第62話「与作は木を切る」

 ゲルマニア帝国が、シレジエ王国に対して武力による継承戦争を宣言し、ブリューニュ派に付いたロレーン伯領に進駐を開始した頃。

 俺は、なぜかオックスの街近くの『魔の山』で樵をしていた。


 いよいよ、馬のいななきと剣戟の音が響き笑う大戦争じゃないのか、だって?

 それは、俺が聞きたいんだが、これがライル先生の指示だから仕方がない。


 確かに、黒杉の伐採と加工は、俺しかできない仕事ではあるのだが……。

 まあ、戦争が始まったと言っても、行軍には時間が掛かるから焦ることはない。


 いま行われている目立った戦闘といえば、帝国との国境沿いのロレーン騎士団の騎士たちが、シルエット姫派とブリューニュ伯爵派に分かれて、ワーワーと一騎打ちをやってるだけらしい。


 その横をゲルマニア帝国の大軍が、ゆっくり素通りしてロレーンの街に進むという、なんだか牧歌的な展開。

 中世ファンタジーの戦争というのは、俺たち現代人がイメージしている戦争とは、ちょっと作法が違うのだ。


 俺は、光の剣を横薙ぎに振るい、ザックリと黒杉を叩き切る。


「木が倒れるぞー」


 ズーンと重たい音が響いて、メキメキメキと折れた大樹が、ドサッと粉塵をまき散らしながら転がる。


 レーザー並の切断力があるはずの、光の剣でも、黒杉の大木を切るときは手に重さを感じる。

 この重い手応えは、なかなかに小気味いい。


 俺は、やるまでは面倒くさがるが、やりだすと凝り性なタイプだ。

 頭を真っ白にして、一心不乱に、魔の山の黒杉を斬りまくる。


「うおおい、勇者様! 小便垂らすなぁ!」

「えっ、なんだよ、なんか俺悪かった?」


 調子に乗って好き勝手に伐採してたら、きこりの古老が追いかけてきて、怒られてしまった。

 小便はしてないんだが、言ってる意味が分からん。


 俺を「小便垂らし」と怒ったのは、ヨロギ爺さんという、きこりの長老格だ。

 オックスは、石材と木材の街なので『樵ギルド』がある……というか、俺が復興したときに、難民から樵を募集して創った。


 モンスター大増殖で一度は壊滅したオックスの街だったが、戻ってきた住民たちを組織して、新しい組合を作ったのだ。


 経験豊富な樵であるヨロギ爺さんは、若い樵がほとんどの佐渡商会木材事業部でも一、二を争う貴重な人材。

 なのだが……、言ってることが、イマイチよくわからない。


「あー、樵じゃない勇者様にゃ、そう言っても分からんか……、んとのう、小便垂らしってのは、山の斜面の真下に切り落とすことじゃ」

「ああっ、なるほど。伐採した丸太が、下に垂れるからか」


 専門用語にしても、小便って。

 もうちょっと、上品な言い方はないものなのか。


「勇者様が切った木をよく見てみい、こんな角度に落としたら、倒した木が斜面を転がって危なくてしゃーないじゃろう。小便垂らしたら、一緒に仕事するもんが怪我する、一番やっちゃいけないことじゃよ」

「なるほど、それは済まなかった。じゃあ、どう切ったらいいんだ」


「こっちの木は、『追いこま』、あっちの木は『こまざか』じゃ!」

「だから、それじゃわかんないんだって」


 専門用語を使わず、もっと丁寧に教えてくれればいいんだが。

 この偏屈な爺さんに、言ってもしょうがない。


 何度も聞きなおして説明させ、ようやくヨロギ爺の言わんとすることがわかった。


「尾根に向かって、右斜め上か、左斜め上に倒れるように切るんじゃ。場合によるんじゃが、まあ勇者様は素人じゃから多少はしゃーないが、なるべくそういう感じで切ってみてくれ」

「よっし、じゃあそうしてみる」


 俺はなるべく尾根に向かって、転がらないように黒杉の大樹を切り落とす。

 倒す方角を意識して、切れ目を入れれば、できないこともない。


 俺が細心の注意を払って切った黒杉は、ゆっくりと山の尾根に向かって倒れた。

 転がらない。


「おお、さすが勇者様じゃ、やればできるじゃないかね」

「まあね」


 伐採技術があるわけじゃない、光の剣が高性能なだけだ。


「ところで勇者様は、なんでぇわしらを樵番と運び番を分けて作業を早めたり、『間伐』だの『植林』だの、五十年も樵やってきたワシらですら腰を抜かすようなことを知っとるのに、木の切り方すら分からんのじゃろうね」

