第3話「温泉と鉱山の村ロスゴー」

 書記官補の仕事はぶっちゃけ退屈だった。


 俺はライル書記官の補佐であり、公文書の作成や細々とした報告書の清書に当たるのだが、その量ってのは大したことはない。

 ロスゴーの村はイエ山脈の裾野にある、たかだか人口二百人程度の集落だ。


 村はずれに小さい鉄鉱山があり、そこは地元の領主に属する村とは別の国家管理になっているのだが、そこに住んでる鉱山労働者や鍛冶屋、あるいはルイーズのような流れ者の冒険者を入れても三百人に満たない。

 本当に小さな箱庭のような村だ。


 そんな村の公文書を作成するといっても、たかが知れている。

 ライル書記官が、暇を持て余して子供の家庭教師のアルバイトをするのも分かると言うものだった。


 しかし、そんな退屈な文書作成の仕事にも特典がある。

 国王や領主への報告書をいろいろと調べて書くうちに、俺はようやくこのロスゴーの村の地理や特色を知ることができた。


 王都への距離も、乗合馬車で四日程度なのでそこまで遠くない。

 逆に言うと、そんなに大きな国ではないのかもしれない。


 いずれは、王都シレジエにも行ってみたい。

 しかし、それより気になったのが……。


「ライル書記官、うちの村には温泉があるんですね」

「温泉に入りたいなら、スコップで掘らなきゃいけませんけどね」


 何でも、お湯が湧いているというような便利なものではなくて、村はずれの河沿いがそのまま温泉になっていて、スコップで掘ってお風呂を作るらしい。

 なんか変わっている。河原の野湯といった風情なのかな。


「じゃあ今度、一緒に入りましょうか」

「えっ……、いや私はちょっと人と一緒に入るのは苦手なので」


 ああ嫌な顔された。そうだよなあ、一緒に入るわけないよなあ。

 身体の秘密は隠さないといけないもんね。


 あんまりそこに突っ込むと、書記官閣下は機嫌を悪くされるので止めておこう。

 それより気になるのはそっちじゃないんだ。


「ライル書記官、温泉地に硫黄はありますか?」

「おお、よく知ってますね。付近に硫黄が露出してる火口がありますよ」


 そうなのだ。温泉=硫黄ではないが、温泉地の火口には自然に硫黄鉱山ができていることが多い。

 博学で知識欲旺盛なライル先生は、初級の錬金術師でもあるそうで、フィールドワークを兼ねてこのへんの鉱物資源も調べているらしい。

 あとで詳しい場所を聞こう。


「硝石の鉱山とかはありませんかね」

「硝石ですか、ここらへんにはありませんね。どうしても欲しければ、王都から取り寄せるか、あるいは自分で生成するかですね」


 硝石を遠くから取り寄せたら、俺が考えているプランには予算オーバーになってしまうだろう。

 漫画からの知識だが、硝石の材料は確か動物の糞尿が発酵したものだったはずだ。家畜や人間のトイレの土を煮詰めればできたと思う。

 そこも、プロの錬金術師であるライル先生に詳しくご指導を願う。


 硫黄、硝石、木炭を揃えることができれば、火薬ができる。


「もしかして……火薬ですか」

「おお、お気づきでしたか」


 さすがライル先生だ、中世ファンタジーだぞ。

 なんで気がつけたんだ、こっちがビックリするわ。

 うーん、もしかして火薬って結構ポピュラーに使われてたりするのかな。

 俺オリジナル、オレジナル技術として売り出せればと思ったんだけど。


「私も火薬を作ったことはありません、遠くの帝国で戦争に使われることがあったと歴史の本で読んだことがあるぐらいで」

「なるほど、戦争に使われることはあったんですね」


 でもシレジエ王国では使われてないってことだよな。

 発明自体はされてても、有効性にまだ気づかれてないってことかな。

 それなら、オレジナル計画いけるかも。


