第66話「マイナスチート炸裂」
名将マインツの鮮やかな撤退戦のおかげで、戦局は難しい局面を迎えてる。
たしかに表面上は勝ち進んでいる、ロレーンの街を落とし、寝返らせた傭兵団は五千人を超えた。
解毒ポーションで治療してやったら、なぜかこちらの義勇兵団に味方する奇特な帝国軍の騎士や兵士もいて、こっちの軍は総勢七千に迫らんとする勢いだ。
しかし、頑強な敵、特に一人で戦術クラスの活躍をする上級魔術師を、各個撃破する絶好のタイミングを逸したことは大きい。
ブリューニュ伯を守りつつ、後退した五千の強兵はまだいい。
ライル先生が、帝国軍で一番強いかもしれないと言ってる上級魔術師の戦闘集団『ウルリッヒ三姉妹』を取り逃がしたことは痛手だ。
これまでは、あくまで前哨戦。
帝国はまだ、虎の子の近衛騎士団や、大陸最強とも噂されるワイバーンを使役する飛竜騎士団を出してきていない。
金獅子皇子が直接指揮するであろう、帝国軍の本軍が到着すれば、緒戦の勝利など吹き飛んでしまう。
「やはり、ロレーンの街は捨てましょう」
「……ですね」
ロレーンの街は、旧ロレーン辺境伯領の中心都市で、トランシュバニア公国とシレジエ王国を繋ぐ重要な要地であることは確かだ。
だが、一度モンスター大量発生で死滅しているのと、その後のブリューニュ伯の悪政で復興は進んでおらず、防衛拠点としての価値はない。
すでに城壁も街もボロボロになっている。街の維持にこだわると、寡兵では簡単にやられてしまう。
いまは機動力こそが大事だ。
申し訳程度の守備兵を残して、敵がまた奪還したときにダメージを食らうようにタップリと罠を残して引くのがいいだろう。
そんな相談をしているところに、とんでもない報告が飛び込んでくる。
「ブリューニュが、またこっちに攻めてきた?」
ブリューニュ伯の救援のため、帝国が編成途中で慌てて送った一万足らずの兵団と国境線沿いで合流した伯爵は、強行偵察に出ているこっちの別働隊の挑発に乗って、またロレーン伯領に攻め込んできたというのだ。
「念の為に打っておいた手ですが、まさか本当に挑発に乗るとは思いませんでしたね」
先生も苦笑している。
もともと攻めたかったから、挑発されたのを理由にしたのかもしれない。
ブリューニュは自分の領土に固執しているから、気持ちはわからないでもないんだが、本隊の到着を待てばいいだろ。
守将マインツの命を賭けた後退戦を無駄にしやがって、敵ながらその働きをまったく評価されない老将の立場には同情を禁じ得ない。
「ブリューニュ伯は、一度は臆病風に吹かれて逃げるのに同意したのでしょうが、帝国軍の大軍と合流して気が大きくなったってところですか」
「相変わらず、バカだなあ……」
おそらく、帝国軍の将軍には本隊到着まで勝手に動くなと命令が出ているはずなので、今回のブリューニュの独断専行を許したということは。
「マインツは、敵陣には戻ってないってことですかね」
「そうですね、彼がいればこうはならないでしょう。敗戦の責任を問われて、まさか処刑まではされてないでしょうが、将軍の任を解かれて後方に下げられたのだと思います」
老将死なず、ただ消え去るのみ。
マインツが命をかけて逃がしてやったものを、再び殺されに来るとは、やはりブリューニュ伯の愚かさは、名将の予想すら超えてくる。
あいつは、味方の戦略を無茶苦茶にする、マイナスチートの持ち主なのだ。
ブリューニュの勝手な暴発を聞いて、帝都に居るフリード皇太子は、怒り狂っているに違いない。
「さて、それでは、さっさと片づけますか」
先生は、盤上の短い杖を拾い上げると、出陣の激を飛ばした。
