第11話「オナ村の奪還」
エストの街の広場は、着の身着のままで避難してきた人々でごった返している。
そりゃ、街も騒然となるはずだ。
災害かなにかでもあったのだろうか。
佐渡商会に入ると、苦り切った顔をしてるルイーズと兵士見習いシュザンヌとクローディアが出迎えてくれた。
うちの商会の戦士隊がモンスター討伐に出てないとは珍しい。
「何があったんだ」
「オナ村がモンスターの大部隊に襲われた。私達も街の衛兵や他の冒険者と一緒に迎撃に出たんだが、あまりの数に押し切られてしまった」
オナの村は、エストの街からすぐ北東。
のどかな牧場が広がる、二百人あまりの村人が住む集落だ。
王都方面で大発生したモンスターの余波が、ついにエストの街周辺まで雪崩れ込んできたってことなのか。
「それで、ルイーズたちに被害はなかったのか」
「ああ、大丈夫だ。ポーションもたくさん貰ってたしな。ただ、私達がいるのに傷ついた村人を逃がすのがやっとだった……」
ポーションで怪我は治っているが、ルイーズたちの戦闘でズタズタになった革の鎧を見れば、どれほど激しい戦いだったのかは予想がつく。
しかし、ルイーズはいつになく肩を落としているなあ。
オナ村にはうちの商会も行商に通っているし、牧畜業が盛んな村だから硝石作りの土を貰うのにも世話になっている。
店の前で、キャンプを張って身を寄せ合う村人たちにも見知った顔もいるし、俺は傷ついた人がいないか見に行くことにした。
「ルイーズ、怪我してる人に回復ポーションを使っていいか?」
「なんで、そんなことをいちいち聞くんだ。タケルの物なんだから、勝手に使えばいいだろ」
ルイーズはそう言うと思ってたよ。
素っ気ないけど、たぶんルイーズは自分の持分のポーションは、きっと全部怪我人の治療に使ってるよな。
オナ村はエスト伯領の領民だから、街の教会の治療師も出ているが怪我人が多くて手が回っていない。
おそらく、街の回復ポーションは全部売り切れてるだろうから、いま転売すれば高値で売れるんだろうなと思いつつ。
そういう邪念は押し殺して、怪我してる人に配ることにした。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」
(いま俺に感謝の言葉を投げかけた村の若者。俺のことを「いい人」だと思っただろうな。ククク……)
損して得取れだからね。
近隣の村人なんだから、ここで恩を売りまくっておけば、後々で大きな利益となって返ってくる。
(それにしても……)
せっかくエストの街に商会まで作ったのに。
モンスターどもに台なしにされるのを、手をこまねいてみているつもりはない。
これはいよいよ、剣ではなく銃の力が必要な事態になったなと。
俺は、一人静かに覚悟を決めた。
※※※
「なに、オナ村をモンスターから取り返してくれると?」
「ええ、あとできれば押し返して、近隣のモンスターの群れを根絶やしにして見せますよ」
ダナバーン伯爵の城で、俺は大見得を切ることにした。
さすがにホラ吹きだと思われたのか、伯爵は疑わしそうに俺のことを見る。
「もちろん、それをしてくれるならワシはとても助かるのだが……」
「新兵器を使いますからね、勝算はありますよ」
ロスゴー村のナタルから、銃と大砲の試作品が完成したとの連絡があった。
いまライル先生に取りに行ってもらっている。
この間に、ルイーズたちには、モンスターの群れの位置と規模を偵察してもらっている。
エストの街は、もともと常備軍の数が少ない。
そして、モンスター大発生の震源地が王都付近ときている。
王都の騎士団や兵団も、王国の直轄領と街道の防衛にかかりっきりになっていて、後背地のエスト伯領まで応援に来てくれる状況にはない。
「そうだった、タケル殿のところには不思議な新兵器があるのだったな。よろしい、特別討伐依頼をだそう。オナ村を救ってくれるなら白金貨十枚でどうだ」
「おお、これがプラチナコイン。噂には聞いてましたが、初めて見ました」
白金貨とは、希少なプラチナで作られた特別な貨幣で一枚で金貨十枚の価値がある。
つまり白金貨十枚なら、金貨百枚分。
ほとんど市場で出まわっていないので、貴族か大商人の取引でしか使われない。例えるなら十万円金貨みたいなもんだ。
赤いテーブルの上でキラキラと輝くプラチナコインを見て、思わず手を伸ばしたら引っ込まれてしまった。
「まだ、あげないぞ。村を襲ったモンスターを討伐できたらだから」
「はい、分かってます」
伯爵もこれだけの資金があるなら、もっと常備兵を増やすなり傭兵団でも雇えばいいんじゃないかなとも思うのだが。
もともとエスト伯領は、国境の紛争地域から程遠い平和な地域なので、緊急に雇おうにも雇えないのかもしれない。
武力を売る相手としては、ちょうどいいよなあ。
「さらに周辺のモンスターの群れを一掃して領地の平和を回復してくれるならば、金貨三百枚……いや、五百枚だそうぞ!」
「では、そういうことでよろしくお願いします」
