第23話「勇者認定三級」

「あれ?」

「なんでしょうタケル」


 石作りの要塞街オックス。

 かつては、ゾンビ男爵の謁見の間だった大部屋。


 そこで、政務を執っている俺の前には、旅の伝道修道女リアがやってきている。

 近衛の少年兵、ミルコくんは役目を放り出して部屋から出て行きたそうな顔をしている。

 出ていく時は、俺も一緒だからな。


「いや、こっちの話ですが……。この話、まだ続いてるんだなと思って」


 いい加減長いよ、シーン切り替わったら終わりにしとけよ。

 いつまでリアと話さなきゃいけないんだ。


「むしろタケルは、勇者についてもう質問はないのですか。勇者になった喜びとかでもいいんですけど……」

「いや、なんかさっきのでもう勇者になったんですか。何の儀式もなかったようですし、俺の身体に変化もないですけど」


 そう言うと、リアが申し訳なさそうに跪いた。


「ごめんなさい、もっと位の高い聖職者クレリックなら、パァッとアンクが輝いたり、鳩と天使が舞い降りたり、いろいろ派手な演出があるんですけど。勇者認定三級しか取れなかった私には、是非もないのです」

「あっ、気にしないでいいですから」


 嫌な予感がする。


「もう脱ぐしかありませんよね。ううっ……」

「いやだから、ミルコくんの前でそういう冗談は止めて!」


 どんな悪評が立つかわからない。

 ただでさえ、チョロ将軍とか言われてるのに。


 というか、待てよ。

 勇者の話ですっかり誤魔化されたけど。

 さっきの話、なんでリアが脱ぎたがるのか、ぜんぜん説明になってなかったぞ。


「あっ、勇者の能力ですけど、手から剣が出せます」

「本当に?」


 手から剣が出せるって手品師かよ。


「呪文とか、伝説とか、いろいろあるんですけど、本当はそういうの関係ないんで、何か自分の強い剣のイメージを叫んでください」


 えっ、呪文の詠唱とかってあれいらないの?

 なんか、リアはそういうこと前から言ってたよな。

 まあやってみるか……。


「そんじゃ……北辰一刀流奥義、星王剣!」


 ブンッと音を立てて、俺の手に光の剣が発生した。

 人工的な青白い輝きは、一振りするたびに、まるで星のまたたきを思わせる。


「これが、タケルの勇者の剣のイメージなのですね」

「ああっ、でも、とりあえずもうちょっと形状は工夫しとく」


 俺っぽいイメージをもっと高めて刃っぽい形状にする。

 すごいな、俺のイメージ通りになるわ。


「あと勇者専門系統の稲妻の呪文を使えるはずなのですが……」

「ああ、俺は魔法力ゼロらしいから使えないのね」


 ライル先生から、魔法力なしの宣告を受けてるからね。

 まあ、光の剣だけで十分ありがたいし、勇者認定の話は信じた。


「すみません、せっかくの勇者の呪文が使えないなんて、是非お詫びしなければ」

「もう、いい加減止めて! ローブに手をかけるな!」


「はい……」

「あと勇者の特典はないの?」


 リアと話してると、どこまでも長くなるから要点だけまとめて欲しい。


「あとの特典としては、勇者に生涯の愛を誓う美しいシスターが一生付きそうだけですかね」

「それは、特典じゃなくて、呪いじゃないのか……」

「是非もありません。聖水が入用でしたら、いつでもおっしゃってください」


 嘘だろ?

