第25話「禁じられた秘跡」

 しばらく休んでから、今晩の予定はすべてキャンセルして禁呪と呼ばれる秘跡サクラメントに臨む。


 なぜか、風呂を沸かしてくれと言われたのが謎なのだけど。

 もしかしたら大量の聖水を使うのかもしれない。


 水垢離とか西洋にもあるんだろうか、でもお湯で水垢離はないよな。

 忍耐力を試すため、熱湯風呂に浸けられたらどうしようと思いながら(まさかな)。

 風呂場に行くと、目深なフードをかぶったリアが脱衣所で待っていた。


「お待ちしておりました」

「うん、いつになく畏まってるな、リア」


 彼女は、バサッと目深まぶかに被っていたフードを上げた。

 少しウエーブのかかった淡い金髪の髪が揺れる。


 リアは、エルフに見紛う美しい顔立ちだ。

 黙っていれば、慈愛に満ちた聖女にも見える、黙っていれば。


 海のように蒼い瞳が、これ以上ないぐらい真剣な眼差しでこちらを見つめている。

 空気が重い、そうか覚悟してきたのか。


 俺は、緊張に思わず息を呑む。

 いつもの、ふざけたリアじゃないから調子が狂う。


「まず、最初に絶対に守っていただかなければならないことがあります」

「ああ……」


 リアは、ローブに手をかけるとバサッと下に落とした。

 あれ……、シスターのローブの下は、レースの付いた純白の下着姿だった。


 現代のに比べると、ちょっと野暮ったい感じがするが、きちんと編み模様がついた光沢のあるシルクの下着なんてあるんだ。

 かなりの高級品であろうとは見受けられた。


 と、同時に、俺は心の底から驚いていた。


 リアは、着痩せするタイプだった。

 いや、お腹は太ってない。むしろほっそりしているのだが。


 胸が、これ何カップだ……、俺のおっぱいスカウターが壊れている。

 計測不能だと。


 バカな、このサイズは人類にはありえん。

 パッドで底上げしているだけだろ。


「絶対、エッチな気持ちになってはいけません……」

「無理だろ!」


「タケルこれは、冗談じゃないんです!」


 そういいながら、プチン、プチンとブラのホックを外した。

 ポロッと落ちた、布の代わりにぷるんと姿を現したチョモランマを前に。

 俺は思わずひざまずきそうになった。


 パッドなんか、なかったじゃないか。

 何食べたら、このサイズになるんだよ。

 マスクメロンか?


「グッ……、冗談じゃないなら、これはなんのつもりだよ!」

「これは、本当の本気で必要なことなんです」


 だからそう言いながらショーツを脱ぐな!

 ああっ、あっけなく脱ぎ捨てた。


 ブロンドは、下も淡い金髪だったのか。

 あまりにあっけらかんと裸になるから、リアクションできなかったじゃねーか。


「わかった、説明を聞こう」

「その前にタケルも脱いで裸になってください。そうじゃないと説明しません」


 はぁ……どうして、どいつもこいつも。

 俺はどうせチョロなので、この勢いで来られては脱ぐしかない。


 相手に脱がれるという高いハードルを無理やり飛び越させられたからな。

 自分が脱ぐぐらいは、という気にさせられる。


「シスターの貞節の誓いには、みだりに肌を見せてはいけないというものがあります」

「だったら何で脱いだ……」


 もうツッコミするのも、悲しくなってくる。

 というか、いきなり意表を突かれたから、リアの身体まともに見ちゃってもう……。


「しかし、貞節の誓いには抜け穴があります」

「とりあえず、聞くよ」


「では、お風呂に入りながらゆっくり話しましょう」

「ああ、もういいよ。わかった」


 さっさと、大浴場に入る。

 裸で向き合ってるより百倍マシだ。


「タケル、かけ湯しないとダメですよ」

「言われなくても知ってるよ!」


 俺を誰だと思ってるんだ。江戸っ子の風呂好きだぞ。

 ざぶんと風呂に入ると、いい湯加減だった。

 こんな冷めた気分の時でも、お風呂は温かくて気持ちいい。


「では続きを話します。実はお風呂というのが伏線になっているんです」

「ああもう、伏線とかどうでもいいよ」


 したり顔で、自分から伏線がどうとか言う奴は嫌いだ。

 もっとこっそり張れよ、気付かれないように。


「貞節の誓いの補足事項に、『でもお風呂場で偶然鉢合わせは仕方ないよね』というアーサマのありがたい教えがありまして」

「君んとこは、女神様もそういうアレなのか……」


 教義が、ラッキースケベ的なのはオッケーとか。


「それに、どう考えてもこれは偶然じゃないだろ」

「この出会い必然ですよね、是非もありませんね」


 この一緒に湯船に浸かってる状況で、頬を赤らめて照れるな!


