第57話「勇者VS勇者」

 俺の言い訳は通用しないようだ、ならば。


「待て皇子、姫を賭けてとか、女を物みたいに扱うな!」

「ほうっ、これは失礼した。お前の言うことにも一理あるか」


 ふうっ、イケメン皇子はカッコつけたいフェミニストっぽいから、この説得には乗ってくれたか。

 相手の実力もわからんのに、いきなり真剣勝負とか、冗談じゃないからね。


 あと、どうでもいいんだが。

 フリード皇子が連れてる女官たちがうるさい。


 皇子が何を言ってもキャーキャー黄色い声援を送るのが、だんだんムカツイてきた。


「だが、内乱で荒れ果てたシレジエ王国など、余の帝国がその気を出せば簡単に攻め滅ぼすことができるのだぞ。兵や民に犠牲を出さずに、勇者同士の決闘で決めると言うのは悪くない考えであろう」

「うーん、それはそうかも」


 こいつ、理詰めも強いな。

 俺としても、戦争は避けたいし、こっちが説得されそうだ。


「金獅子皇! たかが決闘で、シルエット姫様を是非もなく手に入れられるなどと、考えないことです!」

「何だコイツは……」


 突然、目深まぶかなフードを被った聖女ふしんしゃが、前にしゃしゃり出てきた。

 初めてフリード皇子と意見があった、何だコイツは。


「お初にお目にかかります皇子。わたくし、勇者タケル付きの聖女を務めますステリアーナです」

「おおっ、お前があの『封印の聖女』か、噂は聞いておるぞ」


 えっ、リアってフリード皇子が噂に聞くほど有名なのか。

 封印のって、ああそうか。確かに魔素溜りの封印回数なら、三回目だもんな。ベテランとは言える。


「姫様、いかに貴女がタケルに可愛がっていただいているか、皇子にお見せしなさい」


 リアの合図で、シルエット姫はその場に跪くと、俺の足にストロベリーブロンドをこすりつけるようにして「ブヒッ」と可愛らしく鳴いた。


 その瞬間、謁見の間の空気がピキッっと、絶対零度まで凍りついた。


 リアッ、お前、帝国使節団も来てる外交の場で、姫に何させやがるんだァァ!

 フリード皇子以下、というかこっちの廷臣も絶句してるだろ。


「こっ、これは……」


 終始、余裕の笑みを崩さなかったフリード皇子の顔面が、グシャリと崩れた。


 皇子の気持ちもわかる。リアの悪ふざけも、ついに国際問題レベルにまで発展した。

 なんで俺の身にばかりこんなことが……。


「これで是非とも分かったと思います。すでに姫は、わたくしの勇者に、完全に調教されております。フリード皇太子が、いまさら決闘に勝とうが何をしようが、姫の心を手に入れられるなどとは思わないことです」

「バカな、一国の姫君相手に子豚ちゃんプレイだと……信じられん。余ですら経験したことがないのにっ!」


「ブヒッ」

「なんとっ!」


 姫の子豚ちゃんプレイに、激しい衝撃を受けたフリード皇子は、ガシャっと音を立ててオリハルコンの甲冑の片膝を突いて崩れ落ちた。

 世界最強の皇子が片膝をついたことで、謁見の間はどよめき立つ。


「いや、フリード皇子、違うから、リアが勝手に」

「貴様ッ! この程度で余に勝ったなどと、思い上がらぬことだぞッ!」


 いや、そんな悔しそうな眼で睨まれても、そんな勝負してないからね。


 その後、自信を喪失したフリード皇子が気持ちを持ち直し、凍りついた謁見の間の空気が回復するまで、かなりの時を有した。


     ※※※


 謁見の間から、応接間に移って外交は続行される。

 もちろん応接と言っても潜在的な敵国同士、和やかな祝宴と歓談というわけにはいかない。


 今度は、官僚レベルの激しい外交折衝が開始される。

 帝国の属国であったトランシュバニア公国の帰属問題やら、国境付近の領土問題など喧々諤々の細かい舌戦があって、話し合いは全くまとまらない。


 内乱や国境紛争の傷跡も色濃く残るシレジエ王国の立場は弱いが、だからこそ外交に生き残りを賭けた交渉は必死であった。


 ユーラ大陸の最大版図にまで膨れ上がったゲルマニア帝国だが、その内実は自治権を持つ多数の王国や公国を、圧倒的な武力で従える領邦国家である。

 内政には常に地方反乱の危険性を抱え、諸外国にかなり警戒されているので、外交上には弱点もある。


 まあ、何が言いたいかというと、皇子も俺たちも暇である。


 長椅子にゆるりと座って、綺麗どころの女官たちを侍らせて喪失した自信の回復に努めていた皇子だったが。

 それにも飽きたのか、貝紫色のマントを翻してこっちにやってきた。


「おい、シレジエの勇者タケル」

「なんですか、フリード皇子」


「物は相談なのだが、そちらの勇者付き聖女ステリアーナと、余のニコラウス大司教を交換トレードせぬか」

「えっ、マジでいいの?」


 思わぬ好条件の申し出に、俺の心が揺らぐ。

 やはり皇子は、頭も切れるようだ。お付きの聖者交換がオーケーだったのなら、先に言って欲しいよ。


「いけませんタケル、これは皇子の罠です!」


 リアが反対する、まあ待て、話を聞いてみるべきだ。


「『封印の聖女』ステリアーナ、余に片膝をつかせた女は初めてだ。こちらのニコラウス・カルディナルは、次期教皇の候補にあげられるほどの傑物だが、そちらの聖女と交換なら惜しくはない」

