第28話「アイスクリーム」

 食堂でルイーズが作った「黒飛竜の内臓スープ」という赤黒い禍々しい汁(精は付きそうだが、ビターな味)を食べながら。

 ライル先生と善後策を話し合っている。


 『魔素の瘴穴』封印から数日。

 すでに、戦場の後片付けは済んでいる。


 大洪水に隕石の直撃、かなりの痛手を負った要塞街の補修にはまだ日数がかかりそうだ。

 黒色火薬もかなりが湿気しっけて、ダメになってしまった。

 大損害だ。

 俺は、上級魔術師のバカが大嫌いになった。


「オナ村からの報告で、義勇軍のキャンプの募兵がすごいことになってるそうです」


 なんと、戦が終わってからどんどん人が集まって。

 義勇軍の数は、千人に近づく勢いになっているのだとか。


 いまオックスの街に詰めてる兵士ですら、三百人でなんとか収容できてるのに。

 兵士が千人って、オナ村キャンプのキャパシティを明らかに超えてる。


 その勢いだと、そのうちエストの街より大きくなりかねない。

 どうなってるのか現場見てみないと想像もつかないぞ。


「先生、そろそろ募兵をやめたら……」


 その人数の服や飲食を賄う補給費だけで、ダナバーン伯爵が頭抱えてるだろうに。

 戦が終わってからそんなに集まってくるなんて、人間ってやっぱそんなもんなのか。


「何を言ってるんですか将軍、人手がいるのはこれからなんですよ」

「えっ、そうなの」


「考えても見て下さい、まず旧アンバザック領のオックスの街や村の復興があります」

「先生、それは男爵の仕事じゃないんですか」


 まあ、ルーズ男爵は死んじゃったけどさ。

 少なくとも、俺の仕事じゃないよな。


「いや、旧アンバザック領は、もうこのまま私たちがもらいますよ」

「えっ」


 なんですと。


「魔の山を中心に、北西、旧ロレーン辺境伯領、南西、旧アンバザック男爵領、そして南東のシレジエ王領もこの際だから、街道沿いぐらいまで、全部もぎ取ってしまいましょうか」

「いやいや、先生それ無茶でしょ。国盗り物語じゃないんだから」


 俺、金は欲しいけど、領地とか要らないんだけど。

 これ以上、管理に頭抱えるのはいやだ。

 商会の経営だけでも大変なのに。


「タケル殿は瘴穴を封印した勇者なんですから、この実績は最大限に活用して成果をもぎ取らないといけません。どうせ崩壊した領土です、勇者が魔の山を監視するとか、適当に理由をつけて接収しまえばいいじゃないですか」

