16
クラスの男子が白いカードを拾い上げた。
反射的にあたしは自分の手元を見る。
え。
あれっ?
ない。
身体測定の記録カードがない。
さっきまで体操着の袋と一緒に持ってたハズなのに。
そのカード……わたしのじゃない?
ひゅんと体が冷たくなる。
冷や汗が出る。
だけど。
待って、落ち着いて育子。
大丈夫だよ、育子。
もう、前のわたしじゃないーーーー。
そう自分に言い聞かせる。
「あ、女子のだ」
カードを拾った男子の声。
「なになに?」
クラスの男子が数人集まってくる。
高杉くんと仲のいい人達だ。
ドクン、ドクン。
重く胸が鳴る。
これって……さっきの……元の世界で起きたことと同じ……ーーー。
まるで同じ。
だけど、違った。
違ったんだーーーーーー。
「わっ。体重44.3キロ。かっる。おまえの半分くらいじゃん」
驚いてる男子の声。
その横で柔道かなにかやってそうなガタイのいいクラスメートの男子も驚いたような声を上げる。
「ホントだ。オレの半分じゃん。っつーか誰の?」
「〝綿谷育子〟ーーーー」
カードの名前を読み上げた男子が、クラスの中を見回し、そしてスッとわたしに目を止めた。
ドキッ。
緊張が走ったその時。
ガラッとドアが開いた。
「やっべーよ。購買めっちゃ混んでて焼きそばパン買えねーとこだった。あぶねー」
た、高杉くん……ーーーー!
2、3個パンを持った高杉くんが勢いよく笑いながら教室に入ってきた。
そして、この妙な雰囲気に気づいた様子で。
「なに?どしたの?」
周りの男子に声をかけた。
「いや、これ……落ちててさ」
わたしのカードを持ってる男子。
カードを見た高杉くんがわたしの方を見た。
「あ……」
思わず声が出る。
「あ……そ、それ……」
うまく言葉が出てこない。
オロオロしているわたしを見た高杉くんが、さりげなくわたしのカードを手に取った。
そしてわたしの方へと歩いてきた。
近づいてくる高杉くん。
ドッキン、ドッキン。
緊張が身体中に走る。
もう、しっかりして!育子!
心の中で叫ぶ。
そんなわたしの目の前に立った高杉くんは、サッとわたしに記録カードを差し出した。
そして。
「もう大丈夫なのか?」
優しく声をかけてくれた。
「あ……。だ、大丈夫……。あ…あのっ」
わたしは小さく息を吸ってから思い切って口を開いた。
「高杉くんっ……。さ、さっきはホントにありがとうっ……ございました……。おかげさまで回復しました……」
ペコリと頭を下げながら、わたしはそっとカードを受け取る。
「よかった。っつーか、44.3キロって。痩せ過ぎ。昼飯食った?」
「え?あ……まだ……」
「弁当?パン?」
「あ……えっと……。お弁当持ってくるの忘れちゃって……」
「パン買ったの?」
「まだ……」
わたしがうつむきながら答えると。
「購買激混み。たぶんもう全部売り切れ」
ちょっと笑いながらわたしの手を取り、ポンと焼きそばパンを乗せた。
え……ーーー?
「焼きそばとパンでダブル炭水化物。元気モリモリ」
イタズラっぽい笑顔で軽くウィンクした。
「……でもこれ高杉くんの……」
「いいのっ。オレまだ2個あるし」
「……あ、ありがとう……あ、お金っ……」
慌てて財布を取ろうとすると。
「いらねーよ。その代わりちゃんと食えよ」
ふざけてビシッと指差す。
「う……うん。どうもありがとう……」
「おうっ」
そう言って、仲間達の元へ戻っていった高杉くん。
ワイワイしながら、誰かの机を囲んでみんなでパンやお弁当を食べ始めた。
わたしの手の中にある、ほんのりあったかい焼きそばパン。
高杉くんがくれた焼きそばパン。
胸がドキドキする。
これは、夢じゃないよね……?
わたし、今日何回そう思っただろう。
今までじゃ考えられなかったことが、次々と起こって。
夢みたいだ。
涙が出そうになった。
わたしは賑わう教室の端っこを通り、黒板の前にある身体測定のカードの回収ボックスにカードを入れ、そのままそっと教室を出た。
高杉くんがくれた焼きそばパンを大事に手に持ったまま。
教室を出る瞬間、わたしはちらっと高杉くん達の方を見た。
なにかおもしろい話をしていたらしく、高杉くんはちょうどお腹を抱えて大笑いしているところだった。
高杉くん……ーーー。
彼の笑顔につられて、わたしも自然と笑顔になる。
胸があたたかい。
焼きそばパン、中庭のベンチで食べよう。
そのあと、山中さんを探してちゃんとお礼を言おう。
わたしはドキドキ高鳴る胸をおさえながら中庭へ向かった。
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