「そちらのニコラウス大司教ってのは、そんなにすごいんですか」


 皇子は、驚いた顔で目を見開いた。


「なんだ帝国首都ノルトマルクの大司教、ニコラウスの実力を知らんのか。聖者としての実力もさることながら、全範囲回復魔法オールライトヒーリングの使い手として有名だぞ」

「それはすごい」


 全範囲にわたって回復とか、霊薬エリクサーや回復ポーションをポコポコ産むリアより利便性が高いじゃん。

 これは交換決定だな。


「タケル、騙されてはいけません。大司教のオールライトヒーリングは、敵味方区別なく回復してしまうので、対モンスター戦にしか使えません!」


 リアが珍しく慌てふためいて補足する。

 なるほど、人間同士の戦闘には使い勝手が悪いわけか。


「それにしても大司教は、勇者認定一級。そちらのステリアーナは、二級だと聞くので悪い取引ではあるまい」


 皇子がさっと一瞥すると、銀縁メガネをかけて生白い顔をした神官が、俺に向かってサッと頭を下げた。

 うん、実直そうな男で、好印象だ。


「わたくし、すでに準一級になっております。そのうち絶対に一級にまで昇格してみせます!」


 リアが、ガシッと俺の腕を掴んできた。

 正直なところ、久しぶりに慌てふためいたリアを見て、ざまーという気持ちしか浮かばない。


「すでに準一級になったとは、ますます気に入った。ステリアーナ、余にそのフードに隠れた顔をみせてくれぬか」

「是非とも近寄らないでください! 聖女に勝手に触れでもしたら、アーサマの罰でぶっ殺しますよ!」


 じわりと近寄ってくる皇子から、リアが必死になって逃げ惑っている。

 うーん、ニコラウス大司教。静かで邪魔にならんし、実力はお墨付きだから、役に立ちそうな男だ。


「あっ、余としたことが一つだけ言い忘れた。ニコラウスは男色家だんしょくかなので、その点ちょっと扱いには注意するようにせよ」

「えっ、男色家ってなに?」


 いつも自信満々のフリード皇子は、珍しく顔を背けて、言葉を濁すようにつぶやいた。


「つまりその、男好きだな。余はそっちの趣味はないので、少し困っている」

「ホッ、ホモォ……?」


 ニコラウス大司教が、生白い顔に頬をピンク色に染めて、ニコッと笑った。

 うああああああ。


「フリード、俺の聖女リアから手を離せ!」

「なんだと?」


 俺は、リアのフードに手を伸ばそうとした皇子の手を跳ね除けた。


「誰が自分の聖女を渡すものか、人を物のように交換など、勇者としてあるまじき行為だ!」

「余が少し下手に出れば、下郎ごときが調子に乗りおって……」


 フリード皇子は、忌々しげに俺を睨むと、渋々と後ろに下がった。

 お付きの聖者の交換は、両方の同意なくしてはできないのだ。


「ああ、タケル。わたくし、信じておりました。信じておりましたとも!」


 リアが、俺の首に腕を巻いて、すがってくる。

 今回は、俺の負けだ。


 リアよりも、さらにヤバイケースがあるとは、想定もしてなかった。


 あと毎回、心の底から思うんだけど。

 本当に、アーサマ教会の聖職者教育はどうなってんだよ、フリーダムすぎるだろ!


