酷幻想をアイテムチートで生き抜く
風来山
第一部 第一章 「立身起業」編
第1話「プロローグ」
「うあああっ、死ぬっ、死んじゃううううっ!!」
いきなりで申し訳ないが、村はずれの荒野で野犬の群れに襲われていた。
俺だって最初は戦うつもりだったさ。
でも、今はもう剣も放り投げて猛ダッシュで逃げている。
正確に言うと野犬ではなく、クレイジードッグとかいうモンスターらしい。
狂犬ってそのままじゃねーかと思うが、俺が想像していた普通の犬よりはるかにサイズがデカイ。牙を剥いて口元からヨダレを垂らしている猛獣の、その狂気にギラつく眼を見た時に脚が震えた。
犬は群れる。
十匹はいただろう、村の冒険者ギルドで討伐依頼を受けるときに、たかが犬っころに武器を持った人間様が負けるわけないと思っていた。
異世界ファンタジー舐めてた。
囲まれて、こいつらに食い殺される自分。
その末路がありありと頭に浮かんだ瞬間、俺はもう戦えなくなっていた。
「ああっ」
後ろから足首にザクっと噛み付かれたのがわかる、なぜか痛みは感じない。
心臓は爆発しそうなほどドクドク高鳴ってるのに、俺の脳はやけに冷静に事態を把握している。
犬に喰いつかれた傷は、ズボンの生地が厚いことが幸いしてそれほど深くない。
それよりも問題なのは、狂犬の牙が足首の肉に食い込んで離れないこと。
脱兎のごとく逃げる俺に引きずられても、狂った犬は俺の足首に食いついたまま俺の足の自由を奪う。
そのままつんのめって、空中を飛んでゆっくりと前のめりに転がる。
ふんわりと地面に倒れこんで土の感触を感じつつ、そのままゴロリと前転。
ここらへんで、「あー俺、死ぬんだな」と悟った。
どっかの映画で見たことがある、死ぬ前のスローモーションになるってやつが今まさに起きてる。
あれ演出じゃなくて、実際にある現象だったんだな。
地面に俺の身体がドン! と、叩きつけられた。
仰向けに寝そべりながら、この次に見るのはこれまでの人生の走馬灯かなんて、この期に及んでのんきなことを考えている。
そんな俺の予想は裏切られた。
俺の胸の上に、ドスンと狂犬の重たい身体が落ちて来た。
噛まれたときは痛くなかったのに、クレイジードッグに胸の上に飛びかかられたら重たくて、すっげえ痛い。
狂犬は俺の頭を喰おうとする、俺の顔目掛けて大きなアギトを開けて。
真っ赤な口の中、白くて鋭い牙がたくさん生えている。
あっ、こいつ奥歯が虫歯になってやがる。
死ぬ前の最後の最後に見る光景が、犬の虫歯とかないだろう。
せめて、元の世界に残してきた恋人の顔とかだろ(いねーけど)と思いながら、俺は諦めて瞑目した。
自分が喰われる瞬間など、見るに耐えない。
――ザシュ
ドサッと崩れ落ちる音がして、俺の身体から犬の重みが消えた。
ああ、これもう死亡か。
痛いのは嫌だなーと思ってたら、死ぬのは痛くないらしい。
さすが異世界ファンタジーだ。
ゲームオーバーとか表示が出るのだろうか、それでも構わない。
犬の群れに身体の肉を食いちぎられて、のたうちまわりながら苦しんで死ぬとか冗談じゃないからな。
そうじゃなかっただけ、ありがてえ……。
目を瞑ったままでいたら、やけに足首がジンジンと痛いことに気がついた。
つか、すげぇ痛あぁぁいッ!
