第38話「盗賊王ウェイク・ザ・ウェイク」

 バカでかい大きさの合成弓(コンポジットボウ)を抱えた、緑フードの若い男。

 盗賊王ウェイク・ザ・ウェイク。


「あの緑に向かって、一斉射撃だ!」


 銃士隊の火縄銃は火線を集中させて、緑フードを撃ち倒さんとするが……無傷。

 いや、銃撃の土煙の向こう、多少は傷ついてはいるのか。


 しかし、多数の火器の弾幕を持ってしても、一歩も退かせることはできない。


 どんなチートだよと唾棄したくなったが、銃弾ぐらい俺のミスリルでも黒飛竜の鱗でも跳ね除ける。

 その手の防御力が強化された、魔法装備を付けてるってことだろう。


 その上で、ウェイクは味方に銃撃の被害が出ないように、前に出やがったんだ。どんなカッコイイやつだよ!


「いかん、ウェイクの狙撃が来るぞ」


 ルイーズが叫ぶ。

 あいつ、デカイ弓を引いて一気に三本の鉄の矢を撃ちださんとしてる。

 これはさすがに、どんな反則(チート)行為だ。


「くそ、こうなったら!」


 俺は前に出た。

 味方に被害を出さないためには、あいつと一緒のことをやるしかない。


「北辰一刀流、鶺鴒(せきれい)の構え!」


 こいよウェイク!

 お前の狙いが正確であれば正確であるほど。

 鶺鴒剣の光速フェイントで、三本とも斬り落としてやる。


 ウェイクは、前に出た俺を見てフッと笑いやがった。

 敵の矢を斬り落とさんと、ウェイクにのみ注視した俺には、それが見えた。


 奴の口元が動く「反逆の魔弾」と。


 ビイイイイイン!


 それは大きな弓が引き撃たれた弦の響きなのか、飛来する鉄の矢が空気を切り裂く音なのか。

 それとも、矢にも何らかの魔法力がかかっているのか。


 リアが後ろから聖盾(ホーリーシールド)をかけたのか、矢に向かって白銀色の盾が飛ぶが「反逆の魔弾」は、当然のように貫通した。


 いいさ、光の剣は当たりさえすれば、高速で打ち出された鉄だろうがなんだろうが斬り飛ばせる。


 迫りくる矢を一撃、弾く!

 返す刀で、もう一本の矢尻を捕らえて、なんとか打ち砕く。


 ああ、このスローモーションの感覚。久しぶりだな元気だったか。ちくしょう!

 先の二本の矢は、俺の剣先を誘導するフェイントだった。


 三本目の矢が、手を振り上げてしまった俺の、がら空きの胴体目掛けて飛び込んでくる。

 ガードは間に合わない!


 『ミスリルの胴着』が、あいつの『反逆の魔弾』とか言う、いやらしい矢に耐えてくれるか、命をかけた勝負。


 ドスッと、鈍い音がして、俺は胸に激しい衝撃を受けて後ろに吹き飛ぶ。

 胸の傷を見ようとして、俺の胸にルイーズが抱かれていると気がついたときには、もう叫んでいた。


「こんなパターン、いらないんだよ!」


 ルイーズが死んだら、恨むぞリアルファンタジー!


「急所は外れてる」


 それだけ言って、俺の代わりに魔弾の矢を受けたルイーズは、ごとりと力なく地面に転がった。

 魔弾の矢は、『黒飛竜の鱗の鎧』ですら弾けなかった。


 さすがルイーズ、とっさに小盾(バックラー)も掲げて守っていたが、盾にも穴が開いている。


 長い鉄の矢は、鉄の小盾ごとルイーズの身体を貫いて止まったのだ。

 これは、チートにしたってやりすぎだ。


「リア!」

「矢を抜いてはいけません」


 リアと、ルイーズの従卒のクローディアが、泣きそうな顔で傷ついた彼女を引きずっていった。

 そして俺の前に、小さい身体で大盾(カイトシールド)を抱え、『黒飛竜の鱗の鎧』を着たシュザンヌが立ちはだかる。


 おい、もう止めろ。

 止めてくれ。


「シャロン、アレをあげろ!」

「えっ、本当にいいんですか」


「いいから早くしろ、次の弓がくる前に!」


 俺の陣から、高らかに白旗があがった。


     ※※※


「驚いたな、勇者ってやつはこんなにすぐ降伏するものなのか」

「そうだよ、悪かったなウェイク!」


 自然と、指揮官同士が前に出てたので、ウェイクと俺の話し合いになった。

 ルイーズの言う通りだ。俺には騎士の誇りなどない。


 テロには屈するし、話し合いで解決する。

 そして、できるなら後で裏から寝首をかいてやる!


