第九章 継承戦争 編
第61話「宣戦布告」
ブリューニュ伯爵が意識を回復し、捕まえた盗賊と合わせて事情聴取した結果。
どうも奴は、盗賊が公女を囚えさせたあと、自分がそれを颯爽と助けることで、カロリーン公女が惚れると思い込んでたらしい。
大昔の漫画かお前は、と思う。
あるいは、中世レベルだと、その口説き方が最新式なのだろうか。
そんな杜撰な計画で、カロリーン公女が転ばなかったため、腹立ちまぎれに暴行を加えようとしたのだ。
これは外交問題でもあり、いかに伯爵だろうが、ブラン家当主だろうがそれなりの罰を受けてもらうことになる。
「ブリューニュ伯は、処刑しましょう」
ブリューニュを王都に連行するとき、やってきたライル先生がそう言った。
「もはや、ここにいたっては致し方がありません。ブリューニュを殺せば、シレジエ王国内の門閥貴族は騒ぎ立て、国境のロレーン伯領は不安定化するでしょう。しかし、生かしておくほうがリスクが高いと判断します」
「……ですね」
常に冷静な先生の声が、少し震えている。
いつになく、先生の落胆ぶりは激しい。
「今回の一件、ブリューニュ伯の動きを読みきれなかった、私の不明です。むしろ、いままで生かしておくべきではなかったんです。あの男の本質を甘く見ていました」
「いえ、先生のせいじゃないですよ」
仮にも伯領を預かる地方領主が、盗賊を使って味方の城を襲い、他国の公女を拉致するなど、誰が考える。
あまりにも危険で無謀で愚かで後先考えない迷惑極まりない行動、もはやバカなどではなく、バカを凌駕した存在だ。
ブリューニュ伯は、策士の策謀をすべてぶち壊しにする、マイナスのチート持ちなのだ。
それが味方の陣営に置かれた時、破滅的な効果をもたらす、存在自体がリスクの塊と言えた。
顔をパンパンに張らせて、見張りの兵士付きの馬車で運ばれていくブリューニュ。
さっきまで、俺の手で捻り潰して殺してやりたいとすら憎んでいた相手だが、今はそんな気にすらなれない。
「勇者様、麻呂は十分に反省したから、この縄を解いてくれでおじゃー」
「……」
ブリューニュへの激しい怒りが冷えると、白い化粧がところどころ剥がれたその醜い顔は、恐ろしい妖怪にすら見えてきた。
あれだけのことをやって、もう反省したから許してくれと、コイツは本気で言っているのだ。
俺は、脆弱そうな伯爵を他愛もない相手だと見下していたが、それは違った。
その精神の図太さ、化け物じみた不可解な言動は、この国の古い因習そのものと言う、もっとも恐ろしい敵なのかもしれない。
※※※
「タケル、ちょっと良いですか」
「なんだ、リア」
城の廊下で、リアに呼びかけられた。
「カロリーン公女殿下はいま、わたくしたちで介抱しております。幸いなことに、アーサマのお護りがありましたので、暴行は未遂で終わりました」
「そうだな、アーサマには念入りに感謝しといてくれ」
実感があまりなかったからしかたないが、
俺にしても普段から恩恵を受けているし、今回は本当に助けられた。
「しかし、公女は目の前で護衛騎士を惨殺され、盗賊に拐われて、ブリューニュに伸し掛かられた。その心痛は、是非もなしです」
「それもそうだな……」
「もちろん、公女にアーサマのお護りがありましたので、この程度で済みましたが」
「なんで二回言った」
そんなに重要なことなのか、あからさまに文句は言えないけども。
「いえ、なんだかタケルはアーサマへの感謝が足りてない感じがしたので、是非もなく強調してみました」
「そうか、アーサマの
さすがにウザいとは言わない。今回ばかりは……。
「タケル、感謝しているのなら『男は言葉ではなく背中で語るべき』と、アーサマはおっしゃってます」
「それもアーサマの教えなのか」
どんな女神様だよ。
「そこでなのですが、是非カロリーン殿下の寝床まで一緒に、来てもらえないでしょうか」
「はぁ?」
そこでって、話がまったく繋がってない。
フザケてる場合か、シリアスな話じゃなかったのかよ。
「真面目な話しです、わたくしたちで彼女の介抱をしているのですが、ちょっとマズイことがありまして」
「どういうことだ」
「是非もないことなのですが、激しいショックを受けた彼女は、このままトラウマを残すと、軽度の男性恐怖症になってしまうかもしれません」
