第7話「佐渡タケルと十三人の奴隷少女」

 街の広場近くにある、佐渡商会さわたりしょうかい建設予定地と言う名のただの空き地


 そこに、幌馬車と俺とライル先生が立っている。

 そして、目の前にボロ布のような辛うじて衣服と言える貫頭衣を来た小柄な奴隷たちが十三人、足鎖に繋がれて整列している。

 これがいまの佐渡商会の全資産である。


 鎖に繋がれて、死んだような表情でしゃがみこんでいる奴隷たちはあまりにも痛々しく。

 いっそのこと、奴隷たちを解放してやろうかと言ったら。

 それは絶対しちゃいけないと、ライル先生に止められた。


「いいですか、ここにいる子たちは最低の奴隷です」

「それは、いくらなんでも、言い過ぎじゃないですか」


「言い過ぎじゃないんです。いいですか、確認はまだしてませんが、賭けてもいいですけど、この十三人は全員女の子ですよ」


 なんで分かるんだろ。まあ、ライル先生はなんでもわかる人だからな。


「何でわかるかには理由があります、まず男なら痩せた子供でも食べて太らせれば、いずれ重労働に耐える奴隷になります」


「大人の男ならすぐ労働力として使えるし、妙齢以上の女なら下働き、さらに容姿が並以上に優れていれば娼館に売ることもできます」


「でも、こんな薄汚れた痩せっぽちの女の子は、普通の奴隷としては使い物になりません。育てるのが割に合わないので、おそらく奴隷商人は鉱山に売るのに運んでいたのでしょう」

「鉱山だと女の子でも使い道があるんですか?」


「坑道には、子供しか入れないような小さな穴もあります。そういうところでは昼夜問わず子供を働かせてすぐ使えなくなるので、いくらでも需要があるんです」


 そう言いながら、ライル先生は不快そうに眉目を顰めた。

 人権意識がなくても、物扱いされている奴隷のことでも、人がその悲惨な運命に心を傷めないわけではないのだ。

 ましてや子供を使い潰すなんてあまりに酷い話だ。

 ただ割り切ってないと、この厳しい世界では生きていけない。


「さっきタケル殿はこの子たちを解放すると言いましたよね、かりに今この場で彼女たちが解放されたらどうなるか考えましたか」

「えっと……」

「この街に彼女たちにできる仕事はまったくありません。物乞いのホームレスになるんです。空腹に耐えかねて、食べ物でも盗めばもうそれで犯罪者ですよ」

「すいません、考えなしでした」


 なるほど、道理で伯爵が何度も奴隷を渡して良いのかと聞いていたわけだ。

 いまこの奴隷たちを無責任に解放しても、衛兵の仕事が増えるだけで誰も幸せにならない。


「いいですか。貴方が引き取ると言ったんですから責任持ってください。奴隷の主人は、奴隷に仕事を与えて飢えさせない責任があるんです。主人はタケル殿ですよ」

「わかりました、頑張って責任もちます」


 俺が請け負うと約束すると、ライル先生はようやく笑顔になって、俺に革の首輪をたくさん手渡した。


「伯爵も、使い道のない奴隷を引き取らせたことで、ちょっと気が引けたんでしょう。奴隷認証用の首輪をサービスしてくれました。これをみんなの首につけてあげれば、とりあえず佐渡商会の奴隷として身分証の代わりになります」


 市民ではない奴隷は、街では持ち主を証明する認証を付けた手鎖か足鎖か首輪をつけていないといけないのがルールだそうだ。

 認証さえつけていれば、安全な街に住むことができる。

 身分のある人間の奴隷(もちもの)であるほうが、街から追い払われることもある自由民の浮浪者より安全だと言うのは皮肉である。


「みんなこれから、足首の鎖を外すから一人ずつ首輪をつけてもらうように、これからこの佐渡タケル様が、お前たちの主人になられる!」


 ライル先生はそう怒鳴ると、足輪の鎖を解錠魔法で外して回る。

 俺が続いて、真新しい首輪をつけて回ると、みんな頭を差し出して大人しく付けられている。


 そのように教育を受けているのだろうか、みんなロボットのようにただ押し黙って、命じられるままに動くだけだ。

 髪の毛も着ている貫頭衣(というか布切れ)も、薄汚れているせいか元の色もわからず、みんなグレイっぽい。|灰かぶり姫(シンデレラ)の灰かぶりってのは、こういう灰色から来てるのか。