 アイディアパクられるのが怖かったんだけど、もうライル先生に全部話してしまうことにした。

 すごくお世話になっているし、ライル先生にパクられるなら別に構わない。


「実は火薬で爆弾を作って、鉄鉱山の露天掘り用に売り込もうと思ってるんですよ」

「なるほど爆発させて、岩盤に穴を掘るわけですか。すごい発想ですね……そんな方法、聞いたことがありません。タケル殿が考えたんですか」


 そうなんですよ、オレジナルの技術です。

 まあ、ただの発破なんだけどね。


 だからライル先生、あんまりキラキラと眼を輝かせて尊敬の眼差しで見られると、こっちが恥ずかしくなるから止めてください。

 異世界の知識ですと言うわけにもいかないからなあ。

 もちろん、製造にも手間暇はかかるし売り込めるかどうかもわからないが、上手くいけば金になるはずだ。


「ライル先生。良かったら、火薬製品の製造・販売を手伝ってもらえませんか。その分のお礼はさせてもらいますから」

「ええ、かまいませんよ。私も暇を持て余してたところで、火薬の製造は興味深いです。別にお金はいりませんよ」


 ライル先生はお金より知識が欲しいってタイプだったか。

 まあ、村長より偉い人だものね。

 製造はもちろんなのだが、鉄鉱山はシレジエ王国に属しているので、そっちに売り込むときに、王国の中央から派遣されているライル書記官の盛名を利用させてもらいたいのだ。

 何処の馬の骨ともしれん俺だけが行くより、通りも良かろう。


     ※※※


 とりあえず、硫黄の採取地のチェックも兼ねて河原温泉に行ってみることにした。

 一人で行くのもつまらないので、誰かを誘うことにする。


 第一候補のライル先生に、男同士の裸の付き合いを断られてしまったので、あとはルイーズってことになるかな。


 そう言えば書記官補になってから、俺はルイーズとよく会うようになったのだ。

 ライル先生が、俺の住む場所として村唯一の宿屋を一部屋借りてくれたからである。


 このロスゴー村の宿屋は、酒場であり冒険者ギルドでもあるのだ。

 今日も昼過ぎには仕事が片付いて宿屋に戻ると、ルイーズは酒場で飲んでいた。


「よう、タケル書記官補殿じゃないか」

「止めてくださいよ」


 久しぶりに会ったルイーズに、書記官補になったことを教えたら、狩ってきた肉を振る舞ってくれて(またモンスターの肉だった)祝ってくれたまではよかったのだが。

 近頃は会う度に、こうやってからかわれるようになった。


 村の偉い先生であるライルが、歳若い年下の俺を「タケル殿」と呼ぶのが、ルイーズの笑いの壷にハマったらしい。

 もちろん俺は自分が、そんな畏まった呼び方に相応しくないことは知ってるから、赤面の至りだ。


「フフッ、悪かったな。またクレイジードッグの肉でも取ってきてやるから勘弁しろ」

「それより、一緒に温泉に行きませんか」


 モンスターの焼肉も食べ飽きた感があるので、俺は温泉に誘うことにした。


「うーん、温泉かあ。ちょっとなあ」

「やっぱりダメですか」


 あんまり乗り気でない様子だ。もっと酒が入ってから誘えばよかったか。

 あわよくば美人でスタイル抜群のルイーズと混浴という、俺の巧妙に隠された下心が読み取られてしまったのかもしれない。


「あれイマイチ意味がわからないんだよな」

「えっ……」


「いや、お湯に浸かる意味がわからん。身体の汚れを取りたいなら、お湯で拭けばいいだろ」

「うーん、なるほど」


 お風呂に入るというのは、この地方ではポピュラーではない。

 こういうのは、文化が違うって言うんだろうなあ。


 ライル先生は温泉に入ること自体は否定していなかったので、きっと人にもよるのだろう。

 無理に誘ってもしょうがないし、諦めるかと思った瞬間。

 聞き覚えのある可愛らしい声が下から聞こえてきた。