「そこはそれ、知識と経験の違いなんだよ、ヨロギ爺」


 ヨロギ爺は首をかしげている。俺が言うことも、爺には分からんか。

 まあ、無理もない。


 木材事業部ができてから、俺は適当に経験でしか仕事しない樵たちに、細かい分担作業を教えて「間伐」や「植林」を勧めている。


 植林が上手く行くかどうかは微妙なところだが、この世界の人は単に木を切り出して、そのまま禿山にしてしまうので、それをしないように意識するだけでも違うはずだ。


 一方で、俺は実際の経験が皆無なので、必要があるたびにヨロギ爺のようなベテランに実務を教えてもらってもいる。

 俺はどっちかというと口下手のほうだが、ヨロギ爺も人と話すのがいまいち得意ではないタイプなので、妙に馬があって山のことをいろいろと教えてもらっている。


 昼休みに、コレットが作ってくれた弁当を使いながら、ヨロギ爺と話しをした。


 魔の山と言っても、不気味に生い茂る黒杉を切り取ってしまえば、のどかなものだ。

 静かな森に、時折姿も見えない鳥のけたたましい鳴き声が響いている。


「ヨロギ爺、ライル先生は、なんで黒杉を大量に切れって言うんだろうな」

「偉い人の考えることなんざぁ、ただの樵のワシらには分からんが、戦争に使うんじゃないかのう」


 ライル先生の指示を受けて、俺と一緒に作業して黒杉の丸太を運搬している樵たちだって。

 誰一人、自分たちが何を創っているのか理解してる者はいないだろう、先生は秘密主義なのだ。


「なんか、この図面通りに切り取った木の形、大砲みたいな形にも見えるんだけど、木で大砲とかないよな?」

「分からん、わしに聞かれても、樵のことしか分からんてよ」


 ちぎったパンを、水に浸して食いながら、爺はそう言って笑った。


 俺達のちょっと下を見下ろせば、山の斜面に張り巡らせるように建設工兵たちが、ひたすら塹壕ざんごうを掘っている。

 オックスの山にも、遠くの戦争の影響が近づきつつあるのだ。


 気持ちは焦るが、俺はせっせとライル先生が指示する形に、黒杉を切るだけだ。

 黒杉の武器だって戦争には役に立つし、最も大事なのは兵站ロジスティクスだと教えたのは、他ならぬ俺なのだ。


「でも、なんか地味な作業だよなあ。こんなリアルファンタジー、絶対求められてないぜ」

「はぁ、勇者様、なんか言ったかいねえ?」


 いや、なんでもないよヨロギ爺……。

 黒杉の山に遠く、また見えない鳥の鳴き声が響いた。


     ※※※


 オックスでの樵も終えて、俺もいよいよシレジエ王国軍の最前線になっているスパイクの街に着陣した。

 両陣営がお互いの策源地に陣を張り、本格的な戦争が始まる。


 俺の軍から、義勇兵団が千人。オルトレット子爵が、必死にかき集めた騎士と兵団が四百人で、千四百の軍勢が、この小さな街に集結している。

 前線の様子を確かめながら、俺は子爵の城に入場する。


 相変わらず、質実剛健で殺風景な造りの城だ。

 ガランとした石造りの大広間で、ライル先生が笑顔で出迎えてくれた。


「先生……なんか、城の兵士の数が少ないですね」

「すでに戦闘は始まっています、ほとんどは工兵になって、土木工事に邁進してもらってますから」


 またトラップか、先生好きだな……。

 ライル先生が机に広げている、戦略地図には、おびただしい数の罠を示す印が書き込まれすぎて、恐ろしいことになっている。


 このスパイクの街を落とそうと、ブリューニュの領地ロレーン伯領に集結した帝国軍は合わせて一万六千にまで、膨れ上がっているそうだ。


 帝国の侵略行為を抗議して、友好国のローランド王国が国境線に軍を並べて牽制し、ブリタニアン同君連合が、海軍で帝国の海路を塞いでも、この数を即座に投入できる。

 さすがユーラ大陸最大の帝国恐るべしである。


「こっちのオラクル子爵領じゃなくて、トランシュバニア公国に攻めこむって危険はないんですか」


 トランシュバニア公国の公王は良い人だったので、向こうが攻められると可哀想だ。

 俺がそう聞くと、先生と、なぜか闇から現れたカアラまで現れて。