俺は出されたコーヒーを飲み干すと、伯爵の城を後にした。
オナ村解放で、白金貨十枚。さらにモンスター討伐で金貨五百枚か。
豪気なダナバーン伯爵にしても、かなり大盤振る舞いした約束だが、きっと出来るわけないと思われてるんだろう。
俺もどこまで出来るかどうか分かんないぐらいなんだから、そう思われてもしょうがない。
どうせ攻めに出るついでで、稼ぎ時を最大限に活用したいだけなのだ。
※※※
ライル先生が銃と大砲一門を運んできてくれたので、佐渡商会で作戦会議を行った。
ルイーズたちの偵察によると、オナ村を襲って居座っているモンスターの群れは、武装したオーク百匹を中心にオーガやコボルトが百匹近く、合計二百匹の大部隊だそうだ。
ファンタジーでお馴染み、豚顔の人型モンスターであるオークはオーガやゴブリンよりも、きちんと武装して(武器だけでなく防具まで付けてる)知能も高いので、ちょっとした軍隊を相手にすると思わなければならない。
ちなみに、オークはあんな豚顔をして意外に社交的で、他の人型のモンスターと組んで大きな群れを構成するが、ワーウルフとだけは仲が悪く群れ同士がぶつかると殺し合うらしい。
ぜひ殺しあって欲しいが近くにワーウルフの群れは居ないとのこと。
オークは、人間の家畜が大好物なので、牧畜業が盛んなオナ村は家畜目当てで襲われたのだろうということだった。
対してこっちの戦力は、俺と魔法使いのライル先生とルイーズと奴隷少女十三人。
オナ村奪還に際して、難民となった村人から、若くて戦えそうな村人二十人が協力してくれることとなった。
これで合計三十六人、二百匹を相手にするには厳しい数である。
もちろん、通常ならの話だ。
こちらには、近代兵器がある。
ロスゴー村の鍛冶屋に製造してもらった銃は、構造が単純な火縄銃である。
紙薬莢は作れるので、弾込めは本当の古臭い火縄銃よりは容易。
エストの街の郊外で試し撃ちしてみると、村人は驚いて腰を抜かした。
まあ、慣れてもらうしかない。
味方が驚くぐらいなんだから、敵をビビらせるにはちょうどいい武器になるはず。
銃に慣れている俺はともかくとして、一番早く習熟したのはシャロンだった。
「反動はそれほどでもないだろ、引き金を引くときに射線をぶらせないように」
「こうですか」
バーンと大きな音がして、鉛玉が的に吸い込まれていく。
上手いもんだな。
他の奴隷少女たちも、慣れるとまともに前に向かって撃てるようになった。
やはり新しい技術に慣れるのは、若者が向いているのだ。
「有効性は分かるが、私は弓のほうがいいな」
「まあ、ルイーズは他の武器で戦う方がいいかもね」
ルイーズは銃を試し撃ちして渋い顔をしていた。
もちろんルイーズも、まともに銃は扱える。
ただ、すでに手投げナイフや小弓の扱いに熟練しているルイーズからしたら、銃はさほど使える武器には見えないのだろう。
素人が撃ってもそれなりに使えるというのが、弓に対して銃の利点といえる。
幌馬車で、オーク大隊に占拠されているオナ村が一望できる丘まで移動して、奇襲ついでに大砲の試し撃ちを行うことにした。
「みんな大砲撃つときは、耳を押さえてろよ」
構造は大きいだけで、火縄銃とそう変わらないが火薬が爆発力の強い黒色火薬なので爆音が激しすぎた。
ドッカーーンと凄まじい轟音がして、大きな鉄の弾があさっての方向に飛んでいく。
地面が揺れて、固定してる石の台座が土にめり込んでいた。
上手く命中すれば、威力がありそうだけどな。
まったく命中していないのに、丘から見下ろすオナ村に陣取っているモンスターの群れは大混乱に陥っていた。
もう一発行ってみるか。
「大砲の角度をもう少し下に修正して、心持ち左に動かしてくれ」
ロールがモップで大砲の中を掃除しているあいだ、俺の指示で革の手袋を嵌めたシャロンたちが必死に大砲を動かしている。
「よし、そんなもんだろ。弾込めしてくれ、二発目を撃つぞ」
「できましたー」
ロールが棒で火薬と弾を装填して避難したのを見届けると、二発目を撃つ。
「おおー、命中」
「やりましたー」
村の建物からわらわらと出てきていたオークたちの、ど真ん中に炸裂した。
さっきより混乱が少ない、オークたちは逃げるのも忘れて茫然自失になっているのかもしれない。
丘の上から攻撃してるこっちに、なぜか気がついた様子もない。
大砲の概念がわからないから、いきなり爆音がして味方が一瞬で消えたみたいに見えるのかもな。
「よし、この当たりの角度でどんどん撃とう」
「あいあいさー」
普段から火薬を扱ってるロールが恐れずにどんどん弾込めしてくれるので、石の台座がひび割れて砲身が焼け付くまで村に向かって連発した。
結果……見えない角度から飛来する死の砲弾に、恐慌を起こしたオークの群れは、散り散りに村から逃亡して居なくなった。
「鉄砲を練習した意味ありませんでしたね」
ライル先生に、少し呆れたように言われてしまった。
ちょっと
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