第18話「ロスゴー村義勇隊」

 この前、俺がした演説が勝手に檄文みたいに広がり、エスト伯領の村々に伝達されて、ボツボツと付近から義勇兵希望者が集まり始めている。


 街の商館の方に来られても困るので、オナ村をとりあえずの集結地として、そこに義勇兵キャンプを張って、革の鎧と肌着と火縄銃の三点セットを渡して手の空いた自警団や銃士隊に訓練してもらっている。

 訓練の鬼軍曹役はルイーズにお願いした(適任だと思う)。


 義勇兵が集まっても、まず銃や大砲の扱いに習熟してもらわなければ使いものにならないからな。

 もちろん火薬も足りないので、火薬や弾の制作作業から手伝って貰ったり。

 戦士のやる仕事でもないように思うが、みんな前歴は村人だ。糧食も提供しているし給金も払っているから文句は出ていないようだ。


 俺はと言うと、訓練が一段落つくのを待つ間、いつも通り先生やシャロンたちと商売に励んでいる。

 伯爵からもらった支度金もあるけど、金はまだまだ必要。


 義勇兵たちに持たせる回復ポーション(安くて銀一枚!)が高く付くんだよ。

 かといってケチって、薬草だけで戦闘させて死人が出たら悔やんでも悔やみきれないからな。

 金は命には変えられないのだ。


 本当は自分のところでポーション製造できたらいいんだけど、水魔法と回復魔法の使い手がいるそうなのだ。

 うちには、神官とかいないからしょうがないね。

 俺がその分稼げばいいんだ、稼げば!


「いらっしゃーい!」

 店番をしている俺が高らかに客を呼び込むと、店の暖簾をくぐって入ってきたのは、見覚えのあるサラサラの金髪少女だった。


「久しぶりね、タケル……」

「おー、なんだサラちゃんじゃん。どうしたの?」


 なんだか、サラちゃんの後に少年少女たちが付いてきてるんだけど、エストの街まで遠足かなにかか?

 なんか手に農機具を改造した物騒なトゲトゲ武器を持って、木の盾まで構えて物々しい服装をしてる子たちだが。


「サラ・ロッド、並びにロスゴー村義勇隊十名、ここに推参!」

「えっと……」


 なにそれ。


「ちょっとタケル! なに小首をかしげてんのよ、私がタケルのために直々に募兵してきてあげたんだから、もっと歓迎しなさいよーっ!」

「いや、でもみんな子供じゃん」


 十二歳のサラちゃんに連れられた少年少女たちは、みんなサラちゃんと同年代だ。家の奴隷少女もこんなもんだからあれだけど。

 ちょっと兵士としては若すぎないか、学校の遠足にいくんじゃないんだぞ。


「タケルが年端もいかない奴隷の子供に武器を持たせて、戦場で戦わせてるって評判は聞いてるわよ」

「えっ、なんなのその残忍な傭兵部隊みたいな悪評……」


 どんだけ悪人だよ、モンスター成敗に行く前に国から成敗されてしまうわ。

 あっ、でも俺は実情そんなもんか。

 こんな酷いファンタジー世界だから目立たないけど、俺も極悪人になってしまったものだ。


「まあ、半分冗談よ。タケルの義勇軍は、子供でも武器を持てるなら、年齢問わず雇ってくれるって聞いたから、私がタケルの元上司だって話して、みんなを連れてきたの」

「戦力になってくれるなら嬉しいんだけど、行先は本当に戦場だぞ」


 遠距離から銃を浴びせるだけなら、子供でも使えないことはない。

 しかし、銃も大砲も撃つだけで暴発の危険もあるし、命がけなことに違いはないんだけどな。


「ふっ、何をかいわんや……。みんな覚悟はできてるのよ。連れてきたのは、どうせ貧乏農家のニ女とか三男とか、タダ飯喰らい扱いされてる子たちばかりだから、もう破れかぶれよ!」

