第12話「さらなる遠征」

 大砲で追い出したオークの大量の死体を漁って武器防具は手に入るし、特別討伐依頼達成で白金貨十枚は貰えるし。

 オナ村奪還作戦は大儲けだった。

 こんな大量の内蔵は食い切れないとルイーズもホクホク顔だった(村に戻ってきた村人にも内蔵スープを炊き出しで提供したのだが、評判は芳しくなかった……)。


 あんまり儲けすぎて申し訳ないので、砲弾を拾うついでに大砲の攻撃でボコボコにしてしまった村の復興を手伝うことにした。

 村の牧草地の柵を直して、モンスターと一緒に散り散りに逃げ出した村の家畜を寄せ集めるのを手伝う。

 鉄砲を使えるようになった村の若い衆の手も借りて、付近に散り散りになって潜んでいるオークの討伐も行う。

 これでとりあえず村の治安は回復できたといっていい。


 しかし、根本原因の解決にはまだ至らない。


「オナ村からさらに北に行ったところに、盗賊団の砦があるんだ。そこのイヌワシ団とかいう盗賊団はすでにモンスターに壊滅させられたらしいんだが、そこがモンスターたちの根城になってエスト伯領側に攻め込んできている」


 ルイーズの偵察によると、そういうことらしい。

 じゃあその盗賊の砦を大砲でぶっ潰せば良いんだなと俺が言うと、反対はなかったので遠征に出向くことにした。

 大砲だけで行けると思うのだが、村の有志二十人も鉄砲を担いで俺たちについてきてくれた。


 ルイーズが事前に偵察してくれていたので、また盗賊団の砦(なんと、盗賊のくせに街道から外れた小山に三階建ぐらいの大きさの石造りの立派な砦を築いていた)に攻撃が仕掛けられそうな丘にこっちも陣取る。


「どうせ盗賊の砦なんだから、大砲でボッコボコにしてしまっても構わないだろう。じゃあ砲身を砦に向けて角度は適当で」

「ちょっと待ってください。角度は計算して決めましょう」


 ライル先生が、紙の束を持ちだしてきた。

 なんと、この前にオナ村で試し撃ちをしたときから発射角度と距離を計算していたそうなのだ。


「弾の重さと、火薬の量によっても違うでしょうが。目安にはなるはずです」


 ライル先生は、砲身の角度を計算することによって着弾する場所を測れることにすぐ気がついたらしい。どんだけチートだ。

 指示通りの角度で撃ってみたら、一発で砦のど真ん中に着弾した。

 調子に乗って、その角度でガンガン撃ちまくってみると、石の砦がガラガラと崩落した。

 中に居たらしいオークたちが、わらわらと外に出てくるので、入り口に向かっても一発かまして砦に生き埋めにする。

 我ながら、恐ろしいものを作ってしまった。


「すごい威力です、これなら攻城戦にも使えるでしょうね……」


 ライル先生、何か良からぬことを考えてないですか。

 俺はあんまり人間同士の戦争に使って欲しくないんだけどなあ。


「……いえ、あくまでも防衛の手段としてです」


 そう言って人間は戦争するんだよなあ。

 ライル先生もなんだかんだ言ってシレジエ王国の書記官だしね。

 ああそうか、俺もそうだったんだっけ。


 モンスター討伐は上手く行っているのだが、上手く行きすぎて怖くなってきたなあと思いつつ。

 砦付近のオークやコボルトを銃で撃ち果たして、弾を回収しつつ肉と皮を頂戴した。

 元盗賊団の砦なので、壊れた砦の中に装備品や金品まで残っているという余録まであった。


 ついでに食事も済まそうと、ルイーズが嬉々として大鍋を持ちだしてきたのでなんか和んだ。

 オナ村の村人にはすこぶる不評だけど、村でもらった牛乳も入れてルイーズが作ったオークの内蔵ホワイトシチューは、豚肉の味がしっかりして俺の味覚にも合う。

 ルイーズがオークの肉をさばいているのを見て村人は青い顔をしているが、俺には食い物を作っているとしか思えなくなったし。

 一緒に行動する内に、だんだんと意識がルイーズ寄りになってきてしまったのかもしれないと少し怖くなったりもする。


     ※※※


「エストの街まで戻るべきだな……」


 これ以上の遠征を行うかどうか相談すると、ルイーズが反対した。

 前から彼女は、魔素の瘴穴に近づくと危険だと忠告してくれている。


 俺たちも銃と大砲を手に入れて気が大きくなっているのも確かで、ノコノコそんな英雄クラスしか何とか出来ないところに行って、伝説のドラゴンでも出てきた日には目も当てられない。