「それで、まず対魔法力を高める秘跡ひせきなのですが」

「そうだよそれが聞きたかった!」


「本来ならただ聖女が勇者を抱きしめるだけなんですけど、服の上からだと与えられる力が弱いんです」

「ちょっと待って」


「まず後ろから行かせていただきます!」

「待ってっていったじゃんか!」


 後ろから、スーと湯船を泳いできて抱きついてきた。


「背中に当たってるんだよ!」


 さすがに、当ててんのよ、とは返してくれないか。


「ごめんなさい。わたくし、ちょっと身体にお肉が付きすぎて、気持ち悪いですよね」

「ううっ、いや気持ち悪いことは……」


 冗談で返してくれた方が、マシだった。

 リアは、真剣に背中にオッパイをこすりつけてきてるのだ。


 これは冗談でもなんでもなく、肌を通して感じる。

 本当に心がこもった、柔らかい感触だった。

 だから余計に困る。


「これ、本当に儀式なんだよな!」

「そうですよ。だから、エッチな気分になるなって最初に言ったんです」


 だからそれが、無理なんだよ。

 童貞舐めてるだろ、もう湯船の中でマズイことになってるんだぞ。


「つぎ、前行きますね」

「いや、ちょっと今はマズイ待って!」


「タケル、気を強く持ってください。これが禁呪と言われるにはわけがあるんです」

「いや、わけなんか聞かなくてもわかるよ」


 俺は、慌てて泳いで逃げようとするが。

 なぜかお湯が絡みあうように、動きが鈍くなってきてる。


 くそっ、もしかして俺の気持ちは、むしろして欲しい方向に流れているのか。

 すぐ湯船の四隅に追い込まれてしまった!


「これまで、多くの歴史上の勇者と聖女がこの禁呪にトライして、儚くもその純血を散らしてきました」

「そりゃ、教会から禁止もされるわ!」


 リアは本当に容赦がない、本当に前から来やがった。


「大丈夫ですよタケル、アーサマは堕胎を禁じていますし、もしものときは愛の無い子供でも立派に育てて見せますから」

「いやっ、なに人聞きの悪いこと言いながらやってんだよ!」


 ああっ、これは本当にマズイ……。


「大丈夫ですか、あと五秒だけ耐えてください!」

「ううっ……」


 うー、なんとかセーフ……か?