「「ないない」」と声を揃えた。


 言ってから、お互いに睨み合うライル先生とカアラ。

 仲がいいのか、いや悪いんだろうな。カアラは、先生の邪魔になるから隠れてろ。


「トランシュバニア公国は、いまでも帝国の準属国ですから。帝国から攻められる危険もないし、よっぽどのことがない限り、公国の側から帝国軍の裏をついて攻撃するなんてこともありえないでしょう」


 だから、帝国軍はトランシュバニア公国は放置するだろうとのこと。

 そっちに被害が出ないなら、良かったけど。


 いまは他国を心配している場合でもないか。

 帝国軍一万六千 対 王国軍一千四百。国力十倍とは、良く言ったものだ。


 いや、もうこの段階で、十倍以上の動員力を見せている。

 本来ならば、なまじっかな罠や戦術で覆せる戦力差ではない。


 しかし、なぜかタイミング良くロレーン伯領で、奇妙な疫病が発生し、多くの兵や馬に体調不良が続出しているらしい。

 そのため、実際に押し寄せてくるのは、まず先鋒が六千程度になる模様。


「疫病って、先生、何かやりましたね」

「ヴィオラに、協力してもらいました……」


 先生の後ろに、先生が水魔法を教えた青い髪のヴィオラがひっついていた。


「ハーフニンフは、人間に忌み嫌われていると、前に説明しましたよね」

「でもそれって、ただの偏見なのでしょう」


 ほとんどは、偏見だと言ったのは先生だ。


「私は、偏見じゃない部分があるとも言いました。水の精霊の加護を持つニンフには、負の側面があります。ヴィオラの魔法力を、私は植物育成に特化させました。薬草が作れるとしたら、毒草だって作ることもできる、そう思いませんか?」

「それって……」


 先生は、心苦しそうに、小声でつぶやく。

 水の魔素を、神聖化させることでできる薬、それを狂わせれば逆に毒ができると言うのだ。


「ニンフの毒というものがあります。遅効性の毒です、水に混ぜて服用させると、倦怠感にみまわれ、しだいに体調が悪化し、肌が荒れ始め、歯が抜け落ちます。解毒ポーションを使わなければ、最後には立つこともできなくなる」

「それを使ったんですか」


 さすがにごまかさない。先生は静かに頷いた。


「井戸に毒を発生させたり、毒草を育てるのは、ニンフにとって簡単なんですよ。もちろん、ニンフは自身が忌み嫌われる原因になっていることですから、自分からそんな真似はまずしません。人間同士の戦争に、ニンフの毒が使われたケースもありません」

「そうですか」


 なるほど、毒でじわりじわりと弱れば、謎の疫病が発生したように見えるだろう。軍馬だって道草を食う。

 それが質の悪い毒草だったら、病に倒れたように見えるはずだ。


「勝つためとはいえ、ヴィオラには、とても辛い思いをさせました。私を恨んでくれてもいいですよ」

「いえ、先生に何でもやってくださいと言ったのは、俺です」


 俺は、先生の横にすがっているヴィオラの小さい肩を抱いた。


「俺が命じたことを、先生もヴィオラも全力でやっただけだ。心配しなくていい。誰が傷ついても、誰が死んでも、全部俺のせいだ。お前たちが悪いんじゃない」


 気にするな、なんて言ってもしょうが無いことは分かってる。

 自らの種族が忌み嫌われる原因になった負の力を振るうことが、小さいヴィオラにとって、どれほど辛いことか俺にはわからない。


 ヴィオラが「私は……」と何か言いかけて、声が小さすぎて聞こえなかった。

 言葉の代わりのように、強くすがってくるので、抱きしめ返す。


「俺のためにやってくれたんだな、ありがとうヴィオラ。戦に勝って、領土を回復したあとで、生やした毒草を始末すればいい。俺が最後まで責任を持つ、心配しないでくれ」

「はい」


 これは、戦争なのだ。


 ……とは言え、先生の『手段を選ばない』。正直なとこ、選ばなすぎて恐ろしい。

 中世気分で、のんきに攻めてきた帝国の騎士なんか、全員ぶっ殺されるぞ。

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