「うーむ」


 まあ、先生がそういう判断なら。

 でもなあ……発想が、勇者のそれじゃない。

 どうみても火事場泥棒ですよ。


「そうやって相手に大きくふっかけて、男爵領だけで譲歩する代わりに、イエ山脈の鉱山の権益をごっそりいただくって手もあります」

「おっ、それはいいですね」


 鉱山は俺の商売に関係が深いところだ。

 鉱山権益を抑えれば、多大な儲けが期待できる。

 そっちが本命か。さすが先生、黒い。


「まあ、冗談はさておき」

「冗談だったんですか」


 先生のジョークセンスは、わかんないな。


「今回の『魔素の瘴穴』事件で暗躍した裏切り者連中の件も、ぜんぜん終わってないですから、戦力は多い方がいい」

「それこそ、シレジエ王国の仕事じゃないんですか」


「今回の募兵で集まってきた兵士なんですが、ほとんど王都からの難民なんです」

「それってどういうことなんですか」


「うーん私にはわかりませんが、もしかしたら王都の混乱が、民から見放されるほどに大きくなってきたってことじゃないかなー」

「先生……」


 あっ、なんか、すっとぼけてる。

 だいぶ付き合いが長くなってきたので、先生の企んでる顔はわかる。


「うーん、なんでも『魔素の瘴穴』を封印した伝説の勇者が、もはや王都に救いはないとか激を飛ばしてるって噂がありますね」

「ちょっと、やめてくださいよ……」


 棒読みで、そんなことを言い始める先生。

 冗談キツイよ。


「なんでも勇者タケルは、下民にも奴隷にも優しくて、貧しき民はみんな義勇軍に参加すればなんとかなるとかー」

「それ以上いけない!」


 本当にそんなステマをやってるなら怒りますよ。

 冗談ですよね。


「冗談はさておき、アンバザック男爵領を解放したのは、タケル殿なんですから。オックスの街や村々の元住人が、身を寄せたがるのは自然なことです」


「まあ、先生のお話はよくわかりました……」

「ご理解いただき何よりです、勇者タケル殿の名のもとにガンガン戦力の増強に励んでおきますね」


 くれぐれも、やり過ぎないでくださいね。

 理解もなにも、ぜんぜん話が見えないんだが、まだ脅威があるのはわかるからあれだけども。


 あの存在が迷惑な上級魔術師、あれで死んでれば面倒がないんだけど。

 大規模魔法で魔法使い切ったあとに、黒飛竜の群れに襲われてたからさすがに死んでるかな。


 でも「クックック、奴め。まず生きてはおらんだろう」ってのは、生きてるフラグだよね?


