第39話「新たなる力を求めて」

 盗賊王ウェイクの『反逆の魔弾』を受けてルイーズが一度死にかけたことは、次第に俺のトラウマとなっていく。

 あのウェイクの矢は、俺の仲間のどこにでも届く。


「大丈夫ですかご主人様、怖い夢でも見ましたか」

「すまん、助かった……」


 深夜にうなされて、シャロンに起こされる始末。

 あの三本目の矢が、もしルイーズの急所に突き刺さっていたらと思うと心底怖い。


 そんなことをツラツラと考えて眠ると、決まって悪夢を見る。

 大事な仲間を失う夢。俺は必死に叫んでいるのに、冷たくなっていく仲間に何も出来ない。


 死に逝くのは、ルイーズだったり、シュザンヌだったり、シャロンだったりした。

 自分が死ぬよりもっと血が凍るような苦しみに喘いで、目が覚める。


「大丈夫ですよ、ここに怖い人はいません」

「それ、子供をあやすような……」


 あの時、矢を受けていたのはシャロンだったかもしれない。

 そうだったら、ここにはもう彼女は居ないのだ。


 そう思っただけで、シャロンに抱かれても、いつもみたいに跳ね除ける気にならない。

 消えてしまわないように、捕まえておかなければならないとすら思う。


 ルイーズを含めて、前衛に出る数人分しか『黒飛竜の鱗の鎧』はない。

 王都のライル先生に問い合わせたが『ミスリル装備』の在庫は残ってなかった。


「シャロン、強い装備の買い上げは、続けてるか」

「ええ、もちろんです。エストの本店と、オックスの支店と、王都シレジエの借り店舗で総力を上げて探してます」


 俺は、シャロンの身体をギュッと抱きしめた。

 薄い木綿の下着しか身に着けてないので、ナマの柔らかい感触が当たるが、今は気にならない。


「ご主人様、本当にどうされたんですか」

「戦闘に出るなとは言わないが、お前は絶対に後衛にいろよ」


 たとえ後衛に居ても、あの矢はシャロンの胸に届いたかもしれない。

 ウェイクはとりあえず味方になった、でもあのレベルの強敵(チート)は、この残酷な世界リアルファンタジーには、多数存在するのだ。


 例えばあの大洪水を起こし、隕石を落とし、黒飛竜(ワイバーン)とすらまともに打ち合える隠形の上級魔術師はどうだ。

 あの正体不明の男(女かもしれないが)に、もし不意を撃たれたら、この子たちはどうなる。


 力が欲しい、大事な人を守る力が欲しい。

 そう思うと苦しくて、息が荒くなる。


「ご主人様、大丈夫ですよ。ここは守られてます。廊下にはシュザンヌとクローディアが詰めてますよ。私が側に居ます、ご主人様は絶対に安全です」

「ああ……」


 そうだろうさ。

 俺は、お前たちに守られてる。


 でもシャロン、お前たちはどうだ。


 ……わかるよ、例えば単に事故にあって明日死ぬかもしれない。

 誰が死んでも、俺が死んでも、事故なら諦める。

 それは俺が生きていた世界でも、リアルファンタジーでも一緒だ。


 でも『俺の目の前で、俺が何もしなかったことで、お前たちが死んでいくとしたら』俺は、俺を絶対に許せない。


 俺は、平和なエストの街の安全な商館のベッドで、縮こまって生きているべきではない。

 その日々が、平穏であればあるほど、そう思うようになった。


「ご主人様、また怖いことを考えてるんですか」

「ああ……」


「ご主人様、危ないことはしないでくださいね」

「そうだな……」


「私に何かできることはありますか」

「シャロンお前にできることは、絶対に安全な場所にいて、俺が死ぬより先には絶対に死なないことだ」


 シャロンの俺を掴む手に、ギュッと力が入った。

 力仕事もしてるし、割と腕力あるんだよな、正直少し痛いけど。

 今は悪い気分ではなかった。


 痛いのは、生きてるってことなのだから。


 廊下からまた「是非わたくしを!」とか声が聞こえてきた。

 あいつ二時間置きに来てるな、リアも不眠症なんじゃないのか。


「シャロン、リアを中に入れてやれ」

「えっ、本気ですか」


「ああ、今日だけな」


 シャロンが躊躇してるので、俺が立ち上がって廊下に出て、今日だけリアを入れると揉み合ってるシュザンヌに伝えた。


 シュザンヌも「本気ですか」って顔をしてる。

 そんなにおかしいか。まあ、今日の俺はおかしいかもな。


 なんだ、シュザンヌ。何ならお前も一緒に寝るか。


