第2話「チートスキル発見?」

 現代日本から、異世界のシレジエ王国の片田舎ロスゴー村に転移して一週間。

 俺はすっかりと腐っていた。


「あー、ちくしょうなんで水道がねーんだよ」

 俺は井戸から農家の納屋に何度も水を運ぶ。

 中世では農機具代わりにもなる牛たちの世話が、今の俺の仕事だ。


 水汲みが終わったら、今度は餌である。

 飼い葉桶に、干し草をたっぷり盛ってやる。


「ウモー」とか言って牛たちは喜んでくれる。

 可愛らしいとは思うが、労働が厳しいのでかまっている余裕はない。

 だからペロペロと舐めるな。

 タンを食うのは好きだけど、タンで舐められるのは好きじゃねーんだ。


「はぁ……まったく」


 疲労につぐ疲労。

 筋肉痛につぐ筋肉痛。


 この農家の家に雇われたのは、ルイーズの口利きだ。

 農家の手伝いなら、俺でもできるだろうとありがたい配慮である。

 しかし、俺は農夫で雇われたはずなのに、なんだか酪農家みたいな仕事をさせられている。


 つか、俺は農夫も酪農家にもなりたいわけじゃないんだよ。

 魔剣の勇者になりたかったの!

 もうそこら辺は、諦めてるけどさ……。


 しばらく続けていれば激しい肉体労働にも慣れるかと思ったら、慣れないんだよなこれが。筋肉痛に筋肉痛が重なるから何時まで経っても身体は痛いままだ。

 超回復も間に合わない仕事量(オーバーワーク)、中世ファンタジーに労基局は存在しない。


 これで、農家のご主人に言わすとまだ農繁期じゃないから暇な方らしいんだぜ。

 文句が言いにくいのは、農家のご主人も奥さんも、小さい娘さんまで俺よりすごい仕事量こなしてるからだ。


 中世ファンタジーって、水汲みして薪割りするだけでもすごい大変なんだよ。

 確かに剣と魔法の世界だから、現代科学の代わりに魔法は存在する。


 しかし魔法が使えるのは、魔術師と呼ばれる特殊な人達で、冒険者として名を馳せていなければ、たいてい貴族に仕えたり王国の役人になってるそうだ。

 あとは神聖魔法を使える神官になるけど、この人達も権力者だよね。


 つまり、一般庶民の生活は魔法のない昔の時代と何も変わらないわけだ。

 現代っ子の俺からしたら、この世界で魔法も使わず普通に生きてる人たちの体力が、みんな怪力のチートスキル持ちに見えてくる。


 これで忙しいと言われる農繁期が始まったらどうなっちゃうんだろ。

 俺の腕、モゲちゃうかもしれないね。


「あーもうやってらんねえ」

 俺は干し草の上に横になった。

 干し草は農家にはつきものの虫もついてないし、清潔で気持ちがいいんだ。ダラダラと、このまま寝てしまいたい。


 そして仕事をサボって、農夫も首になるか。

 せっかくルイーズに助けて貰って生き延びたのに。


「諦めたらダメだ、生き抜かないと」


 俺は干し草の上から身を起こして、心を奮い立たせる。


 焚き木の棒を拾って、地面の土に計画書を書き始めた。

 紙も鉛筆もない状態だが、一人で愚痴っているよりこうして書いたほうが考えがまとまりやすい。


 例えば水道がないと嘆くより、水道を自分で作ってみてはどうだ。

 いや、俺は手先が不器用だから作るのは難しいけど、作れる人にアイディアを売るって手もある。


 近くの川には粉ひき用の水車もあるんだから、動力になる自然エネルギーは存在するわけで、水をポンプで引くってこともできるのではないか。

 動力がない井戸でも、手押しポンプなら簡単に水を汲める。

 文系だから関係ないと思っていい加減にせず、もっと理科とかしっかりやっとくんだったな。


 俺があーでもないこーでもないと、悩んでいるところに金髪の女の子がやってきた。


「あー、タケルまたサボってる」

「いやいや、これはちょっと考え事をしてて」


 この農家の娘のサラちゃんだ。


 そんなに特別な美少女ってわけでもないが、サラちゃんは金髪だし、ちっこくて十分可愛らしいので、俺の目の保養二号だ。

(ちなみに、保養一号はルイーズである、最近見掛けないなあ一号)

