第9話「ロスゴー村の休日」
「やはり、火薬をもっと作って売るしかない」
石鹸だけでは、奴隷少女たちを住まわせる商会が出来るまでどれほどの年月がかかるかわからない。
石鹸よりも手間も労力もかかるが、より資金調達が期待できる火薬の製造を増やすべきとの結論に達した。
とりあえず野宿からは多少改善されたが、テント暮らしも長くなるときつすぎる。
早くしっかりした床と屋根のある商店を建てたい。
幸いなことに、発破用爆薬の需要はそこそこあるようで、ゴスロー鉄鉱山のナタルから新しい注文が入っているし、ダナバーン伯爵も爆竹やかんしゃく玉を少し買いたいと言ってくれた。
たぶん伯爵の方は、俺が金策に血眼になっているのを見ての同情だろうけど。
まあとにもかくにも火薬を作りたいとなれば、ネックになるのは硝石作りである。
もっと硝石を、もっと動物の糞が発酵した土を!
エストの街周辺でモンスター討伐依頼をこなしまくって材料調達と日銭稼ぎを兼ねてくれているルイーズと、兵士見習いシュザンヌとクローディア(と、そのあとについて薬草を採取してるヴィオラ)は別として。
石鹸作り班から、新しく硝石作り班を選抜しなければならない。
「ごしゅじんさま、あたしやります」
「ロールか。硝石づくりは、石鹸と違ってかなり辛いぞ」
硝石を作るのは、簡単と言える。
日の当たらない床下や穴蔵の土、さらに適している家畜の糞が熟成した家畜小屋の土を採取してきて、それを炭酸カリウム(はい、石鹸作りでもお馴染みの灰汁のことです)と一緒に煮て、濃縮して結晶にして、またそれを溶かして煮て硝石を結晶化させる。
しかし、そう言うのは簡単だが、実際の作業はめっちゃ大変。
大量の土を運んで、水に混ぜて煮るってのがどれほど重労働か。
若い女の子には、ちょっとキツすぎる労働だ。
しかも、将来の枯渇に備えて、人糞や動物の糞を集めて硝石小屋を建てる仕事まで平行してやらないといけない。
臭い、汚い、キツすぎる、のサンケーだ。
「はなしきいてたら、できます」
「うーんじゃあ、教えてみるから頼むよ」
赤銅色の髪に褐色の肌をしているロールは、鉱夫の子供だ。
他の子より背が低くて、耳が尖ってる彼女はドワーフ(黒妖精)である。
女ドワーフは、男に比べると体力的に劣ると聞くが、このメンバーの中で適性があるとすれば彼女しかいないのかもしれない。
一緒に適した土を採取する作業から、ひと通り硝石作りのコツを教えていて分かったのだが、ロールは機転は利かないが人一倍寡黙にコツコツと作業をこなす。
上手く行っても、ダメでも、脇目もふらず作業に没頭するタイプなので、根気のいる硝石作りには向いているかもしれない。
引き続きロールが硝石を生産できるラインを作ってあげて、続きの作業を任せてみる。
上手くできたら褒めてやるし、ダメでも怒ったりはしない。
硝石作りはロールに任せて、俺はライル先生と一緒に、いったんロスゴー村に戻ることにした。
幌馬車に作り立ての硝石と、村で不足してる品(布、塩、雑貨など)を積んで一日の旅路だ。
商会が奴隷少女たちだけになるのは心配だが、ルイーズが留守を守ってくれるそうなのでお願いすることにした。
※※※
ロスゴー村につくと、商品を雑貨屋に降ろして幌馬車をロッド家に向けた。
なんだかすっかり懐かしくなった農園の前まで馬を回すと、金髪の少女が家の前で出迎えてくれたので、さっそく謝る。
「ごめんね、サラちゃん。長いこと馬を借りっぱなしで。リース料は、後で多めに払うから」
「別に馬は良いの、うちは農繁期以外使わないし、餌代が助かるぐらいだもの。それより私の先生を借りっぱなしなことをタケルに謝ってほしいわねー」
そう言ってサラちゃんは、ニンマリ笑っている。
驚いたことに、ライル先生もサラちゃんからの借り物だったのか。
まあ、もともとサラちゃんの先生だもんな。取ってしまったことになるなら悪いなとは思うけど。
いま、先生は村役場で留守の間に溜まった書類整理に追われていると思うが。
「タケルが先生を連れてっちゃうから、私の文字の勉強が進まないのよ」
「なるほど、では宿題をたくさん出しておきましょうね」
「あっ、ライル先生」
「ゲッ」
涼やかな声に振り向くと、村で別れたライル先生がすぐ追いかけてきていた。
「先生、書類の整理は終わったんですか」
「処理して王都に発送するのに、五分もかかりませんでしたよ。何のために私が居るのか分からなくなりますね」
そういうと、有能すぎるライル書記官は、ちょっと寂しそうな顔をした。
村勤務って、言ってしまえば左遷みたいなもんだもんね。
「でも、サラちゃんが向学心に燃えているとは知りませんでした。教師として私も鼻が高いですね。たっぷりと宿題を出しておきましょう」
「うあー助けてー」
サラちゃんはダッシュで家の中に逃げていってしまった。
やっぱり、まだ子供だなあ。
なんだか、ここにくると和むわー。
農園で働いてるときは辛かったが、みんな忙しいエストの街に比べると、農村はのどかだ。
いまはちょっとここで休んでいきたい気分だった。
さて、休んでる場合じゃない。
硫黄を採取しにいってから、爆薬を作って鉱山に納品しなければ。
いろいろと、俺も忙しくなったものだ。
※※※
「いやー、お前の爆薬は良いな。すごく捗るぞ」
久しぶりに会ったロスゴーの鉱山代官、ナタルの第一声がこれだ。
運んできた硝石で爆薬を作って持って行くと、あるだけ全部くれとシレジエ金貨が詰まったの袋を渡された。
また現場に出ていたのか、半裸で相変わらず筋肉ムキムキだった。
ずっと半裸で過ごしてるんじゃないだろうな。
「これなら鉱夫の手では割れない、硬い岩盤も吹き飛ばせるから。上級魔法使いをわざわざ招聘して、打ち抜いてもらう手間を考えれば金貨一枚でも安い」
使い方をいろいろと工夫してくれたらしく、ナタルが実地で指導して有用性の高い使い方を編み出してくれたそうだ。
「他の鉱山の技師連中にも実演して見せてやったんだが、みんな使ってみたいって言ってる」
「そうですか、それは嬉しいですね」
ナタルが口利きするから、他の鉱山にも売り込んでみないかというありがたい話だった。
商会立ち上げで、資金がどんだけでも入用なこっちとしては助かる。
「あとイエ山脈に沿って国家鉱山に爆薬を売り歩くなら危険はないが、王都の方へ行くなら街道でも十分に気をつけろよ」
帰り際に、ナタルにそんな忠告をされた。
特に王都に行く用事はないが、少し気になる話だ。
「どうしてですか?」
「どうもまた、王都方面のモンスターの群れが活性化しているらしいんだ。行商人の間でも危ないって評判になってる」
「ああ、なんかそういや王都側は物騒だとか聞いたことあるような」
「王国の騎士団ですら領地を守るのに苦戦している。行商のキャラバンが潰れるだけならまだ分かるが、それを狙う街道沿いの盗賊団まで、モンスターの波で壊滅したって噂だから今回は本気で脅威だな」
行商人を狙う盗賊が潰れるのはいい話だと思うが、モンスター活性化は怖いね。
原因は何なのだろうな、ちょっと気にかかる。
セオリーでいくと、環境破壊か何かかねえ。
当面、安全なエスト伯領を出るつもりはないので関係ない話ではあるが……。
そう考えて、一つ思い出したことがあった。
「ライル先生、エストの街近くで壊滅した奴隷商人を襲ったモンスターの群れって」
「そうですね、王都郊外で異常繁殖で発生したものを、ずっと引っ張ってきてしまったんでしょうね。直接は関係なくても、注意しないといけません」
ライル先生も、ちょっと考え込んでいるようだった。
商売で生計を立てるにしても、戦闘力の強化はやっぱり必要になってくるのか。
やっぱりここは厳しい世界だなと思う。
しかし、俺もだいぶたくましくなったので、困っている人が居ると言うことは金になるってことだとも気がつける。
狩れる程度の数なら、モンスターはむしろ資源と見ることもできる。
「そうだ、こんなのを作ってみたいんですが、こっちの鍛冶屋で作れますかね」
戦闘力の強化と考えて、思いついて書きためていた設計図をいくつかナタルに見せることにした。
火薬と爆薬が出来たとなればすぐに思いつく、鉄砲と大砲である。
俺の世界で戦争の被害を拡大させたこの技術を、安易にファンタジー世界に持ち込むのは少し迷った。
だが、魔法力のない俺のような人間が化物から身を守るために、やはり強力な飛び道具が欲しい。
「なんだこりゃ、鉄の棒の中に穴を開けてるのか……」
「鉄の穴の中で火薬を爆発させて、その勢いでまっすぐ鉛の玉を射出するんです」
「うーん、なんでそんなまどろっこしいことをするんだ」
爆薬があるなら、敵に直接それをぶつければいいじゃないかと言うのだ。
ナタルはただの技師だから、鉄砲や大砲の威力を想像できないらしい。
まあ、俺も現物の威力を見てなくて、歴史を学んでなければ同じような発想をしたかもしれないな。
「例えばですよ、投石機ってこの世界にもあるでしょ。大砲だとあれよりはるかに長い距離を大きな鉄の玉が飛ぶんです。そうするとどうなりますか」