思えば、ブリューニュを旗印に継承戦争を仕掛けた段階で、敵は負けていたのだな。
※※※
戦力比は、王国軍七千、対、帝国軍一万五千。
先生の取った戦術は、まず「空城の計」だった。
敵は、ロレーンの街の奪還にこだわっている。ならば黙って防衛力皆無どころか、罠を張り巡らせた街に入れてやればいい。
精強な帝国騎士隊を全面に押し立てて、一万五千の兵団が堂々と、住民も商人も逃げ出して半ば廃墟と化しているロレーンの街に入った。
そこで四方から、街に入った帝国軍めがけて、大砲の斉射が始まった。
敵の本隊(おそらく敵指揮官もブリューニュ伯も居る)は慌てて、安全に見えるロレーンの城に逃げ込む。
そこで、城にも砲撃が開始されるが。
途端に、城は大爆発を起こして崩れ落ちた。
瓦礫に埋まって、本隊は半ば生き埋め。
「城に大量の爆薬を仕掛けておいたんですが、予想より綺麗に誘爆しました。この策は使えますね」
「ブリューニュが、これで死んでたら呆気ないですけど……」
それはないと言う気がした。
ブリューニュはあれで手強い、この手で首を切り取らなければ安心できない。
しかし、これで少なくとも敵の将軍を含めた精鋭と、兵団の分断には成功した。
指揮を失った、街の兵団は右往左往するばかり、そこに砲撃を延々と食らわせて確実に兵力を削る。
そこで、右往左往する一般兵士の陣からわけでて、兵士の一団がこちらに向かってきた。最大の脅威、上級魔術師集団『ウルリッヒ三姉妹』を囲む兵隊だ。
大砲や銃弾の嵐を受けても、臆することのない五百人ほどの重装歩兵。その真ん中にいて、魔法の石弾などを次々と打ち返す三人の女魔術師。
老将マインツの旗下で編成された彼女たちの部隊こそが、本当の精鋭である。
「どうしましょう先生、かなり手強そうですが」
「彼女たちは、マインツの薫陶を受けている部隊です。水系魔法で大砲や火縄銃が沈黙させられることを知って狙ってくるでしょうから、それを逆手に取ります」
敵は、こちらの厚い歩兵陣とぶつかるのを避けて、まっすぐ大砲の元に向かって移動してくる。
なかなかに巧みな動きだが、だからこそ、ライル先生の巧みな誘導にハマってしまう。
矢のごとく砲弾と銃弾の嵐が降り注ぐなかでも、順調に歩を進めていた魔術師部隊であったが、突如として地中が大きな爆発を起こして吹き飛んだ。
上級魔術師はもちろんこの程度では殺せないが、重装歩兵はひとたまりもない。
「そらっ、爆薬を仕掛けているのが、城や建物だけとは思わないことですよ!」
先生は、これを最後の機会と捉えて、手持ちの爆薬をありったけ罠に投入したのだ。
これで、上級魔術師を守っていた重装歩兵の壁は崩れた。
しかし、さすがは『ウルリッヒ三姉妹』
あの大爆発でも、ほとんどダメージを受けること無く進む。
決死の覚悟で、
地味ながら手堅い、ピンポイントでこっちの要地のみを狙撃する、巧みな連携魔法だった。
あの魔術師集団を放っておいては、こちらの被害は広がるばかり。
魔法障壁のある上級魔術師に、青銅砲や銃弾などの生半可な遠距離攻撃は通用しない。
ではどうするか、それはもう強キャラによる肉弾戦しかないのである。
「では、タケル殿、ルイーズ団長、申し訳ありませんがお願いします」
「行ってきます、先生」
ルイーズと共に出撃する俺は、さすがに覚悟を決めた。
ウルリッヒ三姉妹、青いローブを着た俺好みの綺麗な黒髪のお姉さん達なのだが、殺さざるを得ないのだろう。
長女ノナ・ウルリッヒ 次女デキマ・ウルリッヒ 三女モルタ・ウルリッヒ
息もぴったりに、トライアングルでお互いがお互いを防御し攻撃する。
長女のノナに襲いかかったのは、カアラとオラクルちゃんだった。
