第4話「爆弾完成、専売契約の成立」
「石鹸作りですか、火薬作りもまだ途上なのにいろいろ考えますね」
今日も今日とて宿屋から村役場に出勤して、休憩時間に石鹸作りを始めた話をすると、ライル先生に呆れられてしまった。
何だか火薬作りのことを考えるついでに、いろんなアイディアが浮かんできて止まらなくなってしまったのだ。
実際に製造を試すと、俺の手先が不器用なのか錬金術師としてのスキルが足りないせいかまったく上手く行かないのだが、そこはライル先生の博識に助けてもらうことにしよう。
「石鹸は、確かオリーブ・オイルや菜種油で作っている街があるとは聞いています。タケル殿の言うアルカリ性というのがよくわからないのですが、灰汁や石灰と化合させて固形化しているのは確かですね」
「オリーブ・オイルはさすがに手に入らないんですが、モンスターの油でもできそうなんですよ」
このゴスロー村で無料で取れる動物性の油となると、モンスターの油しかない。
村の周辺に生息しているモンスターは、クレイジードッグ、グレイラットマン、吸血コウモリの三種類。
モンスターが増えすぎて冒険者ギルドに討伐依頼が出ると、ルイーズさんが狩りに行くのでその獲物を分けて貰って油を絞っているのだ。
その油を灰汁と混ぜあわせて鹸化させて見たのだが、今のところ失敗続きである。
柔らかい石鹸らしきものはできるのだが、泡立ちが悪く粘土みたいな悪臭がする。
オリーブ・オイルで作るような高級品とまでは行かないが、普通の庶民が使えるような安価な石鹸が出来れば絶対売れるのに。
「つまり、タケル殿はそのモンスター石鹸の生成を私に手伝えって言うんですね」
「まあ、ありていに申し上げますればそのようなことになります」
製造法さえ確立してしまえば木の桶でも出来るはずだが、やはり精密な実験には錬金術師の手助けが欲しい。
俺が畏まって手をあわせていると、ライル先生はフッフッフッと笑い出した。
「火薬の調合もあるのに、まったくタケル殿は人使いが荒いですね」
「申し訳ありません」
職も斡旋してもらったのに、ライル先生には迷惑ばかりかけている。
「いえいえ、冗談です。私は自分の技術が役立つのなら凄く嬉しいのですよ。この村には錬金術の話ができる人なんていなかったですし、タケル殿が来なければ石鹸や火薬を作ってみようなんて考えてもいませんでしたからね」
こんな面倒な話に、笑顔で相談に乗ってくれて、製造の手伝いまでしてくれるのだからこんなに良い人は居ないと思う。
こんなん惚れてしまうやん。
ぜひお礼に温泉で背中を流させてくださいと頼んだら、こちらの提案は即座に却下された。
軽い冗談なんだから、真顔で引くのは止めてくださいライル先生。
※※※
とりあえず、まともに使えそうな爆弾の試作品が完成した。
麻袋にたっぷり火薬を詰めて、火薬を紙で巻いた導火線と繋げたものだ。
爆弾完成までに漕ぎ着けるまでの、俺の苦難の過程は余りにも長い話になるので割愛しよう。
ああでも、一つだけ苦労話してもいい?
硫黄はともかく硝石がキツかった。材料は、もうぶっちゃけてしまえば人間や家畜の糞尿なんだもん。
硝石小屋を作り、草と一緒に糞尿を土に埋めて、微生物の働きで硝石が出来るのを待ってから採取する。糞尿をじゃなくて、死骸でもいいらしいけど、とにかく臭い。
これできるのに少なくとも二、三年かかるらしい、そんなの待ってられないのでそれはそれとして、試作品用にロッド家の家畜小屋の土を貰って硝石を抽出した。
本当は人間のトイレの土からも取れるんだけど、西洋ファンタジーのトイレ事情を調べると酷いものだった。
日本の中世だったら、昔から肥溜めとかあってそれなりにする場所も決まっているはずなのだが、どうもこの世界は人糞を肥料に使ってないようなのだ。
つまり、汚い話だけどほとんど壷にして溜まったら表の道に、適当に捨てるみたいな……。
ああ、それで思い出したけど、この世界に来た時にトイレが一番キツかったんだよ。
トイレットペーパーが無くて、拭くものは葉っぱだよ。
みっちゃんみちみちウンコしてーってガキのころ歌ったもんだけど、まさか自分が葉っぱで尻を拭くことになろうとは思わなかった。
ライル先生に紙作りを相談したんだけど、実はこの世界にもきちんとした製紙法があるみたいなんだよ。
質は悪いけど、村役場でも確かに紙を使っている。
本当に質の悪いゴワゴワの紙なので、本当に大事な契約書とかには、羊皮紙を使うぐらい。
なんで紙が一般的に広まってないかと尋ねたら、技術的な問題よりも材料の木材が不足しているからだそうだ。
