第73話「お仕置き」

 だいたい、こんな強力な炎の鎧を着てるから、自分の力を過信するのだ。

 魔法のかかったマントを剥ぎ取り、炎の鎧を脱がせれば、姫騎士エレオノラもただの女の子に過ぎない。


 普通の人間なら炎の鎧は絶対に脱がせないが、俺の火炎抵抗も極まっている。

 なんなく激しい炎で焼け付く金具を外し、鎧の胴体をパッカリと開いたところで気がつく。


「お前なんで、下着姿なんだよ」

「鎧の中、熱いからっ、アツゥ!」


 あっ、そうか。鎧が燃え盛ってる時に無理に脱がしたら、生身のコイツは抵抗力がないんだから火傷してしまう。

 俺は慌てて、炎の鎧の鎧を全部引っぺがす。鎧の下は、絹のブラとショーツしか付けてない。


「ちっ、痴漢! 変態! 変態勇者!」

「俺が悪いのか、いや、でもこれはお前……」


 この手のスーツの下は、下着とかよくあることだから、しょうがないとはいえるが。

 脱がさないと、もっと酷い火傷してたんだぞ。


「止めて、乱暴にしないで!」

「そんなこと言ってる場合か、お前本当に余裕あるな」


 腕がポッキリいってて、身体の所々が焼け焦げてるのに、まだ心が折れないのかよ。

 姫騎士のことなんかどうでもいいけど、さすがに女の子の肌が火傷を負っているのは、見てるだけで痛々しくてキツい。


 俺はベルトのポーチから霊薬エリクサーを取り出すと、姫騎士にくれてやることにした。


「なあ、勝ち負けは後にしていいから、霊薬飲んで治せよ」

「いやよ、敵の施しなんか受けない!」


 カチンと来た俺は、なおも暴れるエレオノラのマウント取って強引に押さえつけると。

 折れた腕をなるべく繋ぐようにしてから、霊薬エリクサーの瓶を口に無理やり突っ込んで、注ぎこんでやる。


「ほら飲め!」

「ゴボァ、いや……」


 優しくするつもりはない、治すのは俺の勝手だ、無理矢理にでも飲ませてやる。

 まだ抵抗するか! 俺は霊薬を吐き出そうとするエレオノラのホッペタを掴んで、強引に飲み下させた。


「ほら、抵抗すんな、全部飲み込め!」

「うぐっ……」


 こうして口を押さえつければ、飲まないと息ができないからね。

 ようやくエレオノラの喉がゴクリと動いて、腕が繋がり、肌の火傷が綺麗になっていくのが見て取れた。ふうっ、手間をかけさせてくれる。


 無理やり飲ませたせいか、エレオノラは、瞳に涙を浮かべて苦しそうにゲホゲホと咽ている。ちょっと可哀想だったけど、お前が変に抵抗するのが悪いんだからな。

 だいたい今の霊薬、店で買ったらいくらすると思ってんだ、こぼしたらもったいないだろ。


「ほらもう、降参しろよ。参ったって言えば終わりだろ」

「くっ……誰が、あんたみたいな男に!」


 完全にマウントを取られて、身動きできない状態に追い込んで、まだ負けを認めないのか。

 下手に回復させちゃったのがまずかったのかな。


 あと下着姿の女の子を組み敷いているのは、ちょっと絵的にきついな。

 俺はもうリアのせいで、抵抗力がついてしまって、俺はこの程度なんとも思わんがこの決闘は、ギャラリーが居る手前……。


 周りにいる傭兵たちは大盛りあがりで、ピューピュー口笛を吹いたり。

「そこだもっと脱がせー!」「勇者様もっとやれー」とか、勝手なことを口々に叫んでいる。つか「脱がせ」コールするな、そういうショーじゃねーんだよ。


 一方で、奴隷少女たちの俺を見る目が厳しいものになってきている、これはやばい。

 早く終わらさないと。


「おおおっ?」

「勇者ぁ!」


 ぬわ、周りに気を取られた隙に、足首を掴まれてひねられた。

 俺は思わずバランスを崩して、馬乗りの姿勢からグルっと転げ落ちる。この女、体術も使えたのか、逆に伸し掛かってマウントを取ってこようとする。


「させるかよ!」

「まだだ、まだ終わらせない!」


 所詮は俺も、勇者補正がかかっているだけで、格闘技術は素人。

 お互いに不慣れな技の掛け合いをしているうちに、もうむちゃくちゃの、もみくちゃになった。


「負けを認めろ!」

「いやだー絶対いやだっ!」


 頭をおもいっきり地面にすりつけてやって、綺麗な金髪を土にまみれさせても、まだ姫騎士の心は折れない。

 なんかもつれあってるうちに、エレオノラの尻が、ドアップで俺の前に来てるんだけど。


「エレオノラ、お前、ケツがデカいな……」

「いっそ、殺せぇぇ!!」


 完全に怒らせてしまった、さらに凶暴に暴れるので大変なことになる。

 もうこれ、どうしたら終わるんだよ!


