第6話「キャラバン隊を救え!」

「モンスター狩りに行こうか」

 俺の頼りになる護衛であるところのルイーズお姉さん(二十四歳 独身)は唐突に言った。


 エストの街での佐渡商会さわたりしょうかいの設立は、暗礁に乗り上げていた。

 ダナバーン伯爵に、「佐渡商会やったるで~」と大見得切って、街の広場近くの商業地に空き地を譲り受けたまでは良かったのだが。

 よく考えてみると、幌馬車を買ったことで資金が尽きていた。


 いやそれどころか、馬はロッド家からの借り物なのだ。

 むしろ若干、赤字だとすら言える。

 ロスゴー鉱山からエストの街へ、鉄製品を一回輸送したぐらいじゃ、はした金にしかならない。


 商会を作るには、商館を建てなきゃいけないし、職員も雇わないといけない。

 さすがのライル大先生も、知ってるのは商会のシステムだけで実際の経営ノウハウまでは持ち合わせていない。


「知ってることと、できることは違うんですよね」とは、ライル先生の弁だ。

 俺もこの世界に来てから、それを痛感している。


 あとこっちは私事だが、せっかくエストの街まで買い物に来たのに、先立つものがないなんて悲しすぎる。

 持ってきた石鹸(売値 銀貨一枚)と洗剤(売値 片銅貨一枚)は、珍しさと値が安いこともあって飛ぶように全部売れたが、とてもじゃないが足りない。


 爆弾は、シレジエ王家との専売契約を結んでいる商品なので、市民や他の商人には売れない。

 火薬を使った民生品も考えてはいるのだが、まだ試作段階。


 こういう行き詰まった状況で、一旦諦めてロスゴー村に帰ろうかと思ってたところにルイーズの提案だ。


「モンスター討伐依頼で儲ければいいだろう、私は護衛の一環だから金はいらん」


 うわ、ルイーズお姉さん太っ腹。

 何という好条件の提案をしてくれるのだろう。


「その代わり、モンスターの肉と皮をくれ」


 うわ、いつものルイーズだ。

 俺を助けてやろうとかじゃなくて、モンスターの内臓を食いたくなってきただけなのかもしれない。


 しかし、ルイーズの提案はありがたい。

 あれこれ考えてるより、とりあえず動くってことだな。


 ルイーズお姉さんとライル先生と俺の三人パーティーで、冒険者ギルドに行くとそこは慌ただしい騒ぎになっていた。

「あんたら、冒険者か! 緊急の依頼があるんだが受けてくれないか」


 俺たちがギルドに入るなり、ギルド職員のおっさんが血相を変えて頼み込んできた。


「街の近くで、商人のキャラバン隊がモンスターに襲われたらしいんだよ。いま衛兵が向かってるが、ギルドにも応援要請がきてる。報酬はご領主様から出るから頼む!」

「わかった行くぞ!」


 いつでも即断即決のルイーズが、行くことを決めてしまった。

 襲撃してくるモンスターが、どれほどの数なのかわからない。

 でも、衛兵も行ってるから平気か。


 この街って平和だって聞いたんだけど、近くにモンスターなんて出るのか。

 まあ、伯爵に恩を売るチャンスでもあるか。

 ポジティブに考えよう。


     ※※※


「最悪ですね、逃げたキャラバンがモンスターの群れをここまで引き連れて来たんですよ」

 慌てて向かった先の戦況を一瞥して、ライル先生が苦々しげに言った。

 街の外、三キロほど行った先でモンスターと衛兵との戦闘が始まっていた。


 キャラバン隊を囲む人型モンスターの数は五十匹を優に超えている。

 小さい緑色の化物がグリーンゴブリンで、大きい土色の化物がアースオーガか。

 RPGではお馴染みのモンスターだ。


 知識としては知っているが、人間と同じ武器を持った化物が、人を襲い、殺している姿を見てしまうと足がすくむ。

 それに対して槍を持って駆けつけた衛兵の数は十人足らずで、明らかに手数が足りていない。

 本来なら、防壁のある街まで撤退すべきなのだが引けない理由があるのだろう。


 キャラバン隊の扱っている商品は、最悪なことに奴隷だった。

 鎖で数珠つなぎにされて、満足に逃げることも抵抗することもできないたくさんの奴隷が、為す術もなくモンスターに襲われて死んでいる。


 オーガの持つ無骨な棍棒に頭をかち割られて

 ゴブリンの持つ尖ったショートソードに胸を突き刺されて

 防具もつけていない奴隷は、すぐに倒れて動かなくなる。


 俺は、ついにこれを使う時が来たかと、勇気を振り絞って鉄剣を握りしめた。

 生活苦に喘いでも、手放さなかったこの鉄剣。

 北辰一刀流免許皆伝(通信講座)の力を見せる時が来た!