 それにすでにエスト伯領から王領に足を踏み入れているから、これ以上攻めたところで依頼料が発生しないのだ。

 エストの街まで戻ることにした。


 ちなみに、オナ村で荷馬を一頭もらったので馬力が二倍になっている。

 幌馬車の中は砲台の上に肉と皮でいっぱいになっているが何とか輸送できそうだ。

 積みきれない装備品と金品は、ルイーズたちがもう一往復して運んでくれるそうだ。


 エストの街まで戻り、ダナバーン伯爵の城に戻って遠征の成果を報告すると大喜びされた。

 一応報告すると盗賊砦の金品も、もちろん俺の所有にしていいとのこと。

 その上でテーブルに、ドサッと金貨五百枚の報奨を乗せてもらい。

 勝利の美酒ならぬ、勝利のコーヒーが美味しかった。


 さすがにここまで気前よく払ってもらうと、俺も気分が良くなる。

 俺のご機嫌を伺う伯爵の意図は、だいたいわかっているのだ。

 相手も切れ者の権力者だ。

 ここは、俺たちが使っている銃が欲しいとか、大砲が欲しいと言ってくるに違いない……。


「そこで相談なのだが」

 ほらきた。


「タケル殿を我がアルマーク家の騎士(シュヴァリエ)に任命したいと思うのだが受けてもらえるか」

「えっ?」


 ちょっと予想外のことを言われたので動揺してしまった。

 俺の顔色をどう感じたのか、伯爵は媚びるような笑みを浮かべてくる。


「うむもちろん、タケル殿の働きを思えば騎士(シュヴァリエ)どころか男爵にでもなっていただくべきなのだろうが、さすがにワシにはそこまで任じる権限がない」

「はあ、いやそれは」

「だが、騎士と言ってもだ。オナ村の方面を防衛していただくと共に、代官として村長の任命権も譲るので統治をお願いしたい。そうなれば実質的には領地を持つ男爵と変わらない。どうだろうか」

「はあ……」


 これはどうしたものか。

 まったく予想してなかった俺は、困ってライル先生の方に顔を向ける。

 先生を連れてきて良かった。


(お受けしたらいかがですか、新兵器だけくれと言われるよりは誠実な申し出だと思いますよ)


 ああそうか、そう言うことか。

 伯爵の言いたいことはこうだ。

 オナ村一帯を好きにしていいから、魔素の瘴穴から南下してくるモンスターを抑えて防衛してくれと。

 モンスターに襲われたばかりで、荒廃したオナ村も復興の手間が掛かるし、伯爵にとっても譲って損はないのだろう。

 となれば、これはまっとうな取引と言えるものだった。


「ダナバーン伯爵、お受けしましょう」

「おおぅ、やってくれるか!」


 こうして、俺はファンタジーでよく見かける、肩に剣を当てる儀式を受けて正式にアルマーク家の騎士となった。


「よしでは、タケル殿はこれからタケル・オナ・サワタリと名乗るが良い」

「いや、それはちょっと」


 オナを間に挟むのは、やめてくれ~。


     ※※※


 牧畜業が盛んなオナ村に新たな領地を得たおかげで、ビジネスの能率はさらに格段に進歩した。

 硝石作りの製造拠点として、前から利用していた地域なのだ。

 牧場が荒らされたおかげで、職にあぶれた村人に商会の仕事を斡旋できる。

 硝石作りに適した土は採取し放題。

 村の土地におおっぴらに硝石小屋を作り足すこともできる。


 一方で、エスト商会では石鹸の製造販売を継続しておこなう。

 余ったお金で、ロスゴー鉱山に銃と大砲の製造をさらに依頼する。


 モンスターの南下は十分に抑えられているが、万が一魔素の瘴穴からグレーターデーモンかドラゴンでも飛んできた日には、大砲はもっとたくさん要るはずだった。

 大砲を運ぶ台座になる馬車も、牧畜業のオナ村でなら手に入る。

 もちろんモンスター対策のつもりで、今は銃と大砲の効果を大々的に喧伝して売り物にする気はない。


 どうもダナバーン伯爵は、商業の振興は上手いが、軍事方面に疎い感じがする。

 なぜ商人をやってるはずの俺が領地の防衛計画を考えなければいけないのか分からないのだが、騎士を引き受けたからにはしょうがないだろう。


「人出が足りないな……」

「奴隷少女をもっと雇いましょうか」


 俺のつぶやきに、ライル先生が悪魔の囁きをしてくれる。

 新たに人を雇うことはもちろん考えた、奴隷も考慮にいれた。

 だが、なぜ奴隷少女限定なんですか先生。


 商会の仕事は、石鹸を作ったり硝石を作ったりするだけではない。

 ルイーズたちみたいに武器を持って戦うこともあるのに。

 奴隷少女兵ってアフリカじゃあるまいし。


「先生、奴隷といっても、子供に銃と大砲を持たせるのは気がひけるんです」

「鉱山行きで確実に死ぬよりは、良いのではないですか。銃なら、子供にも扱いやすいですし、見たところ大人より子供のほうがすぐ使い方を覚えるようです。しかも、大人の奴隷に比べて奴隷少女は捨て値で買えますから、頭数がすぐ揃いますよ」


