第10話「新社屋の完成」

 王都でモンスター増殖の噂を聞いて。

 前衛職のルイーズもいない状況で、ついに俺の出番があるかと。

 密かに戦えるよう訓練している鉄剣を握りしめていたが、エストへの街道を幌馬車で移動する間、全くそんな機会はなかった。

 他の商人の馬車も普通に行き交ってるし、増えてるのはエストより向こうの王都方面だけなのだろう。


「ご主人様おかえりなさいませ」

 佐渡商会(仮店舗)の店番をしているシャロンが笑顔で出迎えてくれた。


「あれ、シャロンちょっと背が高くなった?」

「はい、ご主人様のご命令どおり、ご飯をたくさん頂いておりますので」


 獣人という一般的なファンタジーの粗野なイメージに反して、シャロンは頭がいい。

 最初は遠慮していたが、食費がかかっても早く成長するのが先行投資だと言う俺の言葉をすぐ理解してたくさん食べるようになった。

 帳簿も彼女が付けているのでチェックすると、モンスター石鹸が出来たなりに全部売り切れてしっかり黒字だった。


 モンスター石鹸は本当に、作ったら作っただけ売れるようだ。

 街の需要量より、たくさん売れている。


「あのご主人様、もしかしたら石鹸は転売されてるのではないでしょうか」

「それはそうだろうね」


 おそらく銀貨一枚って値付けが安すぎて、転売されているのだ。

 俺も、それは薄々気がついている。


 でも、構わないと思っている。

 俺のささやかな商会には、まだ他所の街まで売りに行く販路がない。

 だから、他の商会が他所の街まで運んで売ってくれるのはむしろありがたい。


 石鹸は消耗品だ。

 他所の商会が転売して、他所の街に価格上乗せして売っているのなら価格競争には絶対勝てる。

 いずれ銀貨一枚でうちの商会が売りに行けば、他の商会が転売で掘り起こした需要をごっそりと頂ける寸法だ。


 怖いのはコピー商品を作られることで、特許のないこの時代には、いずれは真似を試みる商会が出てくるだろう。

 転売で適度に他の商会を儲けさせておくのは、その時期を遅らせることになるのではないかとも考えるのだ。


「さすがご主人様です、そこまで深い考えがおありになるとは気が付きませんでした」

「転売に気がついて、俺に指摘できるシャロンも賢いよ」


 シャロンの明るいオレンジ色の髪を撫でて、良し良しと褒めておく。

 外見は普通の人間の頭髪に見えるんだけど、撫でてみると確かに長毛種の犬の背を撫でてるような、サラっとした手触り。

 シャロンが気持ちよさそうにしてるので調子に乗って撫で回すと、ぴょこんと犬耳が飛び出してきた。

 面白いもんだな。


 ルイーズたち戦士隊は、まだ狩りに出ているようだ。

 仮店舗の天幕の中でやっている石鹸作りも確認する。

 特にこのあたりのモンスターの油分で石鹸が出来にくいってわけではなく、製造の成功率は上がってきている。

 あと余った皮が何かに使えれば完璧なのだが、これは使い道が思い浮かばない。

 そのまま革細工師にでも売りつけるしかないようだ。


 ハーフニンフのヴィオラが、野山で採取して取り置いてある薬草類を確認するライル先生と別れて、俺は街の外でロールが黙々とやっている硝石作りを見に行った。


「ごしゅじんさま、きょうはこれだけできました」

「うん、ごくろうさま」


 煮立った大鍋に動物の糞が混じったような土を入れると、これがまた結構な悪臭がするのだ。

 だからこの作業はさすがに店の中ではできない。

 ロールが差し出す布袋のなかに、細長く結晶化した白っぽい硝石がたくさん詰まっていた。


「おおー、よく出来たな。何かご褒美をやろうか」

「えっと、その……ごしゅじんさまにほめていただければ、じゅうぶんです」


 なかなか殊勝なことを言ってくれる。

 頭を撫でてあげて、ダナバーン伯爵のところからくすねてきた貴重な砂糖菓子と、ちょっと塩味のキツいナッツをあげたら美味しそうに食べていた。

 きつい肉体労働だから、栄養補給にこういうのがいいだろう。

 火薬の原料を作るロールには、特別だ。

 稼ぎ頭には、それなりに優遇しないといけない。


「おいしいです」

「そうか、まあ味はそこそこだよな」


 ロールは喜んでるけど、俺的にはやたら甘いとか塩辛いだけで、イマイチな味なんだよな。

 ファンタジー世界の乏しい材料でも、もうちょっと美味い菓子を作れないこともないように思う。


 ロールと商会に帰宅する途中で、ちょうど狩りから帰ったルイーズと兵士の子二人に出会った。

 たしかシュザンヌと、クローディアだったか。シュザンヌは鉄の槍、クローディアは小弓とショートソードを装備している。

 ルイーズが前衛にでて、まだ若く経験の浅い二人にはなるべく遠距離から攻撃させて怪我をさせないようにという工夫なのだろう。


 その戦士三人の後には、非戦闘員であるヴォオラが籠いっぱいに、拾い集めた薬草や枯れ木を入れて担いで続く。