乾燥しているせいなのか、我が故郷の日本みたいに木を切ってもまた生えてくるって感じじゃなくて、伐採すると禿山になっちゃうそうなんだよな。
この世界の人はまず植林なんかしないから、都会に行けば行くほど伐採されまくって荒地が広がって、木材が不足するわけである。
材料不足ばかりは、俺の現代知識もどうにもできない。
やっぱり金の力が必要だ。
ちなみに、ライル先生はトイレのあとはどうしてるのか聞いたら赤面して「水魔法で……」とおっしゃられた。
ずるいなあ、ライル先生に調べてもらったんだが、俺は魔法の才能ゼロだそうなので、そっちのほうは望み薄だ。
魔力の篭った魔道具とか魔宝石を使えば、魔法力ゼロの俺でも魔法は使えるそうなのだが、やはりそういったものは値段がとんでもなくお高い。
やっぱりこの世界でも、何をやるにも金、金、金なのである。
閑話休題。
というわけで、俺とライル先生は金を稼ぐために導火線付きの爆弾を持って、ロスゴー村の奥にある鉄鉱山に来ていた。
思ったよりも小さい鉱山だった。
小さな洞穴がいくつか開いていて、小さな貨車で鉱物を運んでいる労働者がいる。労働者は皆、くたびれたボロボロの衣服を来て足に鉄の鎖を嵌められていた。
「あれって、もしかして」
「奴隷鉱夫。鉱山にはつきものですね」
何人かの奴隷はトロッコで鉱物を運搬している。
小さな荷車で坑道の土砂を捨てているのも奴隷で、それらの動きを長い棍棒を持った兵士が監視している。
足の鎖は動きの自由を奪い、逃亡を困難にするためのものなのだろう。
「……」
「鉱山は労働条件が厳しいから、使い捨てられる労働力は必要不可欠なんですよ。タケル殿の国には、奴隷はいなかったのですか」
黙りこんでしまった俺を気遣うように、ライル先生が声をかける。
自由を奪われて最低の労働環境で働かされる人を見て、俺は言葉を失った。
普段は優しくて嫋やかなライル先生が、平然と認めているところを見るに、奴隷はこの世界の常識なのだろう。
でもとっくに奴隷が解放された時代の俺からすると、ショッキングな光景だった。
ライル先生の説明によると、奴隷というのは大抵は債務が払えなくなって落ちるものらしい。
俺も無一文になって借金まで抱えてしまったら、ああなっていた可能性もある。
今の俺は、奴隷の労働力に支えられている社会で生きている。
生きるために、それは甘受しなければならないと分かってるよ。
でもこの光景は目に焼き付けておこう。
「すいません先生、行きましょう」
「タケル殿、あそこが鉱山の代官屋敷ですよ」
鉱山の入り口近くは、小さな村のようになっていた。
奴隷が暮らすあばら屋に、兵士や技師が暮らす長屋、鉱石を溶かしたり出来た金属を加工する鍛冶屋もある。
そうして、そんなみすぼらしい小村で一番大きな建物が鉱山の代官の家だ。
きちんと板張りだし、メイドに案内されて中に入ると板間の大きな部屋だった。
家具類はしっかりしていて立派だ。この付近のモンスターの剥製が並び、色鮮やかなタペストリーまで飾ってある。
鉱山の鍛冶屋で作ったのか、鉄製のナイフや大剣、ハルバートやプレイトメイルまで飾ってある。
村の鍛冶屋は思ったよりも技術力があるのかもしれない。
正直、無骨すぎて部屋の飾りとしてはあまり趣味がいいとは思わないが、国家鉱山の代官ってのは儲かるのかもしれない。
俺の商売相手は、随分と富を貯めこんでそうだと期待する。
扉が開き、半裸の屈強な男が入ってきた。
頭がツルリと禿げている壮年の男だ、女戦士のルイーズよりも身体がデカイ。
「待たせたようだな、この鉱山の代官を勤めているナタル・ダコールだ」
こいつがそうなのか、半裸で質素なファスティアンのズボンを穿いているので、鉱夫が入ってきたのかと思った。
それにしてもナタルは、ムキムキマッチョマンだ。上腕筋の付き具合が、禿頭が渋いしハリウッド映画の主人公みたいだ。
俺がその盛り上がった筋肉に感心して眺めていると、何か勘違いしたのか頭を下げられた。
「客人の前にこんな恰好ですまん、現場に出ていたもので……」
「いえいえ、こちらこそ急に尋ねたもので……あっと、俺は、じゃない。わたくしは佐渡タケルと申します。お初にお目にかかります」
俺も慌てて、頭を深く下げて自己紹介した。
このナタルという鉱山代官、俺みたいなしょぼい十七歳の若造に向かって、こうも素直に頭を下げるか。
壮年の立派な男性、しかも地位のある人物に、こうも丁重にされると恐縮してしまう。
上半身裸で筋肉ムキムキな見方によっては変質者的な姿も、質実剛健を重んじる立派な態度に見えてきた。
代官なのに、現場で働いてるって偉いもんな。
ライル先生とナタルとは、同じ村に配属されている国家公務員なので、元から顔見知りだったらしい。
