第37話「イヌワシ盗賊団の崩壊」

「えっと、このメス猫盗賊団のリーダーはネネカなのかな」

「はい、そのとおりです。勇者様」


 さっきとは打って変わって従順な態度。

 いきなりルイーズが受任式をやりだしたので、それに当てられてしまったこともあるのかもしれない。


 ルイーズはと言うと、なんか凄い嬉しそうに、直刀の柄をくるくる回している。

 あれ怖いよね、ごめんね盗賊団。ビビっちゃうよね。


「じゃあ、とりあえず事情聴取から始めようかな。メス猫盗賊団は、どこの盗賊団の配下なのかな」

「アンバザック領内の街道を締めているのは、王領から流れてきたイヌワシ盗賊団です。あそこは、配下の数が三百はくだらない大盗賊団なので、あたいたちは逆らえません」


「ふむ、じゃあそいつらを叩き潰せばいいわけか」

「あの勇者様、あたいたち殺しはやってません。キャラバンを襲って積荷やお金をちょうだいしたことはありますが、それだけです」


 うん、それが犯罪行為だよね。


「すみません、あたいにだって事情があるんです。故郷のミラ村で弟が病気になってしまって、治療費を払い続けるために性奴隷になるか、盗賊団に入るかしかなかったんです」


 ふーん、盗賊の頭にまで落ちた理由が貧困か。

 この世界だと月並みだな。


「じゃあ、これをやろう」

「えっ……、お金をいただけるんですか」


 俺は、金貨をネネカに手渡した。


「これで弟の病気の治療費に足りるか」

「ありがとうございます、すごく助かります」


「おい、タケル……じゃない我が主。さすがにそれは嘘じゃないか」


 さすがにルイーズが会話に割って入ってきた。

 俺も思うよ、嘘じゃないかって。でもこいつらが言ってることが、嘘か本当かなんて、目的にためにはどうでもいい。


「嘘じゃありません! 本当なんです。あと、あたいたちは、本当に殺しはやってません。それだけは、しないようにしてきました」

「そうだな。ネネカは、嘘はついてない。病気の弟さんを助けるためにやってるなら、金だけじゃなくてうちの商会には各種薬草もあるし、治療できるシスターを村に派遣してもいい。助けてやるから」


 変態シスターで良ければだが。


 ネネカは泣きそうにもない気丈そうな女性だったのに、紫色の瞳から滂沱のごとき涙を溢れさせたので、ちょっと驚いた。

 盗賊にも人の心があったのか。


「ううっ……シスター様まで、勇者様が困ったあたいたちの味方ってのは、本当だったんですね!」

「まあ、そんな大層なもんでもないけどよ」


 俺は、メス猫盗賊団の一人ひとりの事情を、出身地から家族構成まで洗いざらい聞いて回って、傷ついてる者はポーションで癒し、金を配った。

 みんな貧困にあえいでる王領か、アンバザック領などのモンスターの群れに住処を追われた難民出身だ。


 たいていの困りごとってのは、金で解決できる。

 そうでなくても、こっちは聖職者まで付いてる商人だから、貴重な薬でも用意は可能。


「勇者様、あたいたちこれから改心してまじめに働きます」

「いや、それはダメだ」

「えっ……」


 ただ解散させるだけなら、せっかく高い金を払った意味が無いじゃないか。


「ネネカたちには他の盗賊を裏切って、こっちの義勇兵団に付いて貰う。必要なら金でも物資でもなんでも援助するが、その分の仕事はしてもらうぞ」

「でも裏切るって、盗賊の世界にも仁義ってものが……」


「じゃあ、盗賊として討伐されて死ぬか」

「裏切るぐらいなら、裏切りがバレたら見せしめに、ただ殺されるだけじゃすまないですし」


 俺が光の剣をネネカの首元に向けてみると、グッと目を瞑った。

 裏切りがバレるより死ぬほうがマシってのは、本当みたいだな。


「じゃあ、家族の命はどうだ。さっきみんな俺に洗いざらい故郷の話をしたよな」

「そんな、罪を犯してない家族まで、関係無いです!」


「俺は何も、家族に手を出すなんて言ってないぞ。ただ、聞いちゃったからな。うちの兵団には、盗賊に家族を殺されたってやつもいるんだ。そいつが、盗賊の家族が住んでる村があるなんて聞いたら、どう思うだろうか」


 単純なブラフなのに、家族を出汁に使うのはよく効いた。

 ネネカは涙を流しながら(さっきの嬉し涙とは違うだろう)地に崩れ落ちて、「勇者様に従います」と苦渋の声を絞り出した。


 落ちたな。

 まあ本当は裏切っても、家族に手を出すような真似はしないんだけどね、面倒だし。


 俺は噛んで含めるように、危険なら逃げてこい。

 お前たちの家族まで含めて、俺の庇護下だから、裏切らない限り身の安全は絶対に保証すると囁いた。


「なあに、バレなきゃいいんだ。盗賊のアジトの位置を定期的に知らせるぐらいで、あとは安全のために、むしろ誰かが裏切ってると噂を広めろ。お前らより、イヌワシ盗賊団の首領を裏切りそうな奴とかいるんだろ」


 俺は、首領の座を狙ってるやつとか、ネネカたちより後から入ってきた新入りとか、そういう奴をターゲットに噂を広めろと命じた。

 特に新入りが疑われれば、それまでの仲間は信用しようとする心理が働く。


 上手くいけば、安全を確保した上で、同士討ちでさらに数を減らしてくれるだろう。


「では、そのように頼むぞ」

「はい……」


 メス猫盗賊団は、俺が立ち去るときにはみんな最初の威勢はどこにいったのか、全員が虚脱状態に陥っていた。

 もっと普段通りにしないとバレる。覇気を入れ直せメス猫ども。


「我が主……というかタケル」

「なに」


 ルイーズが俺を馬の後ろに乗せながら、話しかけてきた。

 巧みな騎乗だから揺れは少ないが、それでも舌を噛みそうだ。


「ゲイルと同じといったのは間違いだった、我が主はゲイルよりずっと悪党だ」

「俺の騎士、やめるか」


「やめない、私がどんな覚悟で騎士にしてくれと言ったと思ってるんだ」

「ああ、そうか」


 鈍い俺は、ようやく気がついた。

 ルイーズが、王国の騎士団のポストを軒並み断ったのは、俺の騎士になるためなのだと。


「ライルの先生じゃないが、この国はもうダメだ。一度は騎士として忠誠を誓った身だからこそ言うが、頭から根底まで腐り切ってる。私は全ての望みを失った」

「そうか」


 ゲイルが王国を裏切っていたことが、最後の引き金になったんだな。

 ルイーズが絶望するのもよくわかる、俺はもともとこんなリアルファンタジーに、最初からまったく期待してない。


「だから、私はお前の騎士になった。お前が冒険者をやるなら前衛で身を挺して死ぬまで戦ってやろう、王様になりたいなら盾となってずっと従ってやる」

「ルイーズ、なんでそこまで……」


 俺、そこまでルイーズ姉御に買われるほどのことをやっただろうか。

 最初から今まで、助けられてばっかりなんだが。


「我が主、お前は女子供に弱くて、チョロくて、勇者になってもまだ頼りないへっぴり腰で、金儲けのことばかり考えてて、騎士の覚悟も誇りもなく、卑劣な手を使うことをためらわない男だが」

「ルイーズ、なんで急に俺の心をえぐり出した」


 おかしいよね、俺を褒め称えるフェイズだよね。

 落ち込みすぎて、危うく落馬しそうになったぞ。


「何でか自分でも分からんが、そんなお前の騎士をやりたくてしょうがなくなったんだ。弱い主なら、なおのこと守り甲斐があるとか思っちゃうタイプなんだよ、私は……」

「そうか」


 よくわからないが、本人がそういうタイプと言ってるならもう仕方ない。


「だから気にせず、これからも存分に私を使ってくれ。それが私の本望だ。一度は冒険者に落ちた出戻り騎士で良ければだが」

「じゃ、じゃあ、ありがたく使わせてもらう」


 なんかルイーズの告白を聞いてて、だんだん恥ずかしくなってきた。

 もっと堂々としてればいいのに、ルイーズにここまで言わせる俺が悪いんじゃないのかと……。


     ※※※


 アンバザック男爵領で暗躍するイヌワシ盗賊団や、その配下の盗賊団の討伐は面白いように進んでいる。

 なにせ、こっちには向こうの位置が見えているのだ。


 俺にはライル先生ほどの軍略はないが。

 敵の位置が見えてる戦略ゲームほど、簡単なものはない。


 一方で俺が恐れていたのは、こっちの火器を奪われて使われることだった。

 盗賊は騎士とは違う。鉄砲が有用だと気づけば、真似して使ってくるのではないかと。


 実際、鉄砲の威力を目にして奪おうとしてきた狡っ辛いやつはいた。

 不意をつかれて奪われることも起こった。


「ご主人様、どうやら盗賊は、新しい弾が作れないみたいなんですよ」


 実際に奪われた火縄銃で、銃撃を受けたシュザンヌたちの見立てによるとそういうことらしい。

 見よう見まねで撃てるのは、さすがベテランの盗賊。

 それだけでも凄いと思うが、義勇兵団のような組織的な射撃訓練を受けていない。


 めくら撃ちのうえ、弾数が限られてるのならどうしようもない。

 結局、多勢に無勢で瞬く間に討伐されていった。


「くっ……殺せ」


 俺が敵の大きなアジトがある洞窟を襲った時、捕まえたのが『イヌワシのアギト』とかいうニックネームのおっさんだった。

 下っ端は捕らえてみるとまず命乞いするのだが、こいつは野盗崩れのくせに肝が座っている。


 どうでもいいのだが、盗賊団の情報を聞き出そうとしても、絶対に喋らない。

 周りの証言で、こいつは頭に次ぐ組織のサブリーダーだとわかった。


「よし、このアギトは逃がせ」


 義勇兵団はみんな目を剥いてこっちを見た。

 だが、俺はさっさとアギトの縄を切って逃がしてしまう。脱兎のごとく逃げる。


「おい我が主、それはさすがに」

「このアギト以外は、見せしめに目立つように処刑して、死体を晒せ」


 ルイーズの目がハテナマークになる。

 今にわかるさ。


     ※※※


「よし、この手紙をさりげなく『イヌワシの頭』の眼に留めさせろ。直接渡すなよ、お前らが危なくなる」


 メス猫盗賊団のネネカに定時報告を受けた際に、俺はダメ押しにお手紙を渡した。


「あの、勇者様この手紙は」

「俺が逃がした『イヌワシのアギト』への感謝状が入っている。ただ俺からの感謝の言葉と、お前の地位だけは保証すると書かれただけのものだ」


 ネネカが、俺が言う意味に気がついて絶句している。

 彼女の恐れの感情を示すように、地に付くぐらい伸ばしている紫の巻き髪がふらふらと揺れた。


 盗賊だろお前、いまさら何をビビってんだよ。

 これぐらいの謀略(こと)は、普通なんじゃないのか。


「勇者様は勘違いしてます、盗賊だって仁義があり、ここまでの非道は……」

「俺の先生なら、たぶんこんなもんじゃ済まさんぞ。俺はやり方が甘いっていつも怒られるからな」


「恐ろしい勇者様、どうか、あたいたちだけは助けてください」

「ああもちろんだ。お前たちは盗賊を全滅させたあと、新しいスカウト部隊を作るのに役立てたいからな。せっかくスパイ経験を積んだんだから、お前たちは新設する部隊の教官にしたい」


「分かりました、ここまできたら毒を食らわば皿までです」

「難しい言葉を知ってるんだなネネカ。これが終わったら、もうこっちに逃げてきても構わん。いざとなれば、お前たちはこの首輪をつけて投降しろ」


 俺は、佐渡商会(さわたりしょうかい)の認証が入った首輪を渡す。

 俺の首輪を付けた者には、絶対に手を出さないように厳命してあるから、いざというときの命綱になる。


「もう奴隷にでも何にでもしてください」

「バカ、奴隷になんかしない。誤ってこっちに殺されたくはないだろ、お前らを守るために念のために渡しておくんだ」


 勝手に奴隷増やしたら、シャロンに何言われるか分からない。


 たかだか戦国時代の謀略がどれほど効くものかと、期待せずに待っていたら。

 盗賊団の頭と第二位のアギトが、相争ってイヌワシ盗賊団は崩壊状態に陥ったと報告が入った。


「人間の心なんて脆いものだな」


 あまりのあっけなさに、苦笑してしまう。

 しかし、俺はこのとき謀略が上手く行きすぎたせいで、盗賊ってものを舐めすぎていたのかもしれない。


 追い詰められれば、鼠だって猫を噛む。


     ※※※


「おうおう、勇者ぁ!」


 仲間と同士討ちにあって満身創痍の『イヌワシの頭』が何を思ったか、山刀を片手に持って俺がたまたま駐在していた山村に、いきなり攻め寄せてきた。

 総勢三百人の部下を従えて、中小の盗賊団を吸収してアンバザック男爵領の闇を支配していた大盗賊イヌワシ団も、もうボロボロだ。


 パッと見えるだけでは、もう五十人も残っていない。

 メス猫盗賊団の姿も見えないから、すでに潮時と逃げ去ったのだろう。


 最後まで頭に付き従ったのがこの数ってのは。

 明らかに小物っぽいボウボウの茶色い髭面の山賊オヤジも、意外に人望があったってことかな。


「貴様、よくもぉ! 俺はもうおしまいだぁ!」


 しかし、この手のタイプの悪党ってのはどうして最後の最後で自己主張せずにはいられないんだろう。

 こっちもいきなり攻められたので村の前に陣取っている味方は、自警団と俺の近衛銃士隊しかいないが、いまベースキャンプに早馬が走っている。


 上手くいけば、こいつらは挟み撃ちにあって壊滅するだろう。

 いや、ただの盗賊五十人なら、一斉射撃で終わりかもな。

 大砲が備え付けてない村だったのが残念だ。


「だがなぁ、こっちも死に物狂いなんだよ。後悔させてやるぜぇ!」


 どこに隠れていたのか、ザワっと山の中から軍勢が姿を表した三百は超えてる。

 しかも革の鎧しか着てないイヌワシと違い、傭兵団クラスの鉄製防具を装備をしている奴が多い。


「なに、伏兵だと。どこの盗賊団だ!」


 さすがのことに冷や汗が出る。

 こんなことは全く予想していなかった。


「ハハハッ、俺はなあ。盗賊王ウェイク・ザ・ウェイクに縄張りを売り渡したんだよ。俺はもう終わりだが、お前も終われ勇者!」


「盗賊王ウェイクだと!」

「ルイーズ、誰だそれ」


「シレジエ王国と、隣国トランシュバニア公国、ローランド王国の三地に渡り広がる大盗賊ギルドの長だ。悪逆な風評の反面、義賊としても名前が轟いてる有名人だぞ。その実力は折り紙つきだ」

「そりゃ、ヤバイな」


 ルイーズが実力を認めてるレベルのやつが出てくるのか。

 単なる盗賊退治と聞いてたのに、冗談じゃないぞ!


 ガチガチに装備を固めた盗賊三百人を付き従えるように、とんでも無い大きさの合成弓(コンポジットボウ)を抱えて、緑のフードに身を包んだ若い男が、颯爽と前に立った。


 ああっ、このパターンはすごくマズイ。

 義賊の風評に緑のフードって、ロビン・フッド系のチート弓使いだろ!

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