「伝説の勇者を継いだ奴が、どんな男かとわざわざ見にきてやれば、こんな軟な若造だったとは」


 そう言いながら緑のフードをかき上げるウェイクは、サラサラの金髪の若い兄ちゃんだった。

 俺ほどではないが、ウェイクも若そうじゃないか。


「それでどうするんだ、無駄話をしてる時間はないぞ」

「ふむ、どうせ時間稼ぎでもあるんだろう」


 そうだ早馬で、義勇兵団の本陣から呼び寄せてるからな。

 この状況で、援軍が間に合うとも思えないが、交渉の材料の一つにはなる。


「時間稼ぎもあるが、降伏するってのは本当だ。そっちの勝ちだから、なんでも条件を言ってくれ。金品だって、それなりに用意できる」

「敵の領主相手に、こんなに早く見切りが付いたのは久しぶりだな」


 少し呆れているのか、ウェイクは苦笑している。


「被害が出る前に降伏したんだ、少しはこっちにも色を付けてくれると嬉しいけどな」

「フフッ、評判は聞いてるぞ商人勇者。なかなか強かなことを言う」


 商人勇者ってのは、王都の官吏が言ってる悪口だけどな。

 楽市楽座でこっちの裏街道に商人が集中したから、向こうの街道が寂れて税収が滞ってるらしい。

 そうなれば、嫌味ぐらいは言われる。


「だが俺は盗賊だからな、商売人ってやつはだいっきらいなんだよ」

「くっ……」


 凄んできたか。

 どうせ交渉を上手く進めるためのことだと思うが、若いのに迫力があるのはやはり実力が裏打ちしているせいか。

 さすが三国に渡る裏世界の王だけのことはある。


 と、そこへ。


「待ってください、ウェイク様! あたいのはなしを聞いてください」


 メス猫盗賊団のネネカが紫の巻き髪を振りながらこっちに走ってきた。

 どこに居たのかと思ったら、ウェイクの軍に紛れてたのか。


「おお、どうしたネネカ。久しぶりに来たと思ったら慌ただしいな」


 さっきまで凄んでた男がもう笑う。

 こっちの援軍が向かってきてるというのに、本当に余裕だな。


「この勇者は、あたいたちの命を助けてくれました。それだけでなく、お金をくれて病気の弟の治療もしてくれました」

「なんだ、お前この若造に篭絡されてるのかよ」


 ウェイクが目を細めて、つまらなそうに淡い金髪をかきあげる。


「違います、ウェイク様。そうじゃなくて、こいつは盗賊のあたいたちの話を、最初から最後までずっと信じてくれた。本当です」


 ネネカを見る、ウェイクの蒼い眼の色が深くなった。

 クックッ……と、鳥が鳴くような変わった笑い方をするウェイク。


「そうか、そういうことか。おい勇者、ネネカが世話になったようだな」

「あっ、ああ……」


 ちょっと気まずいなコレ。

 ただの成り行きで利用しただけで、信じてとか特に考えてもなかったんだけど。


「勝ち負けはナシだ、俺は勇者と友誼を結びたいと思うがどうだ」

「それは、申し分ないが、あの俺に復讐心いっぱいの『イヌワシの頭』はどうするんだ」

「ふんっ、あいつか。俺はただ縄張りをくれるというから来ただけで何の約束もしちゃいない。邪魔ならこの場で叩き潰してもいいぞ」


 ウェイクは、先ほどの凍てついた眼で、ギャーギャーわめいているイヌワシ団を一瞥する。

 叩き潰してもいいというのは、嘘ではないのだろう。


 ウェイクは、見てて怖いほど感情の上がり下がりの激しいやつだ。

 関心があるものには大らかで、無関心なものには冷酷だ。


「それより、お前の味方を傷つけて申し訳なかった」

「いや、ウェイクと友誼を結べるというのならかまわんさ」


 結局、話し合いは上手く行った。

 オックスの街にウェイクの盗賊ギルドを建てるという約束で、ウェイクの配下はアンバザック男爵領での盗賊行為をしないとの協定を結んだ。