「どうして温泉に行くなら私を誘わないのー!」

「うわっ!」


 テーブルの下から、さらさらの金髪でお馴染みのサラちゃんが出てきた。

 ビックリして、テーブルに太ももを打ち付けてしまったじゃないか。

 クレイジードッグに噛まれた古傷が開いたらどうしてくれる。


 これだけガタガタ騒いでもルイーズは、さっとツマミの炒った豆の入った木皿と麦酒のコップを手に持って、悠然と飲み食いし続けている。

 驚いたのは俺だけだったらしい、もしかしてテーブルの下から出てくるのがこの世界ではポピュラーな文化なのか。


「今ならタケルに、特別に、私を温泉に誘う権利を上げてもいいわよ」

「うーん、親御さんの許可があるなら連れていってもいいけどさ」


 硫黄鉱山近くの温泉なら、村からたいして離れてない。

 途中でモンスターが出る危険もなさそうなので、連れていくことに否やはない。

 サラちゃんにも、ライル先生を紹介してもらった恩がある。

 行きたいというならいいんだけど、親の許可を取ってきて欲しいな。


「あんた私のこと子供扱いしてるわね、元使用人風情がエラソー」

「すいませんねえ」


 サラちゃんはまったく存在しない胸を突き出して、クイッと顎を上げる。

 威張っているつもりなのだろう、子供がやってるから可愛いものだ。


 しかし、元使用人だからこそ、子供を連れ出すのに親の許可がいるのではないか。

 この世界にあるかどうか知らないが、事案発生は嫌だぞ。


「許可なら私が取っておいてやるから、さっさとサラを連れてってやれ」

「ああ、そうですか」


 ルイーズは、器用に片手で皿とコップを持ってツマミを食べながら、憮然とした表情で俺にそう言った。

 ここで騒いでても、ルイーズの食事の邪魔だ。

 サラちゃんはともかく、ルイーズ姉御にそう言われたら連れていくしかない。


     ※※※


 スコップと、タオルを持って俺たちは河原温泉までやってきた。

 たしかに、せせらぎのような小川からもうもうと湯気が上がっている。


 かなり硫黄の匂いがするので、これは硫黄の採取の方も期待できそうだ。


「さあ、掘るのよ。私のためにせっせと温泉を掘りなさいー」

「へいへい」


 俺は未だにロッド家の使用人なのだろうか。

 まあ、サラちゃんには恩があるので言われた通りにでっかい穴を掘ってみせる。


 面白いもので、確かにちょっと掘ると下から白く濁ったお湯が湧きだしてきた。

 穴掘りは、ちょっとやると癖になる。ずっと掘っていたいような気持ちで全然苦にならなかった。


「温泉は肌が綺麗になるってライル先生が言ってたー」

「そうだね、これは効きそうだな」


 しかし、この時代に温泉の効能まで知ってるとは、ライル先生凄すぎるだろ。

 もしかして、彼女……じゃなかった彼も、実は異世界転移してきた現代人だったりしてな。


 うーん、そう考えてみると有り得そうで怖い。

 今度カマをかけて、さりげなく現代の話を聞いてみるか。


 ひとつ言えることは、ライル先生のあの透き通るような肌は、ここの温泉によって作られたのかもしれないということだ。

 すると、ここらへんでずっと潜んでいれば、ライル先生の貴重な入浴シーンも見れるわけか。


「タケル、何か良からぬことを考えてる?」

「あらら、分かりますか」


 別にー、ライル先生は男だし。男の入浴シーンをたまたま目撃してしまっても犯罪ではないはずだ。

 むしろ、男同士一緒に入ってもいいはずなのだが、なぜか後ろめたい不思議。


「まあいい、さっさと入りましょ」

「あの……今頃聞くのもあれだけど、本当に一緒に入ってもいいんっすかね」


 いくらサラちゃんがまだぺったんこの子供とはいえ、ちょっと気が引ける。

 離れた場所に二つ穴掘るのも面倒だから、混浴はしょうがないのだけど。


