第26話「敵を誘い出せ!」
いよいよ『魔素の瘴穴』に向けて、大攻勢を開始する時が来た!
ライル先生は、わざわざ予定日を大宣伝して、王都にまで報告書を送っていた。
そうして、予定日の予定時刻通りに、麓に青銅砲四門を並べる。
その脇を、随伴の足の速い銃士隊が囲む。
「なんで、俺たちは前に出ちゃいけないんですか」
「私がいいと言うまで、将軍たちはここから動いてはいけません」
今頃、魔の山の頂まで、ルイーズの騎馬隊が駆け上がっているだろう。
それを迎え撃つ戦力としては、城の前の麓に布陣は、少し浅すぎるように思う。
俺とライル先生は、戦場の全体が見渡せる尖塔の根本にある見晴らし台で、観戦している。
裸眼の俺から見てもいい眺めだから、
やがて、ものすごい勢いで山道を駆け下りてきたルイーズたちの騎馬隊が、指図通り砲兵隊の隣を駆け抜ける。
普通のワイバーンって緑色だと思ったが、魔の山の影響か、その鱗はどす黒い。
身体も想像をはるかに超えて大きい。
羽の形とか足の形が違うんだろうが、迫力ではドラゴンとほとんど変わらない。
その飛びかかる黒飛竜の威容もたいしたものだが、険しい山道を馬で一気に下るルイーズたちの手綱さばきは、もっと素晴らしい。
義経のひよどり越えか。
意気揚々と馬を追って飛んできた
「ギャアアア!」
甲高い悲鳴をあげて、先頭の
本来なら一撃必殺のはずが、青銅砲の直撃を食らってもまだ生きてる。
やはり、魔素の影響でドラゴン並の硬さになってるのか。
銃士隊も火縄銃で黒飛竜を果敢に討ち果たさんとするが、ほとんど効き目がない。
強化された今の黒飛竜にとっては、鉄砲の鉛弾など蚊が刺した程度にしか感じないのかもしれない。
うわ、今度は黒飛竜がブレスを吐いた。
普通の火炎ブレスではなく、黒くて禍々しい炎。
火にまかれた、兵士たちが苦しそうに転がり回る。
その時だった。
魔の山の上から、いきなり大きな雨雲が発生して、青銅砲と銃士隊の上に大雨を降らせてくる。
ブレスの炎もおかげで消えたが、なんだあの変な雲は。
「いけませんね」
先生が、手元から赤色のロケット花火を打ち上げた。
かんしゃく玉、爆竹に続き、火薬に色をつけた花火シリーズ第三弾だが、信号弾に使われるとは思っても見なかった。
赤は退却の合図である。
「あっ、逃げるんですか?」
兵士たちは、青銅砲も火縄が雨に濡れて撃てなくなった銃も、投げ捨てて、お城に向かって全力で撤退する。
すでに退却していたルイーズと同じように、お堀の桟橋を渡って城の中にこもった。
今度は、黒飛竜に一番近い、オックスの城の尖塔と外壁の
こっちは青銅砲とは違い、大型の鉄製大砲なので飛距離が長い。
二発撃って、黒飛竜の翼にかすっただけだが。
それでも黒飛竜の群れは、強敵の登場に
今度は、城の大砲との戦いになるわけか。
その時、突如として、ゴゴゴゴッと激流の音。
山の谷と向こうの方から、突如とて発生した大洪水が流れこんできた。
「もしかしてこれ、水魔法?」
「例の妨害ってやつです、そう来ると思ってましたよ……」
谷の岩肌を削り、木々や土までも巻き込み、荒れ狂う土石流と化した大洪水が、谷間のオックスの街を飲み込もうと迫り。
俺は、街が飲まれることを見晴らし台から見てることしか出来ない。
「ああっ、街が水に飲まれる!」
そう思った瞬間、激流の流れはなぜか街だけを避けて流れていってしまう。
「うおっ、これどうなってるんですか先生!」
「街の外郭を木と石の堤防で囲み、大海を突き進む戦艦の形にして、張り巡らせたのです」
「なるほど……」
たしかに、街の形が菱形になったなと思ってましたが、戦艦のイメージだったんですね。
「落とし穴を掘った要領で、見える堀だけでなく見えない排水溝も十分に掘り下げておいたので、たとえ谷間が大河になったって、不沈艦オックスは沈みません!」
謎の魔法の妨害は、大洪水では無理だと悟ったのか、今度は天から雷雨が降り注ぎ激しいスコールを降らせた。
「ハハッ! 無駄です! 砲台のある
先生キャラクター変わってるけど、大丈夫なのか。
「どうですかタケル殿、名付けて『陸上戦艦の陣』です! 史上初の軍略ですよ!」
「すっ、すごいですね……」
すごいけど、先生のテンションがすごい。
「大砲の弱点は水魔法と報告書にあげておいたらこれです、やっぱり王都の上層部の誰かが犯人ですね」
「ああっ、あの報告書、罠だったんですね」
「私が対処法も考えてないのに、新兵器の弱点を明かすわけないじゃないですか」
「先生さすが……」
……黒いなあ。
「なに、メテオ・ストライクだとぉ!」
完全にキャラのぶっ壊れたライル先生が悲鳴をあげる。
先生に遅れて、俺も空を見上げたが、これは俺も悲鳴をあげたい気分になった。
空が急に暗くなって星空が見えたと思ったら、何本もの隕石が火花を散らしながら、オックスの街目掛けて振ってくる。
なんていう大規模魔法だ、これは反則だろ!
