15

44.3キローーー。



「44.3キロ……」


わたしは、自分にしか聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。


体操着の入っている袋をぎゅっと抱えながら廊下を歩いていく。


ちら。


保健室を振り返る。


44.3キロ。


ウソじゃないよね。


わたしの今の体重なんだよね?


すごい。


すごい……!


胸がきゅうっと興奮する。


すると。


きゅるる……。


お腹の虫がかすかに鳴った。


なんかちょっとお腹空いてきたかも……。


購買のパン、買ってみようかな……。


昼休みでガヤガヤ賑わっている廊下。


あちらこちらかランダムに聴こえてくる笑い声や、話し声。


不思議……。


いつもなら、この賑わう昼休みは特に孤独を感じる時間で苦手というか……すごく時間が長く感じるというか。


そんなカンジだったのに。


今は不思議とそのような感情が湧かない。


人混みの中をオドオドうつむきながら歩いているわたしは、今はいない。


かと言って、堂々と胸を張って歩いているというわけでもないが、とりあえずそんなにオドオドする気持ちもなく、ちゃんと前を向いて歩いている。


ふざけ合いながら教室から飛び出してくる男子生徒達。


キャキャキャッと笑いながら階段を駆け下りていく女子生徒達。


教室でお弁当を食べ始める人達。


購買にパンを買いに行く人達。


廊下の隅で待ち合わせをしているカップル達。


いろんな景色が見える。


楽しげでキラキラしてて。


とても眩しかった。


いつも下ばかり向いていたわたし。


いつも目をそらしてうつむいていたあたし。


顔を上げると、こんなにいろんな景色が広がっていたんだと知る。


………いいな。


みんな、楽しそうだな……。


わたしは何気なく窓から見える緑いっぱいの中庭のベンチにふと視線を移した。


誰もいない。


……今日は、あそこでお昼食べてみようかな。


購買でパン買って。


いつもは教室の窓側のいちばん後ろの席で、隅っこに隠れるようにひとりお弁当を食べていたけど。


今日は場所を変えてみよう。


購買のパンも買ったことないけど、買ってみよう。


よし……。


わたしは小さくうなずき、教室に向かって歩き出した。


まずは体操着を置いて、財布を持って……。


待って、違う。


まずは、わたしを保健室まで運んでくれた高杉くんと山中さんにお礼を言うべきじゃない?


そうだよ。


ふたりにちゃんとお礼を言わないと。


だけど、待って待って。


どう言えばいい?


なんて言えばいい?


シンプルに『さっきはありがとう』でいいのかな。


ちゃ、ちゃんとうまく言えるかな。


そもそも高杉くんと山中さんはどこにいるんだろう。


まずはふたりを探して……。


でも、高杉くんはクラスの男子達とみんなでいそうじゃない?


ってことは、その中に入っていって高杉くんに声をかけるってこと……?


どうしよう、緊張する。


山中さんは……まだそんなに話す人もいないっていってたからひとりかな。


まだ少し声かけやすいかも。


でもやっぱり緊張する。


とにかくふたりに会わなきゃ。


えっと、えっと……。


どうしよう……。



そんなことを考えながら歩いているうちに、教室の入り口前についてしまった。


ドキドキドキドキ。


途端に心臓が鳴り出す。


体操着を抱えたまま、わたしは胸をぎゅっと押さえた。


育子、落ち着いて。


まず自分の席に戻ろう。


小さく深呼吸。


少し下を向くとサラサラと顔にかかる髪の毛を耳にかけ直す。


その時。


腕を少し浮かしたその拍子に、体操着と一緒に抱えて持っていた身体測定の記録カードをハラリと落としてしまった。


わたしはそのことに全く気づかずに、静かに教室のドアを開けた。



ガヤガヤーーー。


机を向かい合わせにしてお弁当を食べている女子達。


机に座ってパンを頬張ってる男子達。


おしゃべりしてたり笑ってたり。


みんな思い思いに昼休みを過ごしている。


ちょっと視線も感じたような気はしたけど、賑わっている昼休みの教室は、思った以上に入りやすくて、わたしは少しホッとした。


高杉くんはいるかな。


山中さんはいるかな。


そう考えるとまたすぐドキドキしてきた。


ちら……。


自分の席に向かいながら、教室の中をさりげなく見る。


パッと見たカンジ、高杉くんの姿はないように見えた。


そして、わたしの席の近くの山中さんの姿もなかった。


ふたりともいない……。


お礼を言わなきゃいけないのはわかっているが、まだ心の準備ができていないのでちょっと安心する。


まずは、体操着を置いて、財布を持って。


購買のパンを買いに行く時に、ふたりを探そうかな。


もし見つからなかったら、お昼を食べてからまた探そうかな。


なんて考えていたその時だった。



「あ。誰かの落ちてるぞぉーーー」



入り口付近から聞こえてきた男子生徒の声。


え。


わたしはパッと振り返った。








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