 なんでこっちが悪役っぽいのかは、おいておくとして。

 あんなのがまた出てきて、商品水浸しにされたら、佐渡商会さわたりしょうかいは破産してしまう。


 なんだか怖くなってきた。

 やっぱ、部下に死体を探させるか……。

 どんどんこっちが悪役っぽくなるが、守るものがあると人は臆病になるのだ。


     ※※※


「シャロン、商会の方の人手は足りてるのか」

「はい、順調ですけども」


 一段落ついたら、商会の商売のほうが心配になってきた。

 食堂で、内蔵スープを美味しく食べているシャロンたちにも話を聞く。


「本当か? 奴隷少女は戦争にかなり人員を割かれてるので、店のシフトも回ってないと思うんだが」

「硝石や石鹸作りについては、もう契約農家とのアウトソーシングで回してますから」


 あっ、ついにアウトソーシングとかも学んじゃったのか。

 どんなファンタジーだよ。


「しかし、外部委託って奴隷少女が人を雇って使うとか大丈夫なのか」


 一応の形上、シャロンたちは奴隷のはずで自由民より身分が下になるはずじゃ。


「私たちはご主人様の奴隷もちものですから、大事にされてますよ」

「うーん、それならいいんだけど」


 正直なところ、もう奴隷解放してもいいんじゃないかとも思ってるんだが。


「例えばですが、有名な勇者様の持ち物である商人と、そこらの土民の少女、どっちに信用があるかと考えていただくと」

「ああ、わかった。分かりやすいな」


 年上になったことを差し引いても、やっぱりシャロンは賢い。

 俺よりも立派な商人に成長したよ。


「ご主人様、今は入用ではないですが、今後の事業拡大を考えると、そろそろ新しい奴隷少女を買い付けて、銃士や商会員に育ててもいいかもしれません」

「まあ、任せるから好きにしてくれ」


 シャロンから奴隷の買い付けなんて提案される日が来るとは思わなかった。

 ライル先生の悪い影響を受けてるな。


 出会った時にシャロンが「私、奴隷商人、です」とか、言ってた伏線がこれだったら嫌すぎる話だな。

 さすがにうちで奴隷売買の事業は、やらせないぞ。


「新しい奴隷の子が入ったら、またお風呂ですよね」

「ああ、そういうことね」


 まだそっちのほうが、倫理的に黒いよりはいい。


「それよりご主人様、ちょっと見ていただきたいものがあるんですが」

「なんだ」


「ヴィオラ、ちょっとこっちにいらっしゃい」


 青い髪のハーフニンフ、ヴィオラを呼び寄せる。

 この子は引っ込み思案で、なかなか俺と話してくれないんだよな。

 ニンフは人に迫害を受けているなんて聞くと余計に対処に困る。


 シャロンのスカートの後ろに、隠れて小さいヴィオラがこっちを見てる。


「ほら、例のアレを出しなさい」

「はい」


 ヴィオラが、コトンと俺の机の前に青い色の瓶を置いた。


「えっ、これ回復ポーションだろ」

「そうなんですよ、シスターステリアーナと協力して、回復ポーションを作るのに成功したんです」


「おおっ! これ作ったのか、すごいじゃないか!」


 俺は、回復ポーションを掲げて、振り仰ぐ。

 感動ですよ、感動!


 だってこれ、軍隊の必需品で超重要物資だぞ。

 こいつが、どれほどうちの商会の財政を圧迫してくれたことか……。


 なるほど、ヴィオラは水の精霊の加護がある。

 水魔法+回復魔法か、薬草と聖水とかを混ぜるのかな。


 なにやら、ヴィオラがゴニョゴニョとシャロンに耳打ちしている。


「……」

「このあたりは、強い魔素の影響のせいか効果の高い薬草がたくさん取れるから成功したそうです」


「そうなのか、とにかくよくやった。ヴィオラには、ご褒美をやらないといけないな。お小遣いがいいか、それとも何か他に欲しい物でもあるか」


 俺は金貨をじゃらじゃらさせて、ヴィオラに微笑みかける。

 なんか金や品物で、子供を篭絡する悪い大人みたいだが。

 ヴィオラもそろそろ打ち解けて欲しいということもある。


「……」

「ご主人様に褒めていただけるだけで十分だそうです」


「それ、シャロンが恣意的に翻訳してるだけじゃないだろうな」

「本当ですよ、ヴィオラがそう言ってます」


 うーん、そのご褒美をこっちのチョイスに任せるってのが、一番困るんだけどな。

 そこに、またいつものシスターフードを目深まぶかに被ったリアが、やってきた。


「是非待ってくださいタケル、何だか話を聞いてたら、回復ポーション作り、半分はわたくしの手柄だということを忘れてらっしゃるんじゃないですか」

「あっ、はい。ありがとうございました」


 終了。


「……」

「……」


「ちょっとタケル、是非もない感じになってますよ」

「はぁ、まだ何か?」


 いまは、佐渡商会の会議だから関係ない人は、入って来て欲しくないんだけど。


「そうじゃなくて、ポーション作りは、神聖錬金術が得意なわたくしがすごく役に立ってると思うんですけど」


 なんだよ、何が言いたい。


「むしろ神聖魔法は、わたくししか出来ないわけで部外者どころか、チームの主軸と言うかですね」

「……」


「わたくしにも、何かご褒美があるともっと頑張れるなーって、あっ是非に、とは言いませんけど」


 リアは会話が長いんだよ。


「わかりました、ではシスターステリアーナさんにも何か、ご褒美の配布を前向きに検討しておきます」

「じゃあ、まずその、わたくしにだけ他人行儀なのやめてください」


 なんだ、気がついてたのか。


「まだ怒ってるですか、このまえのこと」

「ちょっと待て!」


 また怪しい方向に話を持って行こうとするな。

 よりにもよって、食堂で貴様……。

 ほら、うちの奴隷少女が「このまえのこと?」とか、怪訝そうな顔でこっち見てるだろ!


「なんでしょう是非、わたくし話したいです」


 口元をニヤニヤニヤニヤ!

 フードを手でチラチラ上げやがって、脅迫のつもりか。


「わかった、他人行儀なのは止める」

「もう二人は、他人じゃないですからね」


「だから、そうやってお前が、からかうから怒ってるんじゃねーか!」


 もう、この際だから言わせてもらうぞ。

 毎回毎回、俺の純情を弄びやがって、それがお前の信仰心なのか!


 冷静に考えれば、リアは協力が必要不可欠と言えるぐらい役に立ってるんだが。

 そうやって毎回からかわれるだけで、感謝もクソもなくなるんだよコンチクショウ!