「それじゃない、タケル。あの変な音の出る火薬を投げて使え! 先生は魔法を頼む」


 音の出る火薬って、俺が試作した爆竹とかんしゃく玉のことか。

 俺に指示をしたルイーズは、手に携帯用の小弓を持って、手近なゴブリンに撃ちまくっている。

 早くて正確なヘッドショット!


「ライル・ラエルティオスが天地に命ずる、吠える瀑布、号泣する激風、崩れ落ちる大地、あだなす敵をその御力のままに薙ぎ倒せ!」


 ライル先生の得意とする中級系大規模魔法、スパイラルハリケーン。


 先生が、ちょっと中二病っぽい詠唱と共に手を振り上げる。

 風系、水系、土系のありったけの魔力を一気に解き放ち、巨大な水竜巻が幾重にも発生してオーガの群れを吹き飛ばしていく。

 竜巻を直接食らった敵だけではなく、飛び散る土石で周りまで巻き込む派手な副次効果がある。

 ファンタジーらしい最強呪文だ。いいなー魔法って。


 それに比べて、俺は子供の玩具かとちょっと腐りつつ。

 ありったけのかんしゃく玉をモンスターの群れに目掛けて投げ込む。

 それに続いて、爆竹に『炎球の杖』の最小出力で火をつけてから、そこらのゴブリンに投げつけた。


 パンパンパンパン! と、お馴染みの乾いた音が鳴り響く。


 爆竹攻撃の直撃を受けたゴブリンが、投げた俺がびっくりするぐらいのオーバーリアクションで吹き飛んだ。

 あれ、意外に効いてる?


 ド派手なライル先生の大竜巻攻撃よりも。

 爆竹のお馴染みの破裂音と輝きの方が、群れの気を引いたらしく、モンスター達の動きが一瞬止まった。

 戦っていた衛兵も手を止めて驚愕した顔で、こっちを見ている。

 ただの花火だぞ?