「それは、分からなくもないが」
俺がポーションを渡そうとしたときも、手が震えていたし、かなり怯えていた。
彼女は、公的な立場もあるやんごとなき姫君だ。男を怖がる症状が出れば、公務にさしつかえる。
「だから、タケルに一緒の臥所で寝て欲しいのです」
「なんでそうなる」
むしろ、怖がられているんだから、近づかないほうがいいんじゃないのか。
「是非もないリハビリテーションです。タケルに手でも繋いで寝てもらえば、今なら緩和できると思います。むしろ、治すなら今しかありません、協力して欲しいのです」
「わかった、できることがあれば手伝う」
俺にはよくわからないが、治療師であるリアは、心のケアの専門家でもある。
その判断なら、間違ってはいないのだろう。
「では、是非こちらに」
「わかったから、ふざけるのは、なしにしろ」
さり気なく、人の腕を掴んでおっぱいに押し当てるな。
しかし、今回は逆らえない弱みがあるので、強くは言えないのが辛い。
俺は、リアに促されるまま、カロリーン公女の寝室へと付いて行った。
※※※
すっかり夜も更けた。
中世の夜は、弱々しい蝋燭の灯だけが頼りだ。
大きなベッドに、青いナイトガウンを着たカロリーン公女が座っていた。
美しい刺繍が入った絹のシュミーズを着たシルエット姫も、公女の隣に侍っている。
「公女、まだ起きてますか……」
「ええ、勇者様、お陰様で落ち着きました」
「大丈夫ですか、お具合は」
「私は平気です、それより私の護衛騎士が……、残念でした」
一命を取り留めた公女の護衛騎士の一人は、すでに治療を受けて回復しているが。
もう一人の若い騎士は、盗賊団を相手に最後まで抵抗して、絶命したらしい。
それを聞いて、公女はさらに気落ちしている。
蝋燭の明かりに照らされる、彼女の美しい顔は暗い。襲われた時に落としたメガネをかけてはいるが、片方のレンズが欠けてしまっていた。
「メガネは、ご不便でしょうから、公国から取り寄せましょう」
「申し訳ありません」
透明度の高いレンズや、美しいガラス玉は、トランシュバニア公国の特産品なのだ。
それを知って、レンズを輸入して望遠鏡を創ろうとしていたところだから、ちょうど良かった。
公女をなんとか励ましてあげたいが、俺には言葉が見つからない。
リアが、前にたって公女に言う。
「タケルが怖くないのは、分かりますよね」
「ええ、もちろんですわ、聖女様」
「では、タケルの手を持ってみてください」
公女のきめ細やか手が、俺の手に伸ばされようとするが、近づくと震える。
ふうと、リアがため息をつく。
「人間が頭で思うことと、心で感じることは違うのです、是非もありません」
「聖女様、そういうものなのでしょうか」
自分でも自分の身体がどうにもできず、公女は困惑している様子だった。
「とりあえず今日一日、がんばってタケルと手を繋いで寝てください。身体が大丈夫だと分かれば、是非もなく緩和していくでしょう。タケルもよろしいですね」
俺にとっては、是非もないことだ。
公女がこうなってしまったのは、俺のせいでもあるのだから。
横になったカロリーン公女と少し身を離して、俺は手をつなぐ。
その間に、すっと小柄なシルエット姫が入り込んだ。
「なるほど、姫が間に入って貰えれば、カロリーン公女を怖がらせなくて済みますね」
「ええ、妾は、こんなことでしかお役に立てませんが」
なぜか姫が、公女の方ではなく、こっちにピッタリと抱きついてくるのも我慢しよう。
今回は、たいていのことは受け入れるつもりだ。
「リア……」
「怒ってはなりませんよ、タケル。是非もなく公女殿下が怖がります」
分厚いローブを脱いだ下着姿のリアは。
俺の顔の上に、柔らかいモチモチとした肉の塊を乗せてきてやがった。
「俺が抵抗できないと思って……」
「タケルは、こうしていると苦しいですか?」
気持ちいいような、苦しいような……。
「とりあえず物理的に、息苦しい」
「では、是非タケルも我慢してください。公女も今、自由にならない自分の身体と戦っているのです」
それとこれとは、全く関係ない気がするんだが。
公女の手を握り、姫に抱かれてる状態では、いかんともしがたい。
すると、耳元でプチっと軽快な音が聞こえた。ブルンと、たわわな振動が顔に。
リアッ、ブラを外しやがったな!
