29



ちょっと待ってちょっと待って。


りょ、両想いって。


自分が好きになった人が、自分のことを好きになってくれてーーー。


お互い好き同士だという……まさに奇跡の出来事であるあの〝両想い〟⁉︎


わたしと高杉くんが⁉︎


あり得ない!!


ブンブンッ。


わたしは思いっ切り首を横に振った。


「ないないないっ!そんなの、あるわけないよっ!」


真っ赤にほてった顔をおさえながら、わたしは小声でりょうちゃんに訴える。


「だってあの高杉くんだよっ?あの高杉くんがわたしなんかを……!そんなことあり得ないからっ」


「あの高杉って。どの高杉よ。いくは高杉をアイドルかなんか、はたまた手の届かない雲の上の遠い存在かなんかとでも思ってるわけ?」


笑うりょうちゃん。


「高杉だってフツーの高校男子。フツーに恋だってするから」


「で、でもその相手はわたしなんかでは……!」


プチパニックで思わず頭をくしゃくしゃかき乱すわたし。


「もう。いく落ち着いて。そしてほら、見て!」


りょうちゃんが制服のポケットから小さな手鏡を取り出しわたしの前に突き出した。


「あ、髪ボサボサ……。あ、ありがとうっ」


慌てて手ぐしで直していると、りょうちゃんが更に笑った。


「じゃなくて!見て、いくの顔っ」


「え?」


「めっちゃ可愛い。しかも素直で優しくて見かけによらず意外と抜けてておもしろい」


そして優しくわたしにこう言ったの。


「すごくいい子。だから『わたしなんか』じゃない。そんなこと言ってたら、黒岩に告ってフラれた子達に呪われるよ」


「えっ⁉︎」


思わずスットンキョーな声を上げてしまったわたし。


吹き出すりょうちゃん。


図書室にいた数人がちらりとこちらを見る。


慌てて口をおさえるわたし達。


「いく、出よ」


「だ、だね」


わたしとりょうちゃんは笑いを堪えながらそそくさと図書室を後にした。


その日の帰り道。


校門を出てりょうちゃんと別れたわたしは、フェンス越しに見えるグラウンドの中に高杉くんがいると思うだけでドキドキして、そちらを見ないように小走りでその横を駆け抜けた。


だってなんだか恥ずかしくて。


わかってる。


りょうちゃんが言ってたことは、あくまでりょうちゃんの想像の範囲内のことであって実際のことではないってこと。


そんなことはちゃんとわかってる。


だけど、もしも……もしもーーー。


ホントにもしものもしもで百万が一の話だけど。


高杉くんがわたしのことを好きでいてくれたとしたら。


わたしは嬉しくて気絶してしまうだろう。


そして、そんな『もしも』を想像することができるようになるなんて。


友達とそんな風に好きな人の話……恋の話ができる日がわたしに来るなんて。


それこそ今まで想像したこともなかったから。


だから、なんだかそのこと自体もすごく嬉しくて。


うまく言葉では言い表せない、恥ずかしいようなくすぐったいような……でもすごくドキドキ高揚する初めての感情でーーー……。


わたしの胸は熱くたかぶっていた。


ああ、もう今夜は絶対寝れない気がする。


思わず両手で頬を包んでくーっとなっていたその時だった。



「ーーー綿谷?」


誰かが後ろからわたしを呼んだ。


振り返ると、思いがけない人物……というか、むしろタイムリーなその人物の登場に思わずわたしの声が裏返ってしまった。


「く、黒岩くん⁉︎」


「いや、そんな驚かなくても」


「そ、そ、そうだよね!く、黒岩くんなんでここにっ?」


ついさっきりょうちゃんと黒岩くんのこと話していたばかりなだけに、なんだか変に動揺して焦るわたし。


「なんでって……帰るから。オレんちこっち」


「えっ?あ、そ、そうなんだねっ。でも、あれ?部活は……今日は……」


今日はないの?


そう言いかけていたわたしの目は彼の右足に止まった。


なぜなら黒岩くんは、足首から足の甲にかけてぐるぐると包帯が巻かれ、半分靴を踏んづけた状態で立っていたからだ。


「え⁉︎どうしたの?それっ……」


昼間黒岩くんに会った時は包帯なんてしてなかったハズ。


「ああ、これな。さっきちょっとグキッとやっちまって。体育倉庫の掃除と片付けしてる時に。上の棚に重い箱乗せようとしたらバランス崩してさ。ダセーだろ。笑っていーぞ」


そう言いながらニヤッと笑う黒岩くん。


「わ、笑うわけないよっ。大丈夫⁉︎保健室で手当てしてもらったの?」


「うん。湿布貼ってもらった。大したことないけどまだちょっと痛くて部活は出れそうにないからとりあえず今日は帰された。まぁ、軽い捻挫だな」


「病院は行くの?」


ゆっくり歩き出す黒岩くんの歩幅に合わせてわたしも並んで歩き出す。


「一応な。大会も控えてるし」


「そっか……。あ!持つよ!カバン!貸して!」


わたしは黒岩くんが肩にかついでいるカバンとスポーツバッグを代わりに持とうと持ち上げた。


しかしそれが予想以上に重かったのと、黒岩くんの身長が高くてうまく抱えきれず。


「わ、わわ!」


バランスを崩し。


そしてぶっ転んだ。


どべちゃ。


「おい!大丈夫か⁉︎」


驚いたように後ろを振り返る黒岩くん。


そしてわたし引き起こそうと手を差し伸べてくれた。


「だ、大丈夫!!ごめんねっ。黒岩くん足痛いのにっ。手伝うどころか余計足に負担かけさせてしまってホントにごめん!!大丈夫⁉︎」


尻もちをついた痛さよりも、黒岩くんの足の痛さが気になってわたしは慌ててすくっと起き上がった。


そんなわたしを見ていた黒岩くんが突如吹き出した。


そしておかしそうに笑っている。


「え?あ、か、髪⁉︎」


転んだ拍子にバサッとなった髪をわたしは慌てて手で直した。


「違う違う」


「えっ?あ、スカート⁉︎」


砂ぼこりがついてちょっと汚れたスカートを慌ててパンパンはらう。


「いや違う。全然そういうんじゃなくて」


笑い過ぎてちょっと涙目になってる黒岩くんがおかしそうに言った。


「綿谷がおもしろ過ぎて」


「え⁉︎」


わたしがおもしろ過ぎて??


思わずいぶかしげな表情になるわたし。


そんなわたしを見て、黒岩くんがまたおかしそうに笑った。


「ごめんごめん。なんか一生懸命でカワイイなって」


カ、カワイイ⁉︎


ぼ。


恥ずかしくなって一気に顔が熱くなる。


「あれ。綿谷、顔赤い?」


黒岩くんがニヤニヤしながらわたしの顔を覗き込んでくる。


「もしかして照れてる?」


「て、照れてないですっ!」


「もしかしてオレにもまだチャンスある?」


「く、黒岩くんっ!あのですねっ……!」


ケラケラと笑う黒岩くん。


「ジョーダンだよ、ジョーダン。あー。笑った。やっぱ綿谷といるとおもしろくて元気出るわ。途中まで一緒に帰ろうぜ」


「あ、うん。カバン持つよ!」


「全然大丈夫。サンキューな」


笑顔の黒岩くん。


廊下で会った時にわたしに向けてくれるいつもの笑顔。


黒岩くんはホントにいい人だ。


「あー。腹へったー」


「そうだねー」


「お。なんか食ってく?」


「黒岩くん病院でしょ?」


「そうだったー。面倒くせー。綿谷代わりに行ってきて」


「わかった。じゃあ代わりに行ってくるね」


「おう、頼んだわ」


ふたりの笑い声が帰り道に響く。



黒岩くんと友達になれてよかったな。


わたしは改めてそう思った。




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I and I 花奈よりこ @happy1023

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