第63話「第二次モケ狭間の戦い」

 味方の防衛軍一千四百に対して、敵のゲルマニア先鋒軍は六千の大軍。

 当然取るべき策は、籠城ろうじょう……ではなく。


 俺たちが陣取ったのは、ロレーンからスパイクの街の中間に位置するモケ狭間の出口だった。

 かつてトランシュバニアの大騎士団を打ち破った、狭隘の谷間である。


 山の上まで登り、望遠鏡で覗くと地平線の向こうから砂塵を上げながら迫る、敵の重装騎士の騎馬隊が見える。

 その数は、千騎。その後を歩兵が二千、帝国に雇われているガラン傭兵団という大傭兵団の傭兵たちが三千続く。


 その敵の大軍を見て、ライル先生は、なぜかピキピキと頬をひきつらせていた。

 明らかにお怒りになられている。


「敵軍の主将は、ゲルマニアの敢勇かんゆうと謳われた、ネルトリンガー・ライン・ファルツです。果断な判断をする優れた将とは聞いてましたが、知恵はないようです」

「そうですね、トランシュバニアの騎士団の戦訓を学んでない」


 先生は、どうやら敵があまりに舐めた態度なのに、腹が立っているようなのだ。


「それ以前の問題です! 敵が待ち構えている狭隘な谷間に無造作に軍を進めるなど、一番愚かな選択です。ここはモケ山地を大きく迂回するだろうと思って、準備してた策が全部無駄になりました」


 先生は悔しそうに、短いロッドを戦略地図に叩きつけた。

 まあ、先生の怒りもわかる。


 敵が待ち構えている狭隘の地を避けることは、戦術の基本だ。

 孫子の兵法書をナナメ読みした、高校生の俺だって知ってることなのに。


 トランシュバニア公国の騎士団には、将棋で言うと玉将である俺とシルエット姫を強襲するため。

 一分一秒でも早く、スパイクの街に着かなくてはならない、戦略的にやむを得ない理由があった。


 しかし、今回の帝国の攻撃は、ただ大きく迂回するルートが面倒だから街道を直進すると言わんばかりだ。

 そこには、王国の寡兵など、大軍で蹴散らせばいいと言う侮りがある。


「モケ狭間を直進されても、策はあるんですよね」

「もちろんです、連中に生まれてきたことを後悔させてやりましょう。オラクル! カアラ! 手はず通り、敵陣に爆撃を開始してください」


 先生は灰色のローブをバサリと翻すと、クワッと美しい茶色の瞳を見開いて、ロッドを振るった。

 オラクルちゃんと、カアラが、爆弾が大量に入った籠を抱えて、敵の騎士隊の空に飛ぶ。


 二人が空中から、籠に入った爆弾の導火線に火を付けて、投げ込むと爆発で敵の騎士隊に爆発が炸裂した。

 騎士隊の整然とした怒涛の行進が、乱れる程の十分な威力だ。


「おお、空中爆撃はすごいですね。これでは敵なんか手も足もでないでしょう」

「タケル殿違います、これは敵の上級魔術師を誘い出す手段に過ぎません」


 空から爆撃する二人に、敵の歩兵隊から一人の黄土色のローブを着た男が、ものすごい勢いで飛び上がってきた。


「密偵の報告によると、敵の先鋒軍に居る上級魔術師は一人だけだそうです、『砂塵の』ダマス・クラウド。風系特化の魔術師で、完全なる竜巻パーフェクトハリケーンという強力なハリケーン攻撃を広範囲に向けて連発してくる厄介な魔術師なのですが」

「あっ、落ちた……」


 天才魔術師のカアラと、不死少女オラクルちゃんの挟撃を食らっては、ひとたまりもない。

 得意の竜巻魔法を連発するも、『砂塵の』ダマスは、前後から衝撃波を食らってそのまま落下。


「上級魔術師といっても、ただの人間ですから、あの高さから落ちたら普通に死にます」

「いっちょ上がりですか」


 本当に呆気ないな、リアルファンタジー。


「さてでは、今度は直進してくる敵をモケ狭間の出口で迎え撃って、全員ぶっ殺しましょう」

「先生、その言い方は、あんまり身も蓋もないですから」


 しかし、先生相手に舐めた戦術を取った敵将が悪いのだ。

 敵の主将は、『敢勇』のネルトリンガーだったか、俺はもうどうなっても知らんぞ。


     ※※※


 モケ狭間の出口。

 土塁で固めた、堅固な木組みの馬防柵が二重三重に張られている。


 谷間を通る間、周りの山から攻撃を受けることもなく。

 罠がないのに拍子抜けした敵将ネルトリンガーは、得意げに騎士隊を引き連れて突撃してきた。


「あのような木の柵など、回り込めばよいではないか!」


 そう最前列の騎士が、叫んだのが聞こえた。

 柵を回り込もうとした、騎士達が次々に落とし穴に転落する。


「先生、落とし穴好きだよなあ……」


 もちろんただの落とし穴ではない。

 穴の下には、尖った木の杭がたくさん並んでいる。その杭に、毒を塗った釘が刺してある念の入れ用。


 しかし、こちらは銃士隊が一千に対して、敵は総勢六千の大軍だ。

 落とし穴に落ちては死に、柵に引っかかっては鉄砲隊に撃ち殺されながらも、敵軍は奮戦した。


 しかし、狭い隘路の出口で、なかなか前進できずスシ詰めになっている敵は、大軍の利をまったく生かせていない。

 こっちは幅広く陣を敷いて、敵の頭に火線を集中させる。


 敵軍にも当然ながら弩兵や弓兵がいて、盛んに矢を射かけてくる。

 攻撃魔法を放つ初級、中級の魔術師も混ざっているから、遮蔽物マントレットや大盾でガードしていても怪我人は続出する。


 回復ポーションが山ほど用意してあったからいいものの。

 そうでなければ、持ちこたえられなかっただろう。


 いよいよ敵の突撃も激しさを増し、落とし穴に落ちた味方の死体を乗り越えてでも敵は前に進撃する。

 三重柵の二段目まで突破した、勇敢な騎士が居たと思ったら。


 後ろから一気に三重柵を超えて、俺たちの目の前まで、一気に突撃してきた。

 完全武装のでかい軍馬に乗ったガタイのいい重量級の騎士が出た。


 何らかの強化魔法がかかった全身鎧プレートメイルなのか、鉄砲の弾があたってもガンガン弾く。

 バシネットから吐き出す荒い息に、こいつ強いってオーラが満ちている。


「フハハハッ、ゲルマニアの『敢勇』ネルトリンガーだ! 敵将はいざ尋常に勝負せよぉ」


 あれが、敵将のネルトリンガーか、さすがに大将の威圧感は十分。

 どうやって来たのか知らないが、軍馬も本人も重たい板金プレートで武装してるのに、三重柵まで乗り越えて突撃を敢行しきったのは、『敢勇』の将と呼ばれるだけの実力なのだろう。


 だが、司令官自らが突撃とか、中世の戦争は無茶苦茶だ。

 敵の士気は、大将の果敢な突撃にものすごく上昇して、雄叫びをあげ、死に物狂いでネルトリンガーに続こうとしてるから、これでいいのかな。


「先生、俺一騎打ち、いいスか?」


 あれぐらいの普通の強キャラが相手なら、俺でも行けそうな気がする。

 敵将が来たんだから、格的に勇者の俺が行くべきでは?


「構いませんけど、もうルイーズ団長が行きましたよ」

「ああっ、ルイーズ!」


 俺の見せ場じゃんそこ!


「敵将ネルトリンガー! シレジエの騎士ルイーズ・カールソンがお相手致す!」

「おお、そなたは万剣ばんけんのルイーズか、敵に不足なし!」


 馬上の騎士たちは、お互いに長槍ランスをぶつけ合う。

 敵の装備も良い物なんだろうが、ルイーズの『黒杉のランス』は、鋼鉄をも凌駕する硬度だ。


 ネルトリンガーは打ち負けして、馬上から転げ落ちた。

 そこを、馬から飛び上がったルイーズが、いつの間にか長槍から持ち替えていた『オーガスレイヤーの鉄ハンマー』で、バシネットごと敵将の頭を粉砕した。


 よりにもよって、オーガスレイヤーで叩き殺された敵将には、ちょっとだけ同情する。


「よくも、御大将を!」

「死ね!」


 敵将ネルトリンガーを追いかけて来た騎士たちだが、相手が悪い。

 オーガ用の巨大な鉄ハンマーを何度も振るい、馬ごと騎士を粉砕するルイーズは、もはや騎士とかそういうレベルの戦闘力ではない。


 燃えるような真紅のポニーテールを揺らし、巨大な鉄ハンマーを軽々と振り回しながら、当たるを幸いに何人もの騎士を馬ごと叩き潰していくルイーズの壮絶な姿。

 それに見とれて、敵の騎士隊の猛攻が、しばらく止まったぐらいだ。


 でも、一言だけ言わせてもらえば。

 ルイーズは『オーガスレイヤーの鉄ハンマー』の使い所、絶対に間違ってる。


 騎士同士の決闘は、ある意味で競技ゲームのようなものだ。

 落馬させられて怪我をしても、そこで一撃死しなければ、回復ポーションがあるので死にはしない。


 シュザンヌとクローディアも、小さいなりに二人で上手く連携攻撃して、敵の騎士を落馬させていた。

 ルイーズに付いて訓練しているせいか、彼女らも強くなったものだ。


 味方の活躍を見ると血がたぎる、せっかくだから俺も見せ場を作りたいと、最前線に走って行く。

 こういうとき、馬に乗れないからダメなんだよな、練習しようかな。


「勇者タケル殿とお見受け致す、副将エレオノラ・ランクト・アムマインが相手だ」

「はあ、副将?」


 綺羅びやかな真紅の炎の鎧に身を包んだ騎士がやってきた。

 なんか見せ場っぽいのはいいけど、お前その可愛い声、絶対に女騎士だろ!


「さあ、いざ尋常に勝負!」


 なんで俺の相手は女騎士なんだよ、戦争とは言え女を殺すのは、さすがに躊躇われる。

 ルイーズ代わってくれよ!


 ルイーズに助けを求めたら、いい機会だから「殺れ!」って、ものすごい良い笑顔で合図を送られた。

 なんでルイーズは、俺に毎回、女を殺させたがるんだよ!


「くそったれ!」


 俺が『黒杉の大盾』で騎乗突撃をいなして、『黒杉の長槍』を横っ腹に叩きこむと、副将エレオノラとか言う女騎士は、簡単に馬から転げ落ちた。

 なんだ、滅茶苦茶弱いな、おい。


 しかし、副将といえば、敵軍の指揮官なのだろう、無視するわけにはいかない。

 俺が、適当に死なない程度に傷めつけてやろうと行くと。


 敵の綺羅びやかな緋色の鷹の紋章を付けた重装歩兵隊が、大盾を並べて副将エレオノラを守った。


「おのれシレジエの勇者め、姫様を殺させはしないぞ!」

「いいからさっさと引けよバカ野郎ども!」


 つか、その鉄壁の防衛陣形、主将ネルトリンガーが死にそうなときにやればいいのに。

 中世ファンタジーの騎士って、戦争のやり方間違いすぎだろ。


 主将ネルトリンガーを失い、副将エレオノラが負傷した敵軍は、撤退を始めた。


「ふう、終わりましたね」

「タケル殿、何を言ってるんですか、まだ終わってませんよ」


 先生が涼し気な顔で言う。ああ、後ろから追撃するのかな。


「追撃じゃありません。この先鋒軍は、見せしめにするために、全滅させるんです」


 しれっと、それはもう決定していると先生は言った。


「いやでも先生、戦術のセオリーだと、逃げ場をなくすと敵を死に物狂いにさせちゃうから」

「全滅させるんです」


 はい、先生、大事なことなので二回言いました。

 そういや先生、すごく怒ってたんだったな……。


 その瞬間、モケ狭間を撤退しようとする、敵軍にめがけて転がる大岩が大量に降り注ぐのが見えた。

 谷の向こう側で、多数の大砲による砲撃の炸裂音が、高らかに響き渡ったのが聞こえた。


 ああ、そう言えば、砲兵隊を使ってなかったけど、使い所はここか……。

 おそらく姿が見えないカアラやオラクルちゃんも、向こうの抑えに回っているのだろう。


 モケ狭間の口は両方から閉じられ、敵は完全に包囲された。


「さあ、皆さんもう一仕事ですよ。敵がこっちに逃げてきたら挟撃して、今度こそ全滅させます!」


 うあー、これは……。

 それから始まった戦闘は、もはや一方的な虐殺オーバーキルだった。


 敵軍には、少し同情するけど。

 大軍だと思って、舐めてかかって先生を怒らせるから、こういうことになるんだよ……。

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