第40話「素材を集めよう」
オックスの街まで行くと、街の前でライル先生が待っていてくれた。
王都の仕事は、もう良かったのだろうか。
「先生! 会いたかった」
「ねっ、熱烈な歓迎ありがたいんですが……」
俺はライル先生をガバっと抱きしめた。
うわーすげえ柔らかい。
「ちょっと、なに抱きついてるんですかタケル」
「なんでリアが止めるんだよ」
いや、引き剥がされるのは分かってやったんだが、なんでリアだ。
「なんだか不純なものを感じました。シスターとしては、是非もありませんね」
「不純とか、その口が言うのか……」
ライル先生は男の子だから、ぜんぜん不純じゃねーし。
あと、ベストの上からでも抱きしめたら分かりましたけど。
先生、普通におっぱいありますよね……。
「コホン、
「どうぞ」
「とりあえず、王都に摂政派と呼べるだけの官吏・貴族・騎士の集団を組織しておきました。改革派の官僚を味方に出来たので、私も王都復興事業を任せてタケル殿の下に戻ってこれたわけでして」
「摂政派ですか?」
「まさか、ご自分がシレジエ王国の摂政になったのを、よもや忘れておいでではないですよね」
「いや、まさか」
そういやそうだったなーぐらいには覚えてますよ。
「そうですよね、姫を引き連れてそれを忘れていたなどと」
「先生、そういやシルエット姫って、いつまで付いてくるんですか。平和なエスト侯領ならともかく」
「ううっ、やっぱり
「いやいや、違う違うそうじゃない」
ネガティブ姫様の扱い難しい。
「いや、復旧の済んでない王宮にいるより、タケル殿と一緒にいるほうがむしろ安全ではないでしょうか」
チラッと、先生が俺が引き連れてる馬車と軍勢を見る。
言いたいことはわかる、大名行列みたいになってるからなあ。
これでも、村の視察や、街道の施設整備や、行商をついでにやりながらだから、効率的なんだけどね。
街道沿いの村は、どこも帰ってきて定住した元難民や、行商人で活気があって良い感じだった。
「まあ、ジルさんが姫様の護衛付いてるんだから大丈夫か」
姫の側に控えて、得意げにシャキンと腰の剣を鳴らすジルさん。
この人の実力の程はまだ見たことないが、ルイーズの片腕だったぐらいなんだからいいとこ行くんだろう。
「それに、これから旧ローレン辺境伯領に行くんでしょう。姫が一緒のほうが、何かと現地貴族を味方に引き込みやすいんじゃないですかね」
「なるほど、だから忙しい先生が来たんですか」
ライル先生が動くってことは、常に何らかの意味があるのだ。
まさか、俺のダンジョン探索に付きそうだけってことはあるまい。
「ですよ、我がお父上の悪口は言いたくないですが、あの人は学者上がりだから外交と政治を知らない」
「旧ローレン辺境伯領の新領主連中も、こっちの味方に引きこんで置きたいと」
ライル先生は、元王室の
俺が関与すべき話ではないが、先生を見捨てたという父親に意趣返しが出来て気分が良いのだろう。
「伝説の勇者、前人未到のダンジョンを制覇する! 諸外国に向けても、いいデモンストレーションになります。なにせ、広大な辺境伯領の向こう側は、敵国のトランシュバニア公国や友好国のローランド王国ですからね」
「他国との外交まで見越してですか」
まあ、
人間の国同士、仲良くやってもらいたいものだ。
※※※
魔の山の素材採集が始まった。
ルイーズ団長の指揮のもと、すでにベテランになってるオックスの街の守備兵に、ベースキャンプを出たばかりの新兵三百人の演習も兼ねて総出の山狩だ。
俺はというと、また馬車で観戦将軍をやらされるのが嫌なので、『魔素の瘴穴』の様子を見に来た。
あの鉄筋コンクリの四角い建物は、今日も雨風に耐えて威容を誇っている。
ゲイルのように悪意を持って封印を解くことが出来る人間が存在すると分かって、教会が取った対処は、解かれてもすぐ再封印できる聖女クラスの常駐と、王国兵士によるきっちりとした防衛体制の確立であった。
もともと、コンクリに耐腐食性の鉄板が貼られてるようなロストテクノロジーの塊のような建物なのだから、守るのはたやすい。
