第24話「魔の山」

 山間の街オックスから北西に『魔の山』はそびえ立っている。


 魔の山とは、あまりにもそのままの名前であるが、そうと呼ぶしかない存在である。


 他の山とは明らかに植生の違う、硬く鋭い黒杉が一面に覆う。

 黒い山は、それ自体がまるで多数の槍がせり出した天然の要塞にすら見える。


 そして、山の頂にある『魔素の瘴穴』から、溶岩のように人間の眼に見えぬ魔素が噴き出して止まらない。


 今を遡ること二百四十年前。

 その『魔の山』から、無限に吹き出る魔素を止めた男が居た。


 かつての大英雄、レンス・アルバート。

 魔物を統べる魔王を倒し、モンスター活性化の原因、『魔素の瘴穴』があることを突き止めて、封印に成功した伝説の勇者レンス。


 彼が『魔素の瘴穴』を封印したことによって、モンスターの大量発生が止まり、このシレジエ地方にも人が住めるようになり、やがて国が生まれた。

 シレジエ王国の建国である、レンス・シレジエ・アルバート一世とは、彼その人のことである。


 仮に、封印がもう一度解けたとするなら、再度『魔の山』に対抗するため軍を置くべきは、王都シレジエ。

 そして次に、シレジエから挟み撃ちにするために、魔の山から下った麓の街オックスがもう一つの拠点となるであろう。

 そのように考えて、建国王レンスは、王都シレジエと要塞の街オックスを作った。


     ※※※


「前と一緒だった」

 オックスの古城へと、早馬での偵察を終えたルイーズは帰ってくるなり、そう一言つぶやいた。


 モンスターが活性化しているだけで、今の『魔素の瘴穴』に魔物を統べる魔王は存在しない。

 原因も対処法も分かっている。

 かつての英雄が初めて封印した時代に比べれば、格段にマシといえるクエスト。


 しかし、問題点が一つだけ。


「この『魔の山』には飛龍ワイバーンが巣食っている」


 ドラゴンの亜種だ。伝説のドラゴンが四本足で知能も高く魔法まで使うRPGのラスボス格であるのに比べて、ワイバーンは二足歩行で知能も低く小さい。

 その力の差は、大人と子供ぐらいある。


 空を飛べることは厄介だが、竜騎士に飼われて乗りこなされるワイバーンが居るほどだ。

 王国騎士団にかかれば、倒すのはそこまで難しい敵ではないという。


 しかし、それは魔素の瘴穴の影響がなければの話だ。

 瘴穴のすぐそばに住み、強大化しているワイバーン。


 その鱗は黒色に染まり、黒飛竜とでも呼ぶべき存在に変化している。

 その力は、上位種のドラゴンに迫るそうだ。


「だから、私たちは黒飛竜の群れと『魔の山』を分断しようと考えた」


 ルイーズが率いた討伐隊が取った戦術はこうだ、まず『魔の山』に攻め入って黒飛竜と闘いつつ、魔の山から引き剥がす。

 その間に、聖女が『魔素の瘴穴』を封印しに赴く。


 いくら強大化しても、ワイバーンはドラゴンほど知恵が回らない。

 単純な陽動だが、成功率は高い作戦といえる。

 だが、失敗した。


「封じ込めようとした聖女が、任務を果たせなかった」


 封印の儀式にどのようなミスがあったか。

 あろうことか、逆に封印はさらに開いてしまい、モンスター活性化は致命的なものとなった。

 魔素のさらなる噴出に荒れ狂う黒飛竜の群れと戦って、聖女を救出しようとした討伐隊も、そのほとんどが戦死した。


「なぜ、失敗したのかすら分からなかった。指揮を執った、私のせいと言われても仕方がない」

 そう前回の戦いを振り返って、呆然と呟くルイーズ。

 卓を囲むみんなは、黙りこむ。


 シスターリアが、手をあげて発言した。


「ルイーズさんと一緒に行った聖女は、わたくしのお師匠様でした。慈悲深きシレジエの聖女、この国で一、二を争うの神聖錬金術師だった彼女が、封印に失敗するとは考えられません」

「しかし現に……」

 ルイーズが反論するのを、リアは手で抑えて続ける。


「普通ではない状態だったのでしょう」

「どういうことだ……」


 ルイーズが、茜色の瞳にギロっと凶暴に煌きを見せる。

 それに臆すること無く、リアは続ける。


「アーサマ教会の上層部は、何らかの妨害工作があったと推測しています」

「誰がそんなことをする、シレジエに敵対する近隣国か? 国境を接している他国だって、『魔素の瘴穴』から大量発生したモンスターの侵攻を受けているんだぞ」


 瘴穴の蓋を開けて得する人間などいない。

 ありえないと言いたい気持ちは分かる。

 ルイーズたちだって、細心の注意と、できる限りの危険性を考慮した作戦で攻めたはずだから。


「その妨害工作をしたのが、味方のはずの騎士であればどうですか。お師匠様は人を疑うことを知らない方でした。例えば、味方と信じた人に、こっそりと封印に使う聖棒ホーリーポールを偽物にすり替えられるなどすれば是非もなく……」