 次に、ばら撒いたかんしゃく玉を踏んだらしいゴブリンたちが、キーキー甲高い悲鳴をあげて、慌てふためいたあげく次々に転倒した。

 そこに、いつの間にか弓から直刀(サーベル)に持ち替えたルイーズが飛び込んで、ゴブリンの胸をザクザク突いて回る。


「何をしてる、もっと投げろー!」

 ルイーズに叱咤されて、俺は目の前のオーガやゴブリンに、火の着いた爆竹をどんどん投げつける。

 そんなに威力がある攻撃とも思えないのに、爆竹が炸裂するたびにモンスター達は狼狽して怯んだ。

 その隙に、ルイーズが切れ味が鈍った剣を次々と持ち替えて、切ったり薙いだり突いたりしてほぼ一撃で殺す。

 呆気ないと思えるほど一撃必殺だった。


 最後なんか、ザッシュッ、ザシュッと、ショートソードの二刀流だった。

 俺もその主人公っぽい戦士役やりたいなあ、腕力がない俺じゃ無理なんだけどさ。


 せめて最後は魔法でかっこ良くと思い、『炎球の杖』のファイヤーボールを敵にぶちかましてみたが、オーガの薄皮を焼く程度のダメージしか与えられない。

 これじゃ爆竹より効果がない。


 元からの魔法力ゼロで杖だけの力じゃこんなものなのか。

 トホホ……。


 結局、モンスターの群れは、半分ほどがルイーズに斬り殺された辺りで、蜘蛛の子を散らすように撤退していった。


 襲われた奴隷商人のキャラバン隊は酷い有様になっているし、衛兵にも負傷者がたくさん出たので追撃する余裕はない。

 激しい戦闘を終えたルイーズは、かすり傷程度のダメージしか無く、すぐに回復ポーションを飲んで全快した。

 ルイーズの後ろから、爆竹を投げていただけの俺は怪我などしようもない。


 それにしても、なんであんなに爆竹とかんしゃく玉が効いたんだろ。


 俺が質問すると、ルイーズいわく「知能のある敵は、初見の攻撃に弱い」だそうだ。

 この世界では、爆竹やかんしゃく玉は、新兵器で誰も見たことがない。

 だから、ルイーズは俺が花火を作って遊んでるのを見た時から、敵の動きを止めるのに使えると思っていたらしい。

 それならそうと最初から作戦を説明してくれればいいのに、言わないのがルイーズなんだよな。


 戦闘も終わり、キャラバン隊と街の衛兵が話しているが、キャラバン隊は下っ端の使用人が数人しか残っていなかった。

 元がどれほどの規模か知らないが、ほぼ全滅に近いんじゃないか。

 モンスターに追われても戦い続けた商人たちは、みんな死んでいた。

 それだけ厳しい戦いだったと言うことだろうが、モンスターの群れに追いつかれても、エストの街に救援を要請する余裕はあったのだ。


 もし即座に荷馬車を切り捨てて、街に逃げこんでいたら命だけは助かっただろうに。

 欲をかきすぎた最後といえる。

 ゲームなら分かるけど、自分の命がかかっていても撤退時期を見誤るってことはあるのだな。

 街まであと一歩だったから気持ちは分からないでもないけど……。


 異形の人型モンスターと、商人の死体が折り重なるようにして倒れている陰惨な戦場を眺めて、いざとなったら馬車を捨てて逃げようと硬く誓う。

 命は金では買えない、死ぬのはやっぱり嫌だ。


 あと、モンスターに刺されたり殴られたりしても、死んでない奴隷が苦しそうに呻き声を上げてるんだけど、これ助けてもいいよね?