「エレオノラ、周りを見てみろ、お前みんなにそんな格好見られて恥ずかしくないのかよ」

「うあああっ、しっ、舌噛んで、死んでやる!」


 恥辱を与えて負けさせようとしたら、それを通り越して自殺宣言かよ。

 さすがに死なれるとマズイ、俺はハンカチをエレオノラの口に詰めて、舌を噛むのを防いだ。


「んんー! んんー!」

「降参なら地面をタップしろ」


 綺麗な顔を土まみれにさせて、涙を流しているのに、首をブンブンと横に振って不服従の姿勢を崩さない。


「そうかよ……じゃあこうしてやる」

「ッ!」


 俺は片手でエレオノラの両腕を押さえ込みながら、もう一方の手で、おもいっきりエレオノラの脇腹をくすぐってやった。

 エレオノラの身体が小刻みに震える、痛みには耐えられても、くすぐりには耐えられまい。


「ほらほら、降参するならいまのうちだぞ!」

「うっ! うっ!」


 口にハンカチの塊を押し込まれているエレオノラは、ファンファン鳴くようにうわ言を口にしているが、それを無視して徹底的にくすぐり倒す。

 肌の震えの感じで、これにも彼女が必死に耐えているのが伝わってくる、もうこっちも意地だ。こいつが参ったと言うまで、くすぐるのをやめない!


「ファン! ファ! ファー!」


 くぐもったエレオノラの悲鳴をBGMにしながら、俺は脇腹を全力でくすぐりあげた。

 脇腹だけではない、抵抗が弱まったのを良いことに、もう両方の手を使って脇の凹んだところや、腕や、太ももから足の付根に至るまで、反応を見ながら弱いところを探してくすぐりあげた。


「ファ……ファ……」


 それでもまだ、身体を揺すぶりながら逃げようとエレオノラも、次第に身動きが弱まっていく。

 脇腹の上の方に弱いポイントがあるとわかってから、そこを集中的に思いっきりくすぐってやったら、怖いほどに押さえつけている身体が痙攣したが、いずれその震えも止まり、やけに静かになった。


「おい、そろそろ降参……、おい?」


 さっきまで、喉の奥から絞り出すような悲鳴を上げていたエレオノラが、完全に沈黙している。

 やばい、やりすぎてしまったか。


 慌てて、口の中に押し込んでいるハンカチを外すと、ピンク色の舌が、半開きのままの唇からベロンと飛び出して、大量のヨダレがそのままダラリと口元を伝った、生きてる人間の反応じゃない。


「これは、まずったかな……」


 エレオノラの顔は、激しい苦悶を通り越して、完全に呆然自失だった。

 顔どころか肩口まで紅潮しているが、碧い瞳は色を失い、虚空を見つめるよう焦点があっていない。


「というかこれ、瞳孔が開いちゃって、エレオノラさん、死んでないよね?」

「……」


 返事がない、しかばねのようだ。

 やば……。


 俺は救いを求めるように、周りを見回すが、さっきまであれほどもっとやれと煽って「脱がせ」コールで盛り上がっていた傭兵たちが、シーンと押し黙っている。

 俺が目を向けると、みんな気まずそうにソッポを向く。


 傭兵たちは、「おーし、みんなそろそろ休憩終わりだから行こうぜ」みたいな空気で、ダンジョン攻略に戻っていく。


 えー。


 あれ、俺やっぱり、コレやっちゃった感じなの?


 奴隷少女の群れを掻き分けて、シャロンがやってくると、抱えた白いシーツを広げて、エレオノラの身体にかぶせた。


「ごめんシャロン、悪いけど、そいつ介抱してやってくれるか」

「ご主人様、これはいくらなんでも、やりすぎですよ」


 うん、分かるよ。

 なんかイラッと来たにしても、俺も大人気なかったよね、なんかやりだすと止まらなくなったというか、うん。


「あっ!」


 失神状態のエレオノラを介抱していた、シャロンが驚いた声をあげるので、俺も驚いた。


「えっ、もしかして、なんかやばかった」

「あのご主人様……」


 シャロンは、キョロキョロと周りを見回すと、俺に耳打ちして小声で囁いた。


「エレオノラさん、失禁してます」

「ごめん……」


「謝るなら、彼女に謝ってあげてください」

「うんまあ、そうする」


 姫騎士の粗相を処理しなきゃいけないシャロンにも申し訳ない、お仕置きにしてもやりすぎてしまった。

 今後の反省点として生かしていくので、成仏してくれエレオノラ。


     ※※※


 デカい合成弓を背負った、見覚えのある緑ローブの金髪兄ちゃんが、「お~い」と手を振って俺の方にやってくる。

 なんだ、傭兵に混じってさっきの見てたのか、ウェイク。


「勇者元気そうでなによりだが、お前いっつもすげえ面白いことやってんのな。毎回会うのが楽しみでしょうがないわ」

「ウェイク、久しぶりなのに、なんか恥ずかしいところを見せちゃったな」


 クックッと鳥が鳴くような独特な笑い声をあげてやってきた、盗賊ギルドの王ウェイク・ザ・ウェイクは、俺の肩を親しげに触れて、握手する。

 その隣には、紫の長い髪を垂らしたネネカもついてきている。俺にペコリと頭をさげた。


 ガラン傭兵団には元盗賊もいるため、ネネカたち密偵スカウトは塔攻略に必要なかった。

 そのため、ゲルマニアの各地を回って、俺たちが塔攻略している間に帝国軍が動き出さないかを偵察してもらっているのだ。


「勇者様、今のところ帝都の帝国本陣に変わった動きはありません、他の業務も抜かりなく進んでおります」

「そうか、ネネカ。引き続き頼むよ」


 ネネカたちが敵の動きを監視していてくれるから、俺たちも安心して塔攻略に勤しめているわけだ。


「しかし、面白い決闘みせものを見せてもらったけど、すげえソソる姉ちゃんだな。好みだわ、こういう強情そうな女騎士」

「そうか、なら口説いて見るといいんじゃないか」


 姫騎士エレオノラは、婿の来手がない状態らしいぞ。稀代の盗賊王なら、公爵令嬢と見合う相手と言えるかもしれない。

 ウェイクは、俺にそう言われてまた一笑した、やたらさっきの決闘が面白かったらしい。


「まあ止めとくさ。俺はこう見えて臆病だから、友達の女には手を出さないようにしてるんだ。トラブルの元だからな」

「いや、ウェイク勘違いするな。この姫騎士はそういうんじゃないから、むしろ敵同士だからね!」


 いや、ウェイク。うんうん、わかったわかったじゃねーよ、俺の話を聞け。


「まったく、勇者はいい女ばかり侍らせて羨ましいぜ。ネネカもこれで情の深い女だから、ゆっくり口説き落とそうと思ってたのに、先を越されちまったしなあ」

「いや、ウェイク話を聞けって、ネネカも違うから」


 ふーんとウェイクは含み笑いすると、ネネカの首に巻いているスカーフを指で引っ掛けて解いた。さすが、盗賊らしい鮮やかな手つき。


「きゃ!」

「なあ、せっかく口説こうと思ったのに、こんなの見えちゃったらがっかりだよ」


 ネネカのスカーフの下には、『佐渡タケルの奴隷』と刻印された奴隷の首輪が巻かれている。

 あー、これ確かだいぶ前に渡したけど、そういう意味じゃないし。これがそういう意味だったら、うちの商会の奴隷少女みんな付けてるんだからマズイだろ。


「なあ、いっそさ、あの金髪の女騎士の首にも、お前の奴隷の首輪つけてやったら面白く無いか?」

「えっ、うーん」


 いや、いまそういう話をしてるんじゃないんだが。

 ウェイク……あんまり人の話聞かないよな。基本的に、自分が興味あることにしか関わらないし、自由な奴だからしょうがないが。


「勇者はさ、このこまっしゃくれた貴族のお嬢ちゃんの鼻っ柱を折りたいんだろ。だったら気絶してる間に、奴隷の首輪つけてやったら折れるんじゃないか。俺、鍵がないと絶対外せない『呪いの錠』持ってるぜ」

「ウェイク、お前も人が悪いなあ……」


「盗賊に、なにいってんだよ、悪いに決まってんだろ」


 そういってウェイクは白い歯を見せる、確かに悪そうな笑いだな。


「いやでも、俺もさっきのは、さすがにやり過ぎたって反省したとこなんだけど」


 正直なところ、ウェイクの提案は面白そうだとは思うけど。

 さっきやり過ぎて、シャロンに怒られちゃったところだしなあ。


「想像してみろよ、この誇り高い騎士様が、起きたら奴隷の首輪ついてて外れないんだぜ……」

「プッ……」


 起きたら奴隷の首輪が付いてて外れないとか、たぶんエレオノラは発狂する、かなり面白そうだ。

 考えてみれば、首輪の錠の鍵と交換にエレオノラに負けを認めさせて、もう挑んでくるなって約束させるのも悪くない。


 ウェイクは、魔道具ではなくマイナスの効果がある変わった呪具ばかり欲しがってコレクションしているのだが、使い道があるって言ってたのはこういう時のためか。

 なるほど、ネガティブ攻撃には、持って来いの呪いのアイテムだな。


「というわけで、シャロン」

「なっ、ご主人様……。これ以上は、やりすぎだと思います。もう本当にどうなっても知りませんよ!」


 まあまあと、なんとかシャロン言いくるめて。

 俺は、気絶してるエレオノラに奴隷の首輪をハメて、鍵がないと外せない錠を仕掛けた。


 さすがにここまでやったら、不屈の姫騎士だって折れるに違いない。

 奴隷の首輪は、その用途のために、大きく目立つデザインになっている。気位の高い姫騎士がこんな首輪つけたら、恥ずかしくて街も歩けないはずだ。


 土下座して、俺に「首輪を外してください」とお願いする姫騎士の姿が見られるかと思うと、今から楽しみである。

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