第64話「姫騎士エレオノラ」

 完全に皆殺しになる前に、敵軍は全面降服した。


 武器を捨てて地に伏せる騎士が、転がる岩に押しつぶされて圧死する姿を見て、ようやくライル先生の怒りも収まったらしく、敵の恭順を受け入れる。


「タケル殿、名誉を重んじる騎士の恭順宣言は、信用できます。二度とこの戦いに参加させないように約束させて、あとは身代金でも取れば、解放して領邦に戻してもよろしいでしょう」


 捕縛された敵軍の捕虜を前に、先生は言う。

 騎士と従者たちはいいとして、問題は傭兵団のほうか。


 統制を失い、為す術もなく殺された不甲斐ない敵軍の兵士に比べて、傭兵団の動きは巧みだった。


 崩壊状態に陥っていた敵軍の中から踊りでて。

 一人で険しい山を這い上がり、岩を転がしている味方を襲ったほどの剛の者もいた、元冒険者なのかもしれない。


 ゲルマニア帝国の三千人近いガラン大傭兵団の首魁しゅかい

 傭兵団長ガラン・ドドルが縄に巻かれて、先生の前に連れてこられた。


「降伏を受け入れていただき感謝している、シレジエの勇者殿……」


 ガランは、全身に黒い鎖帷子チェーンメイルを付けた、黒い髭を生やした大男だ。

 傭兵とはいえ、一軍の将に匹敵するプロの戦闘集団の首魁、なかなか礼儀正しい。


「ガラン殿、あなた達傭兵団は、こちらに寝返ってください。そうすれば、縄目を解いて十分な給金も払いましょう」

「バッ、バカを言うな。傭兵にだって、信義はあるぞ。捕虜に取られたのは致し方がないが、雇い主を裏切れなどと」


 そうだよなあ、傭兵団だって商売なんだから、信用を失ったらやっていけないよな。

 その理屈は、俺も商人だから痛いほど分かるんだが。


「こっちに鞍替えしない傭兵の方は、残念ですが、敵に雇われる傭兵への見せしめに死んで頂きます」

「なっ、なんだと!」


 縄に縛られたガランは、思わず立ち上がった。


「おい、ガランとやら。うちの先生はたいへん怒ってらっしゃるから、言うとおりにしたほうがいいぞ」

「しかし、シレジエの勇者殿! 武器を捨てて恭順をした相手を、いくら傭兵とはいえ殺すなどとありえんだろ」


 ありえなかったのが、いままでの戦争までなんだろうな。

 こっちも、今回は国が滅びるかどうかの瀬戸際、手段を選んでいられないので、しかたがないんだ。


「時間がありません、残念ですがあなた方は従わないようなので、全員処刑させていただきます」


 ライル先生が、ガランに銃口を向ける。

 俺がいたたまれなくなって、さっと目を背けると、ガランが悲鳴のような叫び声をあげた。


「まっ、待て……殺すな。勇者殿、従う……我々は鞍替えする。許してくれ……」


 誰に許しを請うたのか、大傭兵団の首魁、ガランはそのまま地面に倒れ伏すように頭を垂れた。

 俺は、恭順した彼の縄目を解いてやる。


 こうして、ガラン傭兵団はこちらの側に付いた。

 残念なことに、一部にはこちらに寝返らない傭兵や、強情な兵士が出たが、サクサクと処刑されていく。


 さて、これで戦後処理は済んだかと思えば、中には処理に悩む困ったちゃんが混じっている。


「くっ、こんな生き恥、耐えられない……早く殺せぇ!」


 綺羅びやかな真紅の炎の鎧に身を包んだ、金髪碧眼の若い女騎士。

 副将エレオノラ・ランクト・アムマイン。


 ロープでくくろうにも、炎の鎧で焼き切らられるので。

 兵士で囲んで、鉄の鎖でグルグル巻きにして、ようやく捕縛できた。


 ライル先生によると、アムマイン家は帝国の領邦国家の一つランクト公国を治めている名門貴族で。

 この女騎士は、その財力は帝国一と言われるランクト公の一人娘なのだそうだ。


 つか、なんでそんな姫様が、好き好んで女騎士やってんだよ。


「彼女は、『ランクトの戦乙女』エレオノラと呼ばれる、かなりの有名人なんですけどね」