 劇のシンデレラは、悪い継母にイジメられても生き生きとしていたものだが。

 この子たちはみんな、顔の表情と眼が死んでいる。


 みんなボロボロの格好だが、新しい服を着せようにも、全員分は揃わない。

 やはり買い足さないといけないかと、財布を覗きこんで俺は渋い顔になる。

 金はまた稼げば良いのだ。


 一人、モンスターにビリビリに服を破かれて、布を引きずりながら半裸で歩いてる子がいて。

 あんまりだったので、俺が雨合羽に使ってるグレイラットマンのクローク(若干の防水・防火耐性あり)を上から羽織らせておいた。


 さて、これからどうしたものか。

 十三人の奴隷少女を前に考え込んでいる俺たちのところに、ルイーズがやってきた。


「なんだ、ここに居たのか。すごい量が取れたんだ、良かったら幌馬車で肉と皮を……」

 ルイーズは押し黙ると、奴隷少女たちを一瞥してから、俺の前まで来てジッと顔を覗きこむ。

 なにこれ、無言の圧力止めてください。


「奴隷を貰い受けたんだ。この子たちは全員、うちの商会の職員になるから」

「ふーん、じゃあ、大きな鍋を買っていこうか」


 ルイーズはそう言って、なんだか面白いことを思い出したように、含みのある笑いを浮かべる。

 俺にはルイーズ姉さんの言動が、毎度よくわからない。


 まあ、ルイーズが言うんだから意味があるんだろう。

 説明がないのは、いつものことなので、言われたとおり大鍋を買ってから肉と皮を運ぶのを手伝いに出かける。


 俺たちの幌馬車の後に、ゾロゾロと奴隷少女たちが付いてくる。

 とりあえず鎖に繋がれてなくても、彼女たちは逃げ出したりはしないようだ。


     ※※※


 さっきの戦闘現場に戻ると、激しい戦闘が終わって死体だらけの状態よりも悲惨なことになっていた。

 衛兵によって、死んだ商人たちの埋葬は済んで片付いてはいるのだが。


 緑色の皮と、土色のオーガの皮がずらりと並ぶ異様な光景。

 ルイーズのマスタークラスの解体スキルによって、一分のムダもなく綺麗に並べて干してあった。

 その隣には、ピンク色のオーガの内臓と肉が山のようになっている。


 俺はカエルの解剖を思い出して、気持ち悪くなった。

 なんかグチャーっていう血の海より、綺麗に並べてある人の形をした緑の皮が気持ち悪い。

 こんな皮を何の道具に使うんだろ。

 まあ、油が取れそうな脂肪は、石鹸の材料に使わせて貰うけどさ。


「衛兵と交渉して、モンスターの持ってたソードは向こうに渡して、木の棍棒はこっちに貰えるように話をつけておいた」


 オーガが振り回してたでっかい木の棍棒は、焚き木にするのにちょうどいいそうだ。

 衛兵は、やっぱりオーガの肉は欲しいとは言わなかったんだな。


 焚き木を燃やした後の灰から灰汁を取って、石鹸の材料にすれば無駄がない。

 さすがはルイーズ姉御だ。


「さっそく内臓を大鍋で煮るぞ」


 はいはい、そうなると思ってましたよ。

 ルイーズの大好物である、モンスターの内臓料理だ。


 大きなオーガの木の棍棒で鍋を器用に固定して、焚き火でグツグツと煮込む。

 奴隷少女たちは手持ち無沙汰にそれを見ているだけだ。


(奴隷は命じないと動かないですよ)