おそらく、二百四十年前に大英雄レンスがこれを建てた時には、元々兵士が常に守っていたのだろう。
その防衛意識が、長い年月無事だったためにいつの間にか薄れて、兵士が常駐することもなくなったということではないか。
「ご苦労様」
リアを連れて、瘴穴の門を守る王国兵士の最敬礼を受けて、中に入る。
毒々しいドクロマーク、明らかに原子炉を模した封印の間の作りを眺める。
あいかわらず、最悪のセンスだ。
レリーフに描かれる建国王レンス・アルバートは、金髪碧眼の白人だが、二百四十年前の話なんだから分かったもんじゃない。
ほぼ確実に言えることは、レンスは俺と同じ時代から来た異世界人ってことだ。
ライル先生は迷人と言っていたが、異世界より来たりし勇者は存在したのだ。
日本とは限らないが、現代の地球からここにやって来たレンス。
この地にシレジエ王国を築いてたくさんの子孫に囲まれて大往生した彼は、孤独だったのではないか。
今の俺と同じだ、たくさんの仲間に囲まれていても、故郷の話ができる人は一人もいない。
「タケル、是非もなげな顔をして……珍しくシリアスですね」
「リアに言われたくないけどね」
原子炉ってメッセージは、おそらく魔素は使い方によって世界を滅ぼす道具にも、活かすためのエネルギーにもなり得ると言いたいのだ。
自分と同じ世界から来た人間にだけ、それが分かるよう、このような形にした。
「それで、便利なアイテムでも残してくれない辺りが、性格悪そうだけどな」
「建国王の悪口ですか?」
「リアは、建国王レンスのことをどれほど知っている」
「教会には、その手の古文書はたくさん残されておりますからね。タケルと同じ異世界人であった、なんて話も知ってます」
「リア、お前どうしてそういう重要なことを黙ってたんだよ!」
余計なことばっかり言いまくってる癖に。
しかも、俺が異世界人だって気がついてたのか。
「始祖の勇者であり、シレジエの建国王レンスが、得体もしれない異世界から来た者であった……なんて風評は存在してはまずいのです。わたくしが読んだ古文書も、門外不出の禁書に指定されております」
「なるほど、そういうこともあるか」
そこまでは、考えが至らなかった。
異世界勇者モノってのは多いが、場所によっては異世界人ってことがマイナスに取られることもあるのか。
そういうケースは聞いたことがなかったから気が付かなかった。
なにせ、シレジエ王国は大衆がニンフを蔑視して、姫様がハーフエルフだって理由だけで門閥貴族が王位継承権を認めない土地柄だ。
「タケルも、異世界のことはあまり口に出さないほうがよろしいですよ」
「分かった」
リアが、まともな忠告をしてくるなんて珍しい。
勇者にされるときに、一度リアに異世界の話をしたが、わざとスルーしてくれてたんだな。
「わたくしと二人っきりのときだけなら、話してもかまいませんけどね」
「おい……」
リアが手を絡めてきた、いまそういう空気じゃないだろ。
指まで絡めてくるとか、手汗が気になるからやめろ。
「わたくし、教会の湿ったホコリ臭い書庫に篭って禁書を読み漁りながら、いつか異世界からわたくしの勇者がやってくるであろうと、ずっと信じておりました」
「それ妄想だからね」
リアがどこかおかしいのは、建国王レンスの影響だったのか。
当時の知られるとマズイことを記録した禁書って、何が書かれてるのかは興味深い。
「わたくし知ってます。聖女とかシスターというのは、異世界人にとっては汚されるべき対象なのですよね」
「いや、どんな偏った知識だよ。本当のシスターに怒られるよ!」
リアがフードを脱ぎ、やけに熱い吐息を俺の耳に噴きかけてきた。
またかよ、本当にいい加減にしろ。
「わたくしも勇者に仕える聖女になった身、タケルにエロ漫画みたいにされても、是非もありません」
「禁書でエロ漫画が伝わってるのか!」
建国王レンスってどんな奴だったんだよ。
なんか、あんまり知りたくなくなってきたぞ。
「タケル、わたくし上が女の子、下が男の子がいいんですけど」
「おい、リア。だんだんと話がおかしくなってきてるから。何の話だよ」
こんな場所でローブの前を開けるな!