 ウェイクの配下も、悪さをしない限り、俺の領内だけで安全が保証される。


 エスト領のダナバーン侯爵とも、同じ条件で交渉するように勧めておくかな。

 盗賊ギルドが常に連絡できる街にあるというのは、便利だ。


 領内で盗賊の被害が心配いらなくなったこともありがたいが、盗賊ギルドの長、ウェイク・ザ・ウェイクとの関係はそれ以上に使える。


 ウェイク個人の、チートレベルに到達している戦闘力に象徴されているが。

 どうも俺が思っている以上に、非合法組織の力というのは中世ファンタジーに於いて大きな権力のようだった。


     ※※※


「ごめんなルイーズ、そう言うわけでウェイクとは妥協してしまった」

「いいさ、お前の判断が正しかろうと間違っていようと、私はお前の騎士だ」


 矢を抜いて、リアに怪我を癒してもらったルイーズは、大きな穴の開いた『黒飛竜の鱗の鎧』を着て俺の前で起き上がった。

 ああ、また修理しないといけないな。


 黒飛竜の鱗の在庫はまだ残っていたはずだ。

 高い価値があるからって、売りに出さないで良かった。


 今回は本当に危ないところだった。

 装備の充実を今後は考えていくべきなのだろう。


 金ならあるのだが、なかなかいい品や素材は市場に売りにでないものだ。

 冒険者として自ら取りに行くべきなのかもな。


 ウェイクは、あのあとまた山の中に忽然と消えていったし。

 イヌワシ盗賊団は、悪態つきながらも、銃口を向けられてはどうしようもないのか。

「覚えてろよ!」と叫びながら、逃げさって行った。


 イヌワシ盗賊団の残党はどうすべきかな、ウェイクの配下につくなら手を出せないが。

 今のうちにできる限り討伐しておくべきか。


「それにしても、凄い矢だったな」


 鉄の矢が残っていたが、ルイーズの半身ほどもある長さだ。

 こんな長物を、あのスピードで打ち出せる弓ってのは、どんな威力なんだ。


「音に聞く、ウェイク・ザ・ウェイクの『反逆の魔弾』は鋼をも切り裂く、身に受けて生き残った騎士は少ないそうだ。そう考えれば、誇らしくもある」


 ルイーズはそう言うけど、そんなもの最初から受けないほうがいいから。

 頼むから、死なないでくれよ。


「それは私のセリフだ、三発目の矢が我が主に当たると思った時に肝が冷えた。受けた矢の傷より痛かった」

「ルイーズは撃ち出される軌道を予測して、動けるんだから凄くはあるよな」


 前も、ルイーズは降り注ぐクロスボウを斬り落としてたよな。

 実は、あの動きを意識してたりはした。


「フェイントにフェイントで来られて負けたにしても、二発斬り落とすまでのタケルの動体視力はなかなかだった」

「そりゃどうも」


 それでも光の剣の本来の性能に、俺の操作はまだぜんぜん届いていない。

 ルイーズが、戦闘面で俺を褒めたのは珍しいな。


「でも三発目が当たっていたら急所だったかもしれない。私なら間に合わなくても、急所を外して受けられるが、今の我が主には無理だ」

「精進します」


「違うぞ、自分の今の実力を見定めて動けと言ってる。ウェイクがそうしてるからって、全部自分で引き受けようとするな」

「わかった、すまないルイーズ」


「分かったならいい。側に私がいることを忘れないでくれ」


 そう言いながらルイーズは、しばらく立ち去ろうとせず、俺の周りでずっとウロウロとしていた。

 うーむ、言外に無謀な行動を怒られてるのかな、これは。


     ※※※


「ウェイク様によると、面白い提案なので受けるとのことです」

「そうか、それはありがたいな」


 オナ村のベースキャンプで、盗賊王ウェイクとの連絡役になってくれているネネカの報告を受けた。

 俺が提案した、盗賊ギルド員を護衛と防犯のアドバイザーとして雇うという話はウェイクの気に入ったらしい。


「盗賊も、犯罪以外で役立てるということですよね」

「そうだ。ネネカも分かってくれるようになってくれて嬉しいよ」


「ええ、あたいがまさにそうですから」

「ネネカたちの隊だが、密偵(スカウト)部隊という名前にしようかと思う。騎馬隊の偵察の補佐と、作戦行動中の情報収集を主な任務としてほしい」


「勇者様の言っていた、スパイってやつにあたいたちはなるんですか」

「そうだな、その必要があればまた流れの冒険者や、盗賊団の振りをして話を聴きこんだり、敵を撹乱(かくらん)させたりして欲しい」


 ネネカたちは、盗賊ギルドに住む場所を与えているらしいが。

 オナ村にも、住む場所を用意しておくことにした。


 貴重な連絡員でもあるのだから、どっちにでも居られるようにしておくほうがいい。

 同盟関係にあるウェイクと、ネネカの隊を共有しておくことは、今後の役に立つはずだ。


「では早速報告ですけど、アンバザック男爵領内のイヌワシ盗賊団の残党は、全員が逃げて領内から消えました。おそらく、国境は超えてないのでシレジエ王国内の旧ローレン辺境伯領に逃げていったのだと思います」

「ああそうか、そこまで行ったならもう追わなくていい」


 俺の領地じゃないから関係ないし、旧ローレン辺境伯領は、小規模の子爵やら男爵やら騎士やらに領地が細かく分けて与えられて、権利関係がややこしいのだ。

 きっと盗賊団が、権力者の追求を避けて逃げ延びるには最適なのだろう。


 下手をすると人間よりモンスターのほうが多い上に。

 商人が商売するには、関所が多くて好ましくない土地だから、獲物に困るだろうがな。


「それにしても、盗賊ギルドなあ」

「ギルドがどうしたんですか、勇者様」


「いや、盗賊が普通に街にギルドを構えて、仕事を斡旋してるなんて想像できないなと思って」

「盗賊だって、犯罪行為ばっかりやってるわけではないんですよ」


「そうなのか、例えばダンジョンで罠を調べたりとか?」

「まさにそれです。あと遺跡発掘とか、もちろん後ろ暗い仕事もありますが、盗賊の手先が役に立つ、真っ当な仕事だってあります」


「ふーん、そうなのか。ネネカもダンジョン探索できたりとかするのか」

「はい、あたいもできますよ。鍵開けや、罠はずしは得意です。でもそんなこと学んでも、このご時世では需要がなくて、結局野盗になってしまいましたが」


「いつか、一緒にダンジョンに行ったりできるといいな」

「ですね。勇者様とダンジョンに行けるなら、盗賊としても鼻が高いですね」


 そう言って、足元まで届く紫色の巻き毛をくるっと手元に引き寄せて見てた。

 ネネカの長すぎる髪、毎回見て隠密行動の邪魔にならないんだろうかと心配になる。


 まあ、器用に歩くし、何か意味があるのかもしれない。

 盗賊はジンクスを好むというから、何かのおまじないなのかもしれないな。


「あたいの髪がどうかしましたか」

「いや、何に使うのかなと思って」


「こうやって使うんです」

「ふはっ」


 俺の鼻元に紫色の巻き毛を持ってきたので、俺は思わずくしゃみが出そうになって、笑った。


「なるほど、これは武器だな」

「でしょう、女の髪の使い道は多いんですよ」


 しばらくクスクスと笑っていたネネカが音もなく去っても、ほのかに髪から香った重たくて甘い薫りが、しばらく鼻の奥に残っていた。

 まさか彼女と俺がほどなくして、本当にダンジョンにアタックすることになろうとは、この時全く思っても居なかった。

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