 それも冗談だよな。

 それこそ冗談ってことにしておこうよ。


 ちょっと変なシスターが仲間になったという話と、俺が光の剣の勇者になったという荒唐無稽な話。


 どうみんなに話そうか、すごく悩んでいたのだが。

 近くで目撃した近衛兵のミルコくんが、すぐ噂を広めてくれたので、わざわざ説明するまでもなかった。


     ※※※


 俺がルーズ男爵の死後に、彼に好意を持ったのには理由がある。

 尖塔が崩れ落ちた古城であるが、土台の一階は、ほとんどが無傷でそのまま使えそうな感じだった。


 そこで、俺は素晴らしいものを発見してしまったのだ。

 石造りの大浴場である。

 なんと脱衣所には、この世界では限定的にしか生産されてない高価な鏡まで置かれていた。


 お風呂場の中まで鏡を置くという発想に至らなかったのは惜しいところだが、十分に及第点といえるだろう。

 オックスの街は石材と木材が豊富だからこそ、素敵な大浴場を作ったのだろうが、この時代の人間としては、素晴らしい感性の持ち主と称賛するしかない。

 生きてるうちに男爵に会って、お風呂の偉大さや心地よさについて語り合えていたらと思うと、残念でならない。


 風呂好きの男が、ゾンビになってしまうというのは何という悲劇であるのだろう。

 俺は創聖女神アーサマの信者ではないし、彼が行く先が天国か地獄か知らないが、そこに大きな風呂があることを祈ってやまない。


 そんな男爵の置き土産であるが、ちゃんと近くの泉から水が引けて焚けることを確認しても、俺はすぐには自分で入らなかった。


 街の復興に従事した兵士や、大変な仕事を率先してこなす部下たちから、ゆっくりと風呂に浸かって安息してもらうことにした。

 最初はおっかなびっくりであった彼らも、石鹸と風呂の心地よさにすぐ気がついたようで満足していただけた。


 すごく感謝されたが、これも先行投資のつもりなのだ。

 将来的な話だが、俺は石鹸だけでなく風呂桶や手押しポンプなども含めて、風呂文化そのものも売り物として広めるつもりなのだ。


 あと他に功労者として、ロールが街の近くの洞穴にオオコウモリの糞が溜まっているのを発見して、良質な硝石を取ることに成功したので、ご褒美としてたっぷり風呂に浸けてやったら、「うひゃー」と泣いて喜んでいた。