 サラちゃんの服はケープやエプロンをつけた、ハイジみたいな民族衣装で、いかにも村娘の少女って感じがして良い。


 良いのだが、子供のくせに口うるさい。

 どうやらこの家で、自分よりも目下の存在ができたことにすごく得意げになっているようなのだ。

 ぶっちゃけちょっとウザイ。


 でもまあ、俺はもう大人だから年下の女の子に使用人扱いされても、目くじらたてないけどね。

 ささやかな仕返しに心のなかで、さらさらの金髪の髪だからサラちゃんって名付けられたんだろうと思っているのは内緒だ。


「あれ、タケルってしんせー文字書けるの?」

「そりゃ書けるよ、俺だって高校生なんだから……」


 なんだかサラちゃんは、俺が土の上に書いた描いた図面や文字を見て驚いている。

 俺の方はというと、高校を卒業してるわけじゃないから、今の俺って中卒ニートになるんじゃないかと気がついて愕然としている。


 いや、農家のアルバイトだから。ニートじゃねーし。

 中卒アルバイトだ。

 なんか改善してないような気がする。


「すごい、しんせー文字が書けるなんて、タケルは文士様だったんだね!」

「ああ俺はすごいんだよ、……ってか、しんせー文字とか文士って何のことだ」


 サラちゃんに詳しく聞くと、俺が自然と書いている文字は神聖文字と呼ばれる公文書などに使われる上位文字に当たるそうだ。

 文字を自由に読み書きできることは、識字率の低いこの世界ではそれだけで立派な職業になるスキルであり、特に神聖文字まで書ける者は知識人階級として、文士様と呼ばれ尊敬される。


 稼業が暇な時に、村の唯一の文士様から教えて貰っているサラちゃんでも、書けるのは下位文字までらしい。


 どうも神聖文字は教会などで世界的に使われてるらしいので、俺の元の世界で言うところのラテン語やギリシャ語に当たるようだ。

 下位文字ってのが、英語とかフランス語とかの地方言語に当たるわけか。

 試しにシレジエ王国で使われている下位文字が書けるかどうか、書いてみたら簡単に書くことができた。


「すごいかしこーい、タケルは文士様なのになんで農家の下働きなんてやってんの バカじゃないの?」

「バカなのか賢いのかどっちなんだよ」


 文士様なら、村役場で働けるからこんな牛の糞の世話なんかやめてすぐにそっちにいけと言われた。

 サラちゃんの先生が村役場にいて、紹介してくれるそうだ。


 普通に日本から転移してきて言葉が通じていたから、この世界の文字が書けることが職に繋がるとは思っても見なかった。

 教えてくれたサラちゃんには感謝したい。

 しかし、農家の娘が農家の仕事を腐してどうするよサラちゃん。


     ※※※


 俺は、お世話になった農家のロッド家の皆さんに挨拶して、暇乞いをした。

 この一週間分のお給金をいただく。


 この一週間分のお給金、俺の手のひらに乗っているのは片銅貨七枚である。

 ちなみに、片銅貨二枚で大銅貨一枚。


 日本円に換算すると、片銅貨は一枚五十円ぐらいのものだから、いくら三食ついてきたとはいえ、一週間必死に働いて三百五十円ぽっち。

 あまりにも安すぎる人件費。シレジエ王国に労基局は存在しない。


「いやあ、良かったわねえ他に仕事があって」

「はあ、ありがとうございます」


 そうロッド家のおかみさんは、いかにもホッとしたという顔で俺を見送ってくれた。

 言葉を濁していたが、どうやらロッド家が俺を雇ってくれていたのは、すっかりこの街の顔役になっている女戦士ルイーズへの義理立てだったようだ。


 一日片銅貨一枚の住み込み農家の手伝いとしても、俺の働きは不足だったようなのだ。

 体よく追っ払われた形である。


 こりゃ文士として通用しないと、本当にこの世界で生きていけない。

 俺は危機感を新たにしつつ、サラちゃんに連れられて村役場まで来た。


「せんせー、文士様を連れてきたよ」


 村の広場の一角にある村役場。

 石造りのこの村では一際立派な建物だった。


 中に入ってみると、きちんとしたフローリング仕様。この村では床が板間というだけで豪華な建物なのだ。

 ちなみに大きな農園を持ちそこそこ豊かなロッド家でも、家の半分以上が土間だった。他にも石や漆喰の床なんてのもあるが、冬場に冷えるので藁を敷いておくそうだ。

 板間ってだけでも贅沢なのである。うーん厳しいなあ。


 そんな村一番の豪華な建物だが、中には女性が一人いるだけだった。

 うーん女性?