「騒いではなりません、殿下が怖がりますよ」
「グッ……」
この状態で寝ろとか、どう考えても無理だろ。
もう、やってられるかと叫んで、逃げてやろうかとも思ったが……。
公女の少しひんやりとした、嫋やかな手の感触が、俺を冷静にさせる。
しょうが無い、これも考えなしの罰だと思って、今夜は寝ずの番をするしかないか。
そんな決心を、俺が固めた頃だった。
「ご主人様が来ないと思ったら、あなたたちは何をやってるんですか」
シャロンが、シュザンヌとクローディアを引き連れてやってきた、俺が寝床に来ないから探しに来たのだろう。
その後ろから、大きな枕を抱えたオラクルちゃんまで来る。
「シャロンさん。タケルには、カロリーン公女殿下の男性恐怖症の緩和ケアをやってもらっているのです。是非もないことですので、今夜はお引取りください」
「ステリアーナさん、おっぱい丸出しで、ご主人様に何をやってるんですか!」
そりゃ、そうなるだろ、リアが悪い。
日頃の言動からは絶対にありえないと思うのだが、なぜか聖女として普通に尊敬されているリアは、たいていのケースで理不尽な説得力を発揮する。
しかし、商人として海千山千のシャロン商会長は、そんな雰囲気に流されるほどチョロくないのだ。
「これも、公女殿下の緩和ケアの一環です、是非もなく……」
「嘘を言いなさい、とにかくご主人様がこちらに寝てるなら、我々も護衛がありますから詰めさせてもらいますからね!」
ありゃ、止めてくれないのか。
シャロンたちは、大きなベッドを運びこんできて、自分たちも横において寝るつもりのようだ。
「カロリーン公女は、いいんですか?」
「勇者様、私は大勢いてくださったほうが、安心できます」
完全に並べたベッドで部屋が埋まってしまってるんだが、公女が良いというのだから、まあいいか。
これ以上、状況は悪化しようがないから、もうどうでもいい。
なんて思ったら、大きな間違いだった。
さらに、俺の身体の上に「よっこいせ」とか言いながら、オラクルがよじ登ってくる。
お前ら寄ってたかって……、俺が怒らないと思って、いい加減にしろよ。
おしくらまんじゅうをかけられたまま、眠れるわけ無いだろ。
「ステリアーナさん、ご主人様の顔に胸を押し当てるのは、いくらなんでも止めていただきたいんですが」
そうだ、シャロン言ってやれ!
「シャロンさん、では是非こうしましょう。二交代制というのは」
「……緩和ケアなら仕方ありませんね」
シャロン!!
俺はその夜、ほとんど眠ることができなかった。
あとに、なぜか関係ないカロリーン公女に「たいへん申し訳ありません」って、何度も謝られたんだが、公女は悪くない。
だが、一刻も早く良くなってくれないと、俺が心労で死にます。
※※※
そんなこんなで、ようやくカロリーン公女の男性恐怖症が緩和された頃。
再び、俺の安眠を脅かす報告が入った。
王都の処刑場で、罪状を読み上げられ、今にも首を落とされようとしていたブリューニュ伯の身柄が、何者かによって奪われたとのことだった。
何者かって、厳重に警備されていた処刑場から身柄を奪うなんて『瞬間移動』の魔法が使える奴しかいない。
ゲルマニア帝国のイェニー・ヴァルプルギスとか言う、上級魔術師のしわざだ。
帝国は、建国王レンスの遠い血を引くブリューニュ伯爵を
平和を乱す帝国の魔の手が、ゆっくりとこちらに近づきつつある。
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