第19話「義勇兵団の集結」
続々とエスト伯領の各村々から、義勇隊が集まりつつある。
なんと、俺の兵団は総勢三百人を超える数にまで膨れ上がっている。
オナ村の人口をはるかに超える数の兵士が、草原のキャンプに集まって大声を上げながら訓練しているので、まるで新しい街が出来たような賑わいだった。
ロスゴー村からの義勇兵は、子供だけだったりしてびっくりしたけれど。
他の村々やエストの街からも参加した義勇兵は、オナ村自警団のように若い大人が大部分だったので安心した。
子供だけの軍隊を率いて戦うとか、悪夢だからな。
オナ村の義勇兵団キャンプに視察に行くと、訓練の指導をしているルイーズに声をかけられた。
一応、仮の本部キャンプを建てているので、天幕の中で報告を聞くことにする。
「タケル、良い知らせと、普通の知らせと、悪い知らせと、凄く悪い知らせがあるんだが、どれから聞きたい?」
「じゃあ、良い方から順にお願いします」
知らせが四種類ってのは珍しい。
あと悪い知らせが多すぎる、バランス取ろう。
「良い知らせだが、義勇兵の訓練はかなり順調に行っている。若いのが多いせいか、みんなとりあえず前に銃弾を飛ばせるようになった。新型の青銅砲を運用できる砲兵も、ほぼ揃った」
ライル先生が、以前より開発していた青銅砲は、鉄製の大砲より大きさや威力や耐久性には劣るが、軽量で馬車で運ぶのにも便利。
それが、ついに実戦配備の段階に入った。
重くて壊れやすいため、ほとんど固定砲台にしか使えないバカでかい鉄製の大砲に比べて、前装式の青銅砲は動作の安定性が高く機動的にも運用できる。
その新型青銅砲が四門、これで砲兵部隊だって作れる。
火縄銃も筒が長いのやら短いのやら、オプションをいろいろ工夫している。
本当はボルトアクションで金属薬莢でライフリングな銃が欲しいのだが、俺がいくら構造を説明してもこの時代の冶金技術が追いついておらず難航している。
可能性としては、魔法を組み合わせる機構で何とかならないかと考えているのだが、今後の研究課題だ。
「次に普通の知らせだが、だいたいの組織がまとまりつつある。私が義勇兵団の団長で、参謀格の軍師がライルの先生だ。次に伝令と偵察兵を兼ねる騎馬隊、奴隷少女銃士隊、各村々の義勇銃士隊、砲兵部隊に輸送と補給を行う後方支援部隊の編成もまとまった」
「ルイーズが団長を引き受けてくれるんですね」
ルイーズに、もちろん全軍の司令官はお前だぞと釘を刺される。
責任逃れをしようって気持ちはないけどね。
「悪い知らせだが、この組織図を決めたのはサラのやつだ。あいつは、お前の近衛兵長とかいう謎の役職に就任して、好き勝手に人事を進めている」
「ええっ、ルイーズさん団長なんだから、サラちゃんを止めてくださいよ」
「だって、私を団長に決めたのがサラなんだぞ。ロッド家には冒険者時代に散々世話になってしまってるし、そこらへん言いにくいのは、お前も同じだろ」
「あー、確かにそうだけど。恩があるからとか、情実人事じゃないですか」
できたばっかりで、いきなり組織が腐ってるぞ。
「それが不思議と、サラが決めると上手くまとまるんだ。ライルの先生さんも、サラたちに軍師とか呼ばれて喜んでしまってるからな」
「あー、そうですね。先生はそういうとこありますね」
物好きなライル先生のことだ、そのうち変な扇子を持って登場してもおかしくはない。
強風を吹かせるとか、先生は中級魔術師だから本当に出来てしまうんだよな。
魔術師軍師は、カッコイイ。
なるほど、サラちゃんの才能ってこういうことか。
ルイーズが自分で団長やるとか、先生が自分で軍師やりますなんて恥ずかしくて言えないから、誰かが最初に決めてやらないといけなかったんだ。
本来なら俺がやるべき仕事をやってくれてるなら、責めるべきではないのだろう。