「この奴隷たちの主人はすでに居なくなってるようだし、お前のポーションはお前のものだから勝手にしたらいい」


 ルイーズはそう言うと、手近なゴブリンの死体をナイフで解体し始めた。

 あー人型のモンスターもバラしちゃうんだ。

 なんか残酷ですごく抵抗あるけど、人型モンスターの脂肪からも、油を絞って石鹸を作っている俺が言うことではない。


 衛兵も商人の生き残りも、鎖に繋がれたまましゃがみ込んで、血だらけで死んだり死んでなかったりする奴隷にはそっけない。

 みんな相手にしないというか、人間を見る目じゃないんだよな。

 人権がないって、こういうことなんだろうか。


 回復ポーションは五本しかない、俺は助かりそうな怪我の奴隷を選別してポーションを飲ませた。

 生死の選別とか、重たい。災害医療漫画みたいだ。

 こんなことなら回復ポーションだけもっとたくさん買っておけば良かったと悔やむ。


「なんで、助けて、くれるんですか」

 回復ポーションを飲ませて介抱した奴隷の子供に、消え入りそうな声で聞かれて、俺は胸がすごく痛くなった。

 砂にまみれた長い髪もボサボサで、顔も泥まみれ、辛うじて服と言えるローブもモンスターにざっくりと斬り裂かれて、ボロボロの布を巻きつけただけになってる。


 薄汚れてボロボロで性別もわからないけど、奴隷はよく見ればみんな若い。幼いぐらいの子供もいた。

 本来なら親の庇護下に置かれるべき年齢だろと可哀想になる。


「わかんないけど、助けられるからかなあ」


 奴隷が奴隷なのは変わらないんだろうし、安易な同情で希望を持たせるようなことを言っても残酷かもしれない。

 本音を言えば、ポーションはまた金で買えるけど、命は買えないってことだよ。


 でも、そういう現代人の価値観を言っても、しょうがないのはわかっている。

 この世界では、人の命も簡単に金で買えてしまうんだからこうなるんだろ。

 まったくリアルファンタジーって、救いがない。

 だから嫌なんだよ。


     ※※※


「衛兵から聞いたぞ、さっそく大活躍だったようだなタケル殿」

「いえいえ、たまたまでして」


 街に戻ると、ダナバーン伯爵から直々にお褒めの言葉を頂いた。

 労いの言葉より、コーヒーを飲ませてくれるのが俺は嬉しいんだけどね。


 ルイーズも誘ったのだが、大量にある死骸からできるかぎり肉と皮を取りたいと断られたので、伯爵の城に招かれてるのは俺とライル先生だけだ。

 肉と皮を解体している時のルイーズは、誰にも止められない。


「不可思議な魔法を使ったと聞いたのだが、この小さな玉が武器だったのか?」

「爆竹とかんしゃく玉です、火薬を使っている花火で、本当は子供の玩具に作ったつもりだったんですけどね」


 ダナバーン伯爵は好奇心旺盛だ。

 この前持ってきたときは火薬製品に興味を示さなかったのに、実戦で有効な品と聞くと爆竹やかんしゃく玉を自分で破裂させて、威力を確かめていた。


「子供の玩具にするには、少々刺激的すぎるようだが、敵を怯ませる武器にはなりそうだな。魔力を持たぬものにも使えるという点が良い」

「そうですね、やはり武器として売ったほうがいいかもしれませんね」


 爆竹で派手にお祝いするのは中国の風習だしな、西洋の貴族が好む趣向ではないのだろう。

 火薬も平和利用できないか考えてはみたんだが、この乱世ではやはり武器にしか使えないのかもしれない。


「うむ、それでタケル殿への報酬の方なのだが、ちょっと困ったことになってな……」


 伯爵が言うには、甚大な被害が出て半壊した奴隷商人のキャラバン隊は、主人が死んで解散になってしまったそうなのだ。

 残った使用人たちは相談して壊れかけの荷馬車を全部手放して、残った資金と合わせて金を持って故郷に帰るそうだ。


 問題は、今回の積荷である奴隷の生き残り十三人。

 エストの街には、奴隷を扱う商人がいないので、売り払おうにも買ってくれる相手がいなかったのだ。

 だから街に騒ぎを持ち込んだ迷惑料がわりにと、使用人たちは換金できない奴隷をダナバーン伯爵に押し付けていった。

 押し付けられたところで、伯爵も奴隷が欲しいわけではない。


「ああっ、なるほど。報酬に奴隷を頂けるというわけですね。ちょうど良かった、実は商会を作るのに人手が欲しかったところなんですよ!」


 さすが伯爵と俺は思った。

 確かに金も欲しいが、商売に人手が一番欲しかったところだ。

 渡りに船の提案じゃないか。


「えっ?」

「あれ?」


 伯爵に変な顔をされた。俺そんなに変なこと言ったかな。

 ライル先生、これどういうことなんですか。


「奴隷は、ほとんどが借金で身を持ち崩した者かその子孫ですから、商会職員に使おうって商人はいません」

「そうなんですか?」


「奴隷は、野盗に落ちるほど悪質ではなくても、生業から身を持ち崩した人間ばかりです。常に誰かが監視して、棒で叩いて働かせないと使い者にならない、劣った労働力だと考えられています」


 俺が全然わかってないので、先生はしょうがないなと言った感じで微笑むと、子供に噛んで含めるように教えてくれた。

 奴隷は主体的に動いてくれないから、商人には向かないそうだ。


 たしかにあの人間を辞めたような顔をしている奴隷たちを思い出すと、あながち偏見でもないなあ。

 でもそれって、絶望的な状況に追い込まれてるからじゃないかな。


「タケル殿がよいなら、今回の報酬として引き渡してもいい。だが、話に聞いたところそう質の良い奴隷でもないらしいが……」

 本当にそれで良いのかと言いたげに、伯爵はライル先生にチラッと目配せした。


「はい、どちらにしろ働き手は必要ですし、タケル殿ならば劣悪な奴隷でも、使用人のように使える手立てを思いつくかもしれませんよ」


 そうライル先生は笑顔で請け負ってくれたので、伯爵は「では、よきにはからえ」と許可してくれた。


 うーん、前から思ってたけど。

 やっぱ俺は、常識的な面では全然信用されてないんだな。

 まあライル先生と俺が並んでたら、しょうがないか。

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