オラクルちゃんが牽制しつつ、カアラの暴力的ともいえる莫大な魔法力で圧倒する。
三姉妹の総力であれば、カアラの魔法も抑えられたであろうが、次女のデキマにはルイーズが襲いかかった。
デキマは、火系上級魔術、
恐ろしい地獄の釜の底をぶちまけたような業火だ、並の騎士ならそれで焼け死んだだろうが、黒杉の大剣を持って斬りこんでくるルイーズは、びくともしない。
当たり前だ、極限までに火炎抵抗がかかっているルイーズは、ドラゴンのブレスですらびくともしない。
上級魔術師だろうが、所詮はただの人間。龍殺しの英雄に勝てるわけがない。
インフェルノに一瞬も怯むこと無くルイーズは駆け抜けて、魔法障壁ごと次女のデキマの首を一閃で飛ばした。
デキマは、悲鳴を上げることすら出来ずに倒れた。
俺の担当は、三女のモルタだ。
ルイーズに、火炎魔法が利かなかったことを見て悟ったのだろう。
モニタは、俺に土系の上級魔術、
巨大な岩石が俺を押し潰さんと眼前に迫ってくる、先生がよく使う
炎が効かないから、こっちに変更したのだろうが甘い。
メテオ・ストライクほどの宇宙的規模ならともかく、たかがでかい岩石。光の剣の敵ではない。
おもいっきり力を込めた、右手の光の剣で巨大岩石を両断した。
敵を斬り殺すために、俺はモニタの元に向かって駆ける。
黒髪の彫りの深い女性だ、俺が振りかぶった左手の中立の剣が、彼女の身体をやすやすと斬り伏せる。
あまりにも簡単で、あまりにも手応えがなかった。
「きゃあああっ」
女の叫び声が耳に残る、女を斬り裂いた後に鮮血が飛び散り、長い黒髪が中空をフッと舞う。
そうか、すべてを焼き斬ってしまう凶暴な光の剣とは違い、鈍く銀色に光る中立の剣はもっと繊細な切れ味なのか。
次女と三女の援護を失った、長女ノナも、程なくしてカアラの真空刃でバラバラに切り刻まれた。
これまで生きてきた命が、血溜まりと肉片に変わる、それを見ても俺は何も感じない。
さあ『ウルリッヒ三姉妹』が倒れても、まだ戦闘は終わっていない、気合を入れ直す俺の共に。
黒杉の大剣を軽々と抱えたルイーズが、ゆっくりと歩いてくる。
「すぐ先生の応援にいくぞ、ルイーズ!」
「我が主、手が震えている」
「えっ」
ルイーズの言う通り、俺の手は酷く震えていた。
女を殺したのは初めてだったからか、でも戦争だから仕方ないと分かってる。
黒髪の女は、日本人を思わせたから、それが死ぬのを見て、自分で思ってるよりショックだったのかもしれない。
でもこんなのは武者震いだ、覚悟はできていたし覚悟したことをやっただけだ。俺がこれまでどれだけ敵を斬ってきたか、殺させてきたか。
「ルイーズ、まだ戦闘は終わってないから」
「タケル……。上級魔術師は片付けたんだ、もう十分だ、あとはライルの先生が上手くやってくれる」
ルイーズは、抱えていた大剣を投げ捨てて、俺の震える手を握ってくる。
なんだと思ったら、そのまま手を引っ張って、俺を抱きしめた。
なんで、抱きしめられたのか、意味が分からん。
まあ、そんなに強く抱かれてもお互い武装してるから、ガチンと鎧が当たるだけなんだけど、ルイーズの清冽な髪の香りがスッと鼻腔を抜ける。
その匂いに、焼き切れそうなほど熱くなった頭の芯がスッと冷える、早鐘のような鼓動が、落ち着いていく。
「はぁ……ふぅ……」
知らない間に、酷く息が詰まっていた俺は、ルイーズの胸の中で、久しぶりに呼吸できた気がする。
ふうっと、力が抜けそうになる。いや、まだ気を抜いたらダメだ、戦わないといけないのだから。
「タケル、敵の女は躊躇なく殺せとけしかけたのは私だが。それは、お前に死んでほしくなかったからだ」