 薬草もそうだが、不足しがちな木材はたとえ木切れであっても買うと結構するのでヴィオラがしてるのも地味に重要な仕事だ。


 それにしても、またモンスターをたくさん狩ったらしく、シュザンヌもクローディアも背中に山盛りになった毛皮を担いでいた。

 そして、ルイーズは凄く嬉しそうに何かが煮こんである大鍋を器用に担いでいた。


「ルイーズさん、それは……」

「みんなの今日の夕飯だ、今日は新鮮なワーウルフがたくさん採れたぞ」


 あーやっぱり、モンスターの内蔵シチューかあ。

 ルイーズの感覚だと、モンスターは採取できるものらしい。

 人狼ワーウルフってたしか、結構強いモンスターじゃなかったっけ……。


 うーん、内臓料理も不味くはないんだけど、成長期に栄養が偏らないように、野菜も摂るようにみんなに言っておかないと。


     ※※※


 夜、焚き火にかけた大鍋を囲みながら食事をしているルイーズに、モンスター活性化の噂について聞いてみた。


「確かに、そういう傾向はある……」


 あれ、そう言ったっきり黙ってしまった。

 焚き木の明かりを見つめて黙考してしまっている。

 口数が少ないのはルイーズっぽいけど、なんか反応がいつもと違うような。


「あのルイーズさん?」

「ああ、すまん。……そうだな、エストの街の郊外でも、討伐依頼は増加してる。昨日も街の郊外で商隊が襲われて、ギルドの依頼で討伐に協力してきた。街道も、王都に向けての道はかなり危険になってきてる」


「原因は何なのですかね」

「……」


 ルイーズは、また黙りこんでしまった。


「王都の外れにある『魔素の瘴穴』まそのしょうけつの蓋が開いているせいですよね」


 そこに、ライル先生が口を挟む。


「その『魔素の瘴穴』ってダンジョンみたいなもんですか」

「迷宮ってほどの規模ではないんですが、なんと説明したらいいかな」


 これは一応、国民に不安を招かないよう、王国の機密になってるので内緒ですが、と付け加えて、先生は詳しく説明してくれる。


「かつて、この国の英雄が封印した魔素が漏れだす瘴穴しょうけつが、何らかの理由で開いてしまったんですよ。モンスターは魔族の類ですから、魔素を浴びると活性化してしまいます」

「じゃあ、そのダンジョンの蓋を閉めればいいんじゃないですか」


 俺がそう言うと「バカなことを言うな!」とルイーズに怒られてしまった。

 えっと、そんなに怒られるようなことを言ったかな。

 ルイーズは、自分が怒鳴ってしまったことに驚いたような顔をしてすぐ謝った。


「すまん……、あの穴は王国騎士団の討伐隊が行っても封印に失敗したぐらいなんだ。あそこまで強力な魔素が出ている状態で、冒険者が行っても、入り口に近づく前に強化された魔物にやられてしまうだろう」


 そんな状況なのか。

 じゃあ、俺にどうこうできるものじゃないなとすぐ諦めた。


 うちで一番強いルイーズが何ともならんものを、俺がどうこうできるわけもない。

 今んとこ、こっちの街道は安全だし、困ってはいないのだ。


 ちなみに『魔素の瘴穴』周辺の街や村は大量発生したモンスターの群れによって壊滅してしまったそうで。

 街道や王都にまでなだれ込もうとする敵を、騎士団や兵団が抑えようと必死に戦い続けてるらしい。

 ちょっとした戦争が起こってるんだな。


 ファンタジーなんだから、どうせそのうち勇者か英雄か知らないけどそういうのが出てきて見事に封印してくれるだろう。

 俺は残念ながら、そういうのに成れるという思い上がりはもう持っていない。


 時間があるなら今後の商売や、商会の新しい建物を作る計画でも相談したほうが有意義というものだった。


   ※※※


 さらに、エストの街で商売を続けること一ヶ月。

 ついに、佐渡商会の新社屋が完成した。

 最初は木造で作るつもりだったのだが、シレジエ王国は木材の価格が高い。それじゃあいっそと、もう少し金をかけてレンガ造りのしっかりした社屋を建てたのだ。

 二階建ての小さな社屋で、商店と奥の倉庫と二階に取った住居スペースのみ。

 店の後ろに広がる石鹸作りの作業場は、まだ天幕を張っているだけの状態だ。

 いずれもっと金ができれば増築していきたいと思うが、今のところはこれで十分だろう。


 石鹸作りに加えて硝石の製造が軌道に乗ったので、発破用の爆弾もイエ山脈に点在する国家鉱山に売りつけることができて、かなりの儲けになった。

 イエ山脈エスト地方に点在する鉱山は、鉄鉱山の村が多かったが、炭鉱に銅鉱や錫鉱、銀鉱山まであって、爆弾を納入するついでに、様々な鉱物製品を仕入れて商売の勉強になる。


 RPGだと、銅や錫は鉄より弱い金属とされているが、むしろポピュラーな鉄よりも貴重で価格が高い。銀食器には負けるが、青銅や錫の食器も実用的にだけでなく美術的に価値のある物が多い。

