12

大丈夫。


わたしはもう、前のわたしじゃない。


「……む、胸を張って。堂々とーーー」


自分に言い聞かせるよう、そう小さくつぶやきながらわたしは顔を上げる。


誰もいない女子トイレ。


わたしは、鏡の中に映る自分の顔を静かに見つめた。


「………………」


でもすぐに顔をそらす。


ダメだ。


やっぱり慣れないよぉ……。


前のわたしと違い過ぎて、果てしなく違和感。


だけど……ーーーー。


わたしはもう一度そっと鏡を覗く。


目の前に映る、可愛い女の子。


わたしが瞬きをすると、鏡の中の女の子も瞬きをする。


ちょっと斜めから見る。


鏡の中の女の子も斜めを向く。


ぎこちない手つきでそっと髪をサラリとなびかせてみる。


鏡の中で、しなやかで艶のあるキレイな髪がサラサラと手からこぼれていく。


わたしは、自分の手をそっと両頬りょうほほにあてた。


頰も手もあたたかい。


そっとゆっくり口元に触れる。


そのまま静かにほほ笑んでみた。


鏡の中の彼女も笑う。


「……可愛い……」


無意識のうちに、ポソッと言葉が出た。


その時、ギィッと女子トイレのドアが開いた。


ドキ!


わたしは慌てて下を向いて水道の蛇口をひねった。


ジャージャー。


急いで手を洗う。


すると。



「あ、綿谷さん」


え?


振り向くと、朝教室でわたしに笑顔で声をかけてくれたクラスメートの女子がトイレに入ってきた。


「あ……」


えっと、確か……。


山中やまなかさん……」


わたしが控え目に名前を呼ぶと。


「お。わたしの名前覚えてくれたんだ」


山中さんがにこっと笑った。


そして。


「あ、綿谷さん。次、身体測定だよね。よかったら一緒に着替えに行かない?」


「え?」


一緒に……?


「あ、誰かと約束してるなら全然いいよ」


サラッと笑う山中さん。


「……ううん!全然っ。わたしひとり……」


ドキドキしながら慌てて言うと。


「じゃあ、一緒に行こう。ちょっと待ってて」


そう言って、山中さんはトイレの個室のドアを閉めた。


「……………」


次は、身体測定ーーーー。


当然のことながら、ひとりで更衣室に行こうと思っていたわたし。


〝一緒に行こう〟ーーーーー


そんな嬉しい言葉。


言われたことない。


いつだって、ひとりだったから。


胸がドキドキしていた。


ガチャ。


山中さんが出てきて、わたしの隣の洗面台で手を洗う。


ジャー。


水の流れる音と共に、山中さんの声が聞こえてきた。


「クラス慣れた?わたしさ、中学卒業と同時にこっちに引っ越してきたんだー。だから知ってる人全然いなくて」


「あ……そうなんだ」


「綿谷さんは?地元?同じ中学だった人とかけっこういる?」


「……えっと、地元なんだけど。同じ中学の人はあんまりいないかな……」


いても、わたしはずっとひとりだったから。


仲良くしゃべったりする間柄の人は誰もいない。


「へぇー。そうなんだ」


山中さんが蛇口をキュッと閉めてハンカチで手を拭く。


「うちのクラスにも綿谷さんと同じ中学出身の人誰もいないの?」


「うん……」


わたしが小さくうなずくと。


「そっかー。じゃあ、ちょっとわたしと似てるね。なんかよかった。ほら、うちのクラス、同じ中学出身の人同士もけっこういるっぽいから。わたしまだそんなに話す人いなくてさ。もしかしたら、綿谷さんもそうかな?って思って声かけてみた」


山中さんがカラッと笑いながら言った。



うわ……。


どうしよう。


ものすごく嬉しい。


胸がほわっとあたたかい。


そしてドキドキ高鳴る。



「あ……ありがとう!すごく嬉しいっ……」



思わず大きな声が出た。


自分でもビックリ。


恥ずかしくて顔が赤くなる。


そんなわたしを見て、山中さんがあははと笑った。


「綿谷さんって、なんかおもしろいよね。今朝も見事にすっ転んでたし。すっごい可愛いのにギャップがすごい。あ、いい意味でだよ?」


ギャ、ギャップ?


すっごい可愛い……。


ますます顔が赤くなる。


「あ……えっと……あの……こんなわたしだけど、声かけてもらえてすごく嬉しい……。山中さん、ありがとうっ……」


なんて言えばいいかわからず、とりあえずわたしの今の素直な気持ちを思い切って言葉にした。


すると。


山中さんがわたしの前にすっと左手を差し出してきたんだ。


「わたしも綿谷さんと話せてなんかすごく嬉しい。これからもよろしく」


笑顔の山中さん。


「あ、ごめん。こっちか。わたし左利きなんだよね」


そう言って、左手に変わって右手を差し出した。


握手……。


胸がじんと熱くなる。


わたしは嬉しくて涙が出そうになるのを堪えながら、笑顔で両手を差し出した。


「こ、こちらこそよろしくっ……!」


静かに握った山中さんの手は、とても優しくほんのりあたたかかった。







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