ナタルは、俺が爆弾を売りに来ているのを知っているので、わざとらしいほど丁寧なのは、商談を上手く勧めようとする手管なのかもしれない。
だが、そう警戒しても、あまりに率直な態度には好感を持たざるをえない。しかも額が綺麗に禿げ上がったナタルは、俺が好きな洋画の俳優に激似だった。
美人にも弱いが、カッコイイ大人にも俺はけっこう弱い。
「では早速、爆弾とやらを見せてもらっていいか」
俺はナタルに実演するために、新しく坑道を掘るという岩壁を、木っ端微塵に爆破してやった。
長い導火線を用意して、十分に離れて爆破したのだが、それでも下手をすると横から鼓膜をぶち破るほどの激しい爆風。
我ながら恐ろしいものを作ってしまった(ほとんど調合したのはライル先生だけども)。
ナタルは、生まれて初めてみる爆破に興奮したのか「ウォォォォ!」と両腕を振りかぶって雄叫びをあげていた。
「いかがなもんでしょうか」
「爆弾というやつは素晴らしい威力だ、上手く使えば手間が一気に省けるな」
爆破後に出来た大穴を手で触れて調べながら、爆風で飛ばされた鉱石なども拾い集めていちいちチェックしている。
ナタルのお気に召して高く買ってくれるといいんだけどな。
「爆弾一つにつき、銀貨……いや、金貨一枚でどうだ」
「それはまた……」
俺は息を飲む、金貨一枚は大金だ。
それほど高く売りつけられるとは思っていなかった。
爆弾はこの世界でも珍しい商品のはずだから、もしかしたらもっと……。
「これ以上は吹っかけるなよ、こっちは同じ国に仕える者同士の誠意を持って、ギリギリ出せる額を言ったんだからな」
「ハハッ、まさか。もちろんお願いします」
俺は笑いながら冷や汗をかく、顔色で見ぬかれていたらしい。
さすがベテランの代官だ、なかなか交渉も鋭い。
「あと金貨一枚で買うには条件がある、後払いにしてほしい」
「えっとそれはどういう」
「不良品を納入されたら困るってことだよ、きちんと使い物になる商品を届けてくれたらその分だけ金を払う。村で噂になってるから知ってるんだぞ、お前ら結構ここいらで実験して失敗してるだろ」
「あー、まあそうですね、はい」
隣のライル先生を見ると、苦笑いしていた。
確かに成功に至るまで、煙があがったのに爆発しなかったりとか失敗がたくさんあった。
今ではライル先生の努力で、絶妙な塩梅で調合ができているはずなので、さほど失敗はないはずだが、火薬はわからないからな。
たしかに不発の可能性も考えるべきだろう。
不良品を売りつけるつもりはないので、後払いで問題ない。
「もう一つ条件がある」
「はい」
まだあるのかと愚痴りたくなったが、爆弾に金貨一枚だしてくれる相手なので俺はジッと我慢する。
「ここは、ロスゴー鉱山は小さいとは言え国家の所有する鉱山だ。うちに爆弾を売り込むということは……分かるな」
「えっと……」
そんな思わせぶりな口調で言われても、分からないよ。
俺が呆けているのを見かねて、ライル先生が耳元で囁いてくれる。
(シレジエ王国との専売契約になるってことです、爆弾なんて他に売り込むところはないと思いますから構わないんじゃないでしょうか)
うーんなるほど、まあ確かにライル先生の言う通りだな。ライル先生も国家書記官なのだから、立場というものを考えて契約に同意することにした。
「まっ、専売契約にしてくれるなら他の鉱山や、公共事業に爆弾が必要な現場にも売り込んでやる。お前さんらに損はさせんよ」
「では、それでよろしくお願いします」
頭を下げながら、まだまだ自分は迂闊だなと反省する。
火薬製品を作るのに精一杯で、販路を広げるなんて考えてなかった。
ここは田舎だから、王国の他の地域に売り込めるチャンスを逃す手はない。
一方で、民生品を売りたいなら専売にはできないから、独自の販路を考えないといけないわけか。
何かいい方法がないか、
それより今は言っておくべきことがある。
「あと巻き込まれ事故には、重々気をつけてくださいね。坑道の中で爆発させると落盤の恐れもあります」
「ハハッ、言ってくれるじゃないか。俺は
口うるさいとナタルに疎まれても、これだけは忠告しておかなければならないと思ったのだ。
俺が生きていた現代日本でも、鉱山の事故で生き埋めになって死ぬ人がたくさんいる。
俺が作った爆弾に巻き込まれて、さっきの鉱夫たちが死んだら寝覚めが悪い。
黒色火薬なんて安全度の低いものを発破にするのだ、ナタルには十分に注意してもらわなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます