第65話「穴熊のマインツ」
そもそも、この世界の外壁は、砲撃を想定して作られては居ない。
丘の上の義勇兵団本陣から火を噴く五門の青銅砲に対して、ロレーンの街は無防備に砲撃を受け続けるだけ。
「敵は、動きませんね……」
ライル先生の顔に、初めて焦りのような色が浮かぶ。
「先生、オラクルちゃんたちに、空爆はさせないんですか」
「裏切ったガラン傭兵団から聞いたんですが、『穴熊の』マインツに付いている上級魔術師がちょっとまずい、安易には攻められません」
「その名将に、どんな強力な魔術師が付いてるんですか」
「相手は上級魔術がひと通り使えるだけという、凡庸な魔術師なんですけどね」
あれ、また大したこと無い感じだな。
「それが『ウルリッヒ三姉妹』という上級魔術師で」
「あっ、三人いるんですね」
「その通りです、上級魔術師が三姉妹で連携して攻撃してくるんです。いかに天才魔術師カアラと、早く飛べるオラクルの連携でも、地上から迎撃されれば撃ち負ける公算が大きい。空爆は危険です」
「なるほど……」
飛行中に攻撃を受けて意識を喪失すれば、そのまま落ちて死んでしまう。
所詮は魔力の強いただの人間である、上級魔術師同士の空中戦があまり行われない理由の一つである。
「タケル殿は、上級魔術師が束になってかかってきたら、恐ろしいと思いませんか?」
「それは、もちろん思います。なんで一人しか来ないのかと思ってました」
「それは上級魔術師が、その性は傲慢にして驕慢、ちょっと人より高い魔力を持ったからって自分を特別な存在と思い上がった、いけ図図しい恥知らずの最低なクズ人間ばかりだからなんです」
「先生、それはちょっと」
若干、私情が入ってる感じが。
「だから、全員死んだほうがいいんですが……失礼しました。上級魔術は効果範囲も広く派手ですし、お互いの魔力が干渉しあったりして邪魔になるので、とかく連携して動くってことを嫌います」
「なるほど、分かりました」
「しかし、『ウルリッヒ三姉妹』は別です。上級魔術師としては地味な存在ですが、三人で連携してかかってくる上級魔術は、それ自体が最大の脅威です。私情を抜きにしても、ここで絶対に潰しておきたい存在です」
やっぱり、私情が入ってたのか。
しかし厄介なことになった、守勢に特化した老練なマインツが指揮を執っていて、その手駒には上級魔術師が三人。しかも街には一万の兵が詰めている。
向こうから攻めてくればやりようもあるが、こうも硬く守られると手の打ちようがない。
こうしている間にも、新たに編成された帝国の増援がやってくるかもしれないのだ。
なんだか不自然な、雨雲がモクモクとこちらに向かってきた。
「敵の魔法でしょうね、マインツは水が大砲の弱点だとしっかり知っている。撃ち方やめ! 大砲に防水シートを被せて、防水用天幕を張ってください」
雨雲程度は中級レベルの水魔法である。
本来なら、ライル先生もマジックディスペルで、この程度は打ち消せるはず。
しかし、ここはあえて受けて、大砲が使えなくなったように見せかけてみるのかな。
防水シートは、元から撥水性のあるグレイラットマンの毛皮に、防水魔法をかけたものだ。
洪水が来ては一溜りもないが、雨雲程度なら耐えしのぐことができる。
それでも、火薬や火縄が湿気てしまえばそれまでなので、やはり雨が弱点であることに変わりはないのだが。
「マインツは、銃器や大砲をまだ情報でしか知らないはずです。これで、簡単に無力化できると勘違いしてくれるとありがたいですが」
本陣に置いてある青銅砲は五門だけだが、実は先生は、この他の場所にさらに十門伏せてある。
名将マインツとライル先生は、お互いに化かし合いをやっているのだ。
この探りあいの知能戦、初戦の馬鹿げた中世ファンタジーに比べて、これこそリアルファンタジーの真髄であると言えた。
「しかし、このまま戦況を膠着させるわけにもいきませんね。カアラ、メテオ・ストライクをお願いします」
ど派手な最上級魔法に頼ってまで、先生は活路を見出そうとする。
知将に穴熊に籠られたままでは、いかに先生でも手の出しようがない。
カアラが得意とする最大級規模の、最上級魔法ならば、街をひっくり返す騒ぎになるはずだ。
仮に天空から隕石が飛来して騒がないとしたら、その街はもう死んでいる。
「カアラ・デモニア・デモニクスが伏して希わん、星辰のはるか彼方に輝く暁の冥王、時空の狭間より地上へと顕現せしめ、すべてに滅びをもたらさんことを!」
空が急に暗くなって天空に星空が広がる、何本もの隕石が火花を散らしながら、ロレーンの街に目掛けて降り注ぐ。
たまやー、かぎやー!
ズーンと重たい音が空気を震わせて、巨大隕石がいくつも街に着弾した。
敵に回したときは本当にビビったが、味方になるとこれほど心強い者はない。
いつの時代も、大質量攻撃こそがシンプルにして最強なのだ。
「バカな、これで動きがないだとっ!」
さすがに先生は驚愕を隠し切れない。
俺だってびっくりだ。
かつて、メテオ・ストライクを撃ち込まれたオックスの街が、どれほどの混乱に見舞われたか。
隕石が着弾した街はもうズタボロに破壊されている、最上級魔法に対して、じっと息を潜めていられる一万の軍勢などありえない。
マインツの動きがまったく読みきれず、杖を握りしめて深く黙考する先生のところに、早馬の伝令がやってきた。
報告を聞いて、先生は叫び声を上げた。
「そうか、してやられた!」
先生が悔しそうに、短いロッドを戦略地図に放り投げた。
「どうしたんですか」
「どうしたもこうしたも……道理で、大砲をぶち当てても、メテオ・ストライクをぶち当てても、動きがないはずです。敵は、こっちがロレーンの街に攻めこむ前から、ブリューニュ伯爵を護衛して、逃げていたようです」
先生は悔しそうに、ギリッと歯噛みした。
「もちろん私も、マインツが比較的早い段階で、ブリューニュ伯を逃がすことを計算に入れてました。だからこそ、逆にそこを襲って身柄を奪おうと、別働隊を使って退路を調べさせておいたんです」
ブリューニュ伯をぶち殺せば、とりあえずこの戦争は終わりなのだ。
「しかし、マインツはロレーンの街の主力を伴ってブリューニュ伯を後退させたんですよ。その数は、いまだ堅強な騎士隊と兵団が合わせて五千。『ウルリッヒ三姉妹』すらそっちに同行しているようです。とても、別働隊で襲える規模ではありません」
つまり、街に残ったのはニンフの毒でやられて弱っている兵馬と、老将マインツのみ。先ほどの雨雲も、中級魔術師を一人だけ残したのだろう。
俺たちは、老将の策に乗って、まんまとハリボテの街を攻めさせられたのだ。
「今から追いかけても、ここからでは間に合わない。マインツは自らと傷病兵と街そのものを囮につかって、ブリューニュ伯とまだ壮健で使える兵士を見事に後退させたんです。この思い切りの良さ、何という鮮やかな手際か……」
「やられたわりには、先生はなんだか楽しそうですね」
先生は悔しがりながらも、機嫌がよさそうだった。
長い付き合いなので、何となく分かる、そう指摘すると先生は堪え切れないという風に、フッと微笑んだ。
「だって嬉しいじゃないですか、マインツほどの老練な将が、自らを囮に使うほどに私の軍略の才を買ってくれたんですよ、軍師がしてやられて笑っていてはいけないんですが」
理解されないことは悲しいこと、そう言ったのは先生だ。
先生は、穴熊のマインツを先達として尊敬している、その老将に自分もまた知られていたことが嬉しいのだろう。
上級魔術師も頑強な兵も居ないとなれば、そこはもうハリボテの街だ。
大砲で全門攻撃して、街の塀を打ち破り、怒涛の如くこっちの軍勢が街に攻め込んだ。
解毒ポーションも尽きていたのか、ニンフの毒でろくに立ち上がることもできないロレーンの街の将兵たちは、即座に白旗を上げた。
ロレーンの街に残った五千人ちかい傷病兵の処理は、前と同じだから割愛する。
老将『穴熊の』マインツは、ロレーンの城の謁見の間で、一人で杖をついて静かに待っていた。
六十を過ぎた、短髪の白髪の長い白髭を生やし、重たそうなプレートメイルに白いマントを羽織った、それなりに威厳のある爺さんだった。
顔のシワが濃いが、小さく凹んだ青い目だけが爛々と輝き、深い知性の色を湛えている。
「ホッホッ、君がライル・ラエルティオスなのか、少し驚かされたね」
そりゃ、驚くだろう。
本人はそうじゃないと言い張ってるが、うちの先生は、女の子より可愛いからな。
「お初にお目にかかります、『穴熊の』マインツ閣下」
ライル先生が片膝をついてかしこまった。
笑うと単なる好々爺にしか見えないが、相手は偉大なる名将だ、俺も慌てて膝をつく。
「これまでの活躍は、余すところなく聞かせてもらっている。ライル君は、きっと次世代の名軍師と呼ばれるようになるだろうね」
「ありがたいご評価ですが、そのように言っていただけるのは閣下だけですよ」
「いずれ、誰もが君を無視できなくなるだろう。君の最初の方の戦歴に、ワシの敗北が花を添えるとしたら嬉しいものだね」
「そうですかね、今はまだ若く、半端者などと呼ばれております。形上は閣下の負けになるのかもしれませんが、今回は随分と手痛くしてやられました」
ライル先生は、フッと自嘲気味な笑いを浮かべる。
しかし、名将に褒められて悪い気分はしないらしい。
「ホッホッ、そこはそれ、年の功だよね。若いもんに身体の動きはもう追いつかんが、指揮棒ぐらいはまだ振れるのでね」
「主力を撤退させるなら、別に将軍が街に残る必要はなかったのでは」
「そうかね、ライル君なら、ワシが城におらんでは騙しきれなかっただろう」
「ですね、閣下の指揮がなければ、気がついたと思います」
傷病兵しか残っていない居ない街を、あたかも一万の兵が詰めているように見せかけて。
その上で、砲撃を喰らおうが最上級魔法を喰らおうが、一切の狼狽を見せない統率の冴えは、熟練の老将にしかできない。
「早い段階で気が付かれたら、君は危ないからね」
「そうですね、後少し気づくのが早ければ、まだ打てる手はあったようにも思えます」
あったのか、この二人の会話は、俺にはよく分からん。
「さてと、死に際に、君のような若者に会えて良かった」
「恭順宣言は、なさらないのですか」
先生が、少し驚いて顔を上げる。
「ワシも、君のような紅顔の頃から戦場に出てもう四十年だよ。現皇帝のコンラッド陛下には世話になりすぎた。もう、若獅子殿下が軍権を握るようになっているから、時代遅れの老人はどうせお役御免だ。ここいらが良い際だろうと思ってね」
そう微笑むと、白髭の老将はその場に膝をついて首を差し出した。
恭順はしないから、殺せと言っているのだ。
「齢六十を越える死にかけの年寄りの首を取っても、さほど自慢にはならんだろうが、受け取ってくれるとありがたいね」
「先生……」
俺は、この老将が気に入った。ここは助命すべきだと思う。
先生だって、殺したくないはずなのだ、数少ない先生の
「だからこそ、マインツ閣下は、ここで絶対に殺さねばならない……」
先生は杖を硬く握りしめて、冷淡な声でそうつぶやく。
相手は先生相手に、試合で負けて勝負に勝ってみせるほどの名将だ。
敵として生かしておけば、どれほど危険か。理で考えれば、そうなることは分かる。
しかし……。
「先生、マインツ将軍は、生かしましょう」
「またですか、タケル殿、では理由をお聞かせ願えますか」
そう言われても、理由なんて考えてないなんだけど、うんと。
「マインツに貸し一です。老皇帝コンラッドへの恩義で死ぬような将軍なんでしょう、だったらここで命を助けて恩を売っておけば、いずれ返してくれるはずです」
俺がそう言うと、白い髭の老将は、ビックリしたように顔を上げた。
小さな目を見開いて、俺をマジマジと見つめる。
「なんともまあ……。この先いつ死ぬかも分からん耄碌した爺に、生かしてやるから恩を返せというのかね」
「すみませんマインツ閣下、我が勇者殿は、こういう人なんですよ」
先生は、呆れたように瞳を閉じて、額を指で押さえた。
あれ、俺はおかしなこと言っちゃったかな。
「ホッホッホッ、こりゃ愉快だね。この若い御主君の考えだけは、まったく読みきれない。苦労するだろうライル君」
「ええ、ちょっとだけ……」
俺は、先生を苦労させちゃってるのか、まあさせちゃってるよな。
「良いだろう、勝者は君たちだ。この敗軍の将の首など、刎ねるも自由、生かすも自由だ。好きにしたまえ」
「私は刎ねるべきだと思うのですが、軍師が仕えるべき御大将の意志に逆らっては、軍律は成り立たない」
先生は握りしめていた短い杖を、さっと下ろした。
「先生すみません」
「良いんですよ、参謀はあるべき条件でベストの選択肢を提供するだけです。選択するのはあくまでタケル殿ですから」
先生も嬉しそうな顔をしているから、これで良かったんじゃないのかな。
軍師としては、ダメな判断ってだけで。
「やれやれ、これでこの年寄りも最後のご奉公を果たして楽になれると思ったんだが、世の中は上手くいかないもんだね」
跪いていた老将マインツは、杖を付くと着ている鉄の鎧が重たいのか、さも大儀そうによっこいしょと立ち上がった。
「さてさて、シレジエの勇者タケル殿。この死にかけの年寄りを過分に買ってくださったこと、恩に着よう。ワシが死ぬまでに、この恩を返させて貰える機会があると助かるんだが……」
借りたものは返さんと気持ちが悪いからね、と白髭の老将は言い添えた。
そして、それぞれの領邦に去りゆく騎士たちに混じって。
ご老人はヒョコヒョコと杖をついて、ロレーンの街を去っていった。
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