「対魔法力強化の秘跡ひせき完了しました」

「ありがとう」


 俺もなんでお礼を言ってるんだって感じだが。

 まあ、してもらったんだからお礼で間違ってないのか。


「どういたしまして、次は物理防御力強化の秘跡ひせきに入ります」

「ちょっと待とう、本当に俺のほうが、心の準備できてないから」


 まださっきの余韻が残ってる。


「覚悟はできてるって言ったじゃないですか」

「こんな儀式だとは、思ってなかったんだよ」


「安心してください、物理防御力強化のほうはさっきよりはマシです」

「どんなやり方なの」


「本来は、一回キスするだけで終わります」

「あー、なんとなく読めた」


 ザブーンとお湯から身を起こすと、俺の髪のてっぺんにチュッとキスをした。


「身体中にキスをすることで、防御力を満遍なく強化します」

「そうなのか」


 目の前に、リアの胸が来てる以外はダメージ少ないな。


 あと言いたくないけど、さっきオッパイお湯に浮いてたからね。

 浮力高すぎだろ。


 リアは、俺の頭のてっぺんからゆっくりと舐めるようにキスをしてくれる。

 髪がくすぐったい感じがして、なんとも言えない気持ちになる。


 本来の儀式であれば、戦いにおもむく勇者を。

 聖女が抱きしめて、さっとキスをして女神の祝福を与える、絵になるシーンだったのだろうな。


 誰がそれを、こんなエロな儀式にしてしまったんだ。

 どっかで伝説がネジ曲がってるだろ。


「えっ、口もするのか」

「当たり前ですよ、口というか、口内も満遍なくしますよ」


 ディープキスじゃねーか。


「口内とかいうなよ」

「無敵の泉に浸かったと思ったら、口内を浸けてなくて喉を突き刺されて死んだドラゴンの話、知らないんですか?」


「いや、そう言えばもっともらしいけど、俺は経験ないんだぞ」


 ディープどころか、浅いのもないよ。


「わたくしも、したことないですよ。なんですか、わたくしが初めての相手だと不服とか、他に好きな子がいるから唇は許せないとか、そういうことですか」


 あっ、リアでも、そういうのは機嫌悪くなるのか。

 こいつは、動じないのかと思ってたわ。


「いや、特に不服ってことはないんだけど。そういうのって、やっぱ好き同士がやるものというか……」

「それって言外に、私のこと嫌いって言ってますよね」


「いや、そういうことはない!」

「じゃあ、どういうことなんですか。なるべくさっさと儀式終わらそうと思ってましたけど、そこだけはハッキリしておかないと、わたくしだって、もう続けられません」


「うーん、なんというかさ。俺たちって、まだ出会ってそんなに経ってないわけじゃない。会ったのもついこないだで、デートもしてないというか」


 俺の考えは古いのかもしれないが、付き合うまでに色々と紆余曲折を経て、告白イベントなどがあり、お互いにカップルになって、何度かデートを重ねたあとにようやく愛情も深まって許すもんじゃないか、唇って。


 なんだウザイか。俺はデートとか経験ないからな。

 夢見てるんだよ、悪かったなちくしょう!