「あー、戦乙女ってジャンヌ・ダルク的な」


 いや、ジャンヌは農民の娘だから違うか。

 なんだろこいつ、もしかして姫騎士的なアレかな、また質が悪いのに当たった。


「ランクト公の一人娘なのですが、そうとうな跳ねっ返りとして有名で、騎士をやってるのにやたら地位だけが高いので、帝国も扱いに困ってるらしいです」

「なるほど、それで副将扱いなんですね」


 見てると、指揮能力皆無らしいけど。

 主将ネルトリンガーを失った後の帝国軍の狼狽ぶりは酷かった、ハッキリ言って将軍として若い彼女が戦場にいる意味はゼロどころか、マイナスだろう。


 邪魔になるだけだ。

 俺もライル先生がいなきゃ指揮能力もろくにないから、人のことは言えないけど。


「あんた、私のことを無能って言ったわね! 殺すわよシレジエの勇者!」

「いや、無能とは言ってないけど……」


 言ってはいない、思っただけだ。


「あんたたちの騎士にあるまじき卑怯な戦い方、恥ずかしいと思ったら、尋常に勝負しなさいよ!」

「卑怯とか、軽く四倍を超える多勢で攻め寄せた、お前らが言えることじゃないだろ」


 まったく、言ってることやってることも理屈が通ってない。

 すぐ殺すとか、殺せとか、物騒な姫騎士だ。


 彼女は、他の騎士は恭順宣言してとっくに解放されたのに、一人だけでいつまでも抵抗し続けている。

 周りの彼女付きの従者らしい重装歩兵の男たちは、「姫様、早く降伏しましょうよー」と女騎士エレオノラを説得しようとしてるが、頑なに恭順を拒む。


 ほんと、他の騎士みたいにサクサク降伏しろよ。

 恭順宣言して、いくばくかの身代金払って解放されるのは、騎士の恥にはならんのだろうに。


 せっかく敵の副将を捕らえたのだから、一般の兵士みたいにサクッと処刑しちゃうのも、もったいない感じがする。

 敵への人質として使うかと考えていると、俺のたちのところにランクト公国からの使者と名乗る痩身の老騎士が訪ねてきた。


 銀髪も綺麗に整えられた口髭もやたら渋い、灰色のマントを脱ぎ、手にかけてお辞儀する仕草も颯爽としている。

 俺は、こういう品のいい大人に弱いので、歓迎してやった。


「アムマイン家の執事騎士セネシャルカトーと申します。当家の姫様の身代金を支払いに参りました」

「ほう、それはそれは……」


 老紳士カトーは、俺にずっしりとした布袋を二つ差し出した、中は金貨がたっぷり詰まっている。

 美味しすぎる、俺は速攻に転んだ。


「すぐ、アムマイン家の姫様の縄を解いて差し上げろ。従者の方もくれぐれも無礼のないようにな!」


 銀髪の老紳士カトーに救われて、扱いに困る姫騎士エレオノラは、ようやく去っていく。


「シレジエの勇者! 私は恭順宣言してないんだからね。覚えてなさいよ、次こそ、憎らしいその首を、私の剣で飛ばしてやるから!」

「はいはい、まあがんばれ」


 無理にエレオノラを恭順宣言させる必要もない。


 どうせ、地位ばかり高い無能だし。

 また運良く捕まえたら金貨の袋が貰える、ボーナスキャラみたいなものだと考えることにした。


     ※※※


 勝利も束の間、帝国が新たな軍を派兵するため本国で編成を開始してるとの報告が入った、その数は、現段階で一万を超えていて、さらに凄い大部隊になりそうだ。

 ロレーンの街の帝国軍の残存一万に、新たにそれを超える数の帝国軍がやってきては、スパイクの街が挟み撃ちにされる。


 ここで、篭城や戦術的撤退を選ぶのは、素人。

 ライル先生は、すぐさま先手を打って、ロレーンの街を強襲する戦術を選択する。


「こちらに寝返ったガラン傭兵団二千を前に押し立てて、ロレーンの街に攻め込みます。敵将は慎重派の将軍『穴熊の』マインツ・フルステンです。敵はおそらく籠城策を選ぶでしょう」