「ううーん、なるほど。慈善事業ですか」

 黒いなあ先生も。


「ハハッ、立派な慈善事業です。こっちは王都と鉱山の間のルートを抑えているんですから、雇うならすぐ奴隷商人に話をつけて買ってきますよ」

「でもそれって、鉱山は困らないんですかね」


 たしか、鉱山では子供の奴隷は狭い穴を掘る消耗品だったはずだ。

 鉱山は、発破用の爆薬を買ってくれるお得意様でもあるのだ。

 ロスゴー鉄鉱山には、それだけでなく銃や大砲の製造を頼んでいる。


「気にする事無いですよ。その分、大人の奴隷鉱夫が働かされて死ぬだけです」

「……ですね、じゃあお願いします」


 子供が死ななくなったら、大人がその分だけ死ぬ。

 十分気になる話なんだが、本当にこの世界のどうしようもない部分なんだよな。

 発破用爆薬で効率化して、死ぬ人が少なくなるといいなと思うんだけど、望み薄だろうか。

 この世界の社会システムの非情さは、個人の力ではどうにもならないことなのだ。


「……というわけで、これから徐々に新しい仲間が増えるから」

「はい」


 すっかり俺の身長に近いぐらいにまで成長したシャロンに、新しく奴隷少女を雇っていくことを説明する。

 今日も店番をしながら商会の切り盛りをしている彼女は、他の娘の面倒を見るリーダーになっている。

 だからなにか新しいことがあるときは、彼女に話しておくのが一番いい。

 のだが……なんか不満そうな顔、というか耳だな。


 シャロンは、尻尾は服で隠れて見えないが、機嫌の良い時は獣耳がピンと立つのですぐ分かるのだ。

 普段は常に機嫌が良いので、耳が完全に隠れてしまっている今は、何かを憂えている感じだ。


「資金は十分にある、人が増えるのに合わせて商会の方も増築するし、住む場所も心配要らないよ」

「はい」


 あれ、これも違うのかシャロン。


「何か足りないものがあったり、生活に困ったことがあれば言って欲しいんだが」

「いえ、大丈夫です。お給金も十分にいただいてますから」


「そうだ、奴隷からの解放を望むなら、給金から払い戻して市民に戻ることもできるからね」

「みんな今の生活に満足しています。むしろ解放されると聞いたら、放り出されるのかと思って泣いて嫌がります」


 いや、奴隷から市民に戻しても、街に放り出すつもりはないんだ。

 仕事を覚えてくれた子はそのまま使いたいし。

 ふーむ、何が問題なんだろ。

 分からないからもうギブアップして、直接聞くことにした。


「もしかして、シャロンが個人的に何か、不満に思ってることがある?」

「あの一つだけ……。新しい子が入ってくるってことは、また身体を洗うんですよね」

「それはそうだな……」


 どうせ小汚い格好を強いられてるんだろうから、まず身体を綺麗にしないことには始まらない。

 お前たち奴隷だって、店の裏で定期的にお湯をたっぷりと焚いて、いまでも定期的に身体を洗ってやっているじゃないか。

 自分で勝手に洗ってくれるといいんだが、みんなまだ子供だしロールとか、わりと風呂を嫌がったりするからな。


「……ああ、そうだ、いっそのこと」


 増築するときに、大きな風呂を作ったらいいよな。

 いちいちライル先生に水魔法使わせるのも悪いから、井戸を掘って手押しポンプを作って。

 そういや、俺がこの世界に来た時、手押しポンプを作って儲けようと考えていたのだ。原理は簡単なので、先生に相談して作ってみるか。

 俺もたまにはゆっくり湯船に浸かりたいし、いちいちロスゴー温泉に入りにいくのも面倒だもんね。


「あの、ご主人様?」

「ああすまん、考え事してた。いっそのことお風呂を新しく作ろうかと思って」


「そうでなくて、ですね。何で、私だけが身体を洗ってもらえなくなったのか教えていただけませんでしょうか」

「いや、それはお前……」


 シャロンは、一人だけ身体のサイズが大きくなったからもういいかと。

 むしろ、子供たちを洗う側に回って欲しいぐらいなんだが?


 ああそうか、そう言うことか。


 彼女は、獣人の血で成長は早いけど中身はまだ他の子と変わらない。

 商家の出だけあって下位文字は書けるわ、単式簿記は覚えるわで、聡明すぎるから、つい大人と話してるつもりになってた。

 そりゃ自分だけ避けられたら、差別を受けてるような気になるよな。


「……私がなんでしょうか」

「ごめん、悪かったよ。次はシャロンも一緒に洗うようにするから」


 そんな泣きそうな顔しなくてもいいだろ。

 頭を撫でてやったら、ようやく柔らかいオレンジ色の髪からピョコンと獣耳が飛び出てきた。


「はい……」


 まあ、ちょっと身体が大きいので若干の……というか、かなりの不都合を感じるが、大きい子供だと思えば良いか。

 年齢的に考えれば、まだ大人に甘えたい盛りなのだろう。


「そうだ、ライル先生ならまったく問題ないから、シャロンを洗うのは先生に任せれば良いよね」


 と、後で言ったら、ライル先生とシャロン、両方の機嫌が悪化した。

 冗談のつもりだったんだけど、このネタは先生には禁句だったか……。

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