「それこそありえん!」


 ルイーズにとって味方の騎士団も、兵士も自分の部下であり同僚だからな。

 信じたい気持は、よく分かる。


「是非もありませんから、ありていに申し上げます。当時王国騎士団の副団長格であり、ルイーズさんと団長の座を争っていたゲイル将軍はどうです」


 この世で最も嫌っている相手の名前を出されて、ルイーズは詰まった。


「いや、確かにゲイルは最低な男だと思う。出世のために、他の人間を陥れることも平気でする。しかし、私が言うのも何だが『魔素の瘴穴』の封印が失敗したために、どれほどの民が死んだというのだ……」


 いやいやと、考えたくもないというように。

 ルイーズは燃えるような赤い髪を振り乱して、苦悶の表情を浮かべている。


「ではお聞きしますけど、王都討伐軍の司令官としてゲイル将軍の動きはどうですか。まるで、『魔素の瘴穴』封印なんてどうでもいいような不可解な動きじゃないですか。王国軍内でも、民を救おうとする反対派閥が何度も決起しては潰されています」


 うーん、それはあのゲイルが無能なだけじゃないかな。


「ありえぬ! いやしくも、この国の誇り高き騎士が。しかも、近衛騎士団長にまでなった者が、己の私利私欲のために『魔素の瘴穴』封印を妨害したなどと」

「状況的に考えると、是非もないことです」


「バカな! 騎士が国を裏切るなど、それだけはあってはならんのだ。元騎士団に居た人間として、いくらあのゲイルでも、断じてありえんと言い切らせてもらう!」


 ルイーズが、いつになく荒れている。

 そりゃ、冷静では居られない話だよな。


 紛糾ふんきゅうする作戦会議の中、ずっと静かにルイーズの話を聞いていたライル先生が質問した。


「ルイーズ団長、私も言いたくはないですが、そのあり得ないことがあったら、どうするんです」

「そんなこと、騎士が国と民を守らないのなら、もうその時はこの国の滅びだ……」


 なんだか、本筋から話が外れてるなあ。

 俺も口を挟むことにした。


 国の内紛とか、裏切りとか、勝手にやりたい人がやってくれればいいけど。

 今は目の前のことだ。


「まあ、それは一旦置いておいて、瘴穴の封印はどうしようか」


 俺が突然口を挟んだので、言い争ってたルイーズたちがきょとんとしてこっちを見る。

 ああ、ごめん。シリアスなシーンだから邪魔しちゃいけない空気だった?


「そうですね、基本的な作戦は、ルイーズさんが率いた討伐隊と変わりません。魔の山からワイバーンを引き離して、リアさんが『魔素の瘴穴』を封印する。大砲がある分、かなりやりやすいとは思いますよ」


