ。


 部屋の中央には、虹色に輝く大きな石柱が立っている。


「これが、中央操作盤メインコンソールの一つじゃ」


 ガラス質の石柱をポンポンと叩いて、オラクルちゃんが説明してくれる。


「じゃあ、オラクルちゃん頼むな」

「上手くできたら、あとでご褒美じゃぞ」


 オラクルちゃんは、石柱の調査を始めた。なんかやたら石柱を撫でさすって、「おお、やっぱりプロテクトがかかっておったか、だが甘いのう」とか、「オーケーそのままじゃ、よーしいい子じゃ」とか言ってる。

 どっかで見たような光景なんだが、これ大丈夫だろうか。


 こう言うののパターンだと、トラップに引っかかって、警報が鳴り出すってこともあるよな。

 俺は、護衛の銃士隊に注意するように命じて、自分も備えた。


「カタカタカタ、んっ、違うか……よーし、ビンゴじゃ!」


 虹色の石柱が、七色に光りだすので俺はビクッとした。

 あと、いま口で「カタカタカタ」とか言ったよね……、コンソールはキーボード型ではないのだが、オラクルなりに気分を出してみたんだろうか。


「とりあえず、上手く言ったんだな?」

「おう、もうこの『試練の白塔』は丸裸じゃわい」


 虹色の石柱の表面に、訳の分からない数字が、かなりのスピードで流れている。

 この時代まだコンピュータも、高度なプログラミング言語もなかったはずなんだけど、どういうことなんだ。


 なあオラクル。数字の他に、古代言語が表記されてる部分は、俺も言語チートがあるから分かるんだぞ。


「オラクル、この石柱に表示されてるの、ほとんど意味のないノイズだろ」

「あっ、ああ、うん。まあその、様式美ってものもあるじゃろ……」


 さっきまで「イェーイ」って感じだったのに、言葉を濁して、たとたどしくなるオラクルちゃん。

 なんだよ、ただの演出ハッタリかよ。すげえ高度なことやってると思って損した。


 まあ、ダンジョンマスターをやるには、演出も必要か。


「それでオラクル、何ができるようになったんだ」

「メインの命令権アカウントを手に入れたから、何でも出来るぞ。例えばこれじゃな」


 オラクルが中央制御室から持ちだした操作盤をいじると、何もなかったハズの通路に大きな魔方陣が発生した。

 RPG経験の豊富な俺には分かるぞ、これ多分各階にアクセスできるワープ装置だろ。


「これで、いきなり百階に飛んだりもできるのか?」

「それは出来るが、止めたほうがいいぞ。メインの命令権アカウントを手に入れても、メインのシステムとは別に自律的に動いているエリアがある、例えば強力なガーディアンがいる宝物庫じゃ。ワシは思うんじゃが、最上階には触れない方がいい」


 せっかくの白塔なんだから、クリアしたほうがいいんじゃないのか。


「タケル、よく考えてみるのじゃ。この塔を創った女王から感じる底知れぬ不気味さを。伝承によると千年近く『試練の白塔』がここに立っていて、クリアした者がいないとか怪しいじゃろ。ありえないじゃろ!」

「まあ、そう言われると……」


「システムの裏側をチェックしたワシには、ヤバイ予感がビンビンに来とるぞ。ダンジョンマスターの暗黙の禁忌として、システム的にクリア不可能なトラップは創ってはいかんってことになっておる。それやったら、マスターでも手が出せなくなるからの。でもここの感覚が狂った塔主なら、ワシはやらかすと思う」


 なるほど、あの塔の最上階辺りの霧がかかって見えない部分は怪しい。

 神聖なる神の領域には、自分を含めて人間には絶対に触れられないとか、狂信者なら言いそうだ。


 いままで悪質な罠が一切ないのが、逆に罠なのかもしれない。


 イケるぞ! と思わせておいて、絶対にクリア不可能、最低のやり口だ。

 そんなダンジョンを創って「これが現実の厳しさだ」とか言う奴、確かにいる。


「じゃから、とりあえず五十四階の宝物庫から行ってみんか?」

「えっ、そこはもう老皇帝コンラッドがクリアしたんじゃないのか」


「そこが五十年前の到達最上階じゃからな、宝物庫は一度クリアしても、また時間が経てば復帰するようになっておる。オリハルコンの大盾はもう無いじゃろうが、なんか別の宝があるかもしれんぞ」

「なるほど、そっから慣らしていって危険度を図るわけだな」


 俺たちは、とりあえず五十四階に行ってみることにした。

 まさか五千人の傭兵を一気に上げるわけには行かないので、一組ずつ送り込むことになる。


 この移動のシステムどこかで聞いたことあるなと思ったら、あのフリードの側近の上級魔術師『時空の門』イェニー・ヴァルプルギスが使う特異魔法と一緒だった。

 イェニーは、何かしら古代魔法文明と関係がある人間なのかもしれない。


「まあ、敵の上級魔術師だから、そんな複雑な背景とか語られる間もなく、先生にぶっ殺される運命だろうけどな……」

「私がどうかしましたか?」


 つぶやきを、先生に聞かれて微笑まれてしまった。


「いや、この転移の魔法が、あの上級魔術師と一緒だなと」

「確かにそうですね、後ろは私が警戒しておきますから。その点は、安心していてください」


 えっ、どういうことだ。

 まあいいか、先生なりになんか分かったんだろうし、先生が安心というのなら絶対安心だろう。


 五十四階の大門、なんと黄金の塊で出来ている。

 金箔か? 金箔だとしてもこの大きさは一財産だよな。


 古代言語で『宝物庫』と大書されているが、宝物とかもうどうでもいい。

 この金の門ごと削りとって持って行きたい!


「オラクル、やっぱ削ったら駄目かな?」

「うーん、システムチェックしたんじゃけど、恐ろしいことに塔全体に仕掛けられた自爆装置とかもあるんじゃよ。ここを創った女王は、明らかに頭がおかしいから、気に障るようなことはせんほうがよい……」


 くそっ、なんて完璧な盗掘対策だ。

 黄金を前にして、手が出せないとは、ええいっ!


 削るのは諦めた、五十四階の宝物庫を守るボスの実力がどれほどの物か、見せてもらおうじゃないか。


 俺は、黄金の扉を開いて、宝物庫の中に入った。

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