「敵は最上級魔術を……だが、当たらなければどうということはない!」
先生は見晴らし台に陣取って、手すりを両手で掴みながら微動だにしない。
魔術師軍師は狼狽えない!
頼もしいけど、先生!
これどっかには、絶対当たるよねっ!
ズーンと重たい音がして、隕石がいくつも街に着弾した。
こりゃ、さすがの要塞もボロボロだわ。
見晴らし台に直撃しなかったのが、不幸中の幸いとしかいいようがない。
「被害状況知らせ!」
混乱する城内で、伝令に報告を求める先生。
「三番、五番砲塔、大破です! 連絡通路は生きてます」
「砲塔の残りはどうか?」
「いけます!」
「よし、作戦通り、私の指示がありしだい一斉砲撃を開始しろ!」
そう指示をして、クックックと肩で笑うと、俺に振り返ってライル先生は叫ぶ。
「タケル殿、この
キラキラと粉塵が舞う城の中で、凄絶な笑みを浮かべる先生。
嵐の中で輝いて……。
「闇夜を照らす、星の輝き、いでよ。あそこです!」
そう、ライル先生が使ったのは、単なるスターライトの魔法。
任意の場所を『大きな強い光で照らす』だけの魔法だ。
メテオ・ストライクなんて、究極の大規模魔法を放ったせいで。
魔法で隠れていた敵は、ライル先生に位置を知られてしまった。
ライル先生が光で示したその場所こそ、隠形の黒いローブを着た、敵の上級魔術師が居る場所であった。
「戦争が魔法力だけで決まる時代は終わったと、教えてやるぞ上級魔術師!」
そんな先生のつぶやきとともに、轟音で城全体が震える。
一番、二番、四番、六番砲塔が一斉に火を噴き、先生が指示した灯りに、砲撃が着弾した。
さらに城の外壁の窓からも、火縄が死んでいなかった兵士からの銃撃が目標に目掛けて降り注ぐ。
大量の魔法力を使うため、一発しか撃てないメテオ・ストライクの隕石などより、よっぽど恐ろしいことに。
砲塔からの攻撃は、砲台が焼け付くまで連発する。
「これはさすがに、敵の魔術師は死にましたかね、先生」
「分かりませんね、メテオ・ストライクが使えるクラスの上級魔術師は、やっぱりしぶといですよ」
ライル先生ですら中級魔術師なのだ。
たった一人で戦況すら覆せるほどの上級魔術師とは、一つの国にそう何人もいない。
特別な存在。
「まあ、降り注ぐ砲撃を逸らすことができて、即死さえしなければ生き残れたんでしょうがね」
「まだ何かあるんですか」
「ええっ、私たちが殺らなくても彼らがやってくれますよ」
「あっ……」
ライル先生が砲撃した場所で、砲撃を防ぐように何度も魔法力の明るい輝きが起こっていたのだが。
そこに山から降りてきた、黒飛竜の群れが殺到していく。
「あんなとこで、激しい魔法力を使えば、
黒々と禍々しい炎のブレスを吐く黒飛竜と、まだしぶとく生きていたらしい上級魔術師の撃ちあいが始まった。
「さあ、こちらの城にも
なんと恐ろしい先生の軍略……。
上級魔術師の隠形が解けて、魔法力に反応した黒飛竜の群れが襲うことまで計算のうちだったのか。
同士討ちを狙うとは、いや敵の魔術師と黒飛竜も、味方ってわけじゃないんだろうけど。
ちょっと策が穿ち過ぎて、こっちが悪役に見えるぐらいの勢いだぞ。
「では、ここからがタケル殿のお仕事です。街が水に沈められても良いように、魔の山に抜け出る連絡通路を作っておきました。この隙に、リア殿と『魔素の瘴穴』を封印してきてください」
「はい!」
「その間の黒飛竜の引き付けは、私たちと。あの己の強大な魔力に溺れた、愚かな上級魔術師がやってくれるでしょう」
そう戦場に幾筋も瞬く光を見つめる先生の横顔は、凄絶に美しかった。
まあ、先生の指示通りにやれば、何でも上手く行くに違いない。
俺は信じてますよ。
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