「いや、破れかぶれよじゃ困るよ。サラちゃんは一人っ子だったよね、親御さんめっちゃ可愛がってたじゃん……」


 万が一のことがあったら、ロッド家の親御さんになんて言われるか。

 サラちゃんだけでも、ロスゴー村に戻したいんだが。


「フフッ、私の身はライルせんせーや、タケルが守ってくれるでしょ?」

「まあ、それは安全な後方任務につけばいいけどさ」


 大軍を擁することになれば、戦場は前線だけではない。

 後方支援とかあるけども。


 でも、どんな強大なモンスターが出てくるかわかんないし。

 かなり大規模戦闘になるから、万が一襲われたらマズイだろ。


「安心して、むしろ私がタケルのこと守ってあげるわよ。あんたなんかより、私のほうが動けるの知ってるでしょ」

「まあ、たしかに……」


 さすがに腕力では負けないが、農家の仕事では俺より小さいサラちゃんのほうが、瞬発力・持久力があったぐらいなのだ。

 あれから俺もこの世界で多少は鍛えられたけど、この厳しい世界で生きてる子供が結構たくましいってのはよく知ってる。


「それにしても、タケルも出世したものね。いまは代官で騎士様で、討伐将軍にまでなるそうじゃない」

「まあ成り行き上しかたなくね」


「うちの農家の手伝いから始めて、商人になって、騎士になって、大将軍にまで出世したって村じゅうに喧伝しておいたからね」

「やめてくれぇ」


 もう、ロスゴー村いけなくなるじゃないか。


「あら、村ではあんた子供の憧れの的よ。みんな、騎士に出世したくて来てるんだから、私たちをよろしくお願いするわねー」


 サラちゃんは、そう言うと俺の手を小さい手でギュッと握ってきた。

 十二歳にして、コネクションを全力で活かそうとするとは、末恐ろしい子。


 サラちゃんに俺の架空の出世話を聞かされて、騙されて連れてこられた村の少年少女たちはキラキラと眼を輝かせている。

 ああ。もうなんか俺の方を純真に尊敬の眼差しで見ている。

 そりゃ農民から騎士になれるって煽られたら、少年少女は血がたぎるだろう。


「くうっ、サラちゃんめ。なんて罪作りなことを……」

「私は別に騎士でなくても、将軍の奥様でもいいけどね」


 そうやって、俺の手を握りながらいっちょ前に科を作るサラちゃん。

 ふん、五年後なら分からんが、今そんなさらさらのブロンドをふさっとかきあげて、うなじで誘惑をされても単に可愛らしいだけだぜ。


 こんな風に、俺とサラちゃんが仲睦まじくじゃれあってるところに、シャロンとライル先生が店の配達を終えて帰ってきた。


「ああっー、あなたたち誰なんですか、ご主人様から離れてくださいっ!」


 ライル先生が声をかける前に、シャロンが駆け寄ってきて俺とサラちゃんが繋いだ手を分断して、割り込んできた。

 結構、強引に突っ込んでくるな。


「いや、待て待て。大丈夫だシャロン。この子たちはロスゴー村の……」

「あんたこそ誰よー、タケルのなんなのー?」


 俺が紹介するまえに、サラちゃんが激昂してしまった。

 うあ、ちょっと待てよお前ら。

 おしくらまんじゅうやってないで、俺の話を聞け。


「私は、ご主人様の奴隷少女で、近衛銃士です!」

「へーそうなんだ、あんたが噂の奴隷少女ね。なんか少女って割には、あんたデッカイけど……、どっちにしろ近衛の役は、私の義勇隊がもらうことに決まったからあんたたちは用済みよ」


「待て、なんで二人ともいきなり喧嘩腰なんだよ」


 俺が、ライル先生に眼で助けを求めると、先生は肩をすくめた。

 先生は、「自分で仲裁しろ」と言わんばかりに、サラちゃん以外のロスゴー村の子供たちを連れて、さっさと店の奥に引っ込んでしまった。


 まあ、子供たちは村の知り合いだろうから分かるけど。

 サラちゃんも先生の大事な教え子じゃないですか、何で放置なんですか!


 あと最近なんか、先生の態度が冷たいような気がする。

 俺に対する愛が足りない、寂しいですよ。


「すぐに離れてください、ご主人様の近衛は、忠実なる奴隷少女が務めるって決まってるんですっ!」

「あら、あんたみたいなポッと出が何言ってんのよ。私は、タケルが農民のこせがれだった頃からの知り合いなんだからねー」


 サラちゃん、勝手に俺の過去を捏造するな。

 ロッド家でバイトしたけど、小倅こせがれになった覚えはない。


「出会った時間とか関係ないです、ご主人様と奴隷少女は固い絆と首輪で結ばれた仲なんですよ!」

「はぁ、何言ってんのよ。私なんか一緒に温泉に入ったこともあるわよ」


 マジで二人とも止めろ。

 なんか人聞きが悪い話になってきた。

 俺だけがダメージ受けてる感じがする。


「私だって、一緒にお風呂に入って、身体を隅々まで綺麗に洗ってもらったことがあります!」

「えええええっ、何考えてるのよタケル!」


「えっ、俺?」


 口喧嘩が、いきなりこっちに飛び火したからびっくりするわ。


「そうよタケル! いくら奴隷だからって、あんな大人の女の人とお風呂に入っちゃダメでしょ。もしかして、この奴隷って、そういうあの、アレなの……?」

「いや、何を勘違いしたか知らんが違うぞ!」


「あの、せっせっ……せいど」

「うああああー違う! 子供がそれ以上言っちゃダメだ!」


 やめて! その大人の汚い部分を見てしまったみたいな幻滅した眼で見るな。

 俺は、まだ清い身体だぞ!


「シャロンは獣人の血が入ってるから、見た目は早熟だけどまだ子供なんだよ!」


 俺がそう説明すると、サラちゃんは「何を言ってんのよコイツ」って顔をした。


「えっ?」

「えっ、じゃないわよ。私のほうが『えっ』って言いたい。『獣人は早熟』って、自分で言ってる意味わかってんの?」


「えっと、早熟ってのは早く成長するって意味だろ。シャロンは身体は大人だけど、心はまだ子供だから他の奴隷少女と一緒の扱いで、しょうがないんだよ」


 俺がそう言うと、ジトーッと俺とシャロンを見比べて、サラちゃんはわざとらしくため息をついた。

 さっきの幻滅した眼よりはマシだけど、なんかその呆れた態度も釈然としないぞ。


「タケルは相変わらずバカねえ……。身体が大人になるんだから、心も大人になるに決まってるでしょ」

「ええっ、いやいや、ないだろ。それこそどんなファンタジーだよ」


 なんだよこの俺が騙されたみたいな感じ、俺はおかしなこと言ってないぞ。


「なあ、シャロン?」


 俺が、シャロンの方を見て確認すると。

 シャロンは珍しく、俺からプイッと琥珀色の瞳をそらした。

 あれえ?


「ねえタケル、いい加減に認めなさい。あんたが嘘ついてないとしたら、この女狐に騙されてたのよ」

「いや、女狐って、シャロンは犬型獣人なんだが」

「……」


 はい寒いですね、すみません。


「いやでも本当にちょっと待て。ライル先生だって、そんなこと一言も言ってなかったもん!」


 俺の叫び声を聞いたのか、店の奥からライル先生がひょこっと顔を出して言った。


「私は、獣人のクォーターが早く成長しても、心は子供のままだなんて一言も言ってませんよ」


 ええっ、なんだそりゃ先生。今更そんなハシゴの外し方されても困りますよ!


「だって先生も、シャロンに俺が身体を洗ってくれってせがまれてた時、注意しなかったじゃないですか!」

「そこは、私が関与するところではありません。彼女本人が、何だか言われたくなさそうだったので、空気を呼んでスルーしました」

「うわー」


 ライル先生って、たまにそういうところあるよね!

 ルイーズの過去のことも黙ってたし、お風呂だけに水臭いっちゅうか。

 いや、そんなシャレを言ってる場合じゃない。


「タケル殿、こうなったからには、しょうがないので教えて差し上げます。獣人の場合、完全に成長期が終わる十八歳に達するまで年齢を×2、ハーフやクォーターでも×1.5として算出します。シャロンの場合、およそ生後十二歳ですから、実年齢だともう十八歳ってことになりますね」

「完全に、成長期終わってるじゃないですか!」


 このファンタジー世界は、成人が十五歳なのだが。

 十八歳って、大人ってか……俺より、一歳年上になるじゃん!


 子供だと信じていた相手に、いつの間にか年齢抜かれてたとか、なんだこの衝撃。

 ファンタジー過ぎて、頭がついて行かない。


 そうか、なんかこれまで何となく疑問に思ってた謎が一気に解けた気がする。

 なるほど、道理でシャロンに何を教えても、異常に物覚えが良いわけだよ……。


 身体と一緒に頭脳も急速に成長してたなら、簿記も商売も簡単にマスターして当たり前だ。

 知らなかったから、俺はてっきりシャロンは商売の天才じゃないかとか思ってたわ。


「シャロン!」

「はい……」


 目を背けて、誤魔化せると思うなよ。


「お前十八歳なんだってな。この件について、何か釈明はあるか?」

「あの……、シャロンお姉ちゃんだよー」


 シャロンは可愛らしい仕草で、顔の前で両手を広げた。


「ふざけるな!」

「すみません! すみませんでした!」


 シャロンは、大きく育った身体を折りたたむような綺麗な土下座をした。

 三つ指までついてやがる。

 だから、お前らそういうのどこで習うんだよ。

 もう怒る気もせんわ。


「はぁ……、シャロンが大人なの知らなかったのは、俺だけだったわけか」

「ご主人様ごめんなさい、つい出来心で説明しませんでした!」


 この世界も、そういう言い訳がポピュラーなのか。

 もう何をどう言ったらいいか分からんで黙っている俺に。

 サラちゃんが横から混ぜっ返す。


「奴隷がご主人様を騙したんだから、何か罰を与えないでいいの?」

「うーんそうだな」


「ごめんなさい、捨てないでくださいっ!」

「いや、そこまでは言わないけど」


 ぶっちゃけ、シャロンがいないと店が回らない。

 だから何されても解雇とかはありえないんだが、罰と言ってもどうするか。


「じゃあこうしよう、もう俺はお前らの身体洗うのには参加しないから」

「すみません、今すぐ死んでお詫びします」


 シャロンは、ショートソードを抜き放ち、刃を喉に押し当てた。


「待て、なんでそうなるんだよ!」

「いえもう、ご主人様がそうされては、私も他の奴隷少女たちに申し訳なくて生きていられません……」


 冗談だと思うだろう。

 でも、こいつら元の境遇が境遇だから、万が一ってことがある。

 威厳を保ちたいのは山々だが、死ねとか言ったら本当に死んでしまうかもしれん。


「分かった、ちゃんと反省するなら今回のことは不問に処す」

「ありがとうございます! 海よりも深く反省です」


 シャロンは、また深々と土下座した。

 でも獣耳がピコンと立ってるってことは、これ絶対反省してないんだよね。

 俺って騙されやすいんだなあ、これまでシャロンの言うことを全部真に受けてた自分が浅はかだった。


「はあ……」

「甘いわねタケル、こんなことでご主人様としての示しが付くの?」


 サラちゃんにそう言われると考えちゃうんだけどさ。


「まあ、終わったことはしょうがないから。これからは、シャロンも大人として独り立ちしてくれるだろうし」

「……死にます」


「待てよ!」


 なんでそうなる。

 というか、そのショートソードは危ないからこっちに寄越せ。


「髪だけ……私は髪だけで結構ですので、今後もご主人様が洗ってください」

「あー、もう、分かった!」


 結局あれだろう、確かにな。分かるわ、しょうがない。


「タケル、あんたチョロすぎ」

「サラちゃん、言うな……」


 我ながら、自分の甘さに悲しくなってくる。

 いつの間にかご主人様なのに、奴隷に言いなりにコントロールされてて、問い詰めても自分の命を盾にされたら、抵抗できないんだしな。


 やっぱ、俺この世界リアルファンタジー向きの人間じゃないんだよなあ。

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