俺は足首に走る激痛に思わず、眼を開けた。
ああ、空が青い。
俺はまだ死んでいない、仰向けに寝っ転がったままだ。
めっちゃ痛い足首を気遣いながら、ゆっくりと身を起こすと、俺の周りは血の海になっていた。
スプラッタだ。
「なんだこれ、俺の血?」
そんなわけない、無残にも斬り裂かれて絶命した犬っころの死体がそこら中に転がっている。
こいつらの血だ。
俺の身体にのしかかって噛もうとしていた犬は、ナイフが突き刺さって頭がパックリと割れてピンク色の脳みそが溢れていた。
そして、ちょっと離れた場所で、完全に降伏している犬っころの最後の一匹に、大ぶりの直刀を突き刺している女戦士を見つけた。
キュイーンと、やけに軽い犬の絶命の悲鳴が響き渡った。
「大丈夫か?」
「はあ、まあ……なんとか」
革の分厚いジャケットを着て黒いファスティアン(分厚い綿布で安物のジーンズみたいな服)のズボンを穿いている軽装な女戦士だ。戦士にしては軽装だが、動きやすさを重視する装備なのだろう。鈍い輝きを放つ無骨なデザインの直刀を無造作に振るう手つきをみれば、単純にコイツ強いなと分かる。
肩まで伸びた血の色より鮮やかな紅い髪を、ポニーテールに無造作に括って高い位置で揺らしている。ガタイは女性にしては大柄、鍛えぬかれた肉体は抜き身の刃のように細くてスタイルが良かった。
明らかに西洋人の彫りの深い顔立ち、日本人の俺にはすごく美形に見える。歳の頃は、二十代の中盤ぐらいか。
すげえ美人のお姉さんだと、普段の俺なら鼻息荒くしていたかもしれない。
その顔や身体が犬を斬りまくった返り血で汚れておらず、抜き身の柄物を手にして居なければの話だ。
助けてもらって言うのも悪いけど、その凄惨な姿はクレイジードッグより怖い。
「立てるか」
「大丈夫……、ツッ」
ヤバイ、噛まれた足首がめっちゃ痛くなってきてる。
俺も町の商店でファスティアンのズボンを買って穿いていたのだが、その分厚い布がビリビリに破れて血がズボンの上にジワーと広がってきてる。
かなり傷が深く血が止まらない。見ただけで、気分が悪くなってきた。
「私でも軽い手当ぐらいならできるが」
「あの、回復ポーション持ってないですかね」
気が弱くなっていた俺は、つい甘えてそんなことを言ってしまった。
お姉さんの表情が険しくなる。
「持ってないことはないが、お前ポーションがいくらするか知っているのか」
「えっと……」
回復ポーションって村のどこに売っていたのだろうか。
俺は村の道具屋で、そのまま異世界から持ってきた手持ちの道具類を売った金で装備を整えて。
村の冒険者ギルド(兼、酒場と宿屋)で初めての仕事を請け負って、ここに来ただけだから回復ポーションの相場までは知らない。
「傷を癒す回復ポーションは、どんなに安い店でもシレジエ銀一枚だ。お前さっき酒場で討伐依頼を受けてたが、依頼料はいくらだった?」
「えっと、大銅貨五枚でした」
銀貨一枚は、大銅貨十枚の価値だ。
このお姉さんが何を言いたいのかはよく分かる。
回復ポーションはある、あるのだが使えば赤字になると言いたいのだ。
現代の日本からやってきた俺だって、金の大事さはよく知っている。
俺は歩けないほどの怪我をしてるんだぞ、持ってるならさっさとその回復薬を寄越せなんて、叫ぶ真似はできなかった。
死にそうなところを助けて貰った立場は弱い。
「分かったら良い、さっさと飲め」
戦闘前に投げ捨てたらしいリュックサックから青い色の薬瓶を取り出すと、戦士のお姉さんは俺に渡してくれた。
「いいんですか」
「その足じゃお前は動けないんだろ、その代わり依頼料は私が貰う。それに加えてクレイジードッグの肉と皮をさばいて売れば赤字にはならん」
それだけ言うとお姉さんは、ナイフを取り出して黙々と転がっている犬の死体を解体する作業にかかりだした。
俺はもらった青い液体を飲み干す。
少しほろ苦い味がして、身体に薬効が広がる。
破れたズボンは戻らないが、傷口はほとんど塞がっていた。
助かったし、ホッと一息もつけた。
だが次々に犬の腹を切り裂いては、ホカホカと湯気を立てている内臓を取り出しているお姉さんを見て、俺はだんだんと絶望的な気持ちになっていた。
これは、残酷なリアルファンタジーだ。
※※※
日本で平凡な高校生をやっていたはずの俺が、気がついたらヨーロッパ風の村落に飛ばされていた。
村の軒先に並ぶ見慣れない商品を見て、どうやら単に欧州にテレポートしてきたわけではなく、異世界ファンタジー世界だと気がついたのが、ついさっきのことだ。
その時の胸が熱くなるような高揚感。
俺も、ついに異世界勇者になれるチャンスがやってきたのだと、飛び上がって喜んで意気揚々とモンスター討伐にやってきて。
初めてのモンスター相手に剣を振り回した結果が、この有様だよ。
隠れオタクの高校生である俺は、幻想物語にはちょっと詳しい。
この手の古典は、しっかり読み込んでいる。召喚・転生・転移の別け隔てなくきちんと予習済み。最新の異世界召喚モノも大好きだ。
そのラノベ読みとしての知識を駆使して現状を断定する。
これはゲーム世界でも、お手軽ファンタジーでもなく、古典的なリアルファンタジーだと!