「タケルって変わってますよね。お互いに裸でお風呂に入ってる状態で、デートをしてないからキスはできないとか、子供でも言わないと思います」


「あーまあ、子供は逆にあっさりとキスしそうな感じなんだが」

「じゃあ今だけ、子供の気分で受け入れてください」


 そう言うと、リアは俺と唇を重ねた。


「どうですか、何か変わりましたか」

「いや……、あっけないなとは思ったけど」


「一応、唇にキスすることで全体的に防御力が上がってるはずなんですけどね」

「ああそっちか、うーむ」


 そっちもあまり変わったような気がしない。


「やっぱりそうですかー。わたくしが聖女としてレベルが足りてないから」

「いや、俺が勇者として未熟だからじゃないか」


「じゃあもっとキスしますよ、そしたら変わるかも」


 もう一度、柔らかいリアの唇が俺のと触れ合う。


「さっきよりは……」


 さっきよりは、味わうことができた。


「そうよかった、じゃあもう一度」


 柔らかい感触。ほんの少し唇で唇を挟まれる。

 リアが、ふわっと微笑んだ。

 あっ、なんだろう今の感覚。


「感じた、今ちょっと魔法力が出ましたね」

「そうだな、なんかちょっと違った」


 俺は、魔法力ゼロのはずだから感じないはずなんだけど。

 たぶん、何かが変わったと感じる。


 また何度かキスをする。

 いつまで繰り返すのだろうかと思ったらリアが。


「じゃあ、今度は口の中……」


 そう言って、唇の中に温かい舌を這わせてきた。


 お風呂場に、クチュクチュっと音が響く。

 なんだこの淫靡さ、キスだけで腰が抜けそうだ。


「んんっ!」

「んっ、ごめんなさい息苦しかったですか」


「いや、平気だけどいきなりだったから」

「そうですよね、でも唇のキスは儀式の要ですから、すごく大事なんでおざなりにできないんです」


 そういうと、また唇の中に舌をねじ込んでいた。

 クチュクチュと、音を立ててリアの舌と俺の舌が交じり合う。


「んっ……リア、あのさ」

「ごめんなさい、わたくしの唾液なんて汚いですよね。でも、舌が喉の奥まで届かないし、そこまで強化しないとけないから」


 いや、汚いとは言ってないぞ。

 俺の唾液まで飲み込む必要はないんだと言いたかったんだが。


「もうさすがに、いいんじゃないか」


 これ以上は、もう立てなくなりそうだ。

 なんだかこう、たまらない気持ちになってきた。

 少し、お湯にのぼせたのかもしれない。


「さてじゃあ、もっと身体にもキスしていきますね」

「ああっ……」


 もはや、されるがままに俺はリアに全身を舐めるようにキスされていく。

 胸のあたりまできたので、俺は湯船から身を起こして、湯船のヘリに座る。


「どうですか、気持ちいいですか」

「ああっ……」


 もうなんだか身体がだるくて、リアに逆らう気にもなれない。

 まさか、全身を女性に舐め回されることがあるとは思っても見なかった。


 高校生でこんな経験をしてしまって、俺の今後の人生どうなるんだろうか。

 まだデートもしてないのに、なんでこんな……。


 指先までチュパっと舐められると。

 もうダメだろって気になる。

 頭がボーとして、何がダメなのかすらわからない。


 ただ、柔らかいリアの身体に抱かれて、全身を舐められていくだけだ。

 しかし、リアの舌が下半身に達しようとしたとき、さすがに俺は戦慄した。


「リア、そこはさすがにダメだ!」

「でも、防御力を上げないといけないから。わたくしは大丈夫ですよ」


「いやっ、俺が大丈夫じゃないんだよ。大丈夫じゃない状態だから」

「大丈夫です、是非任せてください」


 ダメだろ!

 そこはさすがに避けろよ。


「マジで止めて、ダメだから、リアがお嫁にいけなくなっちゃうから!」

「是非もありませんね。わたくしはどうせシスターなので、お嫁にはいけないんですよ」


 いやいや、シスターなら神に身を捧げろよ。

 俺に奉仕してどうするんだ。


「いやっ、さすがに断るぞ。いくらチョロの俺だって、限度ってもんがある!」


 矜持きょうじだ、流されるな、男の意地を見せろ。

 いや見せちゃダメか、とにかく逃げないと……。


「ふふっ、どうしたんですか。そろそろ効いて来ましたか」

「はっ、なんだ効いて来たって」


 そういえば、さっきから身体が自由に動かない。


「まさかリア、媚薬を盛って……」

「どんなシスターなんですか。やっぱり、わたくしは少し誤解されてると思います」


「いやでも、なんか身体が熱くって動けないんだけど」

「それは、のぼせただけじゃないんですか。まあ、お風呂のお湯をこっそりと『聖なるしびれ薬』に変換していったので、是非もないかもしれませんけど」


 なんだよその変な薬。

 聖水とか回復ポーションなら分かるけど、しびれ薬って!


「わたくしは、神聖錬金術が得意と申し上げました。さあ、身体が動かないんじゃ是非もないですよね」

「いやぁ! ダメだよ。もうやめて……」


「ダメでーす、やめませーん。さあ諦めて強化しましょう、初めてでも大丈夫ですよ。全部任せてくれたらすぐ済みますから」


「ああっ、もうやめよう!」

「だからやめませんって」


「だから『魔素の瘴穴』攻略とか、もう全部やめるから!」

「はぁ!!」


「だからもうやめよう……」

「いや、この期に及んで、それはどうなんですか。そこまでわたくしが嫌って、あんまりにもひどいじゃないですか。いくら、わたくしだって、女の子なんですよ!」


「ギブアップ! リアが嫌とかそういうんじゃなくて、もう精神的に限界だから!」


 俺だって、いろいろとあるんだよ。

 こんなところで、初めてを散らしたくない。

 ギブアップだ、ギブアップ!


 もはや首だけしか動かず、リアの手からは逃れられない。

 なぜ身体がしびれて動かないのに、一部分だけ元気なんだ。

 おかしいだろ……。


 リアは、俺の身体を抱き上げるとザブンと湯船から上げた。

 おお、力持ちだなおい。


「さあ、ここに寝ましょうね。もう十分温まったからお風呂はいいでしょう。タケルには特別に、タオル地のマットを用意しました」

「はぁ……、されるがままだな」


 こんなことになるんなら、勇者になんてなるんじゃなかった。

 俺は、どこで選択肢を間違えた。


 リアにさらにペロペロと身体を舐められながら、俺の心は現実逃避気味に過去の選択肢を探っていく。

 勇者はもう攻略で断れない選択肢だったし、その攻略も必然の流れだったような感じだぞ……。


「タケル、これは是非もない運命なのですよ。覚悟を決めましょう」

「そうかこれがもしかして、リアの言っていた伏線か」


 あろうことか、リアの舌はついに絶対に避けなければならない部分に近づいていく。


「さあ、安心して任せてください。絶対に大丈夫です、痛くしません。粘膜の弱い部分こそ、防御力を入念に高めましょう」

「なぜ大丈夫だとお前が言い切れる!」


 しびれ薬を作るなら、肌の感覚まで麻痺するのを作れよ。

 ぜんぜん気持ちいいんだよ。

 くそっ、それ以上は絶対ダメだ、止めろ身体が、身体が動かない。


 あっ……あああぁ!