ルイーズが言う、戦場では女を守ろうとしたり、敵の女を殺すのを躊躇うような良い奴から死んでいったのだと。
日常における善良さは、戦場では悪徳にすら変わる。
「だから殺させたんだ、でもそんな無理に平気そうな顔をしろなんて言ってない」
「いや、違う。俺は大丈夫だよ」
「嘘つけ。女を殺すのは苦しかったんだろ、嫌だったんだろ。辛かったら涙を流せばいい、私に弱音を吐いてくれればいいだろう」
「こんなの戦争なら普通のことだろ!」
ルイーズだってためらいなく殺すし、他の戦士もやってることだ。
俺だって覚悟して、ここに立っている。
「そんなのは知ってる、ただ私は、今の我が主の表情が嫌なだけだ。ああっ、やっぱり殺らせたのは間違いだった!」
冷徹無比なルイーズが、急に激情を迸らせるような声をあげるので驚く。
「タケル、お前は私の特別なんだ。そんな顔をさせるぐらいなら、ずっと私の後ろに居させればよかった」
「はぁ……」
何度も言うようだが、俺はルイーズが一番タイプなんだ、彼女に甘えたい凄く強い願望がある。
だからこんな時に甘やかされてしまったら、俺はいつまで経ってもチョロ脱却ができない、それはマズイから抗いたかった。
ガシッとルイーズが抱きすくめてくれているから、力任せにホールドをかけられたような体勢でだんだん苦しくなってきた。
ちょっといい加減に離して欲しいと思って身を引こうとすると、ルイーズの顔を間近に見てしまった。
俺は、何も言わずに、しばらくされるがままになることにした。
弱音を吐けと言っても、俺の代わりに、先に泣かれてしまったら、何も言えないだろ。何で泣くんだよ。
なんでこうルイーズは、自分の戦いになれば冷徹なのに、近しい人間のことになるとやたら感情的に脆くなるんだ。
自分が持てなかった心を、誰かに託して味わいたいのだろうか、彼女の考えていることは、若い俺には分からない。
守ってくれる気持ちはありがたいが、俺だってもう、御守りが要る歳じゃないのに。
ただおかげさまで、手の震えが止まったことにだけは、感謝すべきだけど。
※※※
その後の戦闘は、一方的だった。
上級魔術師さえ片付いてしまえば、多少の兵力差など、ライル先生には全く問題にならない。
砲撃を受け続けて、ようやく街から打って出た敵の大軍だったが、そのノロノロと動く陣形は酷く乱れている。
撤退しないで向かってくるってことは、指揮官は居るんだろうが、何だこの奇っ怪な動き。
やけに動きの悪い歩兵に対して、やけに特出してくる残存の騎士隊を率いて。
見覚えのある真紅の炎の鎧の若い女騎士が、赤いマントを翻しながら突撃してくる。
「副将エレオノラ・ランクト・アムマインである、皆の者怯むな! 突撃だ、我に続け!」
またお前か、勇み足にも限度がある。
指揮官のつもりなら、ちゃんと指揮をしろよ!
ルイーズに私が行こうかと言われたが。
「いや、俺が行くよ」
ルイーズじゃ、すぐ殺しちゃうしな。
やっぱり女を殺すのは俺に向いてない、さくっとあの姫騎士を倒して、この戦争を終わらせてくる。
俺は、威勢よく
その時だった。
「あっ……」
先生の仕掛けていた爆薬に引っかかったのか、残存の騎士隊ごと副将エレオノラは盛大に爆発して吹き飛んだ。
ギャグ漫画みたいな、綺麗な爆散の仕方で苦笑するしか無い。
やっぱりな、リアルファンタジーだから、こんな落ちだと思ったわ。
主将と分断されて、副将まで失った敵の兵団は激しく動揺し。
こちらの包囲攻撃を受けると、すぐに追い散らされて逃散した、後は敗走あるのみ。
ロレーンの街を巡る攻防は、こうして片がついた。
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