「最後に凄く悪い知らせだが、なぜかタケルのことを『チョロ将軍』とか呼ぶのが新兵の間で流行っている。チョロとは何を意味するのか、私にはよく分からんので注意のしようもなかったのだが、響きから侮るようなニュアンスを感じた」
「団長権限で速攻に止めてください」
絶対流行らせたの兵長だろ。
くっそ、覚えてろよ。
「やっぱり悪口の類だったのか、注意しておこう。ところでタケル、聞いていいのかわからんが、チョロって本当は何のことなんだ?」
「ルイーズ、それは聞いちゃダメなことだ」
「わ、わかった……」
やれやれ、ろくなことはないな。
オナ村の訓練キャンプでルイーズの報告を聞き終わると、程無く騎馬隊のシュザンヌとクローディアから偵察の報告が入った。
こちらも、あまり良い知らせではない。
「イヌワシ盗賊団の砦に、シレジエ王国、第三兵団が詰めて入れないって言うのか」
「はい、ご主人様。ここにお前たち雑兵の居場所はないと、追い返されました」
王国軍もちゃっかりしているようで、前の遠征のときにうちが落として放置していたイヌワシ盗賊団の砦を、王都の第三兵団が接収して拠点として利用しているらしい。
友軍なんだから砦を共同で使うって発想はないもんかねえ。
「うーん、うちもあの拠点使いたかったんだけどなあ」
俺がぼやいていると、変な扇子はまだ持っていないものの、すっかり軍師をやる気になっているらしいライル先生がやってきた。
いつもの黒い官服の上から、対魔法防御効果のある灰色の魔術師ローブを羽織って短い杖を持っている。
どうやらこれが彼女……、じゃない彼の戦闘服のようだ。
「将軍。これは却って好都合かもしれませんよ」
おお、軍師っぽいセリフじゃないですか。
ピンチの後にチャンスあり、でも将軍呼ばわりはやめてください先生。
「先生、扇子は持たないんですか」
「扇子って何の話ですか?」
この世界の歴史には、扇子持った軍師はいないのか。
「それより新しい拠点確保の話です」
「はい」
「作戦を検討してみましたが、王都の軍と共同作戦で動くって選択肢はありえません」
「ありえないんだ」
味方がたくさん居たほうが心強いってのは、浅はかだったのかな。
「下手すると、王都の第三兵団はこっちの邪魔をしてくるかもしれませんよ」
「えっ、なんでですか」
「あっちは、こちらに手柄を立てられると困るんですよ。なにせ、王軍は負けっぱなしですから評判に関わります」
「そういうこともあるかもしれませんね」
確かに前からモンスターに攻められて、横から王都の連中に邪魔されたんじゃ上手くいかないよな。
しかし、今は王都近くまで攻められてる国家存亡の危機だろ。
国のために協力するって発想はないのかな。
すげなくうちの偵察を追い返したところを見ると、期待しないほうがいいか。
「むしろ、援軍を求められずこっちが独自で動けるなら好機です!」
「おおーなるほどです」
ライル先生やる気になってるな、美しい尊顔は涼やかなままだが、杖をブンブン振る仕草に高いテンションを感じる。
「そこで、私たち義勇兵団は、ここに新たな拠点を求めようと思います」
先生は卓上に地図を広げて、一点を杖で指差す。
「エスト伯領より北西、旧アンバザック男爵領のオックスの街です。ここをモンスターより解放して新しい拠点としましょう」
「ここが適地なんですか」
「はい、オックスは石切り場があるだけの山間の小さな街ですが
エストの街から大きく山を迂回して進めば輸送ルートの確保も難しくない。
先生いわく、瘴穴からのモンスターを迎え撃つために、ここ以外の拠点はありえないと言う。
もちろん、うちの軍師様の判断に間違いはないと信じてますよ。
あと、オナ村のキャパシティを考えると兵団の数が増えすぎたので、このままオナ村に居ても迷惑だからそろそろ進軍するべきだろう。
オナ村防衛も兼ねてキャンプで訓練も募兵もこのまま続けるが、モンスターの群れはどうせ迎え撃たなきゃいけないんだし。
前に出るか。
「よろしいですね、では全軍に進撃準備の触れをだします!」
ライル先生は、涼やかな顔を装ってるが、口元の笑いをこらえきれていない。
ビンビンと、短い
軍師とか、男の子の夢だから気持ちは分かりますよ。
張り切ってるライル先生を見て、激しい戦いになりそうだなと予感した。
※※※
「あー、サラちゃんここにいたか」
訓練キャンプで、同年代の少年少女に檄を飛ばしているサラちゃんに声をかける。
「なによ、将軍みずから訓練視察?」
ちょっと表情が硬いな。人事を勝手に決めたことを怒られると思ってるんだろうか。
「新任の兵長に、挨拶しとかないとと思ってな」
「うっ……」
陰口叩かれた分、嫌味ぐらい言わせてもらうが、兵長に勝手に成った件で叱るつもりはない。
サラちゃんは、結局のところ俺がやらなかった仕事を先にやってくれたんだし、俺はどうせチョロだしな。
サラちゃんの義勇隊は、銃を扱った経験者も参加していないのにまともな射撃訓練ができている。
まだ十二歳の若さだが、サラちゃんはこれでも下位文字を読み書きできる富農の娘だから、本当に兵長ぐらい務まるかもしれない。
戦死でもされたら、ロッド家に顔向けできなくなるので前線に出すつもりはないが、後方で人事とか担当してるならいいだろう。
「今日は風呂に誘いに来たんだよ、村の仲間も連れて来ていいぞ」
「えっ、お風呂あるの?」
「おう、うちの商館に作ってあるんだ。訓練の疲れを癒せるぞ」
「じゃあ、お借りしようかしら」
せっかく村の仲間を連れてきてくれたんだし、よく考えたら好意に報いてなかったから。
それにサラちゃんは、先生の影響で温泉好きだったから風呂も好きだろう。
※※※
サラちゃんを含めて、ロスゴー村の少年少女を、石鹸で洗ってやってそのまま風呂にぶち込む。
みんな農民の
やっぱり、子供のほうが新しい風習や技術に抵抗がないんだよな。
その点、頭の凝り固まった大人より優れた面もあるといえる。
早いうちから衛生面を叩きこんでおけば、兵士の疾病率も下がるし、うちの商品もさばけていい事ずくめだ。
「それにしても、タケルはもう平然と一緒に入ってくるのね」
「子供相手に恥ずかしがってても、しょうがないからな」
サラちゃんと最初に温泉に入ったときは、俺のほうが慣れなかったが、さすがにこの世界で俺の精神も鍛えられた。
子供の裸なんぞ石鹸で洗ってやっても、一緒に風呂に浸かっても変な気分になったりはしない。
自分も洗ってくれなんて頼まれなくても、子供の背中ならいくらでも流してやるぞ。
「大人相手にも一緒に入ったくせに」
「ぬっ……」
さっきの仕返しか、なかなか手厳しいな。
シャロンの件は俺も悪かったが、不可抗力ってことにしておいてくれ。
「まあ、今のうちに骨休めしておけ。これから本当の戦争をやらかすんだから、どうなるか俺にも先が分からん」
危なかったら引くつもりだが、こっちのコントロールができる戦況になるとは限らない。
サラちゃんたちも、危険を感じたらとにかく逃げて欲しい。
「一軍の将が敵前逃亡を勧めるなんて、やっぱりタケルは甘いわねえ」
「どうせチョロだよ俺は」
「まあ、そういうところは嫌いじゃないわよ。あんたの指示通り、死なない程度に助けてあげるから任せてなさいよ」
「ハハッ、サラちゃん兵長にそう言ってもらえると頼もしいな」
「ちゃんをつけるな!」
お湯でザブザブと顔を洗い、俺は大好きな風呂を堪能した。
自分の濡れた黒髪がちょっと長くなってるのを見て、戦争の前に散髪しないとな、なんてのんきなことを考える。
次にゆっくり休んで風呂を楽しめるのは、どれぐらい先になることか。
厳しいものになるであろう『魔素の瘴穴』との
そんな安易な予想が裏切られる結果になるとは、この時の俺は思いもしていなかった。
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