 机に向かって書き物をしている人は男装をしていた。

 現代なら事務員が着ているようなデザインの黒い背広にも見えないことはないが、そこまで機能的なデザインではない。

 襟首までしっかりボタンを留めて、暑苦しいぐらいにベストもびっちりと着込んで、中世の貴族っぽい感じと、ジェントルマンの中間って感じの服装。

 村人の粗末な服とは明らかに違う。宝石のような綺麗なボタンとか、美しい刺繍とか、縫製がしっかりしているところを見るとこの国の正装なのかもしれない。


 ただ、そのようなフォーマルスーツを着込んでも、茶色の短髪の麗人は女性にしか見えなかった。


「男ですよ」

 俺の視線で思っていることが分かったのか、男装の美しい人は繊細な頬を上げて、鈴のなるような美声でそう言った。

 すごい細い顎だ。モデルかよ、美人すぎるだろ。

 男性と称する先生は、歳は二十を越えているだろうか。美少年なら、女性に見えてもおかしくはないけど、大人の男が女性にしか見えないというのはありえないように思う。

 もちろんここはファンタジー世界だから、何があってもおかしくはないのだが……。


「どうも、先生。佐渡タケルと申します。お初にお目にかかります」

「ライル・ラエルティオスです。一応、この地域の書記官を務めさせていただいております。そこのサラちゃんに、文字を教えてる先生でもありますね。あと、私は男ですから、お間違えなきようにお願いします」


 あまり何度も言われると、余計に信ぴょう性なくなるんだけどな。

 いくら白色人種と言っても、線が細すぎるし、肌がきめ細やかすぎるだろ。美人すぎるのは、もしかしたらエルフなのか。

 でも耳は尖ってないし、人間だよな。


 どんな化粧水を使ってるのか、すごく聞いてみたいが……まあ止めておこう。

 どんな事情か知らないが、本人が男と主張しているのを変に混ぜっ返すと、機嫌を損ねるかもしれない。

 このライル先生に、俺の職がかかっているのだ。


「せんせーはすごい偉いんだよ、王国のちゅうおーから派遣されている書記官で、ぶっちゃけ村長とかせんせーに比べると雑魚だからね」

「ハハハッ、サラちゃんぶっちゃけ過ぎです」


 初対面の俺にはやや固い表情だが、教え子のサラちゃんには笑うんだな。

 朗らかな笑顔も可愛いなと思う。

 ああやって笑っても否定しないところを見ると、書記官という職業は本当に村長より偉いのだろう。

 よし権力者だな、思いっきりおもねるぞ。


「ライル書記官様、あの俺……いえ、わたくし文士には少々自信がありまして」

「文士に自信があるという表現は聞いたことがありませんが、そこまでおっしゃるのでしたらちょっとテストしてみましょう」


 さすが先生だ。すぐにテストだった。

 サラちゃんもテストには苦い思い出があるらしく、俺がテストを受けているのを苦い顔で見ていた。

 俺だってテストは大嫌いだが、もう牛の世話は懲り懲りだったので必死になって書ける限りの文字を書き連ねた。

 はい、鉛筆置いてー、書き取りテスト終了。


「ほう……、これは面白いですね。失礼ですが、お若い方がここまで書けるとは思いませんでした。神聖文字をどこで習われたんですか」

「あの、どうもどこからか飛ばされて来たようなんですが、記憶が無いらしくて」


 異世界から来たと言っても信じてもらえないだろうと思って、俺は記憶喪失を装うことにした。

 これは異世界モノのセオリーでもある。

 安易に本当のことを言っても、気狂い扱いされかねないのだ。


「タケル殿は迷人ですか。これは実に珍しい。道理で、聞きなれぬ東方風のお名前だと思いましたよ」

「あの迷人ってのは何でしょう」


「迷人とは、信じられないぐらい遠くから飛ばされてくる人のことです。召喚魔法や空間転移魔法の暴発が原因ではないかと言われていますが、詳しい理屈はまだ分かっていません」

「詳しいことは、わからないんですか」


「転移や召喚自体が、稀有な魔法ですからね。その暴走ともなれば、本当にごく稀な現象です。聞くところ、飛ばされる際に記憶が混濁したり喪失したり、不思議な知識を得る人もいるそうですが、そこまでいくと原因を探るのも難しいですね」

「そうなんですか……」


 ライル先生は本当にすごい。サラちゃんがすごい偉いと言うはずだ。

 俺は、すっかりその博識に感銘を受けてしまった。


 俺の特殊事情をすぐ理解して、解説までしてくれるとは何という有能キャラだろう。

 先生の話だと、こっちでは異世界転移とは考えられていないようだが、異世界に送られたのは俺だけではないとも推察できる。


「あのライル先生お願いします、どうか俺を雇ってください」


 この機会を逃してはいけない。

 何としても先生に教えを請わねば。


「村役場は私一人でも十分に仕事が回ってるんですが、タケル殿は貴重な迷人ですし、せっかくの文士仲間ですから、書記補に任じましょう」

「ありがとうございます」


 そんな西部劇の保安官が流れ者のガンマンを保安官助手に雇うみたいな軽い感じで、書記の補佐に任ぜられてしまった。

 こっちが内心ドッキドキである。なんか話を詳しく聞いて見ると書記って、村役人とかじゃなくて、国家公務員じゃないのか。

 官僚をその場で勝手に任命とか、ありなのですか?

 村役場に居る人なのに、ライル書記官いくらなんでも権限ありすぎるんじゃないだろうか。

 どういう人なんだ一体……。

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