「そう聞いても、よくわからん。費用さえ払ってくれるなら、この形の筒と玉を鍛冶屋に作らせてみてもかまわないが、見たことも聞いたこともないし、ちょっと……いや、かなり時間かかるぞ」
ナタルは分からなかったようだが、隣で聞いていたライル先生が真っ青な顔になって、俺の描いた設計図を奪い取って食い入るように見ていた。
さすがチートキャラ疑惑のあるライル先生は、すぐ理解してくれたか。
「ダコール代官殿! 製造はお願いしますが、これはくれぐれも極秘にしてください」
「お、おう。いいけどよ、ラエルティオス書記官ってこんな人だったっけ?」
俺に聞かれても困るよ。
ナタルは、血相変えたライル先生という珍しいものを見てびっくりしたようだった。
珍しく険しい顔のライル先生は、なおも俺の稚拙な設計図を見つめながら、「これができたら戦術の概念が変わる……」などと呟いている。
分かってくれて嬉しいけど。
いくらなんでもこの世界の人間にしては、先生の察しが良すぎて引く。
※※※
商売も終えて、ロッド家まで行ってくつろぐ。
金ができたから、馬代も多めに払っておいてあげよう。
なんだったら買い取ってもいいぜ。
「馬のことはどうでもいいんだけど、あんた、いつまで居るつもりなの」
「ありゃ、お邪魔だったかな」
サラちゃんにそう言われて、ちょっとショック。
家族同然だと思ってたのに、俺やっぱりいらない従業員だったんだね。
「ちがっ……、そうじゃなくて、いつまでこっちにいられるのかってこと」
「まあ少ししたらエストの商会も心配だし、帰ろうと思うけどね」
「ふうん、そうなんだ……」
なんか、サラちゃんご機嫌ナナメっぽいかな。
まあ、ライル先生を俺の好き勝手で連れ回しちゃってるしなあ。
「ああそうだ、これサラちゃんのお土産にこれを買ってきたんだよ。良かったら着てみて」
「まあ、エストの街の服は素敵ね。タケルにしては気が利くじゃない」
エストの街で売っていた赤いエプロンドレス(子供用)だ。
サラちゃんにも似合うだろうと思って、余分に買っておいたのだ。
先を考えると、硝石小屋の土地と材料を確保するのに、家畜を飼っている農家の協力が必要になる。
こうして、ご機嫌を取っておくのも将来のための投資なのだ。
「あと、コーヒーって飲み物もちょっと持ってきたんだけど」
「なにこれ苦っ、これはいらない」
飲ましてみたら案の定、嫌がった。
うはは、しょうがない。まだ子供だからな。
俺も小さい頃は、なんだこの苦い飲み物と思っていた。
ミルクや砂糖入れまくって飲んでたのが、いつの間にかブラックのほうがよくなってしまったんだよね。
「王都ではカフェが流行ってて、貴族はみんな飲んでるらしいけどね」
「えーっ、そうなんだ」
そう聞くと、サラちゃんは現金なもので、何とかがんばって飲もうとする。
「コーヒーに、砂糖とミルクを入れて飲めばどうかな」
「まあミルクとお砂糖をたくさん入れれば飲めないことも……でも苦いー」
サラちゃんも子供なりに都会への憧れがあるのか。
カフェオレにすることを教えてあげて、それでも苦そうに飲んでいた。
「そうだタケル、久しぶりに温泉行く?」
「あー、いいねえ」
疲労回復には、やっぱりそれが一番いいのかもしれない。
まあ、スコップで温泉を掘るのはどうせ俺の仕事になるわけだが……。
サラちゃんと温泉に浸かって、前から気になってたことを聞いてみることにした。
「ねえ、肌着って付けないの?」
「そんなのこの村で付けてる人いないわよ」
いやいや、そりゃないだろう。
子供だからまだ付けなくていいってことなんだろうか。
女性は下着がないと、いろいろと困るはずなんだが。
まあ、お土産にしたドレスが好評だったようだし、次に来るときにサラちゃんに下着も一緒に買っておくかと思った。
温泉でたっぷりと英気を養ったらそろそろ出発だ。
ざっとロスゴー村の雑貨屋と道具屋を見て回って、次に来た時に何を仕入れるか計算しておく。
どうも、全体的に価格が高く品薄だ。王都への街道がモンスター増殖で流通が滞っているのが原因かもしれない。
おかげで運んできた荷は高く売れたが、相場の乱れは少し気になるところだ。
ロスゴー村から仕入れて、幌馬車で運ぶのはやっぱり鉄製品。
あと火薬の原料に、温泉から硫黄を大量に採取して積んでおく。
また、俺とライル先生は一路エストの街へと向かう。
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