     ※※※


 結局、帝国の使節団まで出張っての外交折衝は、お互いの主張が食い違うばかりで、何の進展もなかった。

 決まったのが、せいぜい第三国のローランド王国を通じて両国の外交ルートを設けておく程度らしい。


 使節団を迎える準備と、その後の折衝でお疲れのライル先生が、重たい国務卿の正装を引きずるようにして俺のところにやってくる。


「タケル殿、フリード皇太子お付きの上級魔術師の顔を覚えておいてください。あれは要注意人物です」

「えっと、あの無駄に肌色が多い衣装のお姉さんですか」


 グラマラスなボディーに、それはどこのエッチな水着なのかと言う、肌色の面積がやけに多い黒いボーンテージファッションに、黒衣のマントを羽織っている。

 やけにでかい宝玉の入った魔法の杖は、強キャラの証か。


「ゲルマニア帝国宮廷魔術師、『時空の門』イェニー・ヴァルプルギス。他は中級程度の魔法しか使えませんが、彼女は極めて稀有な『特異魔法』を二つ持っています」

「特異魔法ですか」


 聞きなれぬ言葉だ。特異とか特別とか、いかにも中二病が好きそうな語感である。

 この世界の魔術師って、詠唱とか聞いてると、基本的に中二要素が入ってるもんね。


「一つは『瞬間移動』視線の届く範囲に、触れてるものを含めて移動ジャンプできます」

「それは、反則臭いですね」


 瞬間移動しまくられたら、もうどうしようもない感じがする。

 魔法力の限界があるんだろうけど。


「もう一つは、これが要注意の『転移魔法』、あらかじめ陣を張った場所に人間の群れを転移させます」

「それもう完全に反則じゃないですか!」


 そんな魔法で自由に兵士を送り込まれたら、戦術が無茶苦茶になってしまう。


「安心してください。かなり時間を要する高度な術式の上に、一度に送れるのは十人程度です。ただし皇子や、その側近のような能力の高い戦士を効果的に転移させると、戦局を揺るがす魔法とも成り得ますね」

「大丈夫なんですか」


「相手の手品の種がわかっていれば、対処法はあります。王都にもこの機会に『転移魔法』の魔方陣を敷くはずですから、後で徹底的に洗って潰しておきます」

「お願いします」


 もう戦術に関しては、先生だけが頼りだ。


「後一人注意すべきは、皇子の守護騎士ヘルマン・ザルツホルン。見れば分かると思いますが、世界最強のオリハルコンの大盾の防御力は、もう手のつけようがありません」

「ですよね」


 あの存在自体がでかいいわおみたいな角刈りの大男、無理っぽい。

 重い盾はそのまま武器としても強いと聞く、防御力特化チート、フリード皇子より戦いたくない相手だ。


「まあ、敵になってしまったら、大砲の集中砲火でも浴びせてみますかね。『鉄壁のヘルマン』がどこまで守りきれるか、楽しみな気もします」

「えっと……」


 先生そんなこと言いながら、笑わないでくださいよ。若干、こっちが悪役っぽい雰囲気です。

 いま、戦争回避のための外交交渉を、懸命にやってるんですよね?


「戦争も外交の一手段なんです、倒す覚悟で凄まないと、戦争回避なんてできません」

「ですよね……」


 俺と先生が相談しているところに、またフリード皇子がやってきた。


「やはり、余とシレジエの勇者で一戦交えるしかあるまい」

「またそれか……」


 決闘しても、俺には何の利益もないのだが。


「良いのか、シレジエの勇者タケル。お前が、配下の魔族を使って魔界の門デーモンズ・ゲートをわざと開いたのだと吹聴しても良いのだぞ」

「なんでそれを!」


 金獅子皇は、煌めくライオンヘアーを揺すって大笑した。


「ハハハッ、知っておるのは当たり前であろう。お前のやり方を見て、余も同じ事をやったのだからな」

「フリード、お前まさか……」


「そのまさかよ、『迷霧の伏魔殿』めいむのふくまでんは余が命じて開かせたのだ。余が勇者の力を手に入れるためにな」

「勇者になるために、自分の領民の街を教会ごと全滅させたのか!」


 そうなるように、計画的にやったとしか思えない。

 出来レースだとは思っていたが、酷い話だ。


「そうだ、我が帝国にある『迷霧の伏魔殿』めいむのふくまでんも、領民の街も、余の物なのだから勝手に使って何が悪い」

「お前それは、いくらなんでも」


 無茶苦茶やりすぎだろ。

 フリードの創ろうとしている新しい帝国ってのは、そういうものなのか。


「手前勝手な理由で、魔素溜りの出口を開いたのは、お前も同じよな。まさか、余だけを悪となじるつもりか。シレジエの勇者タケル!」

「俺は……」


 確かに言い訳にはならない。

 戦争回避のためとはいえ、俺だってやってしまった、フリードが巨悪なら俺もまた悪党だろう。


「余は構わんぞ、さあ剣を抜くが良い。どちらが正しいか、勇者同士、正々堂々と光の剣で決着を付けようではないか」


 ブンッと、光の剣を抜き放つ。

 なんだかんだ理由をつけて、どこまでも俺と決闘したいらしいフリードに呆れる。


 俺は分かった、俺よりでかい図体してても、こいつはガキだ。

 新しいオモチャを手に入れて、使ってみたくてたまらないだけの子供なのだ。


 だって、かつての俺が、中二病でそういうどうしようもない奴だったんだから、分からないわけがない。

 その安易に振り回した力が、どこかで誰かを傷つけてしまうことを、その身に深く刻み込まなければ実感できないのだ。


「いいだろうフリード、シレジエ王国とゲルマニア帝国の代理戦争。俺とお前でやってやろうじゃないか!」


 こんな図体がでかいだけの、分別もつかない子供に負けるかよ!


 もし負けそうな気配になったら、速攻で逃げればいいよねと、先生にはチラッと視線を送って確認しておく。


 よし、たぶん大丈夫だろうから、相手をしてやろう。

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