第20話「腐れ落ちた街」

 腰のあたりまで鬱蒼と茂った草をかき分けて進むと、土色と緑のモンスターが歩いているのが見えた。

 アースオーガが一体に、グリーンゴブリンが二体。


 少数で、モンスターの群れからはぐれたのか。

 すでにやられて敗走する途中だったのか。

 どっちにしろ、好都合だ。


「これなら、俺一人でも狩れる」


 俺は、火縄銃を構えてグリーンゴブリンに放つ。

 弾がまるで吸い付けられるように、ゴブリンの頭を撃ち抜いた。


 見事なヘッドショット!


 突然の発砲音と同時に、バタリと倒れたゴブリンを見て、もう一匹がキーキー騒ぎ立てる。


「ハハッ、お前ら戦場でおちおちしてたら死ぬぞぉ!」


 俺は火縄銃を放り投げて、鉄剣を抜いた。

 走りこんだ勢いのままに、鈍い輝きを放つ無骨な鉄の塊をオーガに叩きつける!


 ガシッと、巨大な棍棒で油断なく俺の攻撃を受けるオーガ。

 さすがにオーガのパワーは手強い。

 たまらねぇ、俺はこの手応えが欲しかったんだ。


「ウガアアアッ!」


 凶暴な叫び声をあげて、オーガは力任せに俺に向かって棍棒を振るってくる。

 俺の鉄剣は、切れ味こそ最低だが、代わりに刃こぼれの心配もない。


 俺はあえて、オーガの打撃を正面から受けながら、力任せに叩きつけ返した。

 硬い樫の木と、鉄剣を叩きつけ合う、電光石火のスピード感。


 ガシガシ、力任せに叩きつけ合うと、その度に凶暴なアドレナリンが脳を駆け巡る。

 命のやりとりの強度に、たまらなく気分が高揚してくる。

 これが、ファンタジーの醍醐味だ!


「おら、どうしたあぁぁ!」

「グガガガガッ!」


 オーガとのつばぜり合いは、互角ってところか。

 目の端で、コブリンのもう一匹が戦意を回復して向かってくるのを見て、俺は剣を横に大きく振るって、一旦さがる。


 ちょっと勿体無いが、せっかくだから『聖なる炎球の杖』を取り出し、コボルトに最大級の一撃をかましてやる。

 炎球ファイヤーボールにまともに飲まれて、緑のコブリンが倒れた。あっという間に、黒焦げだ。

 生きてるか死んでるか知らんが、これで戦闘不能。


「さあ、続きをやろうぜオーガ!」


 仲間が殺されて凶暴に吠え続けるオーガに向かって、俺は正眼に剣を構えた。

 力任せの次は、技の冴えを見せてやると、切っ先を小刻みに上下に動かし、オーガを混乱させる。


「どうだ、北辰一刀流、鶺鴒せきれいの構え!」


 オーガが堪え切れず、振りかぶって殴りつけてきたのをフェイントで弾いてから、肩に強烈な一撃を浴びせた。

 致命傷には至らないが、荒い刃がザックリと、オーガの肉を引きちぎる手応え。


「ギャガガガガガッ!」


 痛いか、そりゃ痛いだろうなあ。

 すでに勝敗は決した、次の一撃で楽にしてやる。


「北辰一刀流奥義、星王剣!!」


 全身全霊を込めて、大上段からオーガの頭を鉄剣で切り落とした。

 相手はオーガとはいえ、この手で命を屠った感触に、全身が総毛立つ。


 大きなモンスターの身体が、どさりと草の上に転がった。

 もう生きては居ない。


「ふうっ……」


 残心。


 俺は、油断なく辺りを見回す。


 どうやら他にはモンスターはおらず、全滅させたようだ。

 物言わぬモンスターたちの死体を見下ろして、沸々と湧き上がる興奮を抑える。


 俺だって強くなっている。

 心も、身体も。


 もちろんリアルファンタジーには、目に見えるレベルや経験値なんて便利なものはないが、戦場での戦闘経験の蓄積は確実にある。

 今の俺なら、クレイジードック十匹でも容易に斬り殺せるだろう。


「あーっ! ご主人様、何やってるんですか!」


 シャロンが銃を携えて、こっちに走ってきた。

 後ろから、奴隷少女近衛銃士隊が続く。


「なんだ、もう見つかってしまったのか」

「もうじゃないですよ、キャー!」


 俺の周りに転がるオーガの死体を見て、シャロンが悲鳴をあげる。


「だっ、大丈夫ですか。戦ったんですか。お怪我はありませんか!」

「いや、余裕だったよ。敵は少なかったから」


 俺だって戦えば出来るんだぞと、奴隷少女たちにカッコイイところを示したかったのだが。

 シャロンは泣きそうな顔で、とにかくベタベタと俺の身体を手で触れて、無事を確かめてぎゅっと抱きしめてくる。


「危ないことは止めてくださいって言ってるじゃないですか!」

「いや、だってモンスター少なかったし、そのために『ミスリルの胴着』も着てるんだから怪我のしようがなくないか」


 そこまで過保護になることはないだろ。

 俺だって、戦わないと経験値上がらないじゃん。

 この世界に、そういう概念があるかどうか知らないけどさ。


「だめだよーごしゅじんさま、しんぱいかけちゃ」

「ロールにまで言われることなのか」


 他の奴隷少女たちも一様に頷いている。


「困りますね、将軍は本陣の見えるところに居るのが仕事ですよ」


 仰々しい魔法使いのローブを羽織って、すっかり魔術師軍師モードのライル先生までやってきて苦言を呈されてしまった。


 あっ、ルイーズも来た。

 ルイーズは、俺が殺った戦闘のあとを一瞥しただけで、何も言わない。


「なあ、ルイーズ団長は戦士だからわかるよな。俺だって戦闘経験積まないと強くなれないしさ」

「タケル、戦場を舐めてると死ぬぞ」


 ルイーズは冷たくそう言い放つと、俺が殺したオーガの死体にナイフを入れて解体し始めた。

 一人で戦ったのを怒ってても、死体はやっぱり解体するんだルイーズ。


「ああっー! 奴隷たちなにやってんの、タケルの近衛はロスゴー義勇隊だっていったでしょ。私の人事権、舐めてるんじゃないのー」

「しつこいですね、兵長! ご主人様の近衛は、ずっと昔から奴隷少女隊に決まってるんです」


 サラちゃんまで、おっとり刀で義勇隊と駆け込んできて、奴隷少女たちと言い争いを始めた。

 なんかそれで有耶無耶うやむやになって、怒られないからいいけど、こいつらまだ近衛部隊がどっちかで延々と喧嘩してるのか。


 はぁ、面倒だな。

 こういうのは、どっちの肩を持ってもうるさくなる。


 こんな騒ぎのなかでもルイーズは、黒焦げになったゴブリンを一瞥して「チッ」(おそらく皮が綺麗に取れないのを怒ってらっしゃる)と舌打ちしつつ、黙々と肉を解体している。

 ルイーズは、本当にブレない。


 やっぱ、将軍とか団長って、こう泰然自若であるべきなのかなあ。


     ※※※


 モンスター大部隊との大戦闘。

 その厳しさの本当の意味を、俺はぜんぜん分かってなかった。


 とにかく暇なのだ。


 ここ数日の義勇兵団の軍事行動であるが、オナ村をスタートして旧アンバザック男爵領に入り、目的地であるオックスの街に向かう街道沿いの村々を解放してまわっている。

 廃村は、住民が逃げ出しても家畜や食べ物が残っていたり、そうでなくても建物があるのでたいていモンスターの群れの溜まり場になっている。


 これまでの常識なら、大きな群れが密集して集まれば集まるほど、モンスターたちは安全だったはずだ。

 しかし、鉄砲と大砲という近代兵器が戦術を一変させてしまった。


 まず、安全な位置から大砲で、村のモンスターの群れに向かって砲撃する。

 大慌てになって逃げ惑う群れを、今度は銃士隊の一斉射撃が襲う。

 散り散りになって、ようやく逃げ切れたと思ったモンスターたちも、その付近を偵察しつつ、残党狩りしている騎馬隊に討ち取られてしまう。


 これはもはや、戦闘ではなく一方的な虐殺オーバーキルである。


 さてそこで問題だが、討伐軍の将軍とかに祭り上げられてしまった俺の仕事ってなんだろう。


 答え:とにかく、全軍の見えるところに座ってろって言われた。


 日がな一日、馬車に揺られて戦場視察しているだけなのだ。

 たまに先生に、「向こうに手を振ってください」とか、「彼らは活躍したのでねぎらってあげてください」とか言われるままにやってるけど。

 アイドルの一日署長か、俺は……。


 これなら行商に出ていたほうがよっぽどすることがあった。


 しかも、周りを近衛部隊(と称するサラちゃんとか、シャロンとか)がピッタリと取り巻いて守っていて、ぜんぜん戦闘にならないのだ。


 ちょっと、一人で偵察に出て、ついでにモンスター退治もしたいな。

 そんなことを俺が思ってしまっても、しょうがないんじゃないだろうか。


「とにかく、もう少しだけ我慢してください。あと少しで、オックスの手前まで来ますから。そしたらきっとタケル殿の活躍する出番も来ます」


 ライル先生に、いつになく強く諭される。

 あと少し、あと少しって、だいぶ前から聞いてるんですが……。


 やっぱり、俺がウロウロと勝手に出歩くのはダメらしい。

 先生にまで、流れ弾にでも当たって死んだらと思われてるとしたら、悲しい。

 そこまでマヌケなつもりじゃないんだけどな。


 ほとぼりが冷めたら、またこっそりトイレに行く振りをして外で戦ってくるか。


「おい、タケルはまた脱走するつもりだぞ、紐でもつけとけ!」


 モンスターの皮と肉を大量に抱えてきたルイーズが、通りがかりにさっと俺の顔色を見て指摘する。

 クッ、鋭い奴め……。


「いけませんご主人様! さあ、こっちに来て私と一緒に紙薬莢を作りましょう」


 シャロンにまで、たしなめられてしまった。

 ちなみに、彼女たちは馬車に揺られながら交代で紙薬莢を作ってる。


「えー、せっかく戦争に来てるのに、そんな地味なの嫌だ……」

「ごしゅじんさまー、へいたんはだいじなしごとだよ。じぶんでそういったのに」


 ロールにまで、そう言われたら従わざるを得ないか。


 たしかに、兵站ロジスティクスの重要性を何度も連呼したのは俺だ。

 わが祖国は、昔それが原因で戦争に負けたんだよ。

 戦訓と言うより、もはやトラウマである。


 実際、こうやって戦ってみると弾はいくらあっても足りないものだ。

 しょうがない、紙薬莢作りに参加するか。


 戦闘にも参加させてもらえず。

 暇つぶしにするのは、こんな仕事ばかりで、まったく戦場に居る気がしない。

 なんか俺がイメージしてた、司令官と違うなあ……。


     ※※※


 ついに、目的地である旧アンバザック男爵領オックスの街まできた。

 谷間の街を望む丘の上に布陣して、俺は街を見下ろす。


 オックスは小さな街だが、全面に石畳が敷かれている。

 近くに石切り場もあり、材木も採れるので街全体が要塞といった風情だ。


 本来なら守りの硬い街だったんだろうが、すでにモンスターの大軍に落とされているので、厚い石壁は崩れて、小さいながらも堅固そうな古城も、尖塔がポッキリと折れて半壊していた。


「あれ、人がいるんじゃないですか先生?」


 俺がそう言うと、先生は険しい顔をしている。

 すでに落ちたはずの街に、人がたくさん生活しているように見えるのだ。

 この距離だから良くは見えないが、人型モンスターと人の違いぐらいは分かる。


「そうですか、タケル殿にはあれがそう見えますか。私は、望遠ぼうえんの魔法を使って見てるから分かるんですが、あれは全部ゾンビですよ」


「ええっ、街の人がゾンビ化してるってことですか」


 そうなのか、望遠鏡が無くても遠くが見えるって、魔法は便利だな。

 どっかに売ってないだろうか、できれば双眼鏡が欲しい。


「パッと見えるだけで、街に百体はいますね。我々にとっては、大変やっかいな敵です。まあ、百聞は一見にしかず。とりあえず大砲を撃ちこんでみましょう」


 そういうと、ライル先生はさっと短いワンドを振って、砲兵隊に大砲を撃ち込ませた。

 山間の地に、大轟音が響き渡る。


 青銅砲四門、大型鉄砲二門からなる砲撃で、村だろうが街だろうが、普通のモンスター相手ならすぐに落城するはずなのだが。


「なんか、砲撃を受けても普通に動いてますね先生……」

「そうなんですよ。前々から懸念していたんですが、アンデッド系モンスターには、鉄砲や大砲が効きにくいのです」


 すでに予想してたってのが先生の凄さだが、鉄砲や大砲の強さは砲撃力だけではなく、その轟音と衝撃にある。

 ゾンビのような鈍い相手だと、弾で吹き飛ばされることがあっても、吹き飛ばされる味方を見て狼狽するような知能がない。


「相性の悪い敵といえますね。鉄砲を撃ちこんでも、すでに死んでる相手ですから、無力化するのにはかなり時間がかかるでしょう」


 弾数にも限りがありますからと、ライル先生はため息をつく。


「それで、先生に何か作戦はありますか」

「幸い街の壁は機能しておらず、ゾンビも百体程度です。普通の指揮官なら。ここは多少の兵の損耗そんもうは覚悟して、さっさと四方から突撃して落としてしまうでしょう」


 兵の損耗と言っても、それで死ぬのって顔見知りのオナ村の連中だったり。

 もしかしたら、シャロンだったりサラちゃんだったりするんだろ。


「それはちょっと……」


 俺の顔色を見て、先生は寂しそうに笑った。


「チョロ将軍だからしょうがないですね」

「先生……」


「いいでしょう、ちょっと時間はかかりますが、損耗の少ない作戦を考えてみます」

「お願いします」


「では、長期戦になります。まず陣地を再構築するところから始めましょう」


 床机に広げた街の地図を眺めて、ライル先生は指示をだしている。

 指示に従って、みんな慌ただしく動き始めた。


「先生、俺は何をするべきですかね」

「将軍の仕事はなんだったか、思い出してください」


 また座って見てるだけかよ……。

 しょうがない、紙薬莢を作るのを手伝うか。

 弾が足りなくなりそうだし。


 結局、その日は街を外から囲んで、砲撃するだけで終わった。

 街のゾンビたちは砲撃にも全く動じず、代わりに目立った反撃もなく、戦況は膠着こうちゃく状態に入った。

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