これがファンタジーゲームの世界なら、お姉さんに斬り殺された犬型モンスターは一瞬で『クレイジードッグの肉』とか、『クレイジードッグの皮』とか、そういうアイテムに変わっていたはずだ。
しかし、目の前には真っ赤な血の海が広がり、内臓を取り出されて皮を剥がれている犬の死体はグロテスクな有様を晒している。
つまりこれは、分かりやすいレベル制とか、便利な魔法とか、ご都合主義なプレイヤーチートとか、お手軽ファンタジーに有りがちな救済は期待できないってことを意味する。
むしろ、油断すると一瞬で死ぬ。
厳しい世界なのだ。
しかも、死ぬときは絶対めちゃくちゃ痛い。
さっきのデカイ犬に噛まれた傷の恐ろしい痛みを思い出すと、二度と嫌だった。
もうお腹痛くなってきた、早くおうちに帰りたい……。
「暇なら、焚き木を集めてきてくれないか」
動物の解体など、とても手伝えない俺にお姉さんがそう言ってくれた。
正直、グロい解体シーンをボケっと眺めているより、焚き木を拾い集めたほうがよっぽど気が楽だった。
「あー、マジでどうしよう」
俺はブツブツと呟きながら、枯れ木を握りしめた手で頭をかかえる。
現代っ子の俺には、この乱世を生き抜く力がない。
さっきまで俺は自分が異世界に召喚された勇者だと、勝手に勘違いしていた。
現実は、モンスターを殺すどころか、その死体を肉と皮に変える知識と経験すらない。
「つか、内臓グロ過ぎだろ。無理だわ」
ファンタジー小説には、そんな描写一切なかった。
確かにマニアックなゲームでは、動物の解体スキルなんてのもあった。
ナイフではらわたを裂くだけだ。
素人の俺だって習熟すれば真似できるかもしれない。
しかし、『物理的に』解体できることと、『気持ち的に』解体できることは全然違う。
現代っ子の俺にとって、肉は加工済みでスーパーに並んでるものだ。
生き残るためにあんなサバイバルスキルがいるなら、冒険者とか狩人とか、俺は絶対やりたくない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。
女戦士のお姉さんは俺の拾ってきた焚き木に火をつけると、嬉しそうに犬の内臓をフライパンで焼き始めた。
「肉は後からでも食えるし、干し肉にもできるんだけど、肝はすぐ傷んじゃうから、狩った時にしか食えないんだよ。ウメエぞ」
「はぁ……」
犬の内臓を食えと勧められた。
確かにお腹は減っている、ジュージューと焼ける音は食欲をそそるし、美味しそうな脂の焦げた香りも漂ってきた。
木の皿に盛られた湯気の立つモツを、俺は思い切って食ってみた。
「うまい……」
「だろ! いくらでもあるから食え食え」
レバーは苦いというイメージがあったが、全然そんなことはない。
むしろ舌に甘いと感じる。あまいは、うまいのだ。
新鮮なクレイジードッグのホルモンは柔らかいのに適度な歯ごたえもあり、濃厚な脂の旨味があるのに喉をスルリと通って行く感じでいくらでも食えた。
肉の方は干して売るという話だが、ちょっとだけ食わせてもらえるとこっちも蛋白な味でとても美味しかった。
焚き木を囲み一緒に飯を食べていれば会話は弾むもので、俺は自然とお姉さんと仲良くなっていた。
彼女の名前は、ルイーズ・カールソン。
ルイーズは、このシレジエ地方ではありふれた名前らしい。
日本で言えば花子みたいなものか、花子なんて名前の人はいまいないだろうが中世ファンタジーだしな。
ルイーズの職業はやっぱり女戦士で、直刀を使っているが得物はなんでも使えるし、騎馬に乗って戦うこともできるそうだ。ちなみに彼女の年齢は、二十四歳。
俺が十七歳だから、七歳年上かあ。
「ありだな……」
「なにがありなんだ」
思わず口に出てしまった。まあ、俺がアリでも向こうがナシか。
ぶっちゃけ、今は女にうつつを抜かしている場合でもない。
そういえば、俺の自己紹介がまだだったな。
俺の名前は、
「そのコウコウセイってのは、何の職業なんだ」
「えっと、なんでしょうね……」
学生の肩書きは、この異世界のシレジエ王国では通用しないだろう。
とするとなんだ、無職になるのか。無職ニートなのか……。
俺の理想である魔剣の勇者になるのも無理っぽいし、何か職業を見つけないといけないわけだ。
ルイーズは、俺が冒険者ギルドで依頼を受けるところから見ていて、あまりにも危なっかしいので後をつけてきてくれたらしい。
そうだろうな、冷静になった今の俺でも異世界転移の後遺症で躁状態になったあの時の俺は危なっかしいと思うもの。
そして、今は躁状態から一転して鬱状態なのだった。
ルイーズは無愛想な見かけによらず、実はたいそう親切な人みたいだから、俺に向いてる仕事がないかどうか聞いてみると冒険者だけはやっちゃダメだと言われた。
「お前の腕だと、経験を積む前に死ぬ」
「はい……」
ルイーズ様のおっしゃるとおりでございますね。
「お前の剣の振り方は、ちょっと風変わりだが合理的な太刀筋だった。だからもしかしたら戦えるのではないかと思って、助けるのが遅れてしまった」
「あー、なるほど」
俺の剣筋は北辰一刀流だ。
といっても、剣道をやっていたわけでもなく高校では帰宅部だった。
学校から早く帰宅すると、持て余してる暇を利用して、古流剣術の本などを読んで木刀を振るっていたのだ。
宮本武蔵も好きなので、五輪の書を読んで剣豪になったつもりだった。
いわゆる中二病ってやつだ、もう高校生なのに、中二っておかしいよね。うん笑っていいよ。ここ笑うところだよね。
しかし、笑えない現実として。
そういう中途半端が、戦場では命取りになることがある。
生兵法は怪我の元を地で行ってしまったわけだ。
俺は弱い。
文明が発展途上で、治安の悪い上に、獰猛なモンスターまでいるこの残酷な世界では生きていけない。
ああ、なんだかまた暗くなってきたな。
とにかく犬の内臓でいいから、腹いっぱい食っておこう。
そして、皮と肉を村まで運ぶのを手伝ったら、ルイーズにしっかりお礼を言って、土下座してでも、俺にできそうな仕事を斡旋してもらおう。
異世界に降り立って一日目。
俺は異世界転生の勇者かもしれないなんて驕りも。
死んでもゲームオーバーになるだけだなんて甘い思い込みも。
クレイジードッグに殺されかけた瞬間から消えていた。
ただ俺は死にたくない、何としても生き残りたい。
そう強く願った。
俺を殺そうとした狂犬どもは、さらに強いルイーズに殺されて、美味しいお肉にされて命の糧となっている。
俺は、この残酷な弱肉強食の世界で、生きて行かなければならない。
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