 先生の言うとおり、ロレーンの街に攻め寄せた、たかだか三千の敵を相手に、帝国軍一万は街の城壁の奥に引きこもった。

 疫病で、兵馬の調子が悪いにしても、ここまであっさり籠城を選択するのは不思議。


「簡単なことなんですよ、ロレーンの街には領主のブリューニュ伯爵が居ます。万が一彼が殺されてしまえば、帝国は介入戦争を行う大義名分を失います」


 なるほど、将棋で言うと、こっちが王手を仕掛けている状態になるわけだ。

 穴熊は、決して悪い選択ではない。


 先生は「いまごろ帝国では、慌てて編成仕掛けた軍をこちらに向けていることでしょう」とも付け加える。


 先生は、この一手でスパイクの街が挟み撃ちにされることを避ける事ができたが、敵は援軍が間に合えば、このローレン伯領で、こちらの寡兵を挟み撃ちにできる。

 両者痛み分けと言ったところ、先生にしては珍しい。


「もし街の外に出てきたら、傭兵団同士を潰しあわせて、敵の戦力を削ろうと思ったんですが、こうも硬く籠られると難しいですね」


 そう言いながら、なんだか先生は楽しそうだ。


「敵将のマインツ・フルステンは手強い老将です。愚将揃いのゲルマニア帝国軍の中で、私が密かに尊敬している数少ない名将です」

「先生が尊敬するほど、すごい将なんですか!」


 先生が敵将を褒めるというのは、まったく例がない。

 そんな手強い敵なのかと、俺が慌てて尋ねたら、先生はちょっとはにかんだ笑みを浮かべた。


「すごいと言うとは、ちょっと違うんですけどね。『穴熊の』マインツは、百戦錬磨の将軍ですが、その四十年の軍務経験で、戦った百戦のうちの六割方は負けています」

「あれ、あまり凄くない」


 先生は、そうではないと頭を振る。


「ゲルマニア帝国は勇猛果敢な猛将は多いんですが、負け戦を上手く戦い抜ける将軍が彼しかいないんですよ。軍の統率にかけては、帝国随一の実力です。その希少な資質を、味方の将兵にほとんど理解されてないので、『敗北主義者』とか、『負け戦の』マインツとか、ボロクソに評されてとても可哀想なご老人です」

「なるほど、ありそうな話ですね」


 確かに、ゲルマニア帝国の騎士や兵士は、突撃となると精悍さを発揮するが、退却になるとかなり脆い。

 装備もろくに揃ってない、不正規兵の傭兵団の方が、粘り強いぐらいだ。


「この局面は、数の見せかけを取っ払ってしまえば、すでにロレーンの街のゲルマニア帝国軍が劣勢です。街に居る帝国軍一万の将兵のなかで、それを正しく把握しているのはマインツただ一人なんです。タケル殿、それがどれほど凄いことか分かりますか」

「いえ……」


「でしょうね、理解されないことは悲しいことです。敵将マインツは優秀ですが、私は彼の戦歴を研究し尽くしてます。優れた先達に敬意を払いつつ、謹んで勝たせていただきましょう」


 そう言うと、先生は鉄のワンドを振るって、ロレーンの街への攻撃を指示する。


 俺たちの陣地、ロレーンの街を見下ろす丘の上から。

 五門の青銅砲が街にめがけて、轟音を上げながら砲撃を開始した。

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