 さすがに貨幣にも使われる銀鉱山は、厳重に管理されているのか。

 詰所には兵士も多くて出入りの警戒が物々しかった。

 造幣局もあるんだから当たり前か。


 あと変わったところでは、魔宝石の鉱山なんてのもあった。

 魔宝石は、霊山でもあるイエ山に長い年月をかけてマナ(魔法の力の総称、魔族の使う邪悪な魔素から精霊魔法、神聖魔法、四元素の魔法まで様々)が結晶化したもので、力の性質に合わせて透明度の高い赤や青の宝石だ。

 俺は宝石には詳しくないが、ルビーやサファイアみたいに見える。

 実用品だが、宝石の類として見ても価値が高い。銀鉱山と一緒で、ここもかなり厳重な警備がされていて盗掘を防いでいた。


「この魔宝石を使えば、俺も魔法が使えるようになるわけですか」

「タケル殿の場合は、まったく魔法の素養がありませんからね。それでも、適した魔宝石と魔道具を組み合わせれば使うことができます」


 魔宝石鉱山の村には、魔宝石のショップがある。

 チャッカマン替わりに便利に使っていた『炎球の杖』の魔力が切れかけていたので、フルチャージされている魔宝石を店で入れ替えて貰う。

 この『炎球の杖』はフルチャージで、最大出力のファイヤーボールで五回、通常出力で十回程度撃てるのが目安。


 普通の魔宝石は、一番安くても銀貨五枚もする。


「つまり、魔法一回に銀一枚使うコストになるわけか」

「考えたこともありませんでしたが、そう考えると魔法の金銭価値は高いですね」


 ライル先生は中級魔術師で、本当にささっと魔法を使ってみせるが、一晩寝ただけで回復するマナの総量を考えると、一日に金貨数枚分に相当することになる。

 魔術師というものが、初級で単一系の魔法しか使えなくても、特別な人と扱われている意味が分かろうと言うものだ。


 あと、初歩の水魔法が使える『水流のリング』を束にして買っておくことにする。

 空気中から水分子を集めて、水流を出せるだけの魔道具だが、これもまとめて買って値切っても、一個で銀五枚。


「そんなものをたくさん買って、何に使うんですか」

「商会のトイレ用に使おうかと思って」

「そうですか……」


 魔術師のライル先生には分からないだろうが、トイレのウォシュレットは俺たちには切実な問題だ。

 石鹸と合わせて手洗いにも使えば、衛生問題の改善に大いに役に立ってくれるだろう。

 爆弾がよく売れるので資金的に今は余裕がある。


「ライル先生も、何か欲しいものがあったら」

「じゃあ緊急用に魔宝石をいくつか貰ってもいいですか」


 ライル先生が欲しがったのは、質の良いものだ。いくつか選んだ高級な魔宝石は、通常の魔宝石より格段に力が篭っている。

 素人目に見ても輝きが違う。

 通常の三倍どころか、五倍、六倍の魔法力が宿っていてマナ切れに備えて、お守りがわりに魔術師が持ち歩くことが多いのだとか。

 値段は一つで金貨三枚とか、五枚とか、かなり値が張る。

 しかし、緊急用と考えれば高くない。

 ものはついでだ、これも普通の魔宝石とセットに一緒にたくさん買っておけ。


「ええっと、欲しいといったのは私ですけど、そんなに買ったら今回の売上を全部使ってしまうんじゃないですか」

「構いません、ここが産地なんだからここより安いところはないはずです」


 俺だって、各地の相場は調べて取引している。

 たくさん買いすぎて在庫が余っても、エストの街で売って損はしない品なのだ。

 まあ、金に困ってこれを売り払うような資金ショートは起こさないつもりだが。


「ところで、回復魔法の魔道具とかはないんですかね」

「ないことはないですが、神聖魔法は教会の管轄になります。下級の回復魔道具を探せばあるかもしれませんが、ポーション飲むのと変わりませんよ」


 なるほど、回復系魔法の魔道具をお店で見かけないわけだ。

 魔術方面で万能型に近いライル先生も、回復魔法は使えない。

 採取した薬草だけでは心もとないので、今でも行商の合間に相場の安いところを見計らって、回復ポーションを買い足して溜め込んではいる。

 何をするにしろ、金はいくらあっても足りないので商売に励むしかないね。


    ※※※


 イエ山脈のエスト伯領をぐるりと巡る行商を終えて、エストの街に戻った。


「ようやくもどってきたなあ」

「……少し街の様子がおかしいですね」


 エストの街に入ると、ライル先生の言うように街が騒然としている。

 門を守る衛兵の顔も険しく、慌ただしい雰囲気が漂ってる。


「早く商会に戻りましょう」

「ですね」


 佐渡商会は、街の広場のすぐ近くだ。

 エストの商業の中心地であり、いつも賑やかな街の広場の前まで来て驚いた。

 いつも賑やかな市場とはいえ、今日はあまりにも多くの人がごった返している。

 しかし、まったくお祭りのような雰囲気ではない。

 俺たちが見たのは、広場にキャンプを張って身を寄せ合う、傷ついた難民の群れだった。

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