「タケルは、子供の裸見て興奮するタイプの人?」

「……いや、そう言われるとそうでもないけどね」


「そういう人がいるから気をつけなさいってお母さんに言われたけど、違うなら平気じゃない」

「そうだね、プロテインだね」


 ロリコンだと勘違いされて通報されたら困るので、平静を装う。

 サラちゃんは、俺の表情を探るように上目遣いに覗きこんでくる。

 血色の良いサラちゃんの桃色の唇が笑顔になった。


 なんか、からかわれてるのかなあ。

 高校生が五歳も年下の女の子にからかわれてどうするよ。


 なんかもったいぶってたと思ったら、サラちゃんは唐突に服を脱いで裸になった。

 うわ、この世界って服の下にインナーとか付けないんだな。


 それとも、田舎の子供だからだろうか。

 比較対象がないから、わからん。

 ヤバイ心臓の鼓動が早い、狼狽えるな、異世界から来たりし勇者は狼狽えない!


「タケル……いくらなんでも、そんなにジロジロ見られると恥ずかしい」

「すまんこー!」


 あんまり見たらマナー違反だよね。守ろうマナー! 付けようシートベルト!

 俺もさっさと脱いで、天然の湯船に浸かる。

 ちなみにサラちゃんの胸は、ぺったんこだと思ったらちょっとありました。小皿のお椀程度には、ふっくらとしていた。


 ちょっと膨らんだ胸の先端には桜色の花びらが乗っている風情で、でも股の方はまだツルツルの子供だった。

 いや俺は、なに本気で子供の身体を凝視してるんだよ。いろいろとマズいだろ。

 R18指定になってしまう。


 さっさと風呂に入ってしまう。

 お湯が白く濁っているから、温泉に浸かってしまえば、万が一暴発しても大丈夫。

 何が暴発するのかとは、聞かないで欲しい。


「気持ちがいいー」

「うーん、生き返るなあ」


 サラちゃんは気持ちがいい程度のものなんだろうけど。

 俺にとっては、半月ぶりの風呂だった。

 気候的には、日本より乾燥してるからお湯で身体を拭くだけでも大丈夫なんだけど。


「やっぱ、日本人は風呂がないとなー!」


 心のそこからそう思う。というか、叫んでしまう。

 日本人は風呂だ!

 これからも、頻繁に入りにくることにしよう。


「そういえば、石鹸とかは使わないの?」

「石鹸ってたしか泡が出るやつでしょ、そんな高価なもの使ったことがないよ」


 確かに店の唯一の雑貨屋にも、それらしきものは置いていなかった。

 ゴワゴワのタオルはあったのに、石鹸はなしか。


「ふーん、あったら使ってみたい?」

「欲しいのぉ~って言ったら、タケルが買ってくれる?」


 おや、もうこの歳で男に媚を売ることを知ってるのか。末恐ろしい子。

 サラちゃんは、まだ子供だと油断していれば、たまに大人の女みたいなことを言うんだよな。


 中世ファンタジーは、平均寿命が短いから。

 十二歳はまだ子供だけど、早く大人にならないと死んでしまうのだろう。

 生き急いでるねえ。


 俺もまさか十七歳の若さで、女の子にモノを強請られるとは思わなかった。

 恐ろしい速度だよなあ、ファンタジー世界。


「石鹸ぐらいなら、何とか手に入れられないかやってみるよ」

 買うとは言わないがね。

 作ってみてもいい。


「へー、タケルはさすが文士様」

 何だか尊敬されてしまった。


 どうやら、サラちゃんの中では、文士=ライル先生と一緒で偉いという図式が出来上がってるらしい。


 あのチートレベルの博学と比べると、俺は中途半端な現代知識があるだけのへっぽこなんだけど期待して待っていて欲しい。

 石鹸はたしか、油分と灰で簡単に出来たはずだ。

 高価なものと言われているなら、これも売り物にできるかもしれない。

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