 ライル先生は、さり気なく俺に助言してくれる。

 変な気分になるから、耳元に息を吹きかけるのは止めて欲しい。


 でも本当はもっとやってほしい。先生は良い匂いがするし、ゾクゾクする。

 複雑な男心だ。

 ああそうだ、奴隷に命令しないと。


「みんな! とりあえず、俺と一緒にこのあたりで燃えそうな枯草とか木片を探してみてくれ。危ないから、目の届かない範囲にはいくなよ」


 荒野に木は生えていないが、燃料になる小さな木片ぐらいは落ちているものだ。

 奴隷少女たちを引率して俺も木片を探しながら、初めてルイーズと会った日のことを思い出す。


 あれはクレイジードッグだったからまだいいけど、人型モンスターの内臓は、抵抗あるなあ。

 異世界で生きるためにはしょうがないのかなあ。


 木片を拾って戻ると、オーガとの内臓スープが出来上がっていた。

 モンスターの肉と内臓と塩だけのシンプルな料理だが、結構美味そうな匂いがするのが恐ろしい。


 でも鬼族モンスターの内臓って、さすがにお腹壊さないか。

 そう指摘したらルイーズに「解毒ポーションを一つ貸せ」と言われた。


 言われるままに渡したら、大鍋の中に解毒ポーションを一瓶注ぎこんで「これでよし」と言った。

 豪快料理すぎる。


 それからみんなで食事した。

 木皿の数が足りないから、食べるのは順番だ。

 俺は最後でいい。


 俺には人型モンスターの肉を食うのにかなり抵抗があるのだが、奴隷少女たちはそうではないらしい。

 配給された内臓を嬉しそうにかっこんでいる。


 お腹が空いていたのかなあ。

 待っている子をよく見たら、ヨダレを垂らしていた。

 なんだか不憫になってくるんだけど、どうしたらいいんだろうなこれ。


 全員が食事を終えると、すっかり夜になってしまっていた。

 皮の処理もあって、干し肉にするのに放ったらかしというわけにも行かないので。

 このまま焚き木を囲んで、今日は野宿することになった。


 同じ釜の飯を食うという言葉がある。

 鍋を囲み、一緒に焚き木に当たっていると、奴隷少女たちも強張った表情が薄れてきた。

 ようやく新しい環境になれて、落ち着いたのかもしれない。


 いい機会なので、俺は噛んで含めるようにみんなに話をする。

 佐渡商会は、火薬と石鹸を作って売っていること。


 みんなには、とりあえず石鹸を作って売る手伝いをして欲しいこと。

 仕事は一から教えるし、そう難しいことではない。

 きちんとしてくれれば、衣食住を保証すること。


 とりあえずこんなものかな。黙っていられると本当に聞いてるのか不安になる。

 最後に何かわからないこととか、困ったこととか、言いたいことが、あればぜひ言うようにと促した。


「あ、あの……私、奴隷商人、です」


 奴隷少女の中でも、一際目の大きな子が手をあげて言う。

 いきなりそんなことを言われたのでビックリする。


「いや、奴隷商人って。君たちはどっちかというと売られる側だったんじゃ」

 ボケかと思って突っ込んでしまったが、俺のツッコミも酷いな。


「いえあの……そう、じゃなくて、私、は、奴隷の前、商人の娘でした」


 琥珀色の瞳が大きい子は、なんだかとても喋りづらそうだった。

 ああでもなんか、このたどたどしい感じ、すごく分かるわ。


 夏休みの間、ずっとゲームして引きこもってて、久しぶりに外に出て、コンビニで「温めますか」って言われて、声がかすれてなんとも言えなくなったあれだ。


 きっと、ずっとしゃべるなと言われてたんだろう。

 人はずっと話さないと、話し方を忘れる。


「そうか、君は商売の経験があるんだね」

「店が、強盗に襲われて……、破産して、家族みんな、売られました」


 うわー重い、なんて返したら良いかわからん。


「ご主人、様が、商売されるなら、私、計算できます」

「そうか、会計を手伝ってくれるって言うのか」

「はい……」


 ようやく必要なことを話し終えたと思ったのか、奴隷商人ちゃんは、疲れきった様子でぐったりと座り込んでしまった。


 そこからなぜか、次々と手があがって、奴隷少女たちの奴隷になる前の境遇話が始まって、全員が順々に売られるまでのエピソードを話し始めた。


 破産して、没落して、騙されて、裏切られて、売られて、一家離散。


 ぶっちゃけみんな悲惨すぎて、重すぎて、俺はなんとも言えなくなった。


 ちなみに十三人の前歴は、商人の娘が一人、兵士の娘が二人、花売りの娘が一人、鉱夫の娘が一人、パン屋の娘が一人、娼婦の娘が一人、物乞いの娘が六人。


 驚きの物乞い率だった、約半分が物乞いとは酷い。

 ライル先生が言ってた無責任に放棄すると、物乞いのホームレスになるって本当なんだな。


 あと兵士の娘の身の上話のときに、ずっと黙って聞いていたルイーズが血相を変えて質問し始めたのには驚いた。

 いつも冷静な彼女が、声を震わせるほど感情的になるのは珍しい。


 どうも二人とも王都の兵士の娘だったらしく、親が派閥争いだか権力争いだかに巻き込まれて、咎なき罪で罰せられて一族郎党ごと、奴隷に落とされたらしい。

 本当に悲惨な話が多すぎる。


 渋い顔で二人の話しを聞いていたルイーズは、聞き終わると。

「私が二人を引き取る」

 と言い始めた。

 主人である俺に聞く前に、すでに引き取ることが決定しているあたり、ルイーズ姉御だった。


 それは良いんだけど、ルイーズは奴隷にあんまり関心なかったよね。

 どうしてそんなに急に入れ込むのか、教えてくれるといいなと思うんだけども。


「私が二人を、戦士に育てるが構わないか」

「まあ、構わないけど」


 俺が許可したせいなのか、ルイーズは仰々しく兵士の子二人に剣を授ける。

 なんか戦士にはそういう作法があるらしく、二人はルイーズに跪くと震える手でショートソードを受け取っていた。


 ルイーズの話を聞いてたライル先生が笑って。

「じゃあ私は、花売りをやってたというこの子に薬学を教えてみましょうか」

 とか言い出す。


「野草を覚えて収集するのも、薬草を判別して集めるのも似たようなものですからね。適性があるかもしれません。あとこの子、気のせいかもしれませんが……」

 花売りの子をジッと見て、ライル先生が言いよどむ。


「何か気になることでも?」

「いえ、野草や薬草は石鹸ほど高く売れないでしょうが、商売をするなら商品のレパートリーは多いほうがいいです」


 ルイーズたちが戦士として狩りに出るのについていけば、野を歩く危険も少ないだろうと。

 その薬草の採り方、本当は俺も興味あるんだけど。

 まあ俺は俺で、仕事があるか。


 石鹸も作らにゃならんし、この近くでも硝石を取っておかないと、供給がおいつかない。


「じゃあ、俺は他の子に石鹸とか諸々の作り方を仕込みますよ」

 石鹸を作る材料はたっぷりとあるのだ、オーガとの脂肪がどれほど石鹸に向いているかはまた実験ということになる。


 こうして、エストの街で佐渡商会の活動が始まった。

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