「いえ、寝ずの番は騎士見習いの仕事ですから」

「そうか、ご苦労だ」


 そうかシュザンヌたちも、騎士のつもりなのか。そのうち、ルイーズと一緒のアレしてやるかな。

 騎士の肩書きは俺も一応持っているんだが、イマイチよくわからないけどね。


「えっ、あのなんでわたくし、今日に限って、入れてもらえたんでしょうか」

「リアお前、夜中もその暑苦しいローブ着てるのか」


「はい、いえ……さすがに、ベッドでは脱ぎますけど」

「じゃあ脱いで入れ、夜は冷えるといっても、さすがに寝苦しいだろ」


「えっ、えええ!」

「リア、うるさい。入らないなら帰れ」


「そりゃ、是非とも入りますけども……」

「静かに寝ろよ、うるさかったら叩きだすからな」


 セミダブルだし、三人ぐらいなんとかなると思ってたら。

 リアの体型、考えてなかったわ。


「タケル、そんな激しくされたら眠れません」

「ウルサイ寝ろ」


 リアの邪魔な肉に押し出されるようにして、俺はベッドの下の方に沈み込んで眠った。

 胸に押しつぶされて寝るより、腹に挟まれているほうがいいからな。


 リアのものなのか、シャロンのものなのか、それとも俺自身のものなのか。

 ドクンドクン……と、大きな心音だけが、夜の帳(とばり)の中でずっと響いて、俺をしつこい悪夢から、ようやく引き剥がしてくれた。


     ※※※


「守りのアミュレット、防御力強化か。祈りの指輪、なんだこれ魔力増大化、俺が持っててもしょうがない……」


 支店から佐渡商会の商会員が集めた、有益と思える装備品を確認して、俺は唸っていた。

 集めてくれた商会員には悪いんだが、ろくなものがない。


 そりゃ黒飛竜の鱗や、ミスリルと比べるからいけないのだ。

 高級素材系の防具が少なく、魔力の入った宝飾具の類がやけに多いのは、魔宝石の鉱山もあるイエ山脈が近いからかもしれない。


「リア、祈りの指輪、お前にやる。祈りなんだから、相性いいはずだろ」

「なななっ、なんですか、どうしちゃったんですかタケル、ついにデレ期来ちゃったんですか!」


「いや、装備品を渡しただけだろ」

「そりゃ、是非欲しいって言ったのは、わたくしですから……、でも女性に指輪を渡す意味を分かってやってるんですよね。タケルは、覚悟しているものですよね!」


 あいかわらず、うざい。

 リアのセリフは、削れば五分の一ぐらいに省略できるだろ。

 肉と一緒の比率で無駄が多い。


「シスターは、結婚できないんだろ」

「ああっ、なんでそんな是非もないことを言うんですか!」


 はいはい、リアのターン終了。


「シルエット姫様には、こちらの守りのアミュレットなどはいかがですか」

「まあ、素敵ですわね。でも妾の首には、もうコレがありますから」


 ちょっと待て。


「なんで、うちの商会の首輪を! どこで手に入れたんですか」


 おい、王都の連中いいのかよ。

 いつの間にか、シレジエ王国が滅亡してシレジエ奴隷王朝が勃興してるぞ。


「裏ルートで買ったのです。どうも、商会の非奴隷商会員の方々に、勇者様の奴隷の証が流行ってるらしいんですのよ」

「シルエット姫ならまだわかるけども、うちの他の商会員って何やってんだよ……」


 中小の商会や職能ギルドを買収して吸収合併を繰り返しているので、佐渡商会(さわたりしょうかい)にも、今では非奴隷少女の正規職員は多数存在する。


 どうもその非奴隷の商会員が、奴隷少女の首輪を羨ましがって付けるのが流行っているそうなのだ。

 うちの商会どうなってんだ、ネガティブ姫様と同レベルなのか。


「とにかく、シルエット姫やめてください。それ付けてるのバレたらジルさんに俺が怒られますよ」


 と、そんなことを話してるところに、お約束通りジルさんがやってきた。

 さっそく勘違いしてまた「姫を奴隷にするつもりか!」とか言いつつ、剣に手をかけるパターンだろ。


「ちょっと、ジルさんも、なに首輪つけてるんすか!」


 予想を超えてきやがったか。


「えっ、これみんな付けてるから、ここのシキタリじゃなかったのか」


 ちょっと言っちゃ悪いけど……、ジルさんは本当にバカなのか。

 奴隷認証用の首輪ぐらい、異世界人の俺でも知ってるぞ。


「そういうチョーカーで、お洒落なのかと」

「そんなわけないでしょう」


 まあ、俺もそれなりに首輪には気を使って、付け心地の良い材質を目指してるけど。