 さて、そんなこんなでいろんな人を風呂に浸けてから、ようやくこっそりと俺はお湯を入れ替えて一人で風呂を楽しんで。


「ふうっ、ミッションコンプリート」


 意気揚々と風呂から上がり、バスローブに身を包んで、脱衣場で冷やした勝利のアイスコーヒーを飲んでいる。

 なんでこんな手間をかけたかといえば、どうも最近風呂絡みのトラブルが多すぎるからだ。

 風呂場でも、フラグが立たないように静かに浸かっていた。


 ラブコメじゃあるまいし、と異世界に来る前の俺は思っていたが、周りに女子が多い環境だと風呂場で鉢合わせなんてトラブルは本当に起きる。


 いきなり風呂に入ると言うと、シャロンかリアあたりが間違えて入ってくるフラグが立つんじゃないかと予想したので(考えすぎかもしれないけど)。

 こうしてちょっと段階を置いたわけだ。


「あっ、ここに居たんですかご主人様」

「おう」


 ほら、噂をすると脱衣所にシャロンが入ってきた。

 こういうことが起こりえるのが、シンクロニシティと言うか、ファンタジーだよな。


「もしかして、お風呂入ったんですか?」

「うん、先にいただいたぞ」


「酷い……」

「えっ」


 なんでそうなる。


「ご主人様、髪を洗ってくれるって約束したじゃありませんか。お風呂があるって聞いた時に、私がどれほど期待したかわかってるんですか!」


 えっ、あれって約束になってるのか。

 その場限りの話だと思ってスルーしたんだが。


「あー、そうか悪かったな。じゃあ、また今度な。いい湯だったからシャロンも入ってくるといいぞ」

「……」


 なんか明らかに機嫌悪そうに、獣耳を伏せている。

 さっさと退散した。


 俺は悪くないよな、もう大人なんだから髪ぐらい自分で洗えるだろ。


     ※※※


 ルーズ男爵に、もう一つ好意を覚えるのが、大きな寝台だ。

 俺は居城で一番良い部屋、つまり男爵の寝室を使わせてもらえるのだが、これも素晴らしい。

 すっごい大きなベッドで、ゴロゴロと寝返りも打てるのだ。

 これがどれほど贅沢なことか、この世界の厳しさを分かってる俺には、まさに王侯貴族の暮らしだと感激する。


 いやあ、モンスターと戦争に来ているとは思えない。

 柔らかいベッドの上に肌触り滑らかなシルクのシーツを乗せて、ゆっくりと眠ることができる。

 最高すぎるだろ。


 この時代に、こんないい暮らしができるなんて、男爵はよっぽど儲けてたんだな。

 木材や石材は、この時代の貴重な建築資材だから上手いことやってたんだろう。

 生前に出会えていたら、商売の話でも盛り上がれただろうに本当に残念。


「んっ、シャロンどうした」


 俺が風呂にも入ったし、ゆっくり寝ようと思ったら、俺の寝台のところにシャロンがやってきた。

 なぜか、シャロンは木綿の下着姿だ。


 薄衣一枚の姿で、しかもそれなりに発育よく育っているので(というか、俺より年上になってしまったので)ちょっとドキッとするが、ああそうか風呂に入って寝るところなのかと思う。

 この時代の人はパジャマとかないし、こういう姿で寝てもおかしくはない。


「本日より、奴隷少女近衛銃士隊は、寝室でもご主人様の護衛をすることにしました」

「はぁ……」


 どういうことだ。


「もちろん、奴隷がご主人様のベッドに入るなどという無作法はいたしません。ここで結構ですので、寝させていただきます」


 そういうと、シャロンはゴロンと部屋の石畳の上に寝そべった。


「おい!」


 ダメだろ、風呂上りに身体が冷えちゃうだろ。

 女の子が腰を冷やしたらダメなんだぞ。

 俺はベッドから、慌てて身を起こして、シャロンを立ち上がらせる。


「どうすればよろしいでしょうか」

「いや、俺は寝てる時に護衛とかいらないし、ちゃんと自分の部屋があるんだからそこで寝なさい」


 また、石畳の上にゴロンと寝そべるシャロン。

 こうなると、聞かないんだよな……。


「分かった、じゃあベッドの端っこのほうで寝なさい」

「ご主人様、ありがとうございます!」


 シャロンが下着姿だと、一つ面白いことがある。

 獣耳が立ってるだけじゃなくて、小さいオレンジ色の尻尾が、お尻で揺れてるのが見えるのだ。


 ひっそり揺れてる尻尾を見たら、ダメだとも言えなくなってしまった。

 もう死んでしまったけど、俺も小さい頃、犬を飼っていたことがある。


 普段は、自分のハウスで寝ていたけど。

 いつの間にか、俺のベッドの下の方で丸まって寝ていたりもした。


 あの時、犬は何を考えていたのだろう。

 寂しかったんだろうか、もっと俺と一緒にいたかったのか。


 いつもそうだ。

 死んでしまってから、もっと可愛がってやれば良かったと悔やむのだ。


 だから、寝るぞと明かりを消してから。

 端っこで寝てたはずのシャロンが、いつの間にか俺にくっついて来ても、何も言わなかった。


 もう子供ではないけど、飼い犬だと思ってくっついてきたら、可愛がってやればいい……。


「……って、無理だろ」


 飼い犬には、大きな柔らかい胸も、お尻もついてないし、風呂上りの女の子の甘ったるい匂いはしないんだよ。

 今日は我慢できるけど、これが毎日続くって結構きついぞ。

 安眠妨害すぎる。


「スッースッー」と、静かにシャロンが寝息を立てているのを確認して。

 絡み付いている手足を外してちょっとずつ、ベッドの端に移動する。


 ようやく眠れる、そう思ったらまた気がついたら少しずつ寄ってくる。

 柔らかいのが当たって、身動きが取れない。


「ご主人様ぁ……」


 耳元で甘ったるい声が聞こえた。

 やめろ、なんかゾクゾクするから。


 起こしてしまっても悪いけど。

 頼むから、もうちょっと離れてくれ。


 しかし、この手に触れている柔らかいのは、シャロンの腕か、太ももか、胸なのか。

 俺の拙い経験値では、対処法が思い浮かばない。


 もう考えるな、何も考えるな。


「色即是空、空即是色……」


 念仏を唱えながら、なんとか耐えて眠るまでに、だいぶ時間がかかったのだった。

 これが、リアルファンタジーの厳しさだとでも言うのか。


 未経験者には、甘くない世界。

 いや、訂正、甘すぎて息が詰まりそうだ。

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