第8話「商会立ち上げに悪戦苦闘」
「うーん、朝かあ……」
地平線の向こう側から、赤い朝日が登ってくる。
小さな焚き木を囲んで、十三人の奴隷の子供が円をかくように丸くなって眠っている。
昨日は、まさか自分たちだけ宿に戻るわけにも行かず野営してしまった。
野宿ってのも、キャンプみたいで俺は楽しかったのだが、こんなことをしていては身体が持たない。
今日は幸い晴れていたが、雨にでも降られたらたまったものではない。
朝の稽古なのか、俺よりも早く起きてサーベルを振るっていたルイーズと一緒に、追加の肉を放り込んでスープを温め直した。
朝食が出来たよと子供たちを起こすと、みんなまたガツガツと盛んな食欲を見せた。それでいい、喰わないと仕事にならないからな。
食べる子供たちを見ながら、食事に寝床の確保が最優先だと思う。
俺は、奴隷たちにモンスター石鹸の作り方を教えよう。
とにかく何をするにも金がいるため、稼ぐことを考えなくてはいけない。
奴隷少女たちは、石鹸の製造に慣れてない。
教えこむのに根気がいるし、失敗率は高い。
だが、失敗してできる洗剤も無駄にはならない。それに手数が多いと、作業は段違いに捗る。
何で俺は、早く人を雇わなかったんだろうかと悔やまれる。
ルイーズは、兵士の子二人を連れてモンスターを狩りだして石鹸の原料と食料を取ってきてくれる。
ライル先生は、ルイーズたちの後を花売りの娘を連れて歩き、調理にも使えて灰汁の材料になる焚き木、薬草、食べられる野草をかき集めてきてくれた。
石鹸は、作り始めてからできるのに最低でも二週間はかかる。
出来の良いものを作るには、もう少し寝かせて乾燥させて置きたいが、早く稼ぎたいと気がせいている。
申し訳ないが、今はルイーズたちが稼いできてくれるモンスター討伐による収入が頼りだ。
何だか周りに助けてもらったり、借りてばかりで申し訳ないのだが、商売ってこういうものなのだろうか。
ルイーズは、何も言わず稼ぎを全額渡してくれるのでこっちが申し訳ない。
「ロッド家に、荷馬の借り賃もあるしなあ……」
商売が軌道に乗ったら、みんな十倍にして恩を返すと決意して、日用品を買い込んだ。
これらは必要な初期投資だ。
「みんな集まれー!」
仕事終わりに俺は、奴隷少女たちに集合をかける。
まず、身体を洗ってやることにする。
この汚らしい身なりじゃ、売り子もできない。
と言っても他にも金が入用で、全員を宿屋の風呂に入れる予算がない。
街の郊外の荒地に天幕を張って、そこで身だしなみを整えさせることにした。
「先生お願いします」
「アハハッ、人使いが荒いですね。はい、お水!」
魔法は「水」で大気中から水を取り出せるんだから、便利なもんだ。
これじゃ水道は発達しないよなあ。
大鍋に出してもらった水を焚き火で温めてから、ルイーズが木桶にお湯をくむ。
湯気の立つお湯を使って、俺やライル先生が手分けして子供たちを洗うことにした。
「ほら脱いで、髪から洗うから」
「あのご主人様、これは、貴重な売り物なんじゃ……」
俺が石鹸を泡立てると、奴隷の娘に遠慮されてしまった。
何だか子供らしくない慎み深さだ。
「遠慮するな、身だしなみを整えて、綺麗にしなきゃ商売できないだろ?」
「そうですね、すみません……高いものを、ありがとうございます」
この琥珀色の瞳をした奴隷は、最初に俺の商売を手伝うと言ってくれた娘だ。
商家出身の子供だと言っていたから、商売をやるのには役立ってくれるかもしれない。
変に恐縮されるのは困るが、使い潰す石鹸の商品価値を理解してくれている聡明さは、先々が期待できる。
せいぜい恩に感じて稼いでくれよと、俺は邪念を込めて彼女の髪を綺麗に洗った。
ボディーソープ派だった俺は、石鹸なんて見たことはあっても使ったことがなかったのだが、この世界に来て使って見ると意外に泡立ちが良くて驚いたりする。
まあ天然素材だからなのかもしれない。
材料は、モンスターだけど……。
石鹸の泡で髪を洗っていくと、奴隷少女たちの灰色の汚れが、次第に落ちて本来の髪の毛の色が回復していく。
洗ってみると商家の子の髪は、澄んだオレンジ色をしていることがわかった。
すると髪からひょこっと、髪から耳が飛び出した。
え、何この耳?
「あっ、すみません、耳が出ちゃいました。洗いにくいですよね」
「いや、それはいいんだが……」
髪を掻き上げると、ちゃんと人間の耳がある場所には人間の耳があるのに、もう一つ頭に獣耳が頭についている。
ファンタジーは何でもありだと知っているが、耳が四つあるってのはどういうことだろう。
「おやおや~、この子当たりですね」
ライル先生が横目で眺めて、面白そうに言った。
「どういうことなんですか、ライル先生?」
「その子、よく見ると背中にも少し体毛があるでしょう。小さい体幹に比べて、四肢が長く太いので、もしかしたらと思ってたんですよ」
「もしかしたら?」
「獣族の血が少し混じってたんでしょう。クォーターぐらいでしょうね、この耳の形は犬型です」
他の子を洗う手を止めて、ライル先生が少女の耳の形を指でなぞって、詳しく説明してくれる。
いわゆる獣人の混血児だそうだ。背中の体毛の他にも、お尻の尾てい骨のあたりに小さい尻尾がついている。
獣耳というと、行商してるといつのまにか荷馬車に潜り込んでいて、わっちとか言うアレだな。
いやアレは神様だから違うか。俺はケモナーではないから興奮はしないけど、面白いものだなと思った。
この世界の獣人は、犬型とか、ネコ型とか、狼型とか、ライオン型とか、いろいろ種族があるらしい。
人間とも交配可能なので、こういう混血種が居るのはそう珍しいことではないそうだ。
俺にはすごい珍しいんだが、まあファンタジーだからいちいち驚いてちゃだめだよね。
ネコ型と言われると、俺はどっちかというと獣人よりロボットを思い出すが。
「しかし、当たりってどういうことなんですか」
「獣人の血が混じってる子供は、早熟になります。大人になるまでの成長が早いんです。身体も丈夫だし、奴隷としては評価されるポイントです」
早熟ねえ……と思って、まだ小さい身体を見る。
とてもそうは見えないんだけど。
四肢とか体毛とか、言われて気がつく程度で、肉が薄くて痩せっぽちだ。
ああ、ここ傷になってるなあ。薬草を煎じた薬を塗りこんでおく。
「早熟って言っても、あんまり大きくないですよ」
「栄養が足りないと育たないんですよ。獣人は大人になるまでたくさん食べさせないといけないので、食費の方は覚悟しておいてくださいね」
「そりゃまあ食べる分、働いてくれればいいですけど」
「タケル殿は、彼女を商会の軸にするつもりなんでしょう。他の子供より成長が早いのは助かりますよね」
「そうですねえ……」
ライル先生は、俺の気持ちを見透かしたようなことを言う。
計算ができるなら、店番になるかなと思ってたのは確かだ。
だけどなんか、人間を駒みたいに扱うようなことを言いたくないんだよなあ。
「うーん、獣人の血が混じってることに気が付かなかった奴隷商人も迂闊ですけど。君もその犬耳を見せれば、とりあえず鉱山送りにはならなかったんじゃないんですか」
ライル先生のそんな質問に、ポツリと商人の娘は答えた。
「もう、生きたくなかったから、です」
いちいち重たいよ!
何と声をかけたらいいか分からず、何とも言えないでいると俺の眼を見てポツンと付け加えてくれた。
「今は違います、生きたくなりました」
「それは何よりだね」
彼女の声に力がある。いいことだ。
俺も最初にこの世界で死にかけたときに、生きたいと思ったもん。
一種のショック療法だよな。
生きたい、そう思わないと始まらない。
鮮やかな夕焼けのような色彩を取り戻した彼女の長い髪に櫛を通しながら、俺は柄にもなく彼女たちの境遇に深く同情して、なんとかしてやらないとと決意した。
俺は決して善人ってわけでもない。偽善も嫌いだ。
けど、何というか……こいつらの境遇は、可哀想すぎて毒気が抜かれる。
獣耳の生えた少女を裸にさせて身体を洗ってても、全然欲情しない。
それは俺がケモナーでも、まったくロリコンの気がない紳士だからってわけでもない。
あまり説明したくないのだが、彼女たちの裸体を見ていると、「娼館に売れない」ってライル先生が言ってた意味が、分かるのだ。
やせ細った身体は肋骨が浮いていて、肌は傷だらけでこれまでよっぽど酷い生活を送ってきたんだと分かってしまう。
これじゃ可哀想すぎて、エロいと感じる気持ちもなくなる。
幸い石鹸も薬草も売るほどあるので、傷を洗った後に治療して回った。
みんな女の子だし、傷が残らないと良いんだけど。
さて、綺麗にしたら着ていたボロ布にはもう用はない。
奴隷少女たちに、新しい衣装を用意してたので着替えさせる。
「うわー」
「ご主人様、綺麗な服を、ありがとうございます」
奴隷少女たちが歓声をあげて、口々にお礼を言われて俺も得意満面になる。
彼女たちに用意したのは、揃いのエプロンドレスだ。
不思議の国のアリスみたいだなと思って、人数分購入しておいた。
やっぱり商売はビジュアル重視だから、可愛らしさをアピールしておかないと。
子供服って高い印象があったんだが、エスト山羊の毛織物の産地であり、布の流通も活発なエストの街では、さほどでもなくて助かった。
なぜかエプロンドレスの在庫が赤色しか揃わなくて「あーここの領主の趣味だから」と思ったが、作業着としては問題ない。
もちろん肌着も合わせて購入しておいた。
奴隷たちが着ていたボロ着は回収して、よく洗ってから仮店舗の天幕を作る布でも作ろうかと思ったのだが、古着を回収するときに少し問題が発生した。
あんまりにもボロだったから、俺が雨合羽用のクロークを着せた娘が「これは貰ったものだから」と手放したがらなかったのだ。
この子はなんだっけ、兵士の娘だったよな確か。
無理に取り上げるのも可哀想だったので、全員にグレイラットマンのクロークを配るハメになってしまった。
「また、いらぬ出費が……」
外で活動することを思えば、雨具も必要だろうし、これも初期投資か。
ルイーズに聞いたら、ギルドの親方は、徒弟に服や靴を一揃えづつプレゼントしてあげなくてはならない。必需品は与えるのが使用者の義務だそうなので、仕方がない。
人を雇うのは大変だ。
財布から金がどんどん消えて行く。
ちなみに、洗ったついでに名前と種族を聞いて回ったのだが。
商人の娘がシャロン(種族:犬型獣族のクォーター)。
兵士の娘がシュザンヌ、クローディア。
花売りの娘がヴィオラ(種族:ハーフニンフ)。
鉱夫の娘がロール(種族:ドワーフ)。
パン屋の娘コレット。
娼婦の娘フローラ。
物乞いの娘がエリザ、メリッサ、ジニー、ルー、リディ、ポーラ。
いきなり全員聞いても、覚えられそうにない。
商家の娘のシャロンは覚えた、徐々に覚えていくか。
人間以外の種族で、ハーフニンフというのは水妖精の血が半分混じっているらしい。ヴィオラは汚れを落としてみると蒼い瞳と髪をした少女だった。
よく見ると耳が尖ってるからハーフエルフじゃないんですかと、ライル先生に聞いたら解説してくれた。
「耳が尖ってるからなんでもエルフじゃないんですよ、エルフは白妖精です。ちなみに、ドワーフは黒妖精ですから、こっちのロールの耳も尖ってるでしょう。妖精族はみんな耳が尖ってるんですよ」
「人間と、そんなに変わらないようにみえるんですが……」
確かにドワーフのロールの耳も尖っているが、この地方には珍しい赤銅色の髪や褐色の肌の色以外は、人間とそう変わらない。
言われてみれば、少し身体つきがしっかりしていて低身長かなと思うぐらいだ。
「ドワーフは成人男性だと特徴的な顔立ちになるんですが、女の子の顔立ちは人間とさほど変わりません。力が強く頑丈で手先が器用な種族なので、鉱夫や鍛冶屋に向いています。しかし、残念ですが女の子の方は、力仕事がイマイチなので奴隷としては……」
「なるほど、そういうことですか」
半ば死にに行くような使い潰しの鉱山奴隷に回されるってことは、評価が低かったってことなのだろう。
俺はドワーフのロールにしても、ハーフニンフのヴィオラにしても、凄く可愛らしいと思うけど、ハーフでも超高値で娼館に売れるエルフと違い、同じ妖精でもニンフは人気がないらしい。
どうも水妖精は、この世界では池に引きずり込んで人を殺すとか、家の前で泣くと家族が死ぬとか、不幸を呼ぶ存在として妖精と言うより、妖怪扱いされて差別されているようなのだ。
ライル先生によると『ほとんど』事実無根とのこと。
えっ、ちょっとは事実ってこと?
「でもライル先生、ニンフも人間とのハーフがいるってことは、つまりその……」
「よっぽどの物好きですね、人間と交わるのはとても珍しいと思います。あとニンフが人間に恐れられている原因になってしまっているのですが、生れつき水精霊の加護があります。売り子にすると街の人に嫌がられるかもしれませんが、水系の魔法に適性があるからこの子はそっちで使えますよ」
なるほど。
ヴィオラに薬草学を教えると先生が言い出したのには意味があるのか。
中級魔術師のライル先生は、人の魔法力が感じられるらしいから、何かしら感じ取ったのだろう。
しかし、街の花売りの子供が人間に忌み嫌われるニンフって、やっぱりマズかったんだろうね。
みんな奴隷なのだから、それぞれここに至る理由があるのだろう。
ヴィオラを見ると、エプロンドレスの裾を掴んている手が小さく震えている。
俺が無遠慮な眼を向けただけで、蒼い瞳が潤んで泣いてしまいそう。
ニンフが泣くと家族が死ぬなんて聞かされると、ちょっと怖かったり。
都市伝説の類だろうけども……いかんいかん、こういうところから差別が生まれる。
俺では、ヴィオラになんて慰めの言葉をかけていいかも分からない。
怖がらせてしまってもアレなので、彼女はライル先生に任せることにした。
俺も、もう少しヘタレを治したいところだけど、なかなかね。
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