 しっかり神聖文字と下位文字の両方で、俺の奴隷って書いてあるでしょうが。

 まさかジルさん、騎士なのに文字が読めないんじゃないだろうな。


「奴隷の首輪がシキタリならば是非もありませんわね、わたくしも似合いますかしら」

「リアも、これ見よがしにつけない。その首輪、余分に作ってるわけじゃないのに、どっから見つけてくるんだ」


 うちの商会の奴隷首輪が、大々的に裏取引されている。

 これは次回の社員総会の議題にしなければならないと心に決めた。


     ※※※


 餅は餅屋。では、良い装備を探す方法は誰に聞けばいいか。


「そこで、私に聞きに来たわけか」

「ルイーズは冒険者としても、結構経験積んでるんだろう」


 リュックサックに武器をたくさん詰めてるもんな。

 あまり使う武器に、こだわりはないみたいだが。なんでも使える万剣(ばんけん)だし。


「ほとんどは王国騎士時代から使ってる普通の武具だが、例えばこのナイフは遠投の魔法がかかっている」


 ルイーズが掲げる二対のナイフは、確かによく見ると青白い光を帯びていた。

 魔剣というのは、俺の光の剣にも通じるところがあるんだな。


「どこで見つけたの」

「ロスゴー村のけっこう近くにある廃坑跡地だな、一種のダンジョンになってて」


「えっ、そんな近くにもダンジョンあったんだ」

「何を言ってるんだ、ダンジョンなんて結構ありふれてるだろ」


 なんでも、元は魔宝石の鉱山だったのが、あまり取れなくなり、しかも魔素の影響でストーンゴーレムが湧きだしたので放棄されてダンジョン化したそうである。


「いやあ、大変だったぞ。ストーンゴーレムは硬くて刃物が通用しなかったから」

「ブレードが通用しないって、それじゃあどうしたの」


「そりゃ、そこらにあった岩をたくさんぶつけたんだ」

「ルイーズはすごいね、なんでも武器にできるのか」


 弘法は筆を選ばずなんて話があるが、ルイーズも武器を選ばない。

 岩でも木の棒でも、彼女にとっては立派な武器なのだ。


 さすがは万剣(ばんけん)だなと褒めると、ルイーズは少し照れた。


「まっ、それはいいとしてだ。ダンジョンの奥で見つけたのが魔法のナイフだったというわけだ」


 おそらく、地中からの魔素の影響で、普通のナイフが魔力を帯びたのだろうと。

 ダンジョンに自然に置かれた物(あるいは、それは冒険者が死んで落としたアイテムである可能性が高い)は、魔素により何らかの魔法力をおびることがある。


 それがプラスの効果であれば魔剣と呼ばれ、マイナスの効果であれば呪いの武器と呼ばれるのだ。

 人間が勝手に都合のいい物を魔具、都合の悪いものを呪具と呼んでるだけなのかもしれない。


 魔具や呪具は、付与魔術師や錬金術師が意図的に作ることもあるが、それはむしろそんな自然物を模したものであると言えそうだ。


「つまり、ルイーズの結論としては、良い装備を手に入れたければ」

「ダンジョンを漁って見るのが近道とはいえる」


「しかし、ダンジョンがあるなんて噂は聞かなかったけどな」

「平和なエスト領の人が住んでる地域には、ほとんどダンジョンといえるものはないし、アンバザック領から出る魔素は一点に集中してるから」


「そうか、魔の山があるから近くにはダンジョンがないのか」

「素材収拾ならダンジョンにこだわる必要はないだろ。私の着ている『黒飛竜の鱗の鎧』も魔の山産なんだし」


 盲点だった、自分の統治してる街のすぐ近くに、素材の宝庫があったか。


「この辺りで、歴史がある大きなダンジョンといえば、旧ローレン辺境伯領だよ。まずオックスの街で素材を収拾してから、ダンジョン攻略に乗り出してみるのも悪くない」


 もちろん私も行くぞと、ルイーズは付け加えた。

 ベースキャンプから、訓練が済んだ義勇兵団の部隊も、三百人率いて行くという。


 なんか凄く大掛かりな話になってしまった、どうせ近衛銃士隊も付いてくるというだろうしなあ。

 俺のイメージしてるダンジョン攻略とちょっと違う感じになっていく。


 とりあえずライル先生にオックスの街に向かうと手紙を書き、ゆっくりと街道沿いの村の様子を視察しながら行くことにした。

 さすがに領主の仕事も、しないといけないからな。

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