 ライル先生は、少しためてからこう付け加えた。


「何者かの妨害が、なければの話ですがね……」


 妨害する者などいないというルイーズの意見を、ライル先生は絶対に信じていない。

 ライル先生の作戦がどこまで深いかは分からないが、一見して澄ました顔を見てればわかる。

 この先生の顔は、何か企んでいる。

 きっと、妨害があることも考慮した秘策を立てるつもりだろう。


 策は、密を持って良しとす。

 俺はいちいち細かい作戦までは尋ねない。

 先生は言わなくていいことは言わないし、俺が知っておくべきことなら教えてくれるだろう。


 誰かが、封印を妨害するような真似をしたのか、してないのか。

 そんなことを悠長に調べるより、俺としては『魔素の瘴穴』封印が先決だ。

 一日も早く封印しないと、またモンスター活性化で犠牲がでるのだから。


 ただ、先生が十分と思うまで、きちんと準備を整えてからだけど。

 俺たちに被害が出たんでは、かなわないから。


     ※※※


 ライル先生は、やり過ぎじゃないかと思えるぐらいオックスの街を要塞化している。

 新しく街を作り変える勢いで土木工事している。


 堀を深くして、尖塔も補修して、固定砲台にしちゃった。

 何と戦うつもりなのか先生。


 後方のロスゴー鉱山に居るナタルと連絡を取り合って、イエ山脈鉱山組合と連携して新型大砲の開発・増産を進めているらしい。

 ちょっと目の前にある山に登って、ちゃっちゃと封印するだけなのに、ここまでする必要あるんだろうか。


 いつになったら、『魔素の瘴穴』を攻めるのか。

 実は王都からも催促の手紙があったらしいんだが、先生は握りつぶしている。

 大丈夫なのか。


 まあ、先生がやることなんだから全部意味はあるんだろう。

 新型の大砲はともかく、俺もライフルが欲しいしね。

 設計図は何枚も送ってるんだから、頼むぜ鍛冶屋さんたち。


 ルイーズに率いられた義勇兵団も、先生の指図で、かなり複雑な機動訓練ができるようになった。

 魔素の瘴穴がある山の上から、定期的にモンスターの群れが降りてくるんだが、訓練のよい相手になってしまっている。

 弾がもったいないからと大砲すら使わず、鉄砲だけで虐殺オーバーキル。さっさと虐殺オーバーキル虐殺オーバーキル


 俺はというと、また馬車の上で観戦将軍をやっているだけだ。

 シャロンとサラちゃんが見張ってるので、戦場に出られない。


 戦況を眺めてる俺は、だんだんモンスターに同情するようになってきた。

 せっかく勇者になって、光の剣があるのに、あいかわらず俺の出番がないしなあ。

 勇者がずっと馬車に放り込まれたままって、どんな酷いドラゴンクエストだよ。


「タケル、ここに居たんですか」

「ああ、リアか」


 すまんなリア、せっかく勇者にしてもらったのに秘密兵器のまま終わりそうだぞ。


 なんだか、リアを見るシャロンとサラちゃんの瞳がトゲトゲしい。

 大丈夫だぞ、この人は近衛を狙ってるわけじゃないから。


 俺もリアのキャラになれるまで時間がかかったから、不審人物を見る目で見てもしょうがないけどね。

 実際、言動は不審だ。


「ライル軍師に聞きましたけど『魔素の瘴穴』を攻める日取りが決まったそうですね」

「ああ、ようやくな」


 先生のことだ。

 さっさと行かず、こんだけ溜めに溜めた理由もおそらく何かあるはず。

 むしろ何が起こるのか、楽しみにしてるぐらいだ。


「封印の際には是非、勇者は封印の聖女と共にあらねばなりません」

「一緒に魔の山に登れっていうのか。俺としては、先生がそういう作戦でいいって言うなら構わないけど」


 話を聞いてると、光の剣が封印に役立つ場面ってありそうにもないんだが。

 最初に封印したのが勇者だから、儀礼的にそうなら是非もない。

 あっ、いやだな。リアの口調が感染った。


「軍師の許可はとってあります、是非もないです」

「笑うなリア」


「真面目な話しです。わたくしのお師匠様は、封印におもむいてなくなりました。黒飛竜を先に引き離すと言っても、危険はあるでしょう?」

「そうだな、でも作戦を信じてるから大丈夫だ」


 リアの神様がアーサマであるのように。

 俺の作戦の神様はライル先生だから、先生が大丈夫って言ってる限り。

 敵を恐れる気持ちはないんだよ。


「タケルは信心深いんですね」

「だろう」


 不意にリアは、形の良い口元をほころばせた。

 目深まぶかいフードに隠れているけど、口元だけは辛うじて見える。


 そういやここに来てから、リアは本当にフードを脱がない。

 一度も脱いでいない。

 脱ぎたがりってのは、単なる冗談だったのかもしれない。


 まあフードを被り続けてるのも、絶対に何かの振りだと思うから。

 こっちから顔を見せろなんて、絶対言わないけどね。

 余計な藪をつついて蛇を出すのはゴメンだ。


「わたくしも覚悟が決まりました。勇者に女神の加護を与える秘跡サクラメントの準備を整えて置きますので、作戦開始前に時間を取ってください」

秘跡ひせき?」


 聞きなれぬ単語だ。


「アーサマ教会、秘中の秘の儀式です。聖女の祝福により、勇者の対魔法力と物理防御力を格段に高めます」

「俺もそういうの結構好きだけどさ、なんか代償とかあるんじゃないだろうな」


 良い話にはデメリットもある。


「分かってるとは、さすがですね」

「商売やってると疑い深くなるんだよ」


 パターンだしな。


「秘跡には安全な方法もあります。しかし、タケルは勇者としては、魔法力もなく戦闘力にも欠けています。私だって、聖女には至りません。ですから、リスクを取っても禁呪を使って、お互いの力を極限まで高めようと思っています」

「戦闘力に欠けるか、ハッキリ言ってくれる」


 まあ、遠慮のないところは、リアの良いところだよ。

 それは冗談でなくな。


「禁呪は、あまりに危険すぎると、教会から禁じられた秘跡の授け方です。もし、タケルの精神が儀式に耐えられなかったら、大事なものを失ってしまうことになるでしょう」


 怖い、たしかに怖いが、そんな振りをされたら断れない。

 俺だって意地があるし、忍耐力だけには自信がある。

 死にはしないんなら、辛い試練でもトライしてみてもいい。


「儀式失敗の時は、わたくしも是非なくシスターとしての資格を失ってしまうかもしれません。何度も迷いましたが、そのための覚悟をして参りました」


 いつになく、リアは真剣だ。

 そりゃ自分も高いリスクを負うのだから当たり前か。


「その儀式に失敗しても、『魔素の瘴穴』封印はできるのか」

「すでに、封印のための聖棒ホーリーポール作成は終わっております」


「じゃあ、リアがよければやる」

「わたくしは覚悟を決めたと、すでに申し上げたではありませんか」


 リアは、白銀に輝くアンクを掲げてみせる。

 いい覚悟だ。


「よしじゃあ、この戦闘終了後に少し休んでから、今晩にも」

「では、是非もなく」


 勇者になるときは試練も感慨もなく、あっけなかったが。

 ついに来たかって感じだ。

 強い力を得るためには、乗り越え無くてはならない壁があって当然なんだ。


 俺だって男だ、覚悟は出来てる。

 それこそ是非もないさ。

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