 ようやくここで、しびれ薬が完全に回ってくれたのか、俺の意識は急速に遠のいていった。

 もう遅いんだよ……


 …………


 ……


 …


     ※※※


「はっ?」

「あっ、眼が覚めましたか、ご主人様」


 ううっ、なんだか身体がだるい。


「シャロンか……、ここはどこだ」

「お風呂場の脱衣所ですよ。ご主人様がのぼせて裸で倒れてらっしゃったので、バスローブを着せて介抱しておりました」


「そうなのか、リアはどこにいった」


 あれ身体が動くぞ。

 ちょっと、まだしびれてるけど。むしろ全身がスッキリした感じだ。


「リアって、シスターステリアーナですか。お見かけしませんでしたけど」


 怪訝そうなシャロンの顔。


 俺は、起き上がってお風呂場を覗いてみると、空の湯船があるだけだ。

 お湯すら入っていない。


「もしかして、全部夢だったのか……」

「大丈夫ですかご主人様、滑って頭とか打ってないですよね」


 シャロンが、頭は大丈夫かと額に手を当ててくる。

 うん、たぶん。熱もないし、頭も打ってないとは思うけど。


「今日はもう歯磨いて寝る」

「おともします、ご主人様……」


 その日の夜は、悪夢を見た。

 大きな蛇に、全身を飲み込まれる夢だった。


     ※※※


「おはようございますタケル」

「おっ、おう……」


 次の日の朝。

 目深まぶかにフードを被ったシスターリアと、お城の廊下ですれ違う。

 リアは特に何もなさそうな感じで、普通に挨拶してくる。


 俺は、昨日の今日だから、リアのことをすごく意識してるんだが、向こうは普通だ。

 昨日のあれは夢だった、ぐらいに思ったほうがいいのかな。


 そうだな、夢か現実か曖昧ぐらいにしといたほうが、これからも付き合いやすいもんね。

 あれは秘密の儀式だったんだし、何もなかったとして処理してくれる、リアなりの配慮なのかも。


「どうかされましたか、そういえばお風呂で倒れられたと聞きましたけど、お加減はいかがですか」

「そうだな、一晩寝たらスッキリしたよ」


 チラッと辺りをうかがうと、誰もいないと思ったのか、リアはフードをあげた。

 シスターは、みだりに肌を見せないんじゃなかったのか。

 ……んっ、やけにツヤツヤした血色の良い顔色をしてるな。


「ここだけの話なんですが、わたくし、実は昨日、聖女にランクアップしたんです!」

「おおっ、そりゃすごい」


 戦力の向上に繋がって、それはめでたいことだが。

 あれでランクアップとか、嫌な予感がする。


「たっぷりと基礎魔法力が向上しましたからね、やはり聖女は勇者の成長と共に、レベルアップしていくようです」

「そ、そうか、俺もレベルアップしたってことか」


 おい、なんだこの、危うい会話は。

 有耶無耶うやむやにしてくれるんじゃなかったのか。


「今日のタケルは、ちょっとおかしいですね」

「お前ほどではないけどな」


 うふっと、光沢のあるほっぺたを桜色に染めて、ぷっくらした唇に含み笑いを浮かべるリア。

 やっぱりあれだ、お前フードずっと被ってろよ。


「あららっ、いいますねえ。まあ、今日のわたくしはそう言われても、是非もありませんね」

「ちょっと……」


 待てよ、これ以上話してると、また変な話になりそうだ。

 昨日のことは、お互いに水に流そうぜ、お風呂だけに。


「タケルは男の子なんだから、何も気にしなくてもいいんですよ」

「……」


「それは、わたくしもエッチな気分になるなとは申しましたけど、若いんだから生理現象は是非も……」


 それ以上聞かずに、リアの元を歩き去った。

 後ろから追いかけてきたから、勇者の力を使って、全力で走り去ってやった。


 俺だってなあ、怒らないわけじゃないんだぞ、リア。


 それで逃げてるだけなんだから、やっぱチョロかもしれんけど、しばらくあいつとは口を聞いてやらないことにした。

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