お前、本当に修道女なのか。
禁書が好き勝手に読めて、敬虔であるべきシスターが変態に育つとか。
アーサマ教会のシスター教育はどうなってんだ。
「アーサマ教会は、自由平等博愛の精神に満ちてますわ。異世界人の文化も是非なく受け入れます」
「教会の戒律に触れる文化まで導入しちゃだめだろ!」
その時だった。
兵士が金属の残骸を抱えて、原子炉を模した封印の間に入ってきた。
「勇者様は素材をお探しとか、補修の時に残った外壁の残骸ぐらいしかないのですが」
「おお、ありがとう」
さっきまで、俺の身体にねっとりと絡んでいたリアは、すっとフードとローブを
何らかの魔法を使ったんじゃないかと思えるほどの鮮やかさだ。
お前……その俊敏な動きは、是非戦闘で生かしてくれ。
「さすがは建国王レンス様の作られた建物です、今の技術では崩れた場所の補修の復元は難しいのですが……」
「うん、耐侵食金属だな。参考になるよ」
他には、使えそうなものは何もないと。
はぁ、まったく。
建国王レンス、異世界人だったんなら、伝説の勇者の武具とかきちんと残しておけよ。
そこら辺の
※※※
瘴穴から降りてくると、義勇兵団の大部隊による山狩も終わっていた。
「どうですか、先生。ルイーズ、何か使えるものはありましたか」
「そうですね、あると言えばある。ないと言えばないって感じですかね」
モンスター狩りは順調に行った。
山のモンスターを根絶やしにしておけば、仮に封印が解かれたときもいきなりの大発生の影響を抑えることもできる。
下級モンスターは魔素を受けても、異常に増えるだけで身体に影響はない。
一部、ロードレベルの上級モンスターには黒化の影響が多少あって、その硬い皮は『黒飛竜の鱗の鎧』の補修程度には使えるだろうと。
「あとは、生えてくる薬草がやたら高品質なぐらいですかね。リアさんが協力してくれれば高品質の回復ポーションどころか、
「それは、ダンジョン攻略に役に立ちそうですね。あ、これ瘴穴の残骸なのですが、不思議な特性の金属でして……」
俺と先生が話し込んでるのを遮って、ルイーズが声をかけてきた。
「なあ、ちょっと思ったんだが。薬草が使えるなら、これは使えないのか」
ポンポンと、そこらに生えている黒杉を叩くルイーズ。
「ルイーズ団長、それは私も考えましたが、黒杉は硬すぎてどんな斧やノコギリを持ってしても刃が立たないのですよ。加工は難しいかと」
「タケル、お前の光の剣なら、これ切れるんじゃないか」
ライル先生が、あっと驚いた顔をしてる。
ルイーズすごいな、先生が気が付かなかったところに気がつくとは。
「やってみるよ、星王剣!」
さっと横薙ぎにしたら、黒杉はあっけなく切断された。
ドスーンと音を立てて、倒れる黒杉の大木。
「タケル殿、これ大盾の形とか、細かくブロック状に分断したりできますか」
「やってみますね」
光の剣をレーザーのように当てて、黒杉の木材から切り出す。
「これは凄い、硬さを生かして盾とか鎧に加工できますね。棍棒や剣も一応作ってみますか」
元が木材だから金属よりも軽く、鋼鉄の刃を一切通さない強度を持つ黒杉。
こんな身近に、最高の素材があったとは盲点だった。
俺が樵になって、黒杉を斬りまくっていると、ヴィオラがやってきた。
「どうしたヴィオラ」
「この空き地に薬草を植えてみたいんですが……」
あれ、薬草って栽培できないって聞いてたんだけど。
先生早く教えて下さいよ。
「ヴィオラの勘は当たってるかもしれませんね。薬草は地中の魔素をたまたま吸収した草が、解毒や回復や、各種状況回復などの効果を発するものです」
なるほど、いわゆる魔宝石やマジックアイテムと一緒のような成り立ちなんだな。
魔素か、強力な魔法力がなければ生育させるのは難しい。
「魔の山は、魔素が溢れて漏れ出そうとする特別な山です。ここなら、薬草の種をほぼ完全に高品質の薬草に成長させることができるかもしれません」
先生のお墨付きもあり、俺が伐採したあとに、ヴィオラが薬草園を作ってみることにした。
水の精霊の加護があるハーフニンフのヴィオラは、植物を生育させるのが得意だ。
各種ポーションや霊薬の原料になる薬草の栽培。
いいね、大儲けできる匂いがしてきた。
「じゃあ、用地は開けるからヴィオラは薬草園を作ってくれ。手伝いの人員は自由に使ってくれてかまわないから大々的に頼む」
「はい……」
ヴィオラはコクンと頷くけど、ハーフニンフは知らない人間には忌避されがちだし、人を使うのは難しいだろう。
シャロンによく見ておくようには言っておかないとな。
俺に直接提案してくれるようになっただけ、彼女の引っ込み思案も改善傾向なのだろう、良いことだ。
「よしじゃあ、みんな薬草園づくり頼むな」
俺は用地を開けるためにも、せっせと樵だ。
ここで創った武具がダンジョン攻略で役に立ち、ダンジョン攻略でさらに新しい強力なマジックアイテムを手に入れられるかもしれない。
なんだ、かなり順調じゃないか。
俺は嬉しくなって、与作よろしく光の剣を振り続けた。
ちょっと切りすぎな気もするが、余った木材は建物の支柱にでも使えば、かなり丈夫な建築物が建てられるのではないか。
強固な木材は、加工手段さえ見つかってしまえば、その使い道はたくさんあるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます