第四章 反逆の魔弾 編

第36話「メス猫盗賊団の降伏」

 ある晴れた昼下がり、俺はオナ村の義勇兵団ベースキャンプに呼び出された。

 他でもない俺を呼び出したのは、ルイーズ団長である。


 俺だけが来ればいいのだが、なぜかゾロゾロと近衛と称する奴隷少女たちや、リアやシルエット姫や、そのお付きの騎士ジルまで付いてくる。


「おっ」

「はい……」


 ルイーズがチラッと一目すると、ジルは少しだけ頭を下げた。

 敬礼もしない、久しぶりの挨拶もない、ただ一瞥し合うだけで何かが伝わる。


 元武家の名門のお嬢様と、その郎党だった娘。

 素っ気ないが、これが彼女たちの作法なのかもしれない。


「タケルに来てもらったのは他でもない……」


 他でもないって言い回しあるけど、これあんまり意味わからないんだよね。


「……実は、アンバザック領内で盗賊の類が増えている」

「なんでまた」


 そういや、佐渡商会(さわたりしょうかい)の幌馬車も襲われるってシャロンが言ってたな。

 うちは、奴隷少女が火縄銃で武装してるから大した被害も出ていないが、困った事態ではある。


「タケルが始めた、楽市楽座(らくいちらくざ)とか言う奴の影響だ。おかげで、裏街道だったオックスへの道が商人の馬車でごった返すようになったが、その分だけそれを狙った盗賊も増えたというわけだ」

「なるほど、そこまで考えてなかったなあ」


 この世界の貴族は、中世ファンタジーの例に漏れず、関所を設けて街道や街の出入りに税金をかけている。

 俺は、王都への公共事業独占のおかげでかなり儲けが出たし、自分が商会を経営する商人でもあるので、自分の領地ではその通行税を撤廃してみたのだ。


 商人のキャラバンの出入りが増えて、アンバザックの村や街の復興が進むのはいいが、まさかその副作用として盗賊まで増える事までは想定してなかった。


「幸いなことに、アンバザックの村々の復興には、義勇兵団で武装訓練を受けた兵士がかなり参加している」

「村は襲われても平気だと?」


「最低限、村の自衛は出来ているな。街道に十分な数のパトロール隊も出せているとは思うのだが、盗賊ってのは厄介な相手なんだよ」

「と、言いますと?」


 ルイーズによると、盗賊ってのは山道を知り尽くしていて、敵が多勢なら逃げて、敵が自分たちでも倒せそうな小勢なら襲うパターンを繰り返すそうなのだ。

 街道ならともかく、その奥のアンバザックの開拓がまだ進んでない森の中を知り尽くしているのは盗賊の方だ。


 正面から戦えばまず負けない敵でも、ゲリラ戦を繰り返されるとそりゃ厄介な相手になる。


「ルイーズたちの偵察でも敵の位置は捕捉できないのか」

「頑張ってはいるのだが、アンバザックは山や深い森が多い。騎馬隊の偵察とは相性が悪いんだ」


「なるほど、山がちな地形に守られてる山賊相手に騎馬隊は不向きと」

「それでタケルに出張ってもらおうと思ってな、アンバザック男爵領はタケルの領地なんだから、盗賊退治は領主の勤めだぞ」


 うーん、なるほどそうなるよね。

 いや、話は分かるんだけど、ルイーズがすでに対処してるのに、俺が出て何をしろと言うんだろうか。


「盗賊退治か……」


 しぶる俺の顔色を見て、ルイーズは何か言いたげだ。


「タケル、もしかして、盗賊退治は気乗りしないか?」

「いや、そんなことはないけどさ」


「そうか、お前はわりと戦闘したがりだから、血が滾るって喜ぶと思ったんだが、そういうことなんだな」

「えっ……」


 何その、俺のことは全部わかってるよ的な。


「よし、今日はみんな解散。タケルは、ちょっと私と一緒に居残りな」

「えー」


 居残りさせられるって、ろくなことがないんだけどなあ。


     ※※※


 ルイーズと二人で居残り。

 何をさせられるのかと思いきや、いきなり馬の後ろに乗せられて延々と山道を進むハメになりました。


「ルイーズ、一体どこにいくの?」

「フフッ、タケル。お前まだ、人を殺すのにためらいがあるんだろ」


「そりゃあるよ」


 ためらいないほうがおかしいでしょ。


「そういうお前のチョロだったか、甘い部分は私も嫌いじゃない。そっちのほうがまともだってことも分かってるつもりだ。でも騎士にとって、その甘さは命取りになりかねない」

「ルイーズにまでチョロが知られてるとか、俺ショックなんだけど……」


 チョロの意味分かんないって前言ってたのに、聞いてしまったのか。

 くっそー、ルイーズにもお嬢様とか言い返したらいいのかな。確実に殺されるのでやめておくけども。


「これから向かう先は、メス猫盗賊団とかいう、ふざけた名前の盗賊のアジトだ」

「メス猫って、本当にフザケてるな」


 でも、盗賊のセンスって、案外そんなもんか。

 イヌワシ盗賊団とかいうデッカイ砦を築いた盗賊もいたもんな。


「そのイヌワシ盗賊団も、本来の根城が第三兵団に奪われてしまったのでアンバザック男爵領の方に来ているという噂もある」

「それは厄介だな」


「メス猫盗賊団は、イヌワシ盗賊団の傘下に入ってる小さな盗賊団のようだ。だいたいだが、アジトに詰めてるのは十五人ぐらいか。私が一気に相手出来る数が、十三人までだから、後は分かるな」

「残りを俺が始末しろってことでしょう」


 一人で一気に十三人相手できるとか、まんま宮本武蔵じゃないか。

 この世界のどこかにいる異世界人が、『五輪の書』をそのまま翻訳して広めてるんじゃないだろうな。


 ちなみにルイーズは万剣(ばんけん)とか言われてるが、使ってる剣法は極めてオーソドックスなタイプだ。

 カールソン流とかいう、お家が王国騎士に教えているオーソドックスな西洋剣術が主体である。


 ただし、ルイーズの場合はナイフ投げや小弓まで使ってるから、柔軟にいろんなところから学んでいるようだ。

 弓やクロスボウを騎士は使わないはずだし、ナイフ投げに至っては盗賊の技術である。

 あの『魔素の瘴穴』事件のときに、ルイーズだけが生き残ったのはそこら辺に秘密がありそうでもある。


「ついたぞ、あそこだ」

「うあ、本当に女だけの盗賊団なんだな」


 アジトの入り口は、街道沿いからは見えないように上手くカモフラージュしてあると言えるが、よく観察すれば煮炊きしている煙も見える。

 こうやって裏にまわり小高い丘から見れば、女だけがたむろってるキャンプだということも分かってしまう。


「タケルは特に女に甘いから。それで身を滅ぼさないように、ここらで引き締めてかからなければならん。女とはいえ、盗賊は犯罪者だ。殺すときは人間だと思うなよ」

「なるほど、そういう意味でも殺すのに慣れるのに、都合がいい相手ってことか」


 ルイーズは、本当に良く考えてくれてるなあ。

 ありがたいし、少し親身すぎて耳が痛い。


 でもそういうあからさまな善意をかけられると。

 俺は、あまのじゃくだから無為にしてしまいたくなるんだぜ。


「作戦は、タケルに任せる。私は、お前の命じるままに動く」


 なぜか、凄く嬉しそうに言うルイーズ。

 団長なんだから、いやだからこそか。どこでも偉くて強いルイーズが、命令されることなんて珍しいから面白がってるのか。


「じゃあ、まず盗賊団にコンタクトを取って、話し合いをします」

「えっ?」


 ルイーズは意外そうな顔をする。


「どうしたの、俺の命令で動くんじゃなかったのか」

「フフッ、そうきたか。いいぞ、私はどんな環境でも粉砕できるからな。あの程度の数なら囲まれても平気だ」


 さて、ルイーズのお許しも出たので、俺は「頼もう!」と表からメス猫盗賊団のアジトに足を踏み入れることにしたのだった。


     ※※※


「キャハハ、アンタかい、交渉に来た勇者ってのは」


 盗賊団のキャンプに正面から入ると、すぐに武装した物騒なお姉さま方に四方を囲まれて。

 濃い紫色の巻き髪をタラッと足元まで垂らした、変わった髪型のお姉さんが対応してくれた。

 俺の「誰がその場で一番偉いか」スカウターで見るところ、この人がリーダーっぽいな。


「ネネカさん、こいつは勇者で、ここの領主だって騙ってるんですよ」

「そりゃまた騙りにしても豪気なことだねえ、ボウヤがちょっと派手な格好すりゃあ騙されるとでも思ったのかい。このメス猫盗賊団のネネカさんが、舐められたもんだねえ」


 紫髪で色気ムンムンのネネカは、革の鎧にはちきれんばかりの胸元を見せつけてきた。プンプンと匂い立つような香水の匂いがする。

 全部含めて、威嚇行動の一種なのだろうか。


「変わった挨拶だな」

「ほー、この数に囲まれて言うじゃないか、偽勇者のボウズ。何なら舐め返してやってもかまわないんだよ」


 舐め返されてたまるか。


「俺は交渉にきただけだ、お前ら今なら、領内から立ち去るだけで許してやる」

「なんだとぉ!」


 女だてらに、なかなかいい声で吠えるじゃないか。

 俺はだんだんと、この手の相手は平気になってきた。


 俺のバックにはリーサルウェポンのルイーズがいるし。

 誰とは言わんが、いきなりオッパイを擦りつけてくる女の相手をするよりは、随分と楽だ。


「俺の領内で違法行為を働いてるのはそっちだ、警告を無視するようなら実力で排除する。その時は、もう立ち去るだけでは済まさんぞ」

「はっ、やってもらおうじゃないか。多少装備は良いようだけど、この数相手に、二人でどうするんだい。おいお前ら、こいつら畳んで、身ぐるみ剥いでやんな!」


 大人しく立ち去ればいいものを。

 そう考えつつ、絶対そうはならないと俺だってわかっていた。


 相手もそこそこ盗賊としては嗅覚の働く集団で、俺はともかくルイーズの醸しだす殺気はヤバイと気がついてるから、遠巻きにしてるのに。

 結局は、メンツを優先して襲いかかってきてしまったのだな。


 俺はブンッと光の剣を出すと、目の前のネネカの持つ、変わった形の曲刀をたたっ斬ってやった。

 切ろうと思えば、鉄剣ぐらい簡単に切れるんですよ。


「ヒッ、光の剣!」

「相手が悪かったなメス猫!」


 俺の後ろでは、ルイーズが一振りで三人斬り飛ばしていた。

 十三人までしか相手にできないとか嘘だろ。


「まさか本当の勇者様だったとは、お許し下さい!」

「おや」


 俺の目の前の女盗賊たちは、みんな得物を取り落として地に伏せた。

 降伏があっけなさすぎて、罠じゃないかと思ったぐらいだ。


 狼狽して逃げようとして、全員ルイーズに反射的に斬り殺されるってのが予測した一番のパターンだが、メス猫盗賊団はこの土壇場で意外と賢いのかもしれない。

 チョロい俺はもちろん、覚悟のあるルイーズでも、武器を放り投げて投降した相手は斬り難い。


 ルイーズは、なんだかつまらなそうな顔をしていた。

 それでもたった一人で直刀をブンブン振り回して、全員を逃がさないように威圧すると、ルイーズは俺に向かって言う。


「何をしてるタケル、早くこいつらを殺せ」

「えー、すでに降伏してますよ」


「ごめんなさい、許して! 殺さないで、なんでもしますから!」


 ほら、盗賊たちもこう言ってるじゃん。

 あとネネカってやつ、今なんでもするって言ったよね、忘れるなよ。


「殺さなきゃ、何のためにタケルを単騎で連れてきたのかわからんだろ」

「でも俺の指示で動くとも約束したよね」


 グッと仰け反るルイーズ。

 こうやってもっともらしい理屈にかなわないのが、この無頼のお姉さんたちと比べて、規律正しいルイーズの弱いところなのかもしれない。


「タケル、じゃあお前は、領主として違法行為を働いている盗賊を見逃すというのか!」

「見逃すとは言ってない、降伏したんならこっちの軍に寝返って働いてもらおうと思うだけでさ」


「正気か! 盗賊をやっつけるのに盗賊を使うとか、それじゃゲイルたちのやってたことと変わらないだろ!」


 そうか、ゲイルはそんなことをやって出世したのか。

 あいつ素行はともかく、頭が柔らかくてそれなりに優秀だったんだな。


 盗賊の取り締まりに、元盗賊を使うのは有効的なセオリーの一つだ。

 餅は餅屋だからな。盗賊を捕らえたり、被害を未然に防ぐには、盗賊を使うのが一番いい。


「とにかく、私はそんなやり方賛成できない。こいつらは人を殺めた犯罪者なんだ、お前が殺さないなら、私が殺すぞ」


 抜刀しているルイーズが殺すぞといえば、それはもう冗談ではない。

 彼女の頭の中では、すでに四つか五つ、盗賊の頭が転がっているのだ。そのような絵が俺にも見える。


 ビクッと、地に伏せたネネカたちの身体が震える。

 そりゃ怖いよね、俺も本気になったルイーズを止められる自信はないわ。


「待てよ、ルイーズ。いつだったか、自分の発想がもっと柔軟だったら、失敗しなかったかもしれないって言ったよね」

「それとこれとは違う!」


 そりゃ盗賊を殺すのに慣れさせてやろうって、ルイーズの善意も嬉しかったけども。

 でも間違ってると思ったら、俺だってちゃんと反論するぞ。


「違わない、ゲイルのやり方と似てるのかもしれないけど、盗賊を使って盗賊を倒すことで結果的に無辜の民の被害は減るんだ。見せかけの正義より、そっちを取るのが俺の領主としての判断だ」


 実利を取るのが商人だからな。

 そりゃ、すでに降伏してる女の首を刎ねるのにも、抵抗があるってこともあるけどね。


「私は分からないし、認められないが……」


 ルイーズは、俺に持っていた愛用の直刀を手渡した。


「今すぐここで私をお前の騎士に任じろ。タケルが我が主となるなら、多少納得いかないことでも眼をつぶる」

「えっ……、ルイーズ。一体何を言い出したんだ」


「するなら早くしろ、これ以上聞くな! 貴方の騎士にしてと自分から言うのが、どんだけ恥ずかしいと思ってるんだ」


 顔を真赤にして、ルイーズは跪いた。

 彼女に恥をかかせるのはマズイ、本当に殺される。


「では、ルイーズ・カールソンを我が騎士として任ずる」


 あの肩に抜き身の剣を触れさせる儀式を見よう見まねでやった。

 ルイーズは、俺が差し出した直刀の刃にさっと口付けした。


 あーそんな、作法もあるのね。

 それさっき、盗賊ぶった切った剣じゃないのかなんて、無粋なことは言わない。


「我が主君、タケル・アンバザック・サワタリに誓う! 片時も我が主の騎士であることを忘れず、民を守る盾となり、主の敵を撃つ剣となり、この身が潰えるその日まで戦い続けることを」

「おう……」


 ルイーズに直刀を返すと、恍惚とした表情でそれを受け取り、満足気に「じゃあ我が主の好きにしろ」と言った。

 土下座しながら見守っていたメス猫盗賊団はポカーンとした顔で、こっちを見ている。


 気持ちはわかるよ、俺もビックリした。

 百歩譲って騎士になるにしても、お城の謁見の間にすればいいのに。


 まさか攻め込んだ盗賊のアジトで叙勲式とは、変わってるよな我が騎士殿は。

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