 女からもてあそばれるのは、女性関係でろくなことがなかった俺の古傷をえぐるのである。


「トラウマって言うほど、女性関係もなかったですよね」

「心を読むな、お前が俺の過去の何を知ってる!」


 基本的に初対面の女性が苦手で、若干コミュニケーション力に欠ける俺は、あまり女性全般にいい印象を抱いていない。

 ルイーズ姉御みたいに対等でない存在で、上からとか下からくる系なら深く関わっても不快感はないし。

 商売モードで、表面上対応するだけなら問題ない。


 リアみたいに土足で心に踏み込んで掻き乱してくる系は、俺の一番苦手とするタイプだった。

 相性が、致命的に悪い。


「そろそろ、タケルも相手から好意を向けられることに慣れた方がいいと思います。是非もないことですよ」

「お前が、それを言うか」


「わたくし、シスターとして信者の皆様のカウンセリングもさせていただいております。タケルも、是非このあとゆっくりとオックス教会の告解ボックスにわたくしと二人で篭って、手取り足取りしっぽりと悔悛かいしゅん秘蹟ひせきを受けられるといいと思います」


 だから、セリフが長いんだよ。

 しかも、リアが言うと「かいしゅん」が、なんか別の単語に聞こえる。


「お前の言い分はもう分かった、シャロン!」

「はい、ご主人様」


「シスターステリアーナは、お帰りだそうだ」

「はい、みんな!」


「あっ、わたくしまだご飯全部食べてませんのに!」

「はい、シスター様こっちで食べましょうね」


 シャロンが囲んで捕まえて、食堂から外に連れだしてくれた。

 さすが、うちの戦闘経験豊富な奴隷少女たちは有能。


 まともに話を聞かず、最初からこうすればよかったな。


「さて、ヴィオラ」


「……はい」


 もう通訳のシャロンはいない、リアを追い出すとか荒事に大人しいヴィオラは関わらないしな。

 リアの言い方は最低だったが、確かに人との深い関わりに慣れろって忠告は、悔しいが的を得ている。


「お前の好きなものを何でもやるから、希望があれば言ってくれ。がんばったお前の正当な権利だ」

「……アイスクリーム」


 そういや、前作ったのを美味しそうに食べてたな。

 アイスクリーム作りは、氷さえあれば牛乳と乳製品で簡単に作れる。

 季節の果実を入れてもいいし、高価な輸入品になるが、バニラビーンズも使えないことはない。


「よし分かった、たっぷり食べさせてやる。先生お願いします!」


 氷は魔法じゃないと作れないからね。

 毎回、先生ばっかり使うのは悪いが、俺は魔法が使えないから仕方がない。


「いや、氷ならヴィオラにも作れますよ」

「えっ、そうなんですか」


「……はい」


 いつの間に。


「ヴィオラは、私についてずっと水魔法を学んでましたから、水系限定なら初級魔術師には十分達してます」

「それはすごいですね」


 これは、本当にご褒美をやらんとな。


「じゃあ、悪いけどヴィオラ、氷作るの手伝ってくれるか」

「……はい」


「コレットも来てくれ、一緒に作るぞ」

「もう準備は整ってます」


 調理場担当のコレットは、もう話を聞いててボールなどの道具を並べて用意してくれていた。

 ヴィオラが居て、こうやって練習すれば、先生や俺がいなくても奴隷少女だけでアイスクリームが作れる様になる。


 大量に作るなら、手回し式の攪拌機かくはんきを作って生産するとどうだ。

 これは、また商売の枠が広がっていきそうな。


 ああいかん、ヴィオラへのご褒美作りなのに、商売の展開ばっかり考えてしまうのが悪い癖だ。


 この日のデザートは、いろんなアイスクリームを作って、振る舞うことにした。

 一緒に調理して、内気なヴィオラとも少しは打ち解けたかなと思う。


 きっかけをくれたリアにも、ほんの少し感謝